10 溺愛始めました
こう……【○○始めました】的な表現が書きたくなってしまった結果のタイトルです。
誰か、教えて欲しい。
私は一体どうすればいいのー!?
二人が出ていってから、なんとも気まずい空気が流れるなか、カチャとカップの音が妙に部屋に響く。
そりゃそうだ。
広い応接間にたった二人。そして、未だにお互い一言も発していない。……よく考えたら、いつも二人でいた時は一方的に私が喋り掛けてそれにシルが相槌を打ったり返事を返したりして会話が成立していたのだと改めて気付かされた。
──シルにとって、私なんて政略で婚約したお喋りな令嬢でしかなかったのだなぁって今更実感した。シルの方から話し掛ける価値もない女。……あ、自分で言ってて悲しくなってきたわ。
「──本当に僕は君に甘えてばかりだったんだな」
「え?」
ボソッと呟かれた言葉はあまりにも小さく突然で、私は聞き逃してしまった。シルの言葉を聞き逃すなんて、一度もなかったのに!
「あの……っ申し訳ございません。今なんと仰ったのでしょうか?」
「いや、なんでもない。……少し僕の話に付き合って欲しい。いいだろうか」
「あ……はい」
口許に緩く弧を描くように笑みを浮かべているけれど、その表情はなんだか泣き出す一歩手前のように見えて、私は肯定するしか出来なかった。
「まず、アンジュ……アンジェリア嬢が家を出ていってからすぐに探しに行くことが出来なくてすまない。あの頃、卒業後の引き継ぎ業務や領地でのいざこざが重なって、なかなか捜索まで手が回らなかった。──けれど、本当は真っ先に追い掛けて君のもとに駆け付けたかった」
「そんな……」
そんなわけない、なんて否定しそうになってきゅっと口を引き結ぶ。私を真っ直ぐに見るシルの表情に嘘は感じられなかった。
でも、私の感情が否定をする。
私のことなんて好きじゃないのにそんなわけないじゃないかと。
シルはソファをスッと立ち上がってテーブルを回ると私の目の前にやってきて突然跪いた。
はいーっ!?
動揺する私の右手を取り、見上げる形で目を合わせる。
「アンジェリア嬢が信じられないのも当たり前だ。僕は貴女に好かれる努力を何もしてこなかったのだから」
「あ、あの……」
努力も何も、政略ですよね?
私の一方的激重片思いでしたよね?
ちゃんと、婚約者として必要な交流や贈り物もしてくれたし、シルは何も悪くないはず。……だよね?
「これからはちゃんと行動でも言葉でも伝えていくつもりです。アンジェリア嬢。いえ、アンジェリア・シャトル子爵令嬢。貴女のことを愛しています。例え今貴女の心が私にないのだとしても、再び貴女に好いて貰えるように精一杯の努力をします。──どうか再び婚約者……私の妻として我が領地に来て頂けませんか?」
「……えっ、待っ──」
どうしようどうしよう!
今目の前で起きていることに理解が追い付かない。
言ってることはわかる。わかるけど、感情が置いてけぼりなのよ!
「返事は今すぐでなくて構いません。一週間ほどこちらにおります。その間に、私は貴女に好きになってもらえるように努力を致します。その上でどうか──答えを頂ければ」
「……か、考えさせてください……っ!」
「えぇ、勿論」
誰。目の前にいるこの人は誰!?
ふわふわの柔らかそうな髪もその綺麗な瞳の色も、はにかんだ笑みの可愛さも全て全て、私が見てきたシルヴェストその人のはずなのに、何もかもが全て違う。
──この甘々な口が達者な人誰!?
私は盛大に脳内パニックを起こしたのだった。




