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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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珍獣園騒動

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 戦闘術の授業前、僕はサニ君とメンコと共に珍獣園へと訪れる。


 アカデミー生は、契約した珍獣をこの珍獣園に預けている。

 日中、アカデミー内に珍獣を置いておくわけにもいかないため、生徒は授業で特殊装備を使用する場合にのみ、この園から連れ出すのだ。


 珍獣園の出入り口である巨大な門。大きさは、タツゾウの珍獣「タツノオトシゴン」を軽々飲み込めるほどのサイズ感である。

 園全体を囲う柵は、その門に習うようにして高さを揃えている。初めて見た時は、圧巻の光景だった。


 そんな門の上空を見上げると、空を飛ぶ椅子が目に入る。

 半透明な球体に囲われ、宙に浮かぶその椅子には、ナイト師団の所属を示す濃紺の制服を着た女性が座っている。


「あの、アカデミー、イプシロン・クラス、雨森ソラトです。契約しているカブ太……、じゃなくて巨人カブを連れて行きたいんですけど……」

「アカデミー、イプシロン・クラス、雨森ソラト。認証成功。エリア:ジャングルへ転送いたします」


 カブ太を連れ出すべく、珍獣園の門前の管理者「ゲート・マネージャー」に用件を伝える。

 彼女の許可を得られなければ、入園することはできない。


 ゲート・マネージャーは半透明な球体の内側に現れた、複数のホログラムの画面を人差し指でタップしていく。彼女が一通りの動作を終えたところで、巨大な門がひとりでに開き出す。

 何度見ても不思議だ。理の国の技術だろうか。


「じゃあ、二人とも後でね」

 僕はサニ君とメンコに一旦別れを告げ、開いたゲートをくぐる。ゲートが大き過ぎて、くぐっているという感覚は全くない。


「バイバ~イ」

「授業、遅刻しちゃダメだよっ」


 ゲートから珍獣園のエリア内に入り、メンコとサニ君の声が聞こえた直後、僕の頭周辺を「ブゥ~ン」という羽虫の音が飛び交い始める。やがて、音は僕の頭上で留まった。

 大きさが蝿ほどのとても小さなドローンが、空中でブレることなく静止している。


「珍獣装備『ブーンポート』、『瞬間転送』」

 ゲート・マネージャーの詠唱(えいしょう)の後、ドローンが僕の頭に付着する。

 その瞬間、僕はその場から消え、別の場所へと移動した。アカデミー試験でお馴染みの「転送」である。



 見ていた景色が、一瞬で別の場所のものへと切り替わる。

 ブーンポートは、僕を目的地である「エリア:ジャングル」に転送した。自分の体や触れたものを、特定の範囲内で瞬時に転移させる「瞬間転送」という異能だ。

 役目を終えた小さなドローンは、僕をその場に残して主の元へと再び転移する。


 エリア:ジャングル。

 珍獣園の、いくつかに区分けされたエリアの中の一つだ。


 珍獣園は、保護する珍獣の生態に合わせた環境を用意している。

 その環境は、緑が生い茂る森林地帯から荒れ果てた砂漠地帯まで、また、肌を蒸すような灼熱地帯から末端の感覚を失わせる極寒地帯まであり、多種多様な生態系を園内のみで再現している。


「こんにちは、ソラト君」

 熱帯・亜熱帯ジャングルの景観を眺めていると、ゲート・マネージャーも座っていた滞空式の椅子が、転移してきた僕の元へと現れる。

 門番の彼女と同様に、ナイト師団の制服を来た戦士が腰かけていた。


 目の前で空飛ぶ椅子に座る、エリア:ジャングルの管理者「ジャングル・マネージャー」とは、アカデミー入学前から面識があり、このエリアにカブ太を預けていることもあって、入学後も色々とお世話になっているのだ。


「こんにちは、君嶋さん」

「巨人カブのカブ太だね」

「はい、お願いします!」


 君嶋さんは、アカデミー試験の受験時に試験官をしていた人だ。

 田舎から出てきた僕は、八併軍やアカデミー、中心球のことなど分からないことだらけだったのだが、彼から生活していくための様々な知識を教えてもらっている。


「珍獣装備『ブーンポート』、『瞬間転送』」

 君嶋さんは、ゲート・マネージャーと同じ珍獣装備を使用し、その異能「瞬間転送」を発動する。

 唱えた後すぐに、僕の目の前に相棒の珍獣「カブ太」が現れた。


「カブ太、今日の授業もよろしく!」

「かーふっ!」


 基本的に珍獣園の管理は、ナイト師団の第10部隊が組織立って行っている。

 各エリアのマネージャーはシフト制であるため、毎回同じ人がその場に居るわけではない。


 珍獣園の利用者はアカデミー生だけでなく、八併軍の戦士もいるため、マネージャーたちは開園している時間、常に忙しそうにしている。

 彼らの働く様を見ていると、同じ戦士の仕事でも様々なものがあるんだなと思う。


「そろそろ戦士研修の時期でしょ? どこにするか決めたかい?」

「はい、僕はレンジャー師団に行こうと思ってます!」

「へー、良いね。でも、僕たちナイト師団の第10部隊に来てくれても良いんだよ?」

「お、お誘いはありがたいんですけど……」

「ははは、冗談だよ。研修楽しんでね」

 回答に困る僕を、君嶋さんは笑って(もてあそ)ぶ。


 実を言うと僕は、ナイト師団の第10部隊にだけは行きたくない。

 贅沢(ぜいたく)を言える立場ではないのだが、ここはなんだか苦しいような、嘆かわしいような、そんな得も言われぬ怖さを(はら)んだ空気感がある。


「それじゃあ君と珍獣を、再度出入り口まで転送するよ」

「よろしくお願いします」


 君嶋さんはそう告げると、珍獣「ブーンポート」を特殊装備化したドローンを、僕の頭上に据える。

 カブ太を肩に乗せ、一緒に転移する準備を整える。

『瞬間転……』


 ウー、ウー、ウー、ウー!!

 君嶋さんが異能発動を唱えようとしたそのタイミングで、異常事態発生を示すアラームがけたたましく鳴り響いた。

 マネージャー用の半透明な球体内部に、警告を思わせる赤い画面が一つ出現する。


「サイコサウルスが暴走!? どうして!? 血はちゃんと打ったはずなのに!?」

 画面を確認した君嶋さんは、ひどく慌てた様子を見せる。

「すまないソラト君、緊急案件だ。ちょっと待っ……」


 瞬間、目の前にあったはずのマネージャー専用の椅子が、座っていた君嶋さんと共に物凄い速さで視界から消える。

 転移したわけじゃない、何かしらのエネルギーによって吹き飛ばされたのだ。


「君嶋さん!!」

 飛ばされた方向に目をやるが、姿は見当たらない。ジャングルの奥地まで飛ばされてしまったのかもしれない。

 何が起こっているのか掴めずに、僕は辺りをキョロキョロと見回す。


 ズシン、ズシン。

 重い足音が、君嶋さんが吹き飛ばされた方とは反対の方角から近づいてくる。


 冷汗がタラリと(ほほ)を流れた。

 これは、結構マズいのではなかろうか。


 やがてジャングルの木々の間から、問題の元と思われる珍獣が姿を見せる。

 僕と目が合うと、その珍獣は重厚な歩みを止めた。


 固そうな(うろこ)で全身を覆い、二足歩行で前足は小さく、開いた口からは鋭い牙を覗かせている。

 肉食恐竜を思わせるフォルムなのだが、ユニークな点は、頭部に紫色の頭巾(ずきん)をかぶっているところだ。


「グルォオオオ!!」

 口を大きく開き、前方にいる僕に激しく威嚇(いかく)してくる。

「サイコサウルス……」

 先程、君嶋さんが言っていた名前を思い出す。


 おそらくこの珍獣が、暴走しているサイコサウルスだ。

 なぜなら、珍獣園の珍獣は人間に対して敵意を見せることは無く、威嚇なんてしないからだ。


「あわわわ、どど、どうすれば……」

 戸惑い、狼狽(うろた)える。未知の珍獣に対して、自分が取るべき行動が分からない。


 逃げる?

 いや、相手は離れていても君嶋さんを攻撃できていた。多分得策じゃない。

 戦う?

 む、無理だ。僕一人で珍獣になんて……。一体どうすれば……。


「あたしゃをここから出しな。そしたら見逃してやらんでもない」

「えっ……」


 お婆さんのようなしゃがれた声が、珍獣から発せられる。

 サイコサウルスは、人の言葉を解す珍獣だった。


    ◇


 エリア:ジャングル、熱帯雨林の奥地にて―――


 大木の(みき)に、遠くから飛ばされてきた半透明な球体が食い込む。球体内部では、強い衝撃によって椅子から崩れ落ちた君嶋が、後頭部を押さえて低く(うな)っていた。

 細くなった幹が木の上部の重みを支えられず、中間から根元を残して二つに折れる。


「痛いなあ、まったく」

 君嶋はしばらく後頭部をさすり続け、痛みを和らげようと試みる。


 プルルルル、プルルルル。

 突如、君嶋の軍服に入っている戦士用ワイフォンが鳴動する。タイミングの悪い着信に、君嶋は若干機嫌を悪くした。

 画面をワンタップし、機器を耳に当てる。


「はい、こちらナイト師団第10部隊、君嶋諒太郎(りょうたろう)です」

 しかし彼は、機嫌の悪さを声には出さない。

 通話相手の心象を悪くしないよう、心を殺し、人当たりの良い誠実な戦士を演じる。彼はこういったことが得意であった。


『よお、俺だよ俺』

「…………」

 プツン。ツー、ツー、ツー。


 ワイフォンから発せられた声を聞き、君嶋は通信を即座に切る。

 そして何事も無かったかのように、木に激しく衝突した空飛ぶ椅子を気に掛ける。


 プルルルル、プルルルル。ピッ。

「はぁ、何の用だ、山葵間(わさびま)?」

『冷たくねえか、ベルゼフ? 話しぐらい聞けよ~』


「戦士用のワイフォンに掛けてくるな、用があるならプライベートの方に掛けてこい。あと勤務中に掛けてくんな、シンプル迷惑。加えてもう一つ、俺の名前を容易に出すな、この通信も誰が聞いているか分からんねーだろ」

『要求が多いね~』

 着信は、国際指名手配犯「半人半骸(はんじんはんがい)の男」、山葵間(ただし)からだった。


 君嶋は自分の平常をかき乱されることを嫌う。

 想定外の緊急事態の発生、そして、この緊急時に電話を掛けてくる間の悪い男。それらに(わずら)わしさを感じ、森の管理者は後頭部を強く()きむしる。

「とっとと話せ。暇じゃないし、身バレのリスクは減らしたい」


 八併軍ナイト師団第10部隊所属、珍獣園エリア:ジャングル管理者、君嶋諒太郎。

 彼の正体は、連続殺人犯ベルゼフ・ブーブ。山葵間と同様、国際的な指名手配犯であり、八併軍が身柄の早期確保・討伐を狙っている。

 現在彼は、八併軍戦士であった「君嶋諒太郎」に成りすまし軍に潜伏(せんぷく)中である。


『お前も知っての通り、俺は今、シンビオシスに協力する形で動いている。アカデミー試験の時も言ったけどよ、ベルゼフ、お前もこっちにつけよ。一時的な協定だぜ。終わればいつも通り自由よ!』

「無理だっつーの。こっちは三長会に雇われてスパイ活動してんだ。他の闇組織の動きに加担するわけにはいかねーよ」


 ベルゼフは、三長会の委託(いたく)を受けて潜入活動を行っている。

 シンビオシスは現状、三長会と敵対関係にあるため、ベルゼフとしては強大なクライアントの機嫌を損ねるようなことは避けたかった。


『俺たちの仲じゃんよ~、そこをなんとか』

「三長会より高いギャラ払えるなら良いぜ。まあ、無理だろうけどな」

『薄情者め』


 なにより金が大好きなベルゼフは、多額の報酬を貰えるクライアントとの関係に満足していた。

 彼は、金さえ払えば何でもやる殺し屋である。


「話は終わりか、切るぞ?」

『待て待て、お互いの持つ情報を交換しようぜ。俺はこれからのシンビオシスの動向を提示できる。お前にとっても三長会に売れる情報が手に入るんだ。悪くねえだろ?』


「俺が提示しなきゃならない情報は?」

 本来ベルゼフは、自分が体を張って仕入れた商売道具である情報を、金銭のやり取りなく明け渡すことはしない。

 しかし彼は、山葵間の要求次第で情報交換の提案を受け入れるつもりでいた。シンビオシスの動向は、それほどに価値あるものだった。


『雨森ソラトの情報をくれよ。知ってんだぜ、アカデミーの戦士研修。あいつがどこに行くか知りてえんだよ』

「そんなことで良いのか?」

『ああ、もちろん! 俺にとっては重要なんだよ!』


 ベルゼフにとって、山葵間が要求した情報は非常に安価なものだった。

 情報は、誰にとっても等価であるとは限らない。


「雨森ソラトはレンジャー師団を希望している。研修の行き先も同じだ」

『レンジャー師団の研修場所は? そこが大事。言えねえなら、俺も言えねえな』


 山葵間の上からの態度は、ベルゼフの(かん)に障った。

 しかし、少しの気に食わない態度くらい、リターンを考えればベルゼフには十分許容できた。


宙海(そらうみ)だ。宙海にある八併軍の研究ステーション。それが、レンジャー師団の戦士研修先だ」

『どうも、有益だったぜ』

 ベルゼフは、電話越しにニタリと笑う山葵間の気配を感じたが、そんな(たくら)みの気配も、自分には関係無いことだと一瞬で興味を無くす。


「次はお前の番だ」

『今シンビオシスは仲間集めの最中でよ、俺みたいな協力者を(つの)っているわけよ』

「何のために?」


『近い内、八併軍に仕掛けるらしい。詳しい作戦は外部の俺には知らされてねえけど、とりあえずシンビオシス率いるテロ軍団が、八併軍と戦争するってわけ。楽しくなってきたろ? 嵐を感じねえか?』

「大分感じるな。俺が言うのもなんだが、物騒な世の中だ」


 電話をしながら、大木に叩きつけられた空中浮遊(ふゆう)椅子の動作確認を行う。

 強い衝撃によって精密機械が壊れたことが分かり、ベルゼフは深くため息をつく。


『CGWの足音が大きくなってきやがった』

「キューブ・グラブ・ウォー。ついに、キューブの覇権をかけた戦いが始まると……」



 八併軍アカデミー1階、炎天カズキの教官室にて―――


 教官室の使用者である炎天カズキと、彼が担当を受け持つイプシロン・クラスの生徒、アズマ・タツゾウは真顔で睨み合う。


「タツゾウ、お前、アルファ・クラスに行け」

「いやっす」

「そうか分かった。今からクラス昇級の手続きを行うが……、なにーーーっ!?」


 タツゾウは、炎天の言葉を全て聞き終わる前に拒絶した。

 断られるとは予想もしていなかった炎天は、異端児のその決断に激しく取り乱す。


「オホンッ、日頃の実技成績や全体訓練での実力を見込んで、いろんなところがお前のアルファ・クラス昇級を望んでいる。実のところ、スカウトもたくさん来ている。この話を蹴るというのは、お前とアカデミー側、双方にとって良くないことだとは思わないか?」

 炎天は咳払(せきばら)いをし、タツゾウに考えを改めるよう持ち掛ける。


「ペナルティでイプシロンに入れておいて今更だぜ。もうクラスでたくさん友達出来ちまったし、今からクラス替えって、気分乗らないっすよ。それに、イプシロンにいようとアルファにいようと、そんな変わんないから別に良いじゃないすか」


 タツゾウの気持ちは揺るがなかった。

 彼にとってアルファ・クラスへの昇級は、馴染んだクラスを捨てるまでの魅力はなく、旺盛(おうせい)な好奇心を動かすにも弱かった。


「もしもお前がこのままイプシロンに残ると、スカウト先の部隊には、イプシロン・クラスの生徒をスカウトしたと記録が残ってしまうんだ。最終的な決断はお前に委ねられるが、先方の立場も考えてくれないか、タツゾウ?」

 炎天の元には、軍やアカデミーの運営部、戦士貴族らが主導する第三者委員会などの様々な組織・団体から、タツゾウをアルファ・クラスへ上げるよう圧力が掛かっていた。


 この話が出た原因は、全体訓練時のタツゾウ対エドガー・守大院(しゅたいん)にある。

 その模擬戦は、タツゾウが戦士貴族であるエドガーに完勝するという結果に終わっている。


 しかし、そのことを良く思わなかった守大院家は、アルファがイプシロンに負けた事実を上書きするため、タツゾウをアルファ・クラスに昇級させ、エドガーがあくまでアルファの生徒に負けたことにしたかったのだ。


「それ、大人の事情ってやつじゃないっすか。教官、俺がそんなの汲み取れるほど賢い奴に見えるっすか?」

「残念ながら……」

「んじゃ、授業の準備あるんで」

 結論が(くつがえ)ることなく、二人の対談は終わる。


 これからの対処に頭を悩ませる炎天を教官室に一人残し、タツゾウは扉を開けて出ていく。

 教官室から遠ざかる彼の背中は、迷いや後悔といったものを一切映し出さなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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