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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

踊り子の罠《帝国兵7人、少女ひとりに吊り殺される》

作者: E.C.ユーキ

 シャンシャンと、(いろ)めく(すず)()(ちか)づいて()る。

 帝国(ていこく)(ぐん)占領(せんりょう)した湖畔(こはん)(まち)(なつ)涼風(りょうふう)(ひと)子一人(こひとり)いない昼下(ひるさ)がりの裏通(うらどお)りを、帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)所属(しょぞく)(おとこ)一人(ひとり)見回(みまわ)りをしていた(とき)だった。(すず)()がする水路(すいろ)()こうの噴水(ふんすい)へと()()けた瞬間(しゅんかん)、あくびも退屈(たいくつ)一瞬(いっしゅん)にして()()んだ。



 ――(おど)()少女(しょうじょ)が、ひらり、静々(しずしず)(あらわ)れたのだ。



 (あざ)やかな(むらさき)、ぴちりと全身(ぜんしん)(おお)うマーメイドドレス。

 (かた)()(そろ)えた(くろ)つや(かみ)に、まるい(ほお)新雪(しんせつ)人肌(ひとはだ)

 両腕(りょううで)(やわら)(まと)う、()(むらさき)特大判(とくおおばん)のダンス・ベール。



 少女(しょうじょ)はこちらを()ないまま、そろそろと小股(こまた)(ある)きで小道(こみち)横切(よこぎ)り、家屋(かおく)(かど)(かく)れてしまった。(おとこ)はすぐさま(かど)まで(はし)ったが、(すで)少女(しょうじょ)姿(すがた)はなく、(すず)()()こえなかった。見回(みまわ)りの任務(にんむ)をそっちのけで(さが)したが、()つからず、(おとこ)渋々(しぶしぶ)定時(ていじ)報告(ほうこく)()かった。

 ――とんでもない上玉(じょうだま)だった。

 絢爛(けんらん)(むらさき)衣装(いしょう)(おお)われた身体(からだ)は、(むね)におしり、(ゆた)かに(みの)りづいた女肉(にょにく)曲線(きょくせん)をぴちりと(えが)き、やや(たか)めの背丈(せたけ)()えていた。しかし不安(ふあん)一色(いっしょく)()まり()った横顔(よこがお)は、まだまだ(おさな)純朴(じゅんぼく)少女(しょうじょ)だった。(とし)十代(じゅうだい)(なか)(ほど)だろう。少女(しょうじょ)必死(ひっし)(なに)かを(さが)しているようだったが、まだこの(あた)りにいるのだろうか……。

 (けい)(にん)帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)所属(しょぞく)(おとこ)たちが(あつ)まり、見回(みまわ)りの結果(けっか)(じゅん)報告(ほうこく)する。まだ占領(せんりょう)から半日(はんにち)()っていないとは()え、一度(いちど)安全(あんぜん)確認(かくにん)している一帯(いったい)だ。やはり『異常(いじょう)なし』の報告(ほうこく)(なら)んだ。(おとこ)(おな)じく『異常(いじょう)なし』と報告(ほうこく)した。――あれだけの女体(にょたい)だ。(だれ)にも(わた)したくはない。

 それからというもの、(おとこ)懸命(けんめい)に『見回(みまわ)り』に()()んだ。しかし、(おど)()少女(しょうじょ)()つからなかった。散会(さんかい)見回(みまわ)り、集合(しゅうごう)報告(ほうこく)異常(いじょう)なし』……。退屈(たいくつ)なループが延々(えんえん)(つづ)く。

 その(なか)集合(しゅうごう)(たび)問題(もんだい)発覚(はっかく)する。

 ――見回(みまわ)(へい)(かず)が、一人(ひとり)ずつ()っていくのだ。

 しかしこれはわかりきっていたことである。この閑静(かんせい)裏通(うらどお)りのすぐ反対(はんたい)(がわ)からは――(おんな)たちの猫撫(ねこな)(ごえ)がひっきりなしに()こえてくるのだ。

 『(さけ)(おんな)(まち)』として有名(ゆうめい)な、王国(おうこく)(りょう)湖畔(こはん)(まち)今朝(けさ)帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)強襲(きょうしゅう)したときには、(おとこ)全員(ぜんいん)遠方(えんぽう)最前線(さいぜんせん)出払(ではら)っていて、(おんな)子供(こども)しか(のこ)されていなかった。そこで(おんな)たちは、()昼間(ぴるま)から(さけ)()し、娼館(しょうかん)()け、帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)歓迎(かんげい)する(みち)(えら)んだのだ。(ほか)(たい)昼間(ひるま)から(たの)しんでいる(なか)自分(じぶん)だけは見回(みまわ)りの仕事(しごと)……。(うで)っぷししか(のう)がない帝国(ていこく)(へい)我慢(がまん)などできるはずもなかった。

 7(にん)が6(にん)に。6(にん)が5(にん)に。()()けなど普段(ふだん)であれば(あたま)にくるところだが、今回(こんかい)だけは(なん)なく(ゆる)せた。――あれを(ひと)()めできる確率(かくりつ)()がるのだから。

 そして、3(にん)報告(ほうこく)()っているときのことだった。



 ――(すず)()が、シャンシャンと。



 ついに()つけた。広場(ひろば)()こう、巨大(きょだい)劇場(げきじょう)天幕(てんまく)正面口(しょうめんぐち)(まえ)に、(あざ)やかな(むらさき)のマーメイドドレス姿(すがた)()えた。少女(しょうじょ)はやはり不安(ふあん)一色(いっしょく)表情(ひょうじょう)で、左右(さゆう)見回(みまわ)して(なに)かを(さが)していた。

 ――少女(しょうじょ)がこちらに()がついた。ハッと(まる)()見開(みひら)いて、(ひど)(おび)えた(かお)後退(あとずさ)少女(しょうじょ)(おとこ)たちは全速力(ぜんそくりょく)()かったが、いかんせん距離(きょり)もあり、少女(しょうじょ)劇場(げきじょう)天幕(てんまく)(なか)へと()げてしまった。

 劇場(げきじょう)天幕(てんまく)(たか)さは5(かい)建築(けんちく)相当(そうとう)(はば)直径(ちょっけい)家屋(かおく)20(けん)(ぶん)と、正面口(しょうめんぐち)まで()ると圧巻(あっかん)(おお)きさだ。平時(へいじ)であれば観客(かんきゃく)(にぎ)わうのだろうが、(いま)帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)()()禁止(きんし)区域(くいき)としているため、(しず)まり(かえ)っている。そこに少女(しょうじょ)(はい)っていったのだから、きっちり『見回(みまわ)り』の仕事(しごと)()たさなくてはならない。……(ひと)()めは(かな)わなかったが、3(にん)(かこ)むのもまあいいだろう。

 (おとこ)たち3(にん)薄汚(うすぎたな)()みを()かべながら、劇場(げきじょう)天幕(てんまく)(なか)へと(はい)っていった。



 劇場(げきじょう)天幕(てんまく)内部(ないぶ)は、薄暗(うすぐら)く、()()てていた。

 (ひる)だというのに薄闇(うすやみ)(ひろ)がり、人丈(ひとたけ)もある木箱(きばこ)衝立(ついたて)乱雑(らんざつ)()かれて、地下(ちか)への昇降機(しょうこうき)()けっ(ぱな)しで(あな)になっていた。どうやら王国(おうこく)(ぐん)物資(ぶっし)倉庫(そうこ)として使用(しよう)していたらしい。帝国(ていこく)(ぐん)占領(せんりょう)した(あと)も、(した)()兵士(へいし)なり捕虜(ほりょ)(おんな)住居(じゅうきょ)として使(つか)(まわ)予定(よてい)だった。今日(きょう)昼前(ひるまえ)(ほか)(たい)大人数(おおにんずう)内部(ないぶ)調査(ちょうさ)し、王国(おうこく)(ぐん)残党(ざんとう)(ひそ)んでおらず、安全(あんぜん)確認(かくにん)していた。()らされたのはその(とき)だろう。

 (おとこ)たち3(にん)は、天幕(てんまく)(おく)へと(すす)んでいく。

 ――シャンシャンと、(すず)()(おく)から()こえてくるのだ。

 しかし通路(つうろ)(せま)()()んでいる(うえ)木箱(きばこ)衝立(ついたて)(おとこ)たちを(はば)んだ。(よろい)(けん)装備(そうび)したままでは時間(じかん)がかかってしまい、(すず)()途中(とちゅう)から()こえなくなっていたが、ようやく(ひら)けた場所(ばしょ)()た。

 中央(ちゅうおう)ホールだ。地平(ちへい)にも(てん)にも広々(ひろびろ)とした薄暗(うすぐら)空間(くうかん)(なか)に、観客席(かんきゃくせき)扇形(おうぎがた)(ひろ)がっている。その中心(ちゅうしん)には(だん)になった舞台(ぶたい)があり、5(かい)相当(そうとう)上空(じょうくう)から()(ひかり)がわずかに()()んでいた。

 (おとこ)たち3(にん)(おど)()少女(しょうじょ)(さが)したが、姿(すがた)はなかった。

 ()わりに、見回(みまわ)(ちゅう)()えた4(にん)帝国(ていこく)(へい)発見(はっけん)した。



 ――(くび)をくくられ、宙吊(ちゅうづ)りにされた姿(すがた)で。



 舞台(ぶたい)中央(ちゅうおう)天井(てんじょう)から()れた4(ほん)のロープの(さき)の、(ひと)二人分(ふたりぶん)(たか)(ちゅう)に、4(にん)(おとこ)(くび)をくくられ()るされていた。……4(にん)とも(すで)(いき)()かった。

 敵襲(てきしゅう)だ。(おとこ)たち3(にん)身構(みがま)え、周囲(しゅうい)警戒(けいかい)した。

 ――劇場(げきじょう)天幕(てんまく)(ない)が、()暗闇(くらやみ)になっている――。

 正面口(しょうめんぐち)()められたのだ。ただでさえ薄暗(うすぐら)かった天幕(てんまく)(ない)は、中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)上空(じょうくう)からわずかに(ひかり)()()むのみとなり、暗闇(くらやみ)(つつ)まれた。

 (ひかり)(ちか)くに()ては恰好(かっこう)(まと)だ。(おとこ)たち3(にん)はすぐさま()(みち)暗闇(くらやみ)()(かく)した。

 油断(ゆだん)した。まだ(てき)がいたのだ。帝国(ていこく)(へい)一人(ひとり)ずつおびき()せて、(ころ)していたのだ。(おど)()少女(しょうじょ)(おとり)(やく)で、その(ほか)王国(おうこく)(ぐん)残党(ざんとう)(かく)れているに(ちが)いない。(おとこ)たちは(けん)()き、完全(かんぜん)戦闘(せんとう)態勢(たいせい)になった。



 (おとこ)たち3(にん)(かた)まり、暗闇(くらやみ)(なか)慎重(しんちょう)(すす)む。

 目的(もくてき)索敵(さくてき)、および(そと)への脱出(だっしゅつ)だ。(てき)何人(なんにん)いて、(なに)をしてくるかまったくわからない。絶対(ぜったい)にこちらの居場所(いばしょ)(さぐ)られないよう、(いき)(ひそ)め、物音(ものおと)をたてないように()()()めた。

 しばらく暗闇(くらやみ)(すす)んだが、(そと)(ひかり)()つからない。(はい)って()(みち)()(かえ)しているはずだったのに、どこを(すす)んでいるのかわからなくなっていた。こんなことなら手間(てま)をかけてでも天幕(てんまく)一部(いちぶ)()がしておけばと後悔(こうかい)した。(てき)気配(けはい)はまったく(かん)じない。(ひそ)んでいたとしても2人(ふたり)か3(にん)だろう。

 ――シャンシャン。(すず)()天井(てんじょう)ホールに反響(はんきょう)する。

 さらに(すず)()はシャンシャンと(つづ)いていき、だんだんと(つよ)(はげ)しくなっていく。(おと)がするのは中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)だ。これも(おとり)なのだろうが、(そと)(ひかり)(ひそ)(てき)発見(はっけん)できない以上(いじょう)少女(しょうじょ)()らえて()がかりを()るのが得策(とくさく)だろう。

 (おとこ)たちは居場所(いばしょ)(さと)られないよう、慎重(しんちょう)(もど)った。今度(こんど)中央(ちゅうおう)からの(ひかり)目印(めじるし)にできるが、足元(あしもと)(あな)木箱(きばこ)(はば)んでくるのは()わりない。またしても(すず)()途中(とちゅう)()()んでしまったが、なんとか天幕(てんまく)中央(ちゅうおう)まで(もど)ってきた。

 舞台(ぶたい)には、少女(しょうじょ)(だれ)もいなかった。

 (ほか)絞死体(こうしたい)宙吊(ちゅうづ)りにされたままで、変化(へんか)はない。周囲(しゅうい)観客席(かんきゃくせき)などにも、少女(しょうじょ)(だれ)(ひそ)んでいる気配(けはい)はなかった。



 ――ひとり、()りない。



 2人(ふたり)しかいない。3(にん)(はな)れずに行動(こうどう)していたはずなのに。

 2人(ふたり)はいなくなった仲間(なかま)(さが)した。



 ――()えている。



 4つの絞死体(こうしたい)が、5つに()えている。

 (おとこ)たちは舞台(ぶたい)近寄(ちかよ)り、(ひと)二人分(ふたりぶん)(たか)さに()()げられた、(あたら)しいそれを見上(みあ)げて確認(かくにん)した。……間違(まちが)いなく、たった(いま)まで行動(こうどう)(とも)にしていた仲間(なかま)だった。(すで)(いき)はなかった。

 この(とき)(おとこ)たちは、ある事実(じじつ)()がついた。



 5(にん)(くび)()っているのは、ロープではない。

 ――紫色(むらさきいろ)()けた(ぬの)背丈(せたけ)何倍(なんばい)にも(なが)(ぬの)

 それが(ほそ)()()り、(くび)、そして全身(ぜんしん)をしめている。

 絞死体(こうしたい)5つすべてが、(ぬの)全身(ぜんしん)ぐるぐる()きだった。



 (おとこ)たち2人(ふたり)は、(ふたた)暗闇(くらやみ)(なか)(はい)った。

 仲間(なかま)はだいぶ精神(せいしん)にきていたが、(かつ)()れて(とも)行動(こうどう)させる。(すこ)しでも(はな)れれば(いのち)()い。2人(ふたり)(かた)まって索敵(さくてき)をしながら、(そと)目指(めざ)し、暗闇(くらやみ)迷宮(めいきゅう)彷徨(さまよ)った。

 ――シャンシャン。暗闇(くらやみ)から(すず)()()こえる。

 ――シャンシャン。(おと)(おお)きく、鮮明(せんめい)になる。

 そして(すず)()は、(おとこ)たち2人(ふたり)周囲(しゅうい)(まわ)(はじ)めた。(くら)()ぎて(かげ)しか()えないが、ひらひらと人影(ひとかげ)(うご)いている。(ぬの)のようなものが(おとこ)(ほほ)をかすめ、(あま)(のこ)()(はな)をくすぐられる。四方八方(しほうはっぽう)、あちこちへと位置(いち)()えて、暗闇(くらやみ)(なか)にけたたましく(ひび)(すず)()――……。

 ――シャンシャン。シャンシャン――

 ついに、仲間(なかま)発狂(はっきょう)してしまった。

 奇声(きせい)()げ、闇雲(やみくも)(けん)()(まわ)すが、(すず)()()まないし、リズムも(くず)れない。そして――

 仲間(なかま)(おとこ)奇声(きせい)が、悲鳴(ひめい)()わった。

 『やめろ』『(たす)けてくれ』。仲間(なかま)悲鳴(ひめい)(すず)()(とお)ざかっていく。もはや(たす)ける余裕(よゆう)はない。しかし――……。

 (おとこ)はここで、()けに()た。

 ――(てき)は、たったひとりしかいない――。

 木箱(きばこ)につまづき、衝立(ついたて)にぶつかりながら、とにかく(はや)(すず)()方向(ほうこう)目指(めざ)した。 

 このままひとりで闇雲(やみくも)出口(でぐち)(さが)しても、手間取(てまど)っているうちに暗闇(くらやみ)(なか)()られて()わりだ。ならば天幕(てんまく)中央(ちゅうおう)からの(ひかり)(たよ)りに舞台(ぶたい)(もど)る。仲間(なかま)救出(きゅうしゅつ)()()えばベストだが、そうでなくとも――形勢(けいせい)逆転(ぎゃくてん)可能性(かのうせい)がある。

 暗闇(くらやみ)(すず)()反響(はんきょう)する(なか)(おとこ)(てき)遭遇(そうぐう)することなく、なんとか天幕(てんまく)中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)まで(もど)ってきた。

 ――()()わなかった――。



 中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)(ひかり)(なか)に、()()げられた人影(ひとかげ)が、6つ。

 びくんびくんと()ねる1つも、(いま)(うご)きが()まった。

 (ひと)二人分(ふたりぶん)(たか)くの(ちゅう)()()げられた、6つの絞死体(こうしたい)

 そこから(なな)(した)、ピンと()られたベールの(さき)で――

 ――(おど)()少女(しょうじょ)が、深々(ふかぶか)と、優雅(ゆうが)にお辞儀(じぎ)をする。

 ベールを背負(せお)()くように(かが)()んで、(あたま)()げて。

 (おとこ)(にん)、ベールで全身(ぜんしん)ぐるぐる()きの絞死体(こうしたい)(した)で。



 ()()わなかった。

 しかし、成果(せいか)はある。

 闇討(やみう)ちしかしてこない少女(しょうじょ)と、1(たい)1。

 (ひかり)(なか)(ひら)けた舞台(ぶたい)対面(たいめん)できたのだ。



 ――少女(しょうじょ)はこちらを()るなり、()()した。

 ベールを手放(てばな)し、マーメイドドレスの(すそ)をばさばさと逃走(とうそう)するが、たちまち(おとこ)()いついた。舞台(ぶたい)(そで)少女(しょうじょ)片腕(かたうで)(わし)づかみにし、そのまま対面(たいめん)する(かたち)でもう片方(かたほう)()()らえ、()ぶりなベッド(だい)木箱(きばこ)(うえ)()(たお)す。

 ――(おとこ)少女(しょうじょ)を、いとも簡単(かんたん)()()せた。

 (おとこ)少女(しょうじょ)馬乗(うまの)りにしながらも、(ねん)()れて周囲(しゅうい)警戒(けいかい)する。――やはり予想(よそう)(どお)りだ。王国(おうこく)(ぐん)残党(ざんとう)など、(はじ)めから(ひそ)んでいなかった。(てき)最初(さいしょ)から、ひとりのみだったのだ。

 少女(しょうじょ)(おとこ)巨体(きょたい)(した)懸命(けんめい)(あば)れるが、その細腕(ほそうで)では(おとこ)豪腕(ごうわん)(かな)わない。(おんな)としてはやや(たか)めの背丈(せたけ)も、この(おとこ)よりは(あたま)ひとつ(ちい)さく、体格(たいかく)もずっとか(ぼそ)かった。

 少女(しょうじょ)は、殊勝(しゅしょう)にもすぐに大人(おとな)しくなった。

 ()ったのだ。そして――

 ――(おど)()少女(しょうじょ)が、すぐそこ、()(まえ)に。

 ひどく(おび)えた幼顔(おさながお)身体(からだ)(ふる)わせ、(かた)(いき)をし、はぁ、はぁ、と(あつ)吐息(といき)がこちらの(かお)()きかかる。(あま)やかな(かお)りに、(しろ)(はだ)(にじ)んだ(あせ)()じった少女(しょうじょ)(にお)い。紆余曲折(うよきょくせつ)あったが、(はか)らずも当初(とうしょ)目論見(もくろみ)(どお)りの状況(じょうきょう)になった。

 ――(おど)()少女(しょうじょ)と、二人(ふたり)きりである。

 しかし、なかなかに(あじ)真似(まね)をしてくれた(めす)餓鬼(がき)である。帝国(ていこく)騎士(きし)(だん)所属(しょぞく)屈強(くっきょう)(おとこ)が、6(にん)()られたのだ。それも、たったひとりの十代(じゅうだい)(なか)(ほど)(おど)()(おんな)ごときに。こんな不名誉(ふめいよ)将軍(しょうぐん)には王国(おうこく)(ぐん)精鋭(せいえい)(のこ)っていたとでも報告(ほうこく)するよりあるまい。(ほか)(たい)からも(なん)となじられるか()れないし、()(のこ)ったというのに(ひど)憂鬱(ゆううつ)だった。だからこそ、少女(しょうじょ)には対価(たいか)(はら)ってもらわなくてはならない。

 ――まずはやはり、ぷりぷりの乳房(ちぶさ)からだ。

 ぴちりと(むらさき)のドレスに(おお)われた、()ぶりなメロン(ほど)乳房(ちぶさ)。それが(かた)(いき)をする(たび)に、(ふく)らんでは(しぼ)んでと主張(しゅちょう)()めない。(おとこ)少女(しょうじょ)()()せたまま、乳房(ちぶさ)へと(みずか)らの(かお)(ねら)(さだ)めた。少女(しょうじょ)表情(かお)恐怖(きょうふ)嫌悪(けんお)(ゆが)涙顔(なみだがお)(たの)しみながら、じわりじわりと間合(まあ)いを(おか)していく。頭上(ずじょう)から()きかかる少女(しょうじょ)呼吸(こきゅう)は、より(あつ)く、(はや)(はげ)しく。連動(れんどう)して少女(しょうじょ)乳房(ちぶさ)も、よりうねり、うごめいて。(つよ)くなる少女(しょうじょ)(かお)りも、より(あま)く、(あせ)()っぱく、芳醇(ほうじゅん)に。たちまち距離(きょり)()まり、(おとこ)(はな)は、ふたつの乳房(ちぶさ)(あいだ)()れそうになった。

 ――しかし、おかしい。これ以上(いじょう)(ちか)づけない。

 身体(からだ)(まえ)(うご)かない。(あたま)(まえ)(たお)れない。これからだというのにじれったい。(おとこ)(ちから)()れて身体(からだ)(まえ)()っていった、その(とき)――

 天井(てんじょう)暗闇(くらやみ)から、ガコンと、重量物(じゅうりょうぶつ)(うご)(おと)がした。

 その異音(いおん)(おとこ)は、ハッと身体(からだ)()こし、()がついた。



 ――なめらかな(ぬの)で、(くび)がくくられていることに。



 (つぎ)瞬間(しゅんかん)(おとこ)身体(からだ)急激(きゅうげき)後方(こうほう)へと()()んだ。

 (ぬの)(くび)にぐぐっと()まったかと(おも)えば、(ぞう)(くま)かという(すさ)まじい(ちから)後方(こうほう)へと()()ばされた。少女(しょうじょ)()()せていた(おとこ)身体(からだ)は、()(すべ)なく()っぺがされ、舞台(ぶたい)中央(ちゅうおう)まで(ころ)がった。

 ――舞台(ぶたい)装置(そうち)だ。先程(さきほど)天井(てんじょう)からの異音(いおん)はこのからくりだったのだ。(おとこ)はすぐに()()がろうとしたが、(はげ)しく(あたま)()すられたせいか、(あし)(ちから)(はい)らない。いや、それだけではない。(おとこ)(みずか)らの身体(からだ)見下(みお)ろした。

 ――全身(ぜんしん)が、ベールで、ぐるぐる()きになっている。

 (くび)()まった(ぬの)は、()けた(むらさき)(おど)()のベールだった。仲間(なかま)(おとこ)()()げていたものとは(べつ)のベールを、舞台(ぶたい)(そで)(わな)として()っていたのだ。(おとこ)背丈(せたけ)(ばい)以上(いじょう)(なが)大判(おおばん)(ぬの)、その中間(ちゅうかん)()(ほそ)()(しぼ)られて、(おとこ)(くび)()きつき、さらに(ころ)がった拍子(ひょうし)(うで)(あし)にまで、全身(ぜんしん)ががんじがらめに(から)みついていた。

 少女(しょうじょ)が、静々(しずしず)(ある)いて()る。(おとこ)のやや(はな)れた前方(ぜんぽう)、ぷらぷらと宙吊(ちゅうづ)りになっているベールの両端(りょうたん)()(まえ)まで()ると、(すず)(かざ)られた二(ほん)()()(りょう)()()り――

 少女(しょうじょ)はベールを()()ろした。

 ――(おとこ)(くび)が、(つよ)()()がる。

 さらに全身(ぜんしん)(から)んだベールも、(するど)()()がる。少女(しょうじょ)細腕(ほそうで)にしては(つよ)(ちから)だ。(おとこ)不審(ふしん)(おも)天井(てんじょう)見上(みあ)げた。



 ――舞台(ぶたい)装置(そうち)天井(てんじょう)シーソー。

 両端(りょうたん)、こちら(がわ)少女(しょうじょ)(がわ)にベールが()れている。

 支点(してん)圧倒的(あっとうてき)にこちら(がわ)(かたよ)っていた。

 少女(しょうじょ)は『てこ』を使(つか)えるのだ。



 しかし、(おとこ)はびくともしない。

 当然(とうぜん)だ。少女(しょうじょ)細腕(ほそうで)小細工(こざいく)使(つか)ったぐらいでは、(おとこ)(きた)()げた(くび)()るがない。それどころか少女(しょうじょ)()いてくれたおかげで、(おとこ)安定(あんてい)して()つこともでき、(こし)()として()()れるようにもなった。

 (おとこ)少女(しょうじょ)、ベールの()()いが膠着(こうちゃく)する。どうやら舞台(ぶたい)装置(そうち)強力(きょうりょく)()()れるのは、(おとこ)舞台(ぶたい)(そで)から()()ばした最初(さいしょ)一度(いちど)のみのようだ。()すられた(あたま)回復(かいふく)してきて、(うで)(あし)全身(ぜんしん)(ちから)(もど)りつつある。その(とき)だった。

 ――(おとこ)(かかと)が、()()がる。

 少女(しょうじょ)(かが)()みながらベールを()()ろしたのだ。細腕(ほそうで)(ちから)だけではなく、全身(ぜんしん)筋力(きんりょく)使(つか)い、体重(たいじゅう)()せた少女(しょうじょ)のしめつけ。(おとこ)(くび)身体(からだ)を、より(するど)くベールが()()んで(おそ)った。

 しかし、所詮(しょせん)瞬間的(しゅんかんてき)(ちから)()ぎない。()()げるためには継続的(けいぞくてき)()必要(ひつよう)がある。(あん)(じょう)少女(しょうじょ)()()がると同時(どうじ)にベールの()りを(ゆる)めた。この瞬間(しゅんかん)(おとこ)()っていた。その反動(はんどう)(すき)利用(りよう)し、(かかと)()くと同時(どうじ)(ぜん)体重(たいじゅう)をかけ、ベールを天井(てんじょう)から()とす――はずだった。

 ――(かかと)が、()いたまま、(もど)らない。

 馬鹿(ばか)な。(しん)じられない。少女(しょうじょ)(がわ)のベールは緩々(ゆるゆる)()(あそ)んでいるというのに、こちら(がわ)のベールはピンと()り、(おとこ)(くび)()()げている。(おとこ)はもう一度(いちど)天井(てんじょう)舞台(ぶたい)装置(そうち)見上(みあ)げた。



 ――天井(てんじょう)シーソーは、『(かた)可動(かどう)(しき)』。

 少女(しょうじょ)(がわ)には(かたむ)くが、こちら(がわ)には(かたむ)かない機構(きこう)

 瞬間的(しゅんかんてき)(つよ)()ければ、重量物(じゅうりょうぶつ)()()げられる。

 か(ぼそ)(うで)少女(しょうじょ)でも(あつか)える、演出(えんしゅつ)(よう)舞台(ぶたい)装置(そうち)――。



 ()()()くのを(おとこ)(かん)じた。しかしすぐに行動(こうどう)した。とにかく()くのだ。(みずか)(くび)()め、舞台(ぶたい)装置(そうち)ごと破壊(はかい)せんとばかりに、(ちから)づくで()いた。――(うご)かない。びくともしない。()物狂(ものぐる)いでベールを()いていると、(おとこ)少女(しょうじょ)視線(しせん)()がついた。

 ――少女(しょうじょ)はこちらを、(かな)しい表情(かお)()つめていた。 

 完全(かんぜん)()()めて、()ったベールを(ゆる)めて。やがて少女(しょうじょ)(かお)()せると、(しず)かに(くち)(ひら)いた。




「ごめんなさい……」




 ――(あし)が、()たらない。

 (あば)れても、(なに)にも()れない。

 (おとこ)巨体(きょたい)が、完全(かんぜん)に、(ちゅう)()いた。



 (さい)始動(しどう)する天井(てんじょう)シーソー。()こう(がわ)()()ろされる(たび)に、こちら(がわ)が、ひとつ、ひとつと、(こぶし)ひとつ(ぶん)()()がる。

 ひとつ、ひとつ。みるみると舞台(ぶたい)(はな)れていく。

 ひとつ、ひとつ。(おとこ)巨体(きょたい)()()がっていく。

 ひとつ、ひとつ。仲間(なかま)(にん)(もと)(ちか)づいていく。

 ()がるばかりで()まらない。それどころか()がる間隔(かんかく)(せば)まってきている。このままでは――このままでは……。

 冗談(じょうだん)ではない。こんな()わり(かた)絶対(ぜったい)(ゆる)されない。こんな()わり(かた)のために(たたか)ってきたのではない。戦場(せんじょう)華々(はなばな)しく()るためだ。勇敢(ゆうかん)最期(さいご)(むか)えるためだ。(おとこ)身体(からだ)はかつてない(ちから)でみなぎり、全身(ぜんしん)()める拘束(こうそく)()(やぶ)(いきお)いで(あば)れた。そして――

 ひとつ、()()がる。

 まだ()りない。もっと(ちから)()れるのだ。

 ひとつ、()()がる。

 もっとだ。もっと(ちから)()れるのだ。

 ひとつ、()()がる。

 もっと、もっと(ちから)を……。

 ひとつ、()()がる。

 (ちから)を――……。

 …………。

 (おとこ)は、(なに)()えられなかった。

 どれだけ(あし)をばたつかせ、もがき、(あば)れても、()()がる速度(そくど)加速(かそく)するばかりだった。いよいよ(くび)(むね)がきつくしまり、呼吸(こきゅう)もままならなくなってしまう。身体中(からだじゅう)から(ちから)()えて、(うで)が、(あし)が、(なまり)のように(おも)くなっていく。

 なぜ。どうしてこんなことに。地上(ちじょう)舞台(ぶたい)(はる)(とお)い。仲間(なかま)たち6(にん)ももうすぐそこだ。こんなことはあってはならない。あってはならないのに――……。

 (おとこ)はもう、(うで)(あし)(うご)かせなくなっていた。



 (おとこ)にできることは、もう、(なに)もない。

 そう、ここが()わりの場所(ばしょ)なのだ。

 (あと)はただ、(なが)めているしかない。

 自分(じぶん)()(やぶ)った(もの)姿(すがた)を。

 自分(じぶん)より(つよ)(もの)姿(すがた)を。

 勝者(しょうしゃ)雄姿(ゆうし)を。




 ――勝利(しょうり)(おど)少女(しょうじょ)の、ぷりぷりの、舞姿(まいすがた)を。




 舞台(ぶたい)(じょう)(むらさき)爛漫(らんまん)、マーメイドドレスの(すそ)がくるくると(まわ)()き、暗闇(くらやみ)劇場(げきじょう)(いろ)(かざ)る。ぴちりとドレスに(おお)われた女体(にょたい)肉付(にくづ)いた肢体(したい)をくねらせては、おしりを()()し、少女(しょうじょ)(なや)ましい(こし)づかいで()(おど)る。()けた(むらさき)のベールを左右(さゆう)()()ち、しなやかな(はこ)びで(ちゅう)へと()ばたかせては、()きついた(あま)(かお)りをぽわぽわと()りまいて。その()()(かざ)十数(じゅうすう)(すず)も、(うえ)(した)へ、シャンシャンと(うた)わせて。少女(しょうじょ)表情(かお)は、すまし(がお)(みずか)らが(つく)()げる世界(せかい)没入(ぼつにゅう)している。(だれ)(かれ)もを幻想(げんそう)(いざな)う、(むらさき)乙女(おとめ)(すず)(まい)少女(しょうじょ)はたおたおと(かな)(おど)りながら――

 ――(おとこ)(くび)を、()()げる。

 少女(しょうじょ)(うで)(ひろ)げて(まわ)り、(てん)(あお)いで身体(からだ)()らせて、一気(いっき)(かが)()みながらベールを()()ろす。それを何度(なんど)()(かえ)す。()()ろす(たび)に、(おとこ)全身(ぜんしん)をぐるぐる()きにしたベールが()まっていく。やわらかな(ぬの)表情(ひょうじょう)一変(いっぺん)させて、(するど)く、ぎゅうぎゅうと(おとこ)(くび)身体(からだ)()()んでくる。少女(しょうじょ)()()(やす)めない。それどころか(まい)(はげ)しくなる。より(はや)く、より(ふか)く、より(おお)きく。少女(しょうじょ)はますます(おど)(たか)ぶりながら、ベールを()()ろし、(おとこ)をぎゅうぎゅうにしめ(つづ)ける。

 ――ぷりぷりと、乳房(ちぶさ)(おど)らせながら。

 ()ぶりなメロン(ほど)(おお)きさの乳房(ちぶさ)ふたつが、のびのびと、勝手気(かってき)ままにはしゃぎ(まわ)る。あれだけ(ちか)くにあったのに。あと(すこ)しで()れるところだったのに。(いま)はもう、(なに)(とど)かない。

 ぷりんぷりんと、乳房(ちぶさ)(はず)ませながら、(くび)()める。

 ばるんばるんと、(あお)いでは(かが)()み、身体(からだ)()める。

 体力(たいりょく)気力(きりょく)使(つか)()たした(いま)(おとこ)には、少女(しょうじょ)程度(ていど)(ちから)でも、ひとたまりもない。()めつけてくるベールに(あらが)えず、(うで)(あし)はあらぬ方向(ほうこう)()げられ、ひしゃげられ、隙間(すきま)という隙間(すきま)()(つぶ)される。かろうじて(のこ)っていた呼吸(こきゅう)のための(むね)空間(くうかん)までも、容赦(ようしゃ)なく()(つぶ)される。

 少女(しょうじょ)(けっ)して(ゆる)めない。すでに(しぼ)(かす)(おとこ)から、淡々(たんたん)と、何度(なんど)(しぼ)りとってくる。(くろ)(かみ)()(みだ)し、きらりと(あせ)(はじ)けて、()わらずのすまし(がお)紅潮(こうちょう)させながら。ぷりんぷりん、ばるんばるんと、乳房(ちぶさ)大忙(おおいそが)しに(おど)りながら。しかし(おとこ)にはどうすることもできない。()ているしかない。

 ――(おとこ)は、少女(しょうじょ)に、()けたのだから。

 そう、()けたのだ。(おど)()(わな)に、まんまと()められてしまったのだ。たったひとりの少女(しょうじょ)に、7(にん)もの帝国(ていこく)(へい)がやられてしまった――。

 ベールを()()ろす少女(しょうじょ)舞姿(まいすがた)が、白黒(しろくろ)(にじ)んでいく。ますますけたたましいはずの(すず)()が、(とお)のいていく。ぎゅうぎゅうに全身(ぜんしん)()めてくるベール、その(ぬの)()かれた(あま)(かお)りに、(はな)をくすぐられる。もはや(はる)(とお)くの地上(ちじょう)舞台(ぶたい)。もう指先(ゆびさき)すらも(うご)かない。もうどうにもできない。もう……もう……。

 劇場(げきじょう)天幕(てんまく)中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)上空(じょうくう)()()げられて、(くび)身体(からだ)(あま)やかなベールにぎゅうぎゅうに()めつけられて、なおも()(つづ)ける(おど)()姿(すがた)、ぷりぷりと()(まわ)乳房(ちぶさ)(まい)(まえ)に――

 (おとこ)意識(いしき)は、ベールの(なか)へと()えていった。



 終演(しゅうえん)少女(しょうじょ)深々(ふかぶか)(かが)()み、(れい)姿勢(しせい)(つづ)ける。

 その背中(せなか)後方(こうほう)には、(ちゅう)ぶらりんに()られた(おとこ)

 びくん、びくんと、(おとこ)巨体(きょたい)(ちゅう)()ねる。

 その振動(しんどう)(くび)()めるベールを(つた)い――

 体重(たいじゅう)をかけて(かが)背負(せお)少女(しょうじょ)(とど)く。

 びくん…………びくん…………。

 だんだんと間隔(かんかく)(ひら)いていく。

 ()ねも(ちから)(よわ)くなっていく。

 そして、ついに――

 完全(かんぜん)停止(ていし)した。



 帝国(ていこく)(へい)(おど)()少女(しょうじょ)、7(たい)1の市街(しがい)(せん)決着(けっちゃく)した。

 (おとこ)たちは少女(しょうじょ)(くび)(くく)られ、(ちゅう)()るし()げられた。

 たったひとりの(おど)()に、7(にん)全員(ぜんいん)()(ころ)された。



 (しず)かになった劇場(げきじょう)で、ようやく少女(しょうじょ)()()がった。

 (かが)背負(せお)うように()いていたベールを(ゆる)め、(すず)(かざ)()()(しず)かに手放(てばな)し、身体(からだ)ごと(うし)ろに()(かえ)る。――劇場(げきじょう)天幕(てんまく)中央(ちゅうおう)舞台(ぶたい)()るし()げられた、帝国(ていこく)(へい)(おとこ)たち7(にん)亡骸(なきがら)少女(しょうじょ)はそれらを見上(みあ)げながら、うわ(ごと)のようにつぶやいた。

「これを……わたくしが……ひとりで……」

 そのまま(すう)()後退(あとずさ)ると、その()(くず)れるように、ぺたりと(すわ)()んだ。()じた片手(かたて)(むね)()()てて、(かお)()()火照(ほて)らせて。(しろ)(はだ)からはどっと(あせ)()()て、身体(からだ)時折(ときおり)小刻(こきざ)みに(ふる)わせて。少女(しょうじょ)無心(むしん)にとろけた表情(かお)をしながら、しみじみと呼吸(こきゅう)(ととの)えていた。

 突如(とつじょ)劇場(げきじょう)暗闇(くらやみ)に、(ひかり)()()む。

 まばゆい正面口(しょうめんぐち)少女(しょうじょ)(かお)()けた。――(なが)()びた一本(いっぽん)人影(ひとかげ)少女(しょうじょ)(かお)はハッと目覚(めざ)め、()(まる)くして(くち)(ひら)いた。

「ルシウスさん……!」

 ()っていたのは、(おさな)少年(しょうねん)だった。

 背丈(せたけ)少女(しょうじょ)(こし)(ほど)までしかなく、(とし)は5つ(ほど)だろうか。表情(ひょうじょう)(かた)く、(ほお)強張(こわば)らせていた。

 少女(しょうじょ)はすぐさま()()がり、舞台(ぶたい)(まえ)階段(かいだん)をかけ()りて、少年(しょうねん)(はし)()っていく。すると少年(しょうねん)(ある)()す。みるみると少年(しょうねん)(あし)(はや)くなる。観客席(かんきゃくせき)中央(ちゅうおう)で、少女(しょうじょ)(ひざ)をついて、少年(しょうねん)()きしめた。

「もう大丈夫(だいじょうぶ)よ。大丈夫(だいじょうぶ)

 少年(しょうねん)棒立(ぼうだ)ちで、表情(ひょうじょう)()わらず(かた)まっていた。まるで(こおり)のような小身(しょうしん)を、少女(しょうじょ)はひしと()きしめる。ぴちりとドレスで(おお)った(むね)()()て、ぎゅうと変形(へんけい)させて、隙間(すきま)()めていく。そして――

 (うで)(なか)少年(しょうねん)に、少女(しょうじょ)(やさ)しく(かた)りかけた。




(こわ)(ひと)たちはみんな、お(ねえ)ちゃんがやっつけたわ」




 少年(しょうねん)(かた)(かお)は、ようやく、わあわあと決壊(けっかい)した。

 (せき)()ったように()きじゃくる少年(しょうねん)少女(しょうじょ)のか(ぼそ)(こし)(うで)(まわ)し、懸命(けんめい)にしがみつきながら、ドレス()しの乳房(ちぶさ)(あいだ)(かお)(うず)めて、(おも)いのありったけをぶちまける。

 少女(しょうじょ)は、(おだ)やかに()()める。(なみだ)も、()(ごえ)も、鼻水(はなみず)も、よだれも――少年(しょうねん)(なに)もかもを、一身(いっしん)女体(にょたい)()()める。(ちい)さな身体(からだ)()まっていたものを、存分(ぞんぶん)()()させる。その間中(あいだじゅう)、やさしく(あたま)()で、(やさ)しい口調(くちょう)(なぐさ)(つづ)ける。すべてを()()るまで、(うで)(なか)で――……。

 7つの絞死体(こうしたい)(した)で、少女(しょうじょ)少年(しょうねん)()(つづ)けた。



 ようやく()()いても、少年(しょうねん)はそこを(はな)れなかった。

 すっかりぐちゃぐちゃになった少女(しょうじょ)(むね)に、くたくたの少年(しょうねん)はなおも懸命(けんめい)にしがみつく。()()てるまで()()くし、もう足腰(あしこし)(ちから)(はい)らないのだ。

 少女(しょうじょ)少年(しょうねん)(はな)さずに(かか)えたまま、少年(しょうねん)(ひざ)(うら)片腕(かたうで)(まわ)した。――お姫様(ひめさま)()っこの(かたち)だ。少女(しょうじょ)少年(しょうねん)身体(からだ)()()げたまま、すっと()()がる。相変(あいか)わらず(むね)(かお)(うず)めたままの少年(しょうねん)に、少女(しょうじょ)(やさ)しく微笑(ほほえ)み、そして――

 赤子(あかご)のようなおでこに、ひとつ、キスをした。



 (おど)()(うし)姿(すがた)が、正面口(しょうめんぐち)(ひかり)へと()かっていく。

 盛夏(せいか)湖上(こじょう)涼風(りょうふう)に、肩上(かたうえ)黒髪(くろかみ)をなびかせて。

 マーメイドドレスの(すそ)をひらひらとおどらせて。

 石畳(いしだたみ)(うえ)(すそ)(なか)でくぐもった靴音(くつおと)(ひび)かせて。

 (おど)()少女(しょうじょ)足早(あしばや)に、()戦場(せんじょう)(あと)にする。

 (しろ)(はだ)()一面(いちめん)にさらした、(おど)()(うし)姿(すがた)

 帝国(ていこく)(へい)(おとこ)(にん)()()った、少女(しょうじょ)(うし)姿(すがた)

 ()(つか)れた少年(しょうねん)を、お姫様(ひめさま)()っこに(かか)えて。

 (けっ)して()(かえ)らずに、(まえ)だけを見据(みす)えて。

 少女(しょうじょ)は、(ひかり)(なか)へと()えていった。



 シャンシャンと、(すず)()(ひび)く。

 静寂(せいじゃく)劇場(げきじょう)()()がったベール。

 その先端部(せんたんぶ)(ちゅう)ぶらりんの()()

 そこを(かざ)十数(じゅうすう)(すず)(かぜ)(うた)うのだ。


 ――シャンシャン――シャンシャン――。


 いつまでも舞台(ぶたい)()るし()げられ(つづ)ける。

 ()()けていく(おだ)やかな涼風(りょうふう)(うた)(つづ)ける。

 ぽわぽわとベールに()かれた(あま)(かお)りと(とも)に。

 ぎゅうぎゅうに()められた7つの絞死体(こうしたい)(とも)に。


 ――シャンシャン――シャンシャン――。


 静寂(せいじゃく)劇場(げきじょう)(いろ)めく音色(ねいろ)()(ひび)く。

 ()れるベールの(かお)りに(あま)(つつ)まれる。

 いつまでも、ぎゅうぎゅうに。

 いつまでも、シャンシャンと。



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