交差する刃、飛ぶ火花
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
数日前、八併軍アカデミー、図書室にて―――
「火崋山双剣流についての文献ですか……」
「はい!」
僕は、図書室の係員さんに、火崋山双剣流についての資料がないか尋ねてみた。
お家交流戦で勝つための何かしらの秘策を探すためだ。
アカデミーには、アカデミー生専用の図書室がある。
規模は小さく、書物の数も少ないのだが、もしかすると、ここに火崋山双剣流の文献があるかもしれないと希望を抱いて赴いたのだ。
「一つだけですが、ありましたよ」
「ありがとうございます!」
書棚の上の方にあった一冊の本を、係員さんは脚立に登って取ってくれた。
手渡されたものは、本と言うよりは雑誌に近く、厚さもたいしたことは無い。
これではあまり有益な情報を得られないのではないだろうか。
「『刮目せよ! 華麗なる火崋山双剣流!!』か……、結構古い記事だ」
雑誌の題名を読み上げる。
どうやら、畠中教官が十奇人だったころの特集らしい。日付が20年ほど前のものだ。
内容はおおよそ、十奇人である畠中・アールグレイへのインタビュー。
八併軍を志した動機や、プライベート、戦士を目指す者へのアドバイスなどが書かれている。
『動機? 家が戦士貴族ですからね。戦士を目指す以外にはありませんでしたよ。少し考えれば分かることでしょう』
『特に話すようなことはありません。次の質問に移りたまえ』
『アドバイス? 私が自らの力で身に着けた知恵や知識を、世界中の見ず知らずの人間たちに分け与えろと? 冗談も程々にしてくれたまえ』
何というか、彼が、彼を知る多くのアカデミー生に嫌われているのも頷ける内容だ。
どうやら、若かりし頃からあまり変わっていないらしい。
雑誌を読み進めていると、一つのワードに目が留まった。
『十奇人・畠中の得意技』
パラパラとページをめくっていく中で、なぜだかこの部分だけ光って見えた気がした。
「これだ!!」
全身に電流が走ったような衝撃を覚えた。
雑誌を抱えたまま、僕は図書室の出口目掛けて駆け出す。
教官には、教えたこと以外はするなと言いつけられていたが、僕からするとそうはいかない。
なぜなら、彼が僕に期待しておらず、僕の勝利を信じていないからだ。それはきっと、彼の想定する紅茶会時点での僕が、勝利する戦士に値しないからだろう。
僕は、畠中教官の想定を越えなきゃならない。
◇
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
『残撃の爪牙』が空気を切り裂く。
(体内のマナを二本の剣に流す。イメージとしては、剣と体が一体化するような感覚)
ソラトは心の中で、雑誌に書いてあった内容を思い出し反芻した。
状況を変え得る突破口を、必死で作り出そうとする。
(マナの感知の修練はしたけど、コントロールの訓練はやってない。だから、この場で色々試して成功させるしかない!)
二週間の修練期間、ソラトはそのほとんどを「マナの感知」と「前守の剣による守備」に費やしている。
そのため、新技に割く時間はほぼ無いに等しかった。
(僕の流れを、剣の流れに……)
体の前で、切っ先を下に向けた二本の剣を交差させる。先程と同じ構え。
その構えとともに、少年は目を瞑り、深呼吸をした。
赤き刃が紺髪の少年の眼前に迫ったところで、彼の体は動き出す。
痣小路の繰り出した残像の斬撃を防ぐべく、前進しながら双剣を前方に振り払う。
ヒュン! ガキンッ!
鉄骨をも容易く切ってしまう赤き刃は、双剣によって上方に弾かれる。ソラトの持つ双剣にはヒビ一つ入っていない。
(ダメだ!)
シュルシュルシュル、ビュン!
しかし、失敗を悟ったソラトは、赤き閃光による二撃目が着弾する直前に、先程同様、根による回避を試みる。
「ぐっ!」
しかし、回避は完全には成功しなかった。
右手を根に絡ませて飛ぶ際、残った足に刃がかすった。血が噴き出し、ソラトの体力ゲージがそのダメージによって減少する。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
尚も攻撃は止まない。立て続けに負傷者を襲い続ける。
「はぁ……、はぁ……、もう一度……」
ソラトは再度新技の構えを取ると、赤き刃に立ち向かう。
「うわっ!」
一撃目は防いだが、二撃目が左脇腹をかする。
再びの失敗。ゲージが減る。
(マナコントロールの持続が難しい……。奇跡的に一撃目までは成功しているけど、二撃目はどうしても……)
「隙あり」
痣小路は、ソラトの注意が自分から離れた隙を見計らい、一気に間合いを詰めると、珍獣装備「ガーゴイル」の刀身を彼の腹部に突き刺した。
「……っ!!」
「君の負けだ。どう足掻こうと、イプシロンはイプシロン、凡衆は凡衆でしかない」
痣小路は、さも決着がついたかのように言葉を発する。
「ま、だ……」
「ん?」
「まだ、終わって……、ない!」
ソラトは後方に退いて、腹から痣小路の長刀を引き抜くと、そのまま背後に大きく後退する。痣小路から距離を取った。
腹部から血は出ていない。重傷判定である。
ソラトの体力ゲージは残り数ミリ。
攻撃が僅かにかするだけでも、勝負はついてしまう。
「決まったな。意外に長引いたけど、痣小路の勝ちだ」
「やった! 拗太様ー!」
「全く、焦らしやがって……」
ギャラリーは痣小路の勝利を確信する。
番狂わせなど起こらない。その事実に、安堵の声が多く上がった。
「そんな、ソラト……」
「まだだ、まだ、終わっちゃいねえ」
「…………」
メンコ、タツゾウ、サニのソラト応援団は、絶体絶命なこの状況に静まり返る。
「お前はいつまでも何をしているんだ、拗太!! いい加減こんな勝負、早くケリを付けろ!! この私にこれ以上の恥をかかせるつもりか!?」
「父上……」
捻三の怒りの声に、痣小路拗太は彼の方を向いた後、目を伏せる。
一瞬儚げな表情を見せると、気を取り直して倒すべき相手の方へと視線を戻す。
「次で、本当の終わりだ」
静かで冷たいその言葉の後、長刀は赤く怪しく光り出す。
対するソラトは、新技の構えで痣小路の攻撃を待ち構える。
『残撃の爪牙!!』
痣小路はその場で長刀を三度振るう。
アスタリスク形状の斬撃跡を作り出し、片手を前方にかざした。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
放たれた赤き刃とともに、痣小路も長刀を左腰に添えた状態で相手に接近する。
ソラトを徹底的に叩き潰す気でいた。
「火崋山双剣流……」
ソラトは、双剣を交差させた状態で呟く。迫る敗北を前に、彼はヒントを得ていた。
勝利への渇望と極限の精神状態が不可能を可能にする。
彼のマナが、両手の剣へと流れていく。
剣本来が持つマナに、ソラト自身のマナの流れが加わることによって、双剣はさらなる強度を得る。
『十字反撃!!』
眼前で交差させた双剣を、前方に力強く振り払う。二つの剣筋が十字を描いた。
強度の増した刃は、残像の斬撃を側方に弾き出す。
そして、それを防いだ後も、二本の剣は変わらず頑強さを維持し続けた。
「なにっ!?」
「はあっ!!」
ソラトは残る力を振り絞って跳び上がると、動揺を見せた痣小路を眼下に見据えた。
双剣を頭上に大きく振りかぶり、相手を目掛けて二本同時に振り下ろす。
(甘い! 俺の方が一瞬速い!)
痣小路は、上方から来るソラトの攻撃に、僅かに微笑みを零した。
ソラトが二本の剣を振り下ろす速度と、痣小路が腰に添えた長刀を振るう速度では、一瞬だけ痣小路の攻撃が早く相手に到達する。
たった一瞬、されども一瞬。
力量を示す、彼らの間の大きな差である。
「さらば、イプシロン!!」
決着がつくはずだったその瞬間、そのタイミング。
勝負は決まらなかった。
痣小路の長刀は振るわれなかった。
(バカなっ!?)
彼の珍獣装備の持ち手、その動きが鈍った。
シュルシュル。
根が、彼の右手に絡みついていた。
痣小路の攻撃を止めるにはとても及ばない、か細く弱弱しい根が。
(異能、だと……)
カブ太の異能では、痣小路の攻撃の手を止めることはできない。
しかし、攻撃を「一瞬」遅らせることはできる。たったの一瞬、されども一瞬。
痣小路は、この一瞬の遅れが意味することを瞬時に理解する。
「俺の、負け……?」
「いっけええええええ!!」
マナの流れによって強化された双剣が、痣小路を縦に、一刀両断ならぬ二刀三断する。
ソラト渾身の一撃は、痣小路に直撃した。
「「「…………」」」
騒がしかった会場の時が止まる。
衝撃の展開に言葉を無くす戦士貴族たち。
頭を抱え、顔を真っ青に染める痣小路捻三。
目を見張り、バトルボックス内を食い入るように見つめる他四天王家当主ら。
「拗太……」
捻三は、息子の名前を力なく呟く。敗北など、彼には受け入れられなかった。
「先程も言ったのですが、強者の敗因はいつだって『驕り』です。拗太君は、相手が自分よりも格下であると油断していた。試合中、その節が所々見受けられました。そこを突くことができた雨森ソラト君の、見事な一撃だったと言えますね」
麗宮司銅亜は、冷静に今の場面の講評をする。
「……ちと、これはいかんのう」
ここまでずっと穏和な顔で試合を眺めていた龍印寺岩丈助が、その表情を一変させ、冷酷な眼差しを痣小路拗太へと据えた。
「家の名が違うといえども、儂らは同じ四天王家。痣小路家の跡取りの敗北は、儂ら四家の格を落とすことになる。四天王家が負けることなどあってはならん。まして、戦士貴族でもない無名の小僧になど……」
背筋が凍るような静かな怒りの声を、龍印寺家当主は発した。
その言葉に永紋字世那は身震いする。
「やった……」
「俺、紅茶会来て良かったぜ。メチャクチャおもしれーもんが見れたしよ」
メンコはボソリと喜びの感情を声に出し、タツゾウは親友の活躍に口角を上げる。
「……やっぱり、君なのかもしれない」
サニはソラトの方を真っ直ぐに見つめると、誰に告げるでもなく、一人そう呟いた。
その言葉を隣にいたタツゾウだけが聞き取る。
「ん? 何がだよ?」
「なんでもないさっ」
サニの発言の意味を尋ねるタツゾウだったが、笑顔ではぐらかされる。
「今のは間違いなく『十字反撃』……、なぜ彼が……」
畠中は、控え室のベンチから思わず立ち上がる。
目の前で起こった光景は、彼の中の常識を大きく超えていた。
雨森ソラトの双剣が四天王家の次期当主を叩き切るなど、戦士の戦いを数多く見てきた畠中であっても予測できなかった。
「雨森ソラト、彼はこの試合を通して、進化している……」
彼はソラトの努力を知っている。この試合への思いも知っている。
それでもそれらの要素は、畠中にソラトの勝利を信じさせるには及ばなかった。
「……裏切られましたね」
彼は静かに笑みを零す。
十字反撃。
戦士時代、畠中・アールグレイが得意としていた火崋山双剣流の剣術である。
習得難易度としては決して高くないが、磨けば磨くほどに輝く剣術として知られている。
敵の仕掛けてくる攻撃を弾き返して後ずさりさせ、その隙を突いて流れるように反撃する。
相手の攻撃を受ける際、剣筋が十字を描くことがその名の由来である。
守備からの反撃を美徳とする火崋山双剣流の典型的な剣技と言える。
現在では、火崋山双剣流の使用者が畠中だけであり、その彼が戦士を引退したということもあって、この十字反撃を見られる機会は失われたと思われていた。
しかし今宵、まだまだ拙くはあるが、名も無き少年がかつての十奇人と同じ技で、闘技場を舞って見せた。
「十字反撃……、アールグレイ家の美しき剣技」
「またこの目で見ることになるとは……」
「なに今の……、すごい……」
驚き、困惑、動揺。様々な感情が戦士貴族たちに渦巻いていた。
雨森ソラトの繰り出した美しき反撃技に対し、ギャラリーの多くが驚嘆や恍惚の表情を向ける。
ソラトは、攻撃後すぐに痣小路の方へと向き直った。
膝から崩れ、両手を地面につく対戦相手に、火崋山双剣流の基本の構えで相対する。ソラトに油断は無かった。
試合終了の合図はまだ出ていない。激戦の第四試合は、未だ結末を見せてはいなかった。
「まだだ……、俺は、まだ……、負けていない」
痣小路はよろめきながらも立ち上がる。
ソラトの渾身の一撃は、痣小路の全体力を削る上で僅かに足りなかった。
とは言え、残る体力ゲージはソラト同様、かすり傷でも決着がつく程度のものである。
彼は右手に持つ長刀を、ソラトの見開いた瞳に貫き通すがごとく差し向ける。
「お前、俺のマナコントロールを真似したな?」
「うん。痣小路君にお腹を刺された時、武器に流れるマナの動きを感知できたんだ。そのおかげで、なんとなくだけどやり方が分かったよ」
戦いの中で進化を遂げる。ソラトはそのためのヒントを、対戦相手である痣小路から得ていた。
痣小路の長刀に流れるマナを、彼は直接肌で感じ、その流れを自身の双剣に取り入れた。
「お前の進化を、俺は意図せず助けてしまった訳か」
痣小路は、右手の長刀を左腰に据える。
対するソラトは基本の構えのまま、痣小路のマナの流れに注意を向ける。
静かな闘技場の中央、長刀と双剣に、使い手のマナが宿った。
「行くぞ」
「うん」
試合前、痣小路の中にあった「驕り」は、その姿を完全に隠す。
いつの間にか、ソラトの中にあった痣小路への「恐怖」も、完全に払拭されていた。
痣小路が仕掛ける。相手に接近し、珍獣装備を横に振るう。
ソラトは前守の剣で攻撃を弾く。そして、流れるように上攻の剣で反撃した。
痣小路はその反撃を、素早く後方に退くことで回避する。今度は長刀を両手に持ち、縦に振るった。
ソラトは素早く側方に躱す。基本の構えは崩さない。
仕掛け、弾き、反撃、回避。これらの動作を繰り返す。
一撃入れば終わる試合。観客たちにとって、目の離せない展開がしばらく続いた。
(……このままずっと、見ていたい)
近年稀に見る白熱した試合に、レイアは心の内で感想を零す。
二人の戦士による意地とプライドのぶつかり合いは、見る者に叶わぬ永遠を望ませた。
両者の体力は、大画面に反映されているゲージとリンクしている。
双方、限界に近かった。
試合中にできた傷の痛み、防御や攻撃に用いる筋力エネルギー、それらに加え、マナコントロールを行うことによるマナの消費。
それらの要素が、彼らの体力をさらに奪っていく。互いに肩で息をし、次の相手の動きに集中する。
(ぜぇ……、はぁ……、楽しい……)
徐々に霞んでくる視界、それに伴って薄れゆく意識の中、ソラトはここに来る前に聞いた、親友の発言を思い出す。
『お前頑張ってんだろ? もしその成果が戦いの中で出たらよ、きっとワクワクしてくると思うぜ! 強くなることが楽しくなってくんだ!』
(タツゾウ、今なら僕にもわかるよ)
修練の成果、それ以上のものをソラトは実感していた。
自分の努力が身になっているという事実、彼には、それだけがただただ嬉しかった。
「痣小路式剣技……」
「火崋山双剣流……」
両者ともに、次の攻防が正真正銘の最後になることを悟る。
痣小路は、『ガーゴイル』の切っ先を相手へ向け、柄を両手で握ると、顔の右側方に据える。
腰を低く落とし、自分の中にあるありったけのマナを長刀へ流し込んだ。
ソラトは、二本の剣の先端を地面に向け、十字に交差させる。
こちらも同じく、残る全てのマナを双剣に注ぎ込んだ。
構えたまま、二人の動きがピタリと止む。会場の誰も、この緊張感に声を発することができない。
音と動きが消えた、永遠にも思える刹那の時間。
両者の勝利への強き思いが、マナとなって戦士貴族たちの前に顕現する。
観戦者たちの中には、この戦いに決着がつくことを望まぬものもいた。しかし、無情にも時は流れてしまう。
永遠の刹那を越えて、互いの刃は火花を散らせる。
『天断ちの弧剣!!』
『十字反撃!!』
そして、決着の時は来たる。
波乱の死闘は、結末を綴る。
『WIN:痣小路拗太』
痣小路の長刀が、ソラトの防御を打ち砕いた。
力強くも華麗なる一刀両断。
勝者は天を仰ぎ、敗者は地に伏す。
一つの挑戦が終わった。
お読みいただきありがとうございました。




