〈A Nation of Freedom and obedient knights〉4
不意に緩んだ頬を、昔時は咳払いで誤魔化 し、緊張で体がガチガチの秘書官を一旦落ち着かせる。
彼女が落ち着いたのを確認してから、昔時は本題に移る。
「え〜っと…君、今の時間を把握しているか?」
「はい。承知していますが……それが、どうかされましたか?。」
落ち着きを取り戻した秘書官の声は、ついさっきまであった震えが無くなり、とても従順で純粋無垢な部下…という印象に変わっていた。
そんな彼女の“まっすぐな”視線を見据えて、昔時は彼女に帰るよう勧めた。
「その……そろそろ帰らなくて大丈夫なのかとね……。」
「私は大丈夫です。……早く帰る理由もありません
から。」
だが、言わずもがな、彼女はそれをキッパリと断った。
まぁ、新人でもない限り、山積みの書類を前にして上司が帰らず自分だけ帰るなど、この国では
決してありえない。
「いや、だけど君、目……」
「私は至って普通ですので……ご心配なさらず。」
「いや、だから半目で言われても信憑性がね……」
…でも、今回ばかりは見ていられないと、俺が……いや、誰が見たって思うだろう。
何せ、話しているにもかかわらず、段々とその目蓋が閉じられていくのだから。
正直、既にその思考が半分、夢の中へ飛んでいる状態かもしれない。
当然、それを昔時が指摘したところで、彼女の気が変わるなど、ある訳がないが……
「たとえ半目でも、私には問題が無いんです。」
「君にとって問題が無くても、見ているこっちが心配で、作業に集中できなくなるんだ。」
「ですが……。」
それからかれこれ数十分を費 やして、昔時は何とか説得することが出来た。
だが、納得したはずの秘書官は、未だ不満そうに少し頬を膨らませている。
理解はしているけど、まだ納得は出来てない。
そういう風な顔でこちらをチラチラと見てくる。
「君には俺が不在の間に、沢山苦労を掛けただろう?。そのお礼程度でいいから、今回は大人しく帰ってくれ。」
「むぅ……わかりました。」
そんな彼女の頭を、昔時は優しく撫でてやり、お礼程度に…と言って改めて納得させる。
すると、彼女もようやく折れたようだ。
「帰り支度に」、と仄かに赤い頬を隠して、執務室を後にする。
その姿も、妹の様で愛おしい……など考えてはいられない。
「誰かを守りたいなら…まずは自分からだ。」
先程とは打って変わり、暗く、静かになった執務室で、昔時はそう呟くと、残った山積みの書類との格闘を再開した。