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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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交流戦閉幕

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「これにて、本お家交流戦の全課程を終了いたします。闘技場を元の紅茶会会場へと戻しますので、ご観覧の皆さまは今一度、1階のエントランスホールにお集まりください」


 畠中がお家交流戦の閉幕を告げる。

 ギャラリーの戦士貴族たちが、その言葉に従って次々に会場を後にする。


「ほっほっほっ、今年も良い試合がたくさん見られたのう。それぞれが戦士貴族としての自覚を持ち、日頃の鍛錬の成果を存分に発揮していた」

「ええ、我々戦士界の未来は明るいですね」


 四天王家当主専用観戦室にて、龍印寺岩丈助と麗宮司銅亜の二人は、今日の交流戦について満足そうに感想を述べ合いながら、観戦席から立ち上がった。

 そのまま部屋の出口へと歩みを進める。


「ああ、そうだ」

 出入り口付近で岩丈助が、ゆっくりとした足取りをピタリと止める。

 僅かに後方を振り返ると、未だ席に腰を掛けている痣小路捻三に対し、忠告とも取れる内容の発言をした。


「捻三殿、拗太君の教育はきちんと行っておくことだ。あんまり目の当てられないようなことばかりしていると、痣小路家もこのままと言う訳にはいきますまい」


 岩丈助は忠告相手の返事も待たず、杖を含めた三つの脚で歩き出す。

 銅亜も彼の進むスピードに合わせて傍らを並行した。


「……あの、わたくしも失礼いたします」

 いたたまれないムードに耐えられず、永紋字世那もその場を後にする。


 捻三は、他三家の当主及び当主代理たちが部屋を出た後も、一人その席に座り続けていた。

 とうに冷めてしまった紅茶のカップを、口元へ運ぶ。


「無様なものだったな、拗太」

「父上……、申し訳ありませんでした……」


 痣小路拗太は、父親の背中を見てうな垂れる。

 二人きりでの話があると、観戦室に誰もいなくなったタイミングで呼び寄せられた。


 捻三は足を組み、息子の方を見向きもせずに答えた。

「今日のお前は、四天王家である痣小路の名を(おとし)めた。肝に銘じ、恥を挽回しろ。でなければ、私は当主の座をお前に譲らないかも分からんぞ」

「はい……。必ずや、汚名を返上してみせます……」


 痣小路は俯きながら部屋を出る。

 失意とも怒りとも取れるやりきれない思いを抱く彼を、契約している珍獣・ガーゴイルが待ち構えていた。


「あれはどういうつもりだ? ガーゴイル」

「ガルルルル」


 痣小路は、雨森ソラトとの試合後、珍獣装備から姿を戻したガーゴイルの取った行動について言及する。

 ガーゴイルは特に目立った反応を示すでもなく、自身の喉を震わせる。


 一回戦の第四試合、勝敗が決したバトルボックス稼働停止後、ガーゴイルは対戦相手であったソラトに対し、赤き爪が伸びた手を差し伸べた。

 うつ伏せに倒れていたソラトは、ガーゴイルの予想外の行動に驚きつつもゆっくりと上半身を起こし、地にへたり込んだまま握手を交わした。


 勝利したものの、試合内容に納得がいっていなかった痣小路は、その珍獣の行為によってさらに機嫌を悪くした。

「あれは俺への当てつけか? 名も無きイプシロンが、四天王家の代表者をあと一歩のところまで追いつめた。その事実を称えることは、俺への侮辱(ぶじょく)に他ならない!」


 ガーゴイルは身動き一つ取らず、今度は鳴き声すら上げない。

 怒る主の顔をじっと見つめる。


「……っ!?」

 痣小路は、ガーゴイルのその眼差しが憐みの色を帯びていることを感じ取る。

 まるで、自分が「そのレベルか」と蔑まれているような、軽く見られたような、そんな感覚であった。


「なんだと言うのだ! たかが珍獣の分際で、たかが装備の分際で! 主に意見しようとでも言うのか? おこがましい!」

 不機嫌を募らせた痣小路は、その視線から逃れるように、闘技場を足早に出ていった。



「麗宮司レイア、本お家交流戦における覇者の名誉を贈呈(ぞうてい)いたします」

「ありがとうございます」


 闘技場は、お家交流戦の全ての過程を終え、元の大宴会場の姿へと戻った。

 その舞台上で、お家交流戦を制した麗宮司レイアが、主催である畠中・アールグレイから表彰を受ける。

 今年の交流戦制覇者の証である賞状を受け取ると、それと同時に、栄誉を称える割れんばかりの拍手が彼女に向けられた。


 優勝・麗宮司レイア、準優勝・龍印寺ジャッキー。

 交流戦は、レイアが現役の八併軍戦士であるジャッキーを抑え、三連覇を成し遂げるという結果で幕を閉じた。


「はあ、またレイア嬢が優勝かー。これじゃ、現役戦士の俺の立つ瀬がないぜ」

「エラそーでムカつくけど、あいつ実力だけは本物だからな」


 龍印字ジャッキーは、会場の端の方で、今年も優勝できなかったことに対し落胆する。

 その隣でタツゾウは、レイアの優勝が妥当だという意見を述べた。


「偉そうじゃなくて偉いんだよ。ていうかお前、なんでここにいるんだよ?」

「畠中のオッサンの客人だからな。紅茶会、結構面白かったぜ!」

「ははっ、畠中のオッサンね……」

 タツゾウの畠中に対する「オッサン」呼びに、ジャッキーは引きつった笑いをする。


「そういや俺、あんたのこと思い出したぜ。煬香寺にいたジョック兄だろ?」

 唐突にタツゾウが話題を切り替える。


「ま、寺にいたとは言っても、ほんの数か月だけどな。お前に忘れられていたのはショックだったけど、考えてみれば無理もない」

「知らなかったぜ、あんたが龍印寺家の人間だったなんてよ」

 昔、ともに故郷で修行を積んだ人間が四天王家だったことを知り、タツゾウは驚きを口にする。


「タツゾウ、俺は今、八併軍レンジャー師団の第5部隊に所属している。ほんで近い内、部隊長に昇格する話が出てんのよ。今、第3部隊の部隊長の座が空いてるらしくてよ、そこに収まることになるらしい」


 ジャッキーは若干得意げに、自身の近況をタツゾウに語り出した。

 タツゾウは如何(いか)にも興味なさげな表情を見せると、現役糸目戦士の語りを(さえぎ)る。


「その話……、結構長いか?」

「ちょっとは自慢話ぐらいさせろ。まあいいや。俺はお前の強さは認めてる訳よ、要するにこれは勧誘さ」

「勧誘?」

 ジャッキーの言葉に、タツゾウはポカンと口を開けたまま、持ち前の鈍さを露呈(ろてい)する。


「タツゾウ、アカデミー卒業後、レンジャー第3部隊に来いよ」

 ジャッキーは、最後にそう言い残して背中越しに手を振ると、タツゾウをその場に置いたまま、若葉色の三本の三つ編みを揺らしながら遠ざかって行った。


「正直、今は後の事とか、あんま考えられねえぜ」

 タツゾウは、ここまで高くする必要があるのかと思うくらい高い天井を、ぼんやりと見上げる。


 彼の脳裏には、痣小路戦後のソラトの顔が想起されていた。

 あの試合には、雨森ソラトにとって大きなものが懸かっていた。

 試合が終わって相手の珍獣と握手を交わした後、俯きながら控え室に戻る親友は、悔しさに顔を(ゆが)ませ、両目から大粒の涙を流していた。


「そりゃあ、悔しいよな」

 タツゾウは、ソラトと畠中の修行を盗み見ていた。

 珍獣園の中にある修練場にて、ボロボロになるまで畠中の剣を浴びていた、ソラトの努力を知っている。


『ソラト!』

『待てよ、メンコ』

 ソラトが抱いた感情を、タツゾウはよく知っていた。

 だから試合後、すぐにソラトの元に駆けつけようとしたメンコの片腕を掴み、引き留めることができた。


『なんで!? なんで止めるの!?』

『ああいう時はよ、すぐに誰かが駆けつけるもんじゃねえんだよ』

 目に涙を溜めたメンコを、タツゾウはいつになく真剣な声で(さと)した。


『あいつならすぐ立ち直れるさ。そんでもって、もっと強くなる』



 麗宮司レイアは、アールグレイ邸2階のテラスで、椅子に腰かけ深く深呼吸をする。

 彼女は表彰式を終え、三連覇の所業を称えるたくさんの戦士貴族たちに取り囲まれた。彼らの対応を済まし、ようやく宴会場の喧騒から逃れたところである。


「お疲れ様です、レイア様。お肩、失礼します」

 ファナは主の疲労を察し、その両肩を優しく揉みほぐす。

「ありがとう、ファナ。流石に少し疲れたわ」

「いえ、このくらいのことはさせて下さい」


 しばらくして、レイアは突然立ち上がる。

「もうよろしいので?」

「ええ、ありがとう、肩が少し軽くなったわ。あまり姿を見せないと皆心配するから、会場に戻ることにするわ」

「無理はなさらないで下さいね」


 レイアはテラスの入り口の方に(きびす)を返すと、束の間の安息の時間を終える。

 ファナもそれに続いた。


「やあ、レイア」

「お父様……、お久しぶりです」


 紅茶会会場前の廊下にて、麗宮司レイアと麗宮司銅亜は邂逅(かいこう)する。

 親子は数か月ぶりの顔合わせであった。


「僕は仕事で忙しいから失礼するよ。紅茶会楽しんで」

「はい、それでは……」


 紅茶会に戻る途中であったレイアに対し、銅亜は帰る途中であった。二人は特に会話を交わすこともなく別れを告げる。

 レイアは目を伏せ、一瞬、普通なら誰にも気づかれない程、ほんの僅かに寂しげな表情を作った。


「お待ちください、銅亜様」

 ファナは、通常通りのポーカーフェイスを顔に張り付けたまま、去り行く銅亜を呼び止める。


「なんだい?」

「おめでとう、の一言もなしですか?」


 強気な姿勢でそう言い放ったファナに、銅亜は冷ややかな眼差しを向ける。

 その視線は、彼がレイアの実の父であることをファナに改めて認識させた。


「すまなかったねレイア、優勝おめでとう。それはそうと、ファナちゃん口が強いねー。一応僕も麗宮司家の人間なんで、ガーディン家である君の主に当たるはずなんだけど……」


「その通りです。しかし、私にとっての一番の主はレイア様ただ一人です。そのお気持ちを蔑ろにする銅亜様の行為が許容できませんでした。申し訳ありません」


 ファナは最後の謝罪の言葉を、いつもの抑揚のない声で言い切る。

 レイアは、彼女の大胆不敵な言動に不意を突かれ、二人の会話に口を挟めずにいた。


「そうかい、君が娘の従者で本当に良かったよ。それじゃ、これで」

「あなたはまた、レイア様から逃げるのですか? ろくに会いにも来ないくせに」

 レイアとファナに対して背を向けて歩き出した銅亜に、ファナは強めの言葉を投げかけ続ける。


「僕はね、今までもずっとこうして逃げ続けてきたんだ。今更だよ」


 銅亜は足を止めない。

 レイアの目には、父としての銅亜の背中が、総督としての彼の背中よりも幾分か小さく映った。



「ねえ、メーちゃんたち今日どうするの? また、パシオンの街にあるセーちゃんの別荘に泊めてもらうの?」

「メンコちゃん、厚かましいことこの上ないよっ」

「うふふふ、わたくしは大丈夫ですよ。こう見えて永紋字家の当主なので、家の皆さんはわたくしの意見を尊重してくださいます」


 メンコ、サニ、世那は、アールグレイ邸1階のエントランスホールにて、今夜の自分たちの動向について確認し合う。


「さすがに申し訳なさ過ぎますよっ。僕たちなら大丈夫です。アールグレイ家の執事さんが、僕とメンコちゃんとタツゾウ君の三人、明日帰るまでの滞在を許してくれたんです。畠中教官の了承も得ているそうで」

「そうですか、それなら良かったです」


 サニの口から、彼らがこの屋敷に残る旨を聞き取ると、世那は両手を体の前に据え、上品で柔らかな微笑みを見せる。


「それにしても、世那さんが永紋字家の当主だったなんて驚かされましたよ。年は一つしか変わらないのに、凄いですねっ」

「いえいえ、わたくしはまだまだ未熟な当主ですよ……。前当主の父が早めに亡くなったので、その跡を継いだだけなんです」


 サニからすると、自分たちよりも一つ上の年で、世界の四天王家の当主を務めることは、十分尊敬に値することであった。

 彼の褒め言葉に、世那は謙遜(けんそん)した態度を取る。


「若くして戦士と当主の両立とは、大変ですね」

「ふふふ、誤解されているのかもしれませんが、わたくし、戦士ではありませんよ」

 世那の発した意外な言葉に、サニとメンコは二人同時に目を丸くする。


「セーちゃんって、戦士貴族の家の当主なんだよね? なのに、戦士じゃないことってあるんだね」

「あれ? しかも、今日のお家交流戦も出場していましたし……」

 メンコは人差し指を(あご)に当て、浮かび上がった疑問を思案する。サニも同様に、世那が戦士でないことについて考えを巡らせた。


「わたくしの場合がかなり異例なのですが、戦士貴族の当主になるにしても、お家交流戦に出場するにしても、必ず戦士である必要はないんです」

 サニとメンコは、世那の説明に「へ~」と相槌を打つ。


「そろそろ、わたくしは失礼させていただきます。お二方とも、この度はわたくしと仲良くしてくださって、本当にありがとうございました。タツゾウさんにも、よろしくお伝えください」

 世那は育ちの良さが(うかが)える上品なお辞儀をすると、元の姿勢に戻り、朝日のように温かな微笑みを二人に向ける。


「そんな、世那さんにはたくさんお世話になりましたし、僕たちの方こそ楽しかったですよっ。またいつか、お会いしましょう」

「じゃーねー、セーちゃん! 絶対また会おう!」


 サニとメンコから別れの言葉を受け取ると、若き永紋字家当主は「それでは」と軽く会釈(えしゃく)し、アールグレイ邸の出入り扉へ向けて歩み始める。

 サニは、そんな彼女の背中をしばらく見つめていた。


「…………」

「サニ、どうかしたの?」

「いいや、なんでもないさっ」

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