1 始まりは別れの予感
計画は完璧。
なんとか口説き落として婚約者と関係を持ち、子どもを身籠ったら目の前から消えて一人静かに子どもを育てて平民として生きていく。
出来る、出来るはずだわ!
前世シングルマザー経験のある私なら、出来るはず!
──この時の私の思考は人生最大の黒歴史である──
**********
子爵令嬢である私、アンジェリア・シャトル。その婚約者シルヴェスト・ネルガルは伯爵家。親の商売絡みの政略的な婚約で出会った。初顔合わせは10才のとき。ふわっとした柔らかそうな栗色の髪に澄んだ空色の瞳。無愛想な態度もなんのその、私は好みの容姿に惹かれた。一目惚れといっても良い。
だから、必死に努力した。口下手な彼の代わりにたくさん情報を仕入れて話し掛けて、たくさん笑い掛けた。
最初はあぁ、とか、うん、とかしか返してくれなかったけど、反応が少しでも良い会話を見つけ出してはその事について勉強をたくさんして、会話が続くようになった。
その結果、商いにめちゃくちゃ詳しくなって、何故か商会を共同運営することになったりしたけど、何が将来に繋がるかわからないものね。
15才になり学院に入学する頃には、シルは誰もが見惚れる好青年に成長した。見目の柔らかさそのままの優しそうな表情を顔に張り付け、皆を魅了する。でも、その内面は口下手で人付き合いが苦手な不器用な性格をひた隠している。私はそんなところも大好きなのだけれど、皆が好きなのは好青年な彼の表の顔らしい。
私は嘘くささ満載のその笑顔があまり好きではないので、私の前でいつもの仏頂面をしてたまにはにかみ笑顔をする婚約者の素顔にキュンキュンしている毎日だ。
だけど、そんな関係は周りにはあまり伝わっていないようで、私は婚約者から嫌われているだとか、政略だけの愛のない婚約だとか伯爵子息は本当は別に好きな人がいるだとか色々な噂をされているらしい。
私だって別に彼に特別好かれているだなんて自惚れてないわよ!!
一方的な激重片思いで、子供の頃からの腐れ縁の私だからこそ出してくれる素顔なだけで、彼も今の現状に甘んじているだけだってわかってるわ。
だって。私は婚約してから一度だってシルから愛の言葉を貰ったことなんてないんだもの。
それでも良いと思ってた。あの日までは──
**********
「──好きですよ」
それはほんの、偶然。
お昼休憩でお友達の教室に迎えに行くため中庭を通過しようとしたら、聞き慣れた声が聞こえてきて、思わず柱の影に隠れてしまった。
何故なら、そこにいたのは最近よくシルに声を掛けてくる侯爵令嬢ヘスティア様だったのだから。
一瞬見えたシルの表情はいつもの嘘くさい笑い方じゃなくて、照れ笑いのような口角をちょっとだけあげて微笑む素の表情だった。……そうか、シルの好みはああいう女性だったのか。それじゃあ私はお呼びじゃないよね。
ヘスティア様は穏やかで優しい物静かなご令嬢で、私のような下位貴族にも笑顔で接してくれるご令嬢の鑑のような人。
いつも喧しく喋りかけて貴族らしからぬ商魂たくましい元気な令嬢なんて、迷惑でしかなかったわけだわ。
そっか。好きな人にはそんな風に優しい声で愛を囁くのね。
私は来る日に備えるために決意を固め行動に移した。
激重片思いを拗らせていると自覚している私は、シル以外と男女の仲になれるとは思えなかった。まぁ、別に今現在そうなれてるわけではないのだけども!だけど、前世(だと思っている)の記憶で子どもを育てていたこともあり、自分自身の子どもは欲しい。そうなると必然的にシルとこのまま何も見なかった、知らなかったことにして婚約者のままで居座るのが正しい結論なのだけど、私はシルにはちゃんと好きな人と幸せになって欲しい。
だから、もしもシルが私に少しでも心を砕いてくれるなら、婚前交渉を許してくれるなら、その優しさに甘えて彼との子どもを身籠ってから彼の前から速やかに消えるのだ。
後から冷静に考えれば矛盾だらけの計画だったのだけれど、私はそれを実行に移せるだけの行動力と財力、そして人脈を手にしていた。
そして、こんな穴だらけの計画に何故か乗ってくれて私を抱いてくれたシルの行動により、本当に私は彼との子どもを授かるに至った。
──そして、私は彼との子どもをお腹に宿したまま、彼の前から消えたのだ。




