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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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胸の高鳴り

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 幼い頃の僕は、胸の高鳴る方へ一直線だった。

 周囲への配慮なんて無くて、他人の視線も気にならない。

 好奇心の赴くままに。


「はい、ソラト。誕生日おめでとう!」

「わー!!」

 四歳の誕生日。

 綺麗に包装されたプレゼントを、父が両手で僕に手渡してくれた。


『飛び出せ! 珍獣大百科!』

 様々な種類の珍獣が、簡単な解説付きで掲載されたお子様向けの図鑑だ。

 サイズは珍獣の画が映える大きめのものだったが、なにぶんここに載っている種は、世界で確認されている珍獣全種のほんの一部に過ぎないため、本の厚さとしては薄めだ。


 しかしなんにせよ、この本との出会いが、僕の珍獣への好奇心を生み出したきっかけだ。

 動物や昆虫などの生き物が大好きだった当時の僕にとって、珍獣という概念の登場は、僕の持つ世界を大きく広げる出来事となった。


 同年代の子たちが『炎の英雄譚』を愛読する中、僕だけはずっとこの図鑑を眺めていた。

 見終わった箇所であっても、繰り返し目を通していたことを覚えている。


 たしか、文字を勉強したのも、この図鑑の解説を読むためだったはずだ。

 まあ実際のところ、解説はとても簡素なもので、その珍獣の食生活や主な生息環境などしか書いていなかったが、新たな情報を自分の力で解き明かしていくのは楽しかった。

 珍獣を語る上で欠かせない特殊な能力「異能」や、戦士が形状を変化させてその能力を司る「珍獣装備」等について知ったのは、それから随分後の事だ。



 それから一年、五歳になってからも、僕の珍獣への好奇心は初めの頃から薄れることは無く、それどころか次第に増していたと思う。


「ソラト、明日父さんの職場に来なさい。珍獣を見せてあげよう」

「ホント!? ぜったい行く!!」

 そんな折での父の言葉に、胸を躍らせずにはいられなかった。

 図鑑に載る画ではない、本物の生きた珍獣が見られるのだから。


「ただ、珍獣は危険だから、近くで見られるわけじゃないし、触れることもできないよ。それでも良いかい?」

「うん! 大丈夫!」


 父・雨森コスモは珍獣医だった。彼が雨森珍獣病院の院長だったこともあって、特別に見学の許可が下りたのだ。

 父は普段から自分の職場には近寄らないようにと、僕や他の兄弟たちに言いつけていた。その言いつけが解禁されることは、幼い僕の冒険心と探究心を大いに湧き立たせる。


「ぜぇ、はぁ、やっとみつけた!」

「そんなに急いでどうしたの、ソラト?」


 家の近所の公園で、一人ブランコに揺れるクロハを見つける。

 一度彼女の家を尋ねたが、留守だったので、行きそうな場所を町中探し回ったのだ。


「明日、お父さんが、仕事場で珍獣を見せてくれるんだって!」

「ソラトのお父さんが!? いいな~」

「一緒に行こうよ!」

「いいの!? 行くっ!!」


 このワクワクを自分一人で抱えるのはもったいない気がして、クロハにも声を掛けることにした。

 彼女が満面の笑みで喜んでくれて、僕も嬉しかった。


 翌日、僕は大好きな珍獣図鑑を片手に、クロハと共に父の職場へと向かった。

 ドラミデ町の町役場付近に、敷地内を高い柵で囲われたエリアがある。真っ白な豆腐型で、広い敷地をいっぱいに使った横に大きな建物が、僕の父の職場、雨森珍獣病院であった。

 当然、今は思い出の中だけの産物だ。


「やあ、待っていたよ。ソラト君に、クロハちゃんだね?」

「「はい!」」

 敷地に入る門前に、病院の研究員さんが立っていた。

 彼の問いかけに、僕たちは二人同時に子供特有の元気な声で返事をする。


「今日は僕が君たち二人の案内役だ。よろしく!」

「「よろしくお願いします!」」


 広い建物内でたくさんの研究員さん達とすれ違い、彼らが働く姿を見せてもらった。

 こんなにたくさんの人が働いていたことは、実際に見学に来なければ分からなかったことだろう。


「あら、こんにちは!」

「「こんにちは!!」」

 男性だけでなく女性の研究員さんもいて、忙しそうにはしているが、僕たちを見かけると優しい笑顔を向けて挨拶(あいさつ)をしてくれた。僕もクロハも逐一(ちくいち)挨拶を返し、ぺこりとお辞儀する。


「この病院は、珍獣病院としての側面だけじゃなくて、珍獣の生態研究所としての一面もあるのさ。例えば、珍獣たちの風邪を治す薬の研究とかね」


 父が自分で「父さんは、珍獣たちの風邪や怪我を治すだけじゃなくて、研究もしてるんだぞ」とよく話していたから、ここが病院というだけじゃなくて、研究所であることは知っていた。

 でも、見学中に見たたくさんの研究員さんたち、父がその人たちを取りまとめていると思うと改めて彼を尊敬することできた。


 案内役の研究員さんについていくと、施設の最奥にある、重厚な鉄の扉の前に辿り着いた。

 研究員さんが、首から提げたカードをかざすと、扉がひとりでに開き出す。部屋に入るよう促され、僕とクロハは好奇心の赴くままに中へと入った。


 部屋の中は、大きく分厚いガラスで手前側と奥側に二分されており、手前側のこちらから奥側に干渉することはできない。

 ガラスの向こうには、処置用のベッドがポツンと一つ置いてあるだけ。ベッドを一つだけ置くにしては、部屋のスペースは余り過ぎているように感じた。


「二人とも、ようこそ雨森珍獣病院へ。クロハちゃん、今日はソラトと一緒に来てくれてありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます!」

 ガラスを(また)いだ向こう側の部屋に、父が姿を現す。

 両腕に何かを抱きかかえながら、院内を見学中の僕とクロハに歓迎の言葉を送ってきた。


 そして次の瞬間、僕は、今生における珍獣との初邂逅(かいこう)を果たす。

 父が、手に抱えていた何かをベッドに降ろした。それはベッド上でゴソゴソと(うごめ)き、頭部と思われる部位を僕とクロハの方へと向けてくる。


 その顔から最初は蛇だと思った。

 しかし、胴体は短く蛇ほど長くはない。体の中央が大きく(ふく)らんでいるため、細長い蛇とは対照的に短く丸っこい印象を受ける。

 灰色の体に黄色の斑点が全身に散りばめられ、その斑が照明を反射して光を放っている。

 僕は急いで手に持つ図鑑のページをめくった。


「ほら、ソラト、クロハちゃん。これが珍獣だよ」

 珍獣は実在する。実在することをこの目で確認した。

 図鑑のページをめくり、目の前にいる珍獣と姿形、色合いが全く同じ種を発見する。


「珍獣、ひじりツチノコ……」

「すごーい! 初めて見たー!」

 はしゃぐクロハの横でその名を呟く。呟きながら、図鑑の中の画と本物を見比べる。


「その通り、こいつは珍獣『(ひじり)ツチノコ』。体にある斑点から緑色の光を発光するんだ。その光が目に入ると、どんなに怒っていたり喜んでいたりしても、平常心に戻ってしまうんだよ。不思議だろう?」

 不思議だな~、と当時の無知な僕は首を傾げていたのだが、今考えると、聖ツチノコのその性質は「異能」という言葉で説明がつく。


 父は聖ツチノコの尾の方に注射を打ち込み、頑張ったご褒美だと餌を与える。

 その様子を見た僕は、もっと近くで見たいと思い、研究員さんに頼み込んでみた。


「さすがにねー、僕が君のお父さんに怒られちゃうから、それはダメかなー」

 僕の無茶な頼みは、このようにあっさり却下されてしまった。


 しばらくガラス越しに珍獣を眺めた後、僕とクロハは、研究員さんに次の見学先へと連れていかれる。

 その後も院内見学は続いたが、珍獣を初めて見た衝撃に勝るものなんてそうそう無い。見学が終わるまで、僕の頭の中は珍獣のことでいっぱいだった。


 図鑑に載っていた珍獣「聖ツチノコ」はちゃんと存在した。

 じゃあ、他の珍獣たちも、世界のどこかしらにきっと存在するはずだ。


 見学が終わって家に帰っても、僕の胸の高鳴りは収まらなかった。

 寝室のベッドで仰向けになりながら珍獣図鑑を眺める。


 あてもなく眺めていると、図鑑の最後のページまでたどり着く。

 そこに珍獣の画は描かれておらず、当時の僕にとっては、読まずにそのまま本を閉じるほど関心の薄いページだった。

 しかし、その日はなぜだか、そこに書かれている一文にたまたま目が留まった。


『この世には、珍獣よりもさらに(まれ)な存在「幻獣」なるものも存在する』


 幻獣。

 胸の高鳴りが止まらないものだ。



『邂逅近し。示せ、其方の「王」の資質』


    ◇


「うわああああああっ!!」

 耳元で、いや、頭の中に直接語り掛けてくるような声を聞き、僕は大声を上げて飛び起きる。

 同時に、鮮明な記憶の断片が途切れる。


 勢いよく真上に跳んで立ち上がったせいで、座っていた椅子が派手な音を立て、後ろに倒れてしまった。一気に現実に引き戻される。


「「「…………」」」

 イプシロンの教室が静まりかえる。

 授業を行っていたはずの教官含め、教室内にいる全員の声が失われ、その全ての視線が僕というただ一人の生徒に集まる。


 教壇(きょうだん)に立つ教官は、扇形の広い教室の前方に据えられたモニターに、タッチペンを添えた状態で停止しており、他の生徒も同様、直前の動作のまま固まっているため、時が止まってしまったのではないかと錯覚してしまう。


 スッと何事もなかったかのように、倒れた椅子を再度立て直して座ると、ペンを握り授業を聞く体勢を整える。

 直後、教室中がドッと笑いに包まれた。止まったかに思われた時間が、クラスメイトの笑い声によって動き出す。夢から覚醒(かくせい)したばかりの僕に、時間停止なんて馬鹿げたことは、全くもって起こっていないことを認識させる。


「雨森……? お前、さすがにそれは無理があるだろ……」

 炎天(えんてん)教官は驚いた表情のまま、姿勢を変えずにそう告げた。そして、だんだんその表情に怒りの色が帯びてくる。


「立ってろ!」

「はいいい!」

 その場で座席に座らず、立ったままでいることを強要される。これ以上ない見せしめだ。

 やってしまった。やってしまったのだ。



「災難だったねっ」

「ソラト、今日はお疲れ?」

 笑いの嵐が起きた朝のホームルーム後、ぐったりと机に伏した僕の元に、サニ君とメンコが現れる。


「うん。実は昨日、遅くまで畠中()()とマナコントロールの特訓をしてたんだ」

 あの紅茶会を終えた後、畠中教官は正式に僕の師匠となってくれた。

 その際に彼は、僕の「畠中教官」という彼への呼び方を矯正(きょうせい)するように言ってきた。理由は、前まではただの一生徒と教官という立場だったが、今は僕と彼の立場が師弟関係にあるかららしい。

 このことからも分かるように、先生は一見どうでも良いような細かいところでも結構こだわりが強い。


「でもソラト、今日のホームルームの内容は重要事項だったよっ」

「ええっ! 全然聞いてなかったよ!」

 目覚めた直後で頭が働いていなかったため、炎天教官に立たされた後も、あまり話は頭に入って来なかった。


「そうだと思った! だからメーちゃんがそんな抜けてるソラトに、何話してたか教えてあげるよ!」

「ホント! ありがとう!」

 こうやって、聞き逃したことを教えてくれる友達がいるのは本当にありがたい。ドラミデ町にいた頃の僕からすると、考えられないことだ。


「ちなみに、メンコちゃんは起きていたけど、炎天教官の話を全く聞いていなかったよ。教えたのは僕さっ」

「それ言わない約束じゃん! ソラトに貸し作っとこうと思ったのに! メーちゃんの宿題やらせようと思ったのに!」

 メンコの口止めの約束を、サニ君はあっさり破ったらしい。危うく、彼女の悪だくみに引っ掛かるところだった。


「そ、そうなんだ……」

 そんなんで、よく僕のことを「抜けている」だなんて言えたものだ。


「アカデミー生は全員明後日までに、戦士研修の行き先の希望を出さないといけないらしいよっ。レンジャー師団か、ナイト師団か、パイロット師団かを選択するんだ」

 サニ君がホームルームの内容を説明してくれる。期限付きの超重要事項だった。


 八併軍は大きく三つの師団に分けることができ、戦士もその三つの師団のいずれかに所属することになる。

 僕たちアカデミー生は夏季休暇前の前期終了時点で、所属先をある程度固めておかなければならず、後期はその希望に沿って授業が分かれたりもする。


 一つ目は、深い緑の軍服に身を包む『レンジャー師団』。

 未開拓領域の探索や未知の究明に努める研究者たちへ助力したり、八併軍が手配する犯罪者、または人に害を為す珍獣やミカエリなどの討伐対象を排除したりと、アクティブな仕事を任されることが多いそうだ。


 二つ目は、クールなブルーの軍服を(まと)う『ナイト師団』。

 その任務は、重要人物や重要物の護衛・護送が主であり、指令に忠実に従い、万全な体勢で敵を待ち構えるという、マメさと忍耐が求められるらしい。


 三つ目は、気品ある紫の軍服を召した『パイロット師団』。

「戦士の足」として、機敏(きびん)さや冷静な状況判断力が求められると言われている。スポットは当たりづらいが、レンジャー師団やナイト師団の活動を支える縁の下の力持ちというわけだ。

 また彼らはパイロットとはいえども戦士であることに変わりはなく、軍用機体の操縦訓練に加え、戦闘訓練も日頃から行わなければならない。


「ソラト、どこにするか決まってる?」

 メンコが僕の顔を覗き込んでくる。

 サニ君やメンコ、そしてタツゾウと、希望する師団が同じであれば嬉しいのだが、将来の戦士としての在り方に関わってくるため、友達に合わせるわけにもいかない。


「実は、もう決めてるんだ」

「へー、どこなんだいっ?」

 サニ君の問いかけに、僕は真っ直ぐ向かい合う。

 所属希望師団の選択は、僕にとって難しいものではなく、悩む時間は必要なかった。


「レンジャー師団にするよ。僕は、夢を守る戦士になるんだ」

お読みいただきありがとうございました。

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