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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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殻破り

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 闇夜の道を、明かりを頼りに歩み続ける。

 アールグレイ領内の林の中、来るときは何の変哲もなかった石畳の道が、行く先を指し示すよう薄緑色にほんのりと灯り、僕の進路を照らしてくれる。


「カブ太、今日はありがとう」

「かふう……」

「痣小路君と良い勝負ができたのも、カブ太のおかげだよ」


 頭の葉っぱが力なく垂れ下がり、声にも元気がない。

 カブ太の落ち込んでいる時は、結構わかりやすい。


「僕、また頑張るよ」


 負けた。

 勝たなくてはいけない試合に、僕は負けた。


 痣小路君が油断していたこともあってか、惜しいところまでは行けたと思う。

 しかし、最後の最後、僕と彼の間の力の差が結果として表れてしまった。


 マナの総量差。

 これが勝敗を大きく左右した。


 互いに試合の中で保有しているマナを消費していき、最後の一撃のタイミングで、僕も痣小路君も自分の中にある全てのマナを振り絞って己の武器に流れを宿した。

 両者ともに全力であの刹那に挑んだことは変わらないだろう。それでも、僕が双剣に流したマナと、痣小路君が長刀に流したマナとでは、その量に大きな違いがあった。

 痣小路君の攻撃力が、僕の防御力を上回ったのだ。


 痣小路君には、僕が短期間で身に着けたような付け焼刃の戦術などではなく、彼が四天王家の跡取りとして、長年鍛錬を積み重ねて得た戦士としての格が味方した。


「十字反撃は、剣士を相手にする場合、その相手の持つ剣の先端ではなく、もう少し持ち手に近い深いところに当てるのが基本です」


 林の中を孤独に歩く僕を、一つの声が呼び止めるわけでもなく、突然、僕が試合中に繰り出した「十字反撃」について解説し出す。


「……畠中教官」

「あれは、天才剣士の私だからこそ輝いた剣術なのです。君ごときが教わりもせず、独学で身に着けただけで扱える代物ではないのですよ。大方、私が記者にしつこく問い詰められ、渋々十字反撃について情報を吐いた記事か何かでも見たのでしょうが。まったく、これだから世間に公開したくないとあれほど言ったのに……」


 畠中教官は、取材を受けた当時の記者に対して愚痴をこぼす。たしかあの雑誌には、自分が得た知識を見知らぬ他人に共有したくない、というような発言があった。

 試合の結果については触れてこない。彼にとって、あの結末が驚くべきことではないからだろう。


「十字反撃の可能性を十分に引き出すためには、卓越したマナのコントロールが必要不可欠。君は、マナの感知はできるようになっていますが、己の体内に流れるマナや、扱う武器に流れるマナのコントロールにはノータッチです。はあ……、つまり、君はまた順番を間違えているのですよ。十字反撃を習得したいのであれば、マナコントロールの修練が先というわけです」


 教官は呆れたようなため息を交えながら説明を続ける。

「教えたこと以外はするな」という言いつけを守らず、無断で十字反撃について調べ、試合で使ったことについて怒っているに違いない。


「あの、畠中教官……。勝手なことをして、すみませんでした……」

「おバカな君なりに必死だったことは理解していますよ。しかし、()()私にも話しておきたまえ」


 あの時の僕は、なんとかして白星を得ようと躍起になっていた。

 畠中教官も僕に期待してくれている訳じゃないから、自分で何とかするしかないと、そう思っていた。

 でも、やっぱり教官には話しておくべきだったかもしれない。今となってはもう遅いわけだが。


「ん? あれ?」

 教官の発言の一部に、僕は引っ掛かりを覚える。


「えっ、次!? 僕に次なんてあるんですか!?」

「私が君に課した条件であるお家交流戦での一勝。君は成し遂げていますからね」


 一体どういうことだろうか。話が見えない。

 僕は一回戦で、誰が見間違うまでもなく敗北を喫した。


「僕は痣小路君に負けましたよ?」

「はい。しかし君は、お家交流戦にて敵に一勝を挙げていますからね」


 言葉の意味について深く考え込む。この人は一体何を言っているんだ。

 敵に一勝を挙げている。敵……、あっ。


「いつだって、僕の敵は僕自身。と言うことですか?」

「君は今日、君が勝手に作り上げた限界という名の(から)を打ち破り、一段階進化を遂げましたからね」


 進化……、そうか。

 でも、なんだか釈然としない。


「それが、『一勝』ってことになるんですか?」

「自分自身に打ち勝つことを軽視していますね? それも立派な『一勝』です。記憶に刻んでおきたまえ」


    ◇


 紅茶会が終わり、全ての戦士貴族たちが帰った後、僕は貸し出されたアールグレイ邸内の一室で休養する。

 ベッドの上で横たわると、さっきの畠中教官との会話が思い起こされた。


「僕が勝手に作り上げた、殻……」


 今までもそうだった。僕は自分でも無意識のうちに、限界を作ってしまっていた。

 これ以上は僕には無理だ。こんなに難しいことは僕にはできない。そう思い込んでいた。


 皆にできることが、僕だけにできないのが嫌だった。情けなくて、恥ずかしくて。

 だから、「劣等な僕」を作り上げてしまった。


 僕ができないのは、皆より劣っているのだから当たり前。仕方のないこと。そう思えば、少しだけ気持ちが楽になった。

 でも、それはきっと、無力で無能な自分を言い訳にして、逃げていただけだった。


「劣等な僕」によって得た安心感。その代償は、進化だ。

 畠中教官は、多分そのことまで見抜いていたのだろう。


『君はどうやら、お兄さんとは違うようだね』

 小さい頃、ドラミデ町に訪れた八併軍の戦士から言われた言葉だ。

 兄に興味を持って、遠路はるばる辺境の地まで赴いた彼は、血のつながりのある僕にも関心を向けたが、お眼鏡にかなわなかったらしい。


『ソラトって兄ちゃんスゲーけど、弟のお前はバカだしのろまだよな』

 ドラミデ校に入学して、同級生から言われた一言。

 彼の素直なその言葉が、胸をギューッと締め付けてきて苦しかった。


『色々言われるかもしれないけど、お兄ちゃんのこと、意識しなくて良いのよ』

 母が、今よりもう少し背の低い僕に対して言ってきた言葉。

 彼女なりに、僕のことを心配してくれていたのだろう。


 僕が「殻」を作ってしまったきっかけは、たぶん、兄への劣等感からだったと思う。

 そこから、他の同級生たちと自分との違いに気付き、ずっと一緒だったクロハがその才能を開花させるのを見て、自分が兄に及ばぬどころか、「劣等」であることを知った。

 雨森家の兄弟たちも、僕以外は皆優秀だった。


 それらがきっと、僕に自分の「殻」をさらに厚くさせたのだ。

 そうじゃないと、現状を受け入れられなかった。


 そんなことを考えていると、疲れが溜まっていたためか、すぐに深い眠りへと落ちてしまった。

 これまで生きてきて、重ね続けた厚みのある「殻」を、僕は今日、打ち破った。


    ◇


 翌日、昨日の緊張感から解放された僕は、晴れやかな気分で起床することができた。

 今日はこれから、アカデミーのある中心球へと帰る。

 身支度を済ませ、朝食が用意されてあるという接客室へと直行する。


「よっ! ソラト!」

「あっ、タツゾウ! おはよう!」


 偶然、接客室へと向かう廊下の途中で、タツゾウと出くわす。

 サニ君とメンコは、もうすでに朝食を取っているのだろうか。

 彼ら三人も僕と同じで、このアールグレイ邸に泊めてもらったらしい。


「ま~た、いつもの生活に戻っちまうな」

「そうだね」


 タツゾウは欠伸(あくび)と伸びを同時に行う。

 彼の大きく口を開いた欠伸を見ていると、僕にもそれが移ってしまった。「ふわぁ~」と間の抜けた欠伸を一つする。


「十奇人に、なることにしたんだ」

「おっ! それ、面白そうじゃねーか!」


 心の内に留めていた目標を、親友に打ち明ける。

 とても今の僕では、口に出すのも拒まれる内容だ。でも、彼はきっとそれを嘲笑(あざわら)ったりしない。


「道のりはとんでもなく遠いし、きっと(いばら)の道だと思う。それに、道が続いているかどうかも分からないんだ」

「臨むところじゃねーか!」

「うん。僕だけはずっと、僕の可能性、信じ続けるよ」

 今はまだ、全然目途なんて立っていないけど、いつか必ず君にも追いつく。


「ソラト」

「ん?」

「昨日の試合、楽しかったろ?」

「うん、楽しかったよ!」


 話をしている間に、接客室の重厚な扉が目の前まで来ていた。中からは、数人の声が聞こえてくる。

 畠中教官や使用人たちに加え、メンコのエネルギー溢れる声や、サニ君の爽やかな声もある。


 扉を開く。籠っていた音が、一気に広がった。


「ふっふっふっ……」

「メンコちゃん、食事中に立つなんてマナー違反だよっ!」


 最初に目に入ってきたのは、フォークを片手に席から立ち上がるメンコと、その動きを注意するサニ君の姿だった。

 メンコの顔には、企みの笑みが浮かんでいる。


「いただきっ!」

 サニ君の後ろに回り込んだメンコは、彼のプレートの上にある、皮が綺麗に()かれたバナナ目掛けて素早くフォークを突き刺す。

「甘いよっ!」

 しかしサニ君は、自分のバナナを盗みゆくメンコの腕を逃さない。彼女の手首辺りをガッシリと掴む。


「「あっ!」」

 メンコが掴んでいたフォークは、その衝撃によって、バナナを突き刺したまま空中へと跳び上がる。

 その際に、プレートの上にあった皮も同時に巻き込んだ。


 バナナを刺したフォークと、ナイフで丁寧に切られたその皮が、宙で回転しながら食卓を飛び出す。

 フォークはそのままメンコの足元の床に、バナナを打ち付けるようにしてペチャリと落ちる。


 しかし、剥かれたバナナの皮、その行き先が最悪だった。

 朝食の席に着くため、歩を進めていた僕の足元に、滑り込むようにして落ちて来たのだ。


「……!?」

 気づいた時には既に手遅れ。認識するも、体の反応は追いつかない。

 ツルン。

「わあっ!!」

 体重を乗せた右足が、皮を踏みつけて滑った。体全体が前傾する。


 ガッシャーン!!

 悲惨な音が接客室に響き渡る。

 大人数用のどでかい食卓のどでかいテーブルクロス。僕は咄嗟にそれを掴み、思いっきり引っ張ってしまった。


 食卓上にあった全ての食事が、ド派手な音を立てて床に飛び散る。

 僕たち四人のものに加え、畠中教官の朝食まで台無しにしてしまう。

 やってしまった。やってしまったのだ。


「「「………」」」

 この場面で声を上げられる人間など、そうはいないだろう。


 僕含め、その場に居合わせた全員の視線は、自然とこの屋敷の主である畠中教官の方へと向けられる。

 美しい姿勢で黙々と食事に手を付けていた彼は、強制的にその手を止められ、僕たちイプシロン組四人の方へと冷たい睨みを利かした。


 彼の高貴なる真っ白いタキシードが、零れた食事によって汚れてしまっていた。

 たぶん、あれはもう落ちないだろう……。


「わっはっはっはっ! 畠中のオッサン、こんな時に白かよ! ツイてねーな!」


 沈黙の中、タツゾウだけが大きな笑い声をあげる。

 トラブルの原因である僕、メンコ、サニ君だけでなく、それ以外の人も皆で顔を青ざめさせる中、ただ一人だけが笑っている。

 頼むから、これ以上事を荒立てないで欲しい……。


「はぁ……、朝から最悪の気分ですよ」


 こうして僕たち四人は中心球へ向かうまでの間、この広いアールグレイ邸において、(ほこり)一つ見当たらないくらい綺麗に掃除することを、機嫌を損ねてしまった畠中教官から言い渡された。



「ピィ、ピィ!」

「あれ? 鳥の鳴き声? どこだろう?」


 2階の窓枠を布巾(ふきん)で掃除していると、どこからか甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 気になって外を確認してみる。


「あっ、鳥の巣! こんなところに!」

 窓から身を乗り出して見える屋根の下に、鳥が巣を作っていた。


 巣にはいくつかの卵があり、そのうちの一つから、小鳥が可愛らしいその頭部を覗かせている。

 どうやら、つい今しがた卵の殻を破ったらしい。


「君も、遠くまで飛べると良いね!」

「ピィ、ピィ!」

お読みいただきありがとうございました。

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