VSサイコサウルス
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「あたしゃをここから出すのか、出さんのか、どっちだ?」
「えっ、えーっと……」
僕は今、珍獣園のエリア:ジャングルにて、肉食恐竜型の珍獣「サイコサウルス」と対峙している。
ジャングル・マネージャーの君嶋さんは、この珍獣の異能らしき力によって、どこか遠くに飛ばされてしまった。
すなわち、この場は僕が何とかしなければならない。
「えーっと、ここから逃げ出したいんですか?」
「当たり前だ、クソ人間。お前だって自由を奪われるのは嫌だろうが」
「…………」
場を繋ぐための適当な問いかけだった。
特に意味のないはずの質問が、僕の中にずっとあった引っ掛かりを呼び起こす。呼び起こされた心の内の引っ掛かりは、疑問や疑念へと姿を変えて顕現する。
サイコサウルスの回答に、僕は沈黙するしかなかった。言葉を紡ぐことなどできなかった。
「ふん、どいつもこいつも人間は同じよ……。あたしゃら珍獣を見下してやがんのさ!!」
「……!?」
サイコサウルスが細く短い腕を前に伸ばす。同時に、頭部の紫色の頭巾が怪しく発光し出した。
おそらく、かぶっているように見える頭巾も体の一部なのだろう。
攻撃の気配をその場に流れるマナから感知する。
今はとにもかくにも、この場を生き延びることが先決だ。このままぼんやりしていたら、ただただ目の前の珍獣に殺されてしまうだけだ。
「カブ太!」
「かーふっ!」
肩に乗っているカブ太の頭部に触れる。珍獣装備化の合図。
「珍獣装備『巨人カブ』!!」
僕の取った選択は、サイコサウルスと戦うことだった。ここから生きて帰るために。
手に馴染んできた緑と白の片手剣を両手で構える。
「あたしゃらを道具のように使う人間も、それに組する訳の分からん珍獣も、どいつもこいつも大嫌いさね!!」
伸ばされた細い腕が紫色のオーラを纏って、強いマナの流れを解き放つ。
サイコサウルスは天上を仰ぎ見るように体を垂直に起こし、その細い腕も上方に伸ばす。
『念動馬力!!』
サイコサウルスが何かを唱えた後、僕の体は彼女の手先と同じ紫のオーラに包まれ、おもむろに宙に浮き出す。どれだけもがいても、地面からは遠ざかる一方だ。
「とうりゃー!!」
サイコサウルスは、大きく振りかぶって全身を全力で前傾させる。真上に伸ばされていた腕も、思い切り振り下ろす。
その瞬間、君嶋さんがそうだったように、僕の体はサイコサウルスから遠ざかるようにして高速で吹き飛ばされる。
「うわああああああ!!」
木と木の間を運良く潜り抜けた。このままこのスピードでエリア:ジャングルの木に衝突すれば、ただでは済まない。
あわわわ、なんとかしないと、なんとかしないと。こんなところで死ぬなんて、絶対に嫌だ。
「はっ! よし!」
空中で突如閃く。
僕には、カブ太がついている。
マナのコントロールは、畠中先生と共に訓練しているものの、未だ習いたての初心者であることには変わりない。それでも、できることはあるはずだ。
カブ太の異能「地根操作」。拙いマナコントロールで、地中から根っこを生やす。
高速で飛ぶ僕の足首に、根っこは間一髪で絡みついた。成功だ。
「うわあああああああああっ!!」
僕の足首を掴んだ根っこは、勢いで千切れそうになりながらも何とか持ちこたえ、空中で円を描くように僕の体を振り回す。
正確には、僕がマナコントロールによって根を操り、自分の体を振り回している。特殊装備の異能の使用も、マナコントロールが成す神秘だ。
しなる細い根を振り回し、サイコサウルスのいた位置を目掛けて、僕は僕の体を根で投げる。
「うひゃああああああっ!!」
絶叫する。自分でやっていることとはいえ、実際に体験すると怖いのだ。
サイコサウルスが、珍獣園の出口を目掛けて歩いているのが見える。
おそらく、僕を完全に仕留めた気でいるのだろう。
「いくよ、カブ太」
元いた位置に戻るための、空中の帰路。
剣形状のカブ太に小さく呟き、僕は深呼吸して集中力を高める。
流れの声が聞こえてくる。
エリア:ジャングルの木、水、土、風の流れ、そしてそこに棲むあらゆる珍獣の流れ。
その中からサイコサウルスの流れを感じ取る。徐々にその流れが近づいてくる。
珍獣装備に自分のマナの流れを宿す。
僕の手に持つ「カブ太」がより頑強な武器へと変わった。
「よし、成功だ」
僕はマナコントロールの中でも、武器に自分のマナを流すことが苦手だ。
修練中の成功率はおよそ三割程度。今この瞬間もそうだが、紅茶会における痣小路君との戦いでも、かなり運が良かったと言えるだろう。
サイコサウルスは油断しきっており、背後から迫る僕の影に気付かない。
僕はその体目掛け、攻撃を繰り出す態勢を整える。
「火崋山双剣流……」
サイコサウルスの背中を捕捉する。到達まで残り3秒もない。
「……!! なんですと!!」
このタイミングでようやく、サイコサウルスは自分の身に危機が迫っていることに気が付いた。
しかし認知が遅かった。このタイミングでは攻撃を躱せない。
『疾風刺し』
新たに体得した火崋山双剣流の剣技。
それを、両手で掴んだ剣の柄を前に突き出すようにして繰り出す。
会得難易度は低めらしいが、剣にマナを流しながら突くという動作が難しく、僕はかなり会得に苦労した。
畠中先生曰く、一般的な修行者の三倍の時間が掛かっていたらしい。案の定だ。
「はあっ!」
「ぐわぁああああああ!!」
その「疾風刺し」が攻撃対象に当たる。サイコサウルスが、悲痛な叫びをあげた。
暴走する珍獣は体を揺らめかせ、そのまま地面に伏した。
「あっ……、あの……」
恐る恐る倒れた珍獣に近寄り、声を掛ける。
「あんたさん、甘いなあ。狙いは致命傷になる部位でなく、脚。そんなんで戦士やっていけるんかい?」
「すいません……」
「あたしゃに謝るのは、ちょいと意味が分からんで」
どうしても、致命傷なんて狙えなかった。
致命傷を与えるべく攻撃することは、すなわち珍獣に殺意を向けることを意味する。
それは無理だ。僕に誰かを殺すことなんてできない。人であっても珍獣であっても。
これはやっぱり、戦士を目指す者としておかしなことだろうか。
「あんたさん、見たところアカデミー生かい。戦場ではその甘さ、命取りでなあ……、あの世で後悔するが良いわ!!」
横たわってゆったりと話していたサイコサウルスが、突然その身を起こす。
口いっぱいに生え揃った鋭い牙を覗かせると、僕の首元へ噛みついてきた。あまりの緩急に反応できず、牙が肌にめり込む感触を覚える。
「ぐうっ!?」
咄嗟に珍獣装備を振るった。
僕の慌てて繰り出した攻撃を、サイコサウルスは野生の驚異的な反射神経であっさり躱す。
「ありゃりゃ、異能に頼っていたせいで、すっかり顎の力が落ちちまったよ」
ガチガチと牙を鳴らしている。
その牙に噛みつかれた僕の鎖骨部位からは、血が留まることなく流れ出ていた。
言葉を解す珍獣と向かい合う。
正直に言うと、自分が今どうして彼女と戦っているのか、どうして彼女を止めようとしているのか、分からなかった。分からないままに対峙し、刃を向けている。
「人間、どうしてもあたしゃをここから出したくないみたいだね」
「それは……」
僕は今、なぜ彼女の元に戻って来たのだろう。生き延びる選択をするならば、この暴走する珍獣の前に戻って来なくても良かったはずだ。
自分でも驚くほど自然に、サイコサウルスの動きを止めるべく舞い戻り、その脚に攻撃する選択をした。
おそらく、僕も知らない内に「八併軍」に染まっていたのかもしれない。
以前の僕であれば、珍獣と戦う選択なんてしない。間違いなく即刻逃げていた。
でも、アカデミー生とは言え、今の僕は八併軍に所属している。
八併軍が運営する珍獣園、そこで保護している珍獣が暴走して逃げ出そうとしている。
きっと僕は、八併軍側の視点に立って、この出来事を見ていたんだ。
そして、八併軍の立場から、珍獣の暴走を君嶋さんに代わって止めようとした。そうしなければならないと思った。
僕が今、サイコサウルスと対峙している理由は「立場」だ。そこに、自分の思う正義は無い。
こんな僕に、彼女の自由を奪うことなんて、許されるのだろうか。
「あたしゃらの異能を利用しているだけの人間風情が、上に立った気でいるんでねえよ!」
サイコサウルスの細い腕が、再び紫のオーラを纏う。
対峙した以上、戦いは避けられない。
迷いの中で珍獣装備を構える。目の前の敵に殺されないために。
『念動馬力!!』
異能が発動される。これを克服できなければ、勝機は見えない。
シュルシュル。
地面から「地根操作」の根を生やし、右足首に絡める。
「ぬううう、持ち上がらん!! あんたさん、抵抗するんじゃないよ!!」
カブ太の根を使い、片足を絡めて浮力に抵抗する。これが、僕の考えたこの異能への対抗策だ。
「うおっとっとっと!」
地面から生えた根で絡めているのが右足だけのため、左足は浮上していく。それによって、体のバランスが大きく崩れる。
宙に浮かび上がる体を、根で引っ張って辛うじて地に留めているこの状況、右足が千切れてしまいそうだ。
「ぬううう!!」
「ぐううう!!」
珍獣であっても、特殊装備を使う人間であっても、異能を使う際は自身のマナを消費する。
これは、どちらが先に根を上げるかのスタミナ勝負だ。
「ふひい、ふひい……」
「ぜぇ、はぁ……」
数分経って、お互いに限界を迎える。
念力で体を浮かす力も、根で地面に留める力も、双方のパワーが落ちている。
「ふひい、ふひい、ぐへえ……」
ついに、サイコサウルスの念力が途切れ、僕を包んでいた紫色のオーラが消滅する。
彼女のマナが切れたのだ。サイコサウルスはその場で立ち尽くす。
そして、それは僕だって同じだった。
異能の根は地面へと還る。呼吸も荒くなり、意識も朦朧としてきていた。四つん這いになって呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……」
自分の中にある流れに耳を傾ける。
通常時よりも弱い流れ。
でも、まだやれる。まだ戦える。畠中先生と修練を積んでいてよかった。
二本の足で立ち上がる。珍獣装備の柄を両手で掴み、半身の状態で体の側方、地面に水平に刃を構えた。
『疾風刺し!』
剣に自分のマナを宿し、一度目に攻撃を入れた脚とは反対の脚目掛け、突き攻撃を放つ。
「そんなっ!?」
しかし、マナコントロールがそう何度も成功するはずもなく、繰り出した新技は失敗に終わった。
僕の弱弱しい突き攻撃は、サイコサウルスの硬い鱗を貫くことなく弾かれる。
ドサン!
不発の攻撃の後、僕もサイコサウルスも地に倒れ込む。
流石に活動の限界だった。体がピクリとも動かない。
サイコサウルスにしても、動くエネルギーは残っていなかったらしく、僕に反撃することなく横に倒れた。
「ごめんなさい、傷痛みますよね……」
「あんたさん、自分でやっておいてそりゃあ無いんじゃないかい?」
互いに動けなくなった僕とサイコサウルスは、体の代わりに口を動かす。
「あの、質問しても良いですか?」
彼女には聞きたいことがいくつかある。答えてくれると嬉しいのだが。
「良いよ、ただし一つだけ。あたしゃ、人間とは長く話したくないさね」
「じゃあ、一つだけ……。その頭にかぶっている頭巾って、体の一部なんですか?」
「……あんたさん、他に聞くことあったろ」
僕は質問したい事項を順位付けして、その中のナンバーワンをサイコサウルスに投げかける。
「あたしゃのこの紫色の頭巾のことかい。これは、皮膚でできとる。あたしゃらサイコサウルスには異能を発動するための大切な器官さね」
「やっぱり異能を使うのに必要なんですね! 異能を使った時に光っていたので、なんとなくそうなのかなって思ってました!」
サイコサウルスは、僕の質問にあっさり答えてくれた。
この世界にいる全ての珍獣は、何らかの異能を持つ。
ということは、全ての珍獣がこのサイコサウルスのように、体のどこかしらに異能発動のための器官を備えているのだろうか。
「念動馬力、凄い異能ですね」
「ぐうぇへっへっへっ、異能を褒められるのは珍獣にとって嬉しいことさね。機嫌が良いから、もう一つ質問受け付けてやろう」
「良いんですか!? じゃあ……」
サイコサウルスは特徴的な笑い声を上げながら、質問の聞き入れ回数を増やしてくれる。
「どうして、逃げ出そうとしたんですか?」
「ふん、さっきも言った通り、自由になりたかったのさ」
愚問だ。そう思った。
『当たり前だ、クソ人間。お前だって自由を奪われるのは嫌だろうが』
僕は、サイコサウルスとの最初の問答を思い出す。
彼女のその言葉に「たしかに」「そりゃあそうだ」と納得してしまった。
彼らは自由を奪われている。
他ならぬ、八併軍の手によって。
今まで意識していなかった。いや、意識しないようにしていたのかもしれない。
本当は気付いていたはずだ。でも、すでにその場に根付いているシステムを否定することはできなかった。
「自由になりたい……。あなたの話に納得してしまう僕は、おかしいのでしょうか?」
「あたしゃに聞くでねえ、そんなこと」
八併軍は、珍獣を「保護」しているのではない。
多分、「所有」しているのだ。
「宙海になあ、村があるさね」
「村?」
「珍獣だけの楽園さね。言い伝えだから実在するかは分からん、でも、あるなら見てみたいねえ……」
「それが、あたしゃの夢さね」
しばらくして、君嶋さん含めた珍獣園の管理者たちが現れた。
彼らは僕を救助すると同時に、身動きの取れなくなったサイコサウルスを「瞬間転送」で連行していった。
「無事で良かった。でも凄いよソラト君、おかげで本当に助かった。ありがとう。君は勇敢な戦士になるだろうね」
僕は君嶋さんから事情聴取を受け、サイコサウルスを足止めしたことを伝えた。
君嶋さんは僕の肩に手を置くと、安堵したような表情で僕の取った行動を褒めてくれた。
ありがとう。そう言われて嬉しくないのは初めてだった。褒められて嬉しくないのも初めてだった。
僕は僕自身の選択で、サイコサウルスの自由を、夢を奪ってしまった。
珍獣に、自由を求める権利は無いのだろうか。
◇
パアアアン、パアアアン。
銃声が鳴り響く。音が室内の壁に当たってこだまし、射撃訓練場全体に反響する。
ここは、アカデミー1階にあるイプシロン第一射撃演習場。
イプシロンの生徒たちが横一列にズラッと並び、的に向かって銃を発砲している。
珍獣園でのあの一件から丸一日。
僕は一限目の戦闘術で、射撃訓練の授業を受けていた。
「昨日、授業休んでたけど大丈夫か? 体調不良だって聞いたぜ?」
「うん、心配かけてごめん」
隣のタツゾウが、的から目を離さずに問いかけてくる。
大太刀を振るう時は鬼神のごとき実力を発揮する彼だが、射撃となるとてんでダメだ。
的から外れたところに、いくつもの弾痕がついている。
「ちょっと気分が悪くなっちゃってさ……」
僕の射撃の腕も人に言えたものではない。僕の放った弾は、的から外れるどころか、両隣の人の的に吸い込まれていく。
「ちょっとソラト! メーちゃんがどれくらい当てたか分からないじゃない!」
「ご、ごめん……」
タツゾウとは逆側にいるメンコが、皆に聞こえるほど大きな声で僕に注意を促してくる。
本当に申し訳なく思っている。でも、困ったことにわざとじゃないんだ。どうしようもないんだ……。
「宙海にある、珍獣だけの楽園かあ……」
「教官、メーちゃん聞いちゃいました! ソラトの頭が悪くなってます!」
「なんだ? それはいつもじゃないか?」
お読みいただきありがとうございました。




