求む進化
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「マナとは、この世の森羅万象あらゆるものに流れるエネルギーです。生物だけに留まらず、石や土、鉄、とにかく様々なものに、マナの流れは宿っているのです」
畠中教官との修行は苦しかった。彼は、僕の限界を悠々と越える修練メニューを組み、それをきちんとこなすまでは帰してくれなかった。
マナを知覚して後の一週間は、ひたすらに「守り」の訓練を受けた。
「マナの色や流れには、その対象が持つ性質や変化などが反映されます。八併軍の戦士なら、周囲のマナの流れを敏感に感知し、己のマナや使用している武器のマナを上手くコントロールできなければなりません」
教官は僕に、彼が振るう木刀の攻撃を防げるようになることを課した。
ただ、もちろんそんなことを一朝一夕でできるようになるわけがない。元十奇人の繰り出す斬撃は、まだ剣の構え方もぎこちない僕なんかが凌げるものではない。
「はぁ、君は一体何のためにマナを知覚したのですか? 言わないと分かりませんか?」
「す、すみません!」
畠中教官は、心底呆れ返ったような表情を見せると、ため息交じりにそう言った。
戦士とマナの関係性。
それは切っても切り離せないものだ。
タツゾウの繰り出す、煬香流の強力な剣術や体術。
レイアさんの、視認不可の高速斬撃。
クロハが時折見せた、華奢な身体からは想像もできないような動き。
十奇人であるフェンリルさんやクログロスさんの驚異的な身体能力。
マナの存在を認識してから気付いた。
実力者たちによる、とても人間業とは思えない所業の数々。あれらは全て、マナのコントロールが成せる業だったのだ。
何のためにマナを知覚したか。
僕には、彼らのようにマナをコントロールする力は無い。ただ、今の僕には、彼らの超人的な動きの源を認識することはできる。
畠中教官が僕に求めていたのは、人が起こすアクション、それによって変化するマナの流れを的確に感知することだった。
マナの流れの変化によって教官の攻撃を察知し、その攻撃を凌ぐのだ。
呼吸を整え、周囲の流れの音に集中する。
「ようやく気付きましたか。しかし、攻撃を凌ぐだけでは勝負には勝てません。守備によって相手の体勢を崩し、そこから生まれる反撃にこそ、君が勝つための鍵があります。そこは君の持つ『巨人カブ』の異能『地根操作』に頼りたまえ」
「はい!」
相手の攻撃から必死に身を守り、少ない隙を見つけて確実に反撃。
それが、今の僕に取れる戦法だ。
◇
ガキン、ガキンガキンッ!
雨森ソラトと痣小路拗太。
二人によって絶え間なく奏でられる金属音が、会場の盛り上がりを急き立てる。
痣小路がダメージを負ったことに対する彼のファンからの案ずる声や、新参者に対してのブーイング、四天王家が先手を取られるという意外な展開に、大どんでん返しを期待する声など、闘技場は様々な声で溢れかえった。
「ふんっ!」
「くうっ!」
痣小路は、ソラトの頭目掛けて、上段から長刀を振り下ろす。
ソラトはそれを『カブ太』の剣で防ぐと、再び異能「地根操作」によって地中から生やした根を操り、その根が掴んでいるもう一本の剣を前方に振るう。
「同じ手を食らうものか!!」
痣小路はその反撃を完璧に見切り、一瞬にして攻撃体勢から防御体勢へと転じる。
根が振るう剣を、長刀で弾き返した。
「ねえ、なんでソラトは、剣を自分で二本持たないの?」
メンコはソラトの戦い方をしばらく眺め、その中で生じた疑問を再びサニに尋ねる。
「きっとソラトには、まだ二本の剣を扱えるほど、技術も腕力も足りていないんだと思うよっ。だからこそ、彼はカブ太の異能でそれを補っているんだ」
質問に答えたサニは、ソラトの戦法について理解を示す。
「火崋山双剣流。たしか、前守の剣と上攻の剣だったかしら。両手に持つ剣のうち、片方を前方に、もう片方を上方に据える独特な構えが特徴的で、ソラトの戦い方はそれを模倣したものね」
「さすがはレイア様、ご博識ですね」
戦いの行方を見守るレイアは、隣に立つファナに、アールグレイ家の秘伝剣術「火崋山双剣流」の基本の構えについて解説する。
「前守の剣は、前方に据え、相手の攻撃を弾くための守りの剣。そして上攻の剣は、上方に構え、相手にダメージを与えるための攻撃の剣。敵の攻撃を防ぎ、流れるように反撃する。それが、あの剣術の基本的な型なのよ」
レイアの解説に、ファナは眉をひそめ、痣小路の怒涛の攻撃を必死で防ぎ続けているソラトの方を、怪訝な表情で眺める。
「私には、あの男にそんな器用なことができるとはとても思えませんが……、さっきのもきっとまぐれでしょう」
「分からないわ。ただ言えることは、勝敗は神のみぞ知るということだけね」
痣小路は、両手に持つ長刀の刃が地面と水平になるよう、体の真横で構えると、ソラトの胴を目掛けて一閃する。
「はあっ!」
迫りくる速く重い一撃を防ぐため、ソラトは、剣の柄を両手で力強く握って受け止める構えを取り、痣小路の長刀と刃を合わせる。
ガキンッ!
「……えっ!?」
打ち込まれた斬撃の重みに、ソラトは動揺を表情に出す。
今の一撃で、ここまで何とか凌ぎ続けていた痣小路の攻撃が、全力でなかったことに彼は気付かされた。
淡い青色の珍獣装備「ガーゴイル」が、白と緑の「カブ太」を押し込む。
そして遂に、長刀の刃が片手剣を吹き飛ばし、持ち主であるソラトを横に一刀両断した。
「うわっ!!」
会場のモニターに表示されている、ソラトの体力ゲージが大きく減る。
痣小路の一振りは相手のゲージのほぼ半分を削り、それは、ソラトが彼に与えた反撃の約二倍のダメージであった。
「君ごときに本気を出さねばならないとは、自分に腹が立つ」
露骨に苛立ちを顔に出した痣小路は、ソラトの方へと向けた長刀の刃先を、その美顔の側できらめかせる。
試合開始と同時に放った、「天断ちの孤剣」の構え。
彼は立て続けに攻撃を繰り出し、勝負を決める気でいた。
「君の抱く幻想、この俺が容易く打ち砕いてやろう」
『痣小路式剣技・天断ちの弧剣!!』
再び繰り出された大技が、ダメージを負ったばかりのソラトの元へと襲い掛かる。
マナの変化を感知することにより、ソラトはその斬撃を第六感で捉えた。片手剣を急いで拾い上げ、長刀が到達する箇所に構えて攻撃に備える。
ガガキンッ!
「うっ! そんなっ!」
先程は凌げたはずの痣小路必殺の一撃だったが、数秒前に食らった横一閃と同様、その重みはソラトの前守の剣では防ぐに足りない。
(ダメだ。これを食らっちゃダメだ)
刃が届けば試合が終わる。そのことは、ソラトと痣小路を含めた、会場の誰にとっても当然の共通認識だった。
ソラトは、上から圧し掛かる刀の重みに押し潰されそうになるも、全身に力を込め、辛うじてその握る一本の剣で抵抗する。
「いけー!! 痣小路くーん!!」
「拗太、やっちまえ!」
「そんなチビ、お前の相手ではないだろう!」
「お願い、負けないで!!」
痣小路を応援する声がその者に力を与え、反対に対戦相手であるソラトから力を奪った。
長刀の重みある攻撃により、ソラトの防御体勢は潰されるように徐々に低くなっていく。
「悪いが、負けるわけにはいかなくてね。皆、俺の圧倒的な勝利を望んでいるんだ」
不敵な笑みと共に、痣小路はソラトを上方から威圧する。
「君が一体全体、何を目的にしてここに立っているかは知らないし興味もないが、俺に勝てると踏んでこの場にいるのなら、思い上がりも甚だしいぞ、イプシロン」
痣小路の繰り出す攻撃に、苦悶の表情で抗うソラト。
この構図こそ、彼らの力の差を示す画であり、多くの戦士貴族たちが望む光景でもあった。当初誰もが思い描いていた、当たり前の光景。
「負けるなあああ!! ソラトおおおっ!!」
突然、痣小路へ向けられた多くの歓声の中から、一際大きな声援がソラトへと送られる。
赤毛の少女は口に両手を添え、腹から出した全力の大声で、会場を包んでいた他の全ての声援を一瞬静まりかえらせる。
「四天王家がなんだってのよ!! ソラトの方が絶対に強いんだから!!」
「メンコ……」
少女の声が、戦う少年に力を与える。重みに抗う力が加わる。
「ソラト! 君なら勝てる! 僕には分かるよっ!」
「サニ君……」
重みを押し返す力が加わる。
「ソラトッ! 楽しんでこーぜ!」
「タツゾウ……」
最後に、勇気が加わる。
「はああああああっ!!」
「なん……だと……!!」
勝利を確信していた痣小路は、原因不明のソラトの馬鹿力に戸惑いを隠せない。
自分の長刀が、大声を発して抵抗するソラトに押し返されているという事実が、彼には信じがたいものだった。
ソラトの剣が、痣小路の長刀を弾き返す。痣小路必殺の剣技は、またしてもソラトに届かなかった。
これまで紅茶会やアカデミーの実技授業内で、戦士貴族を含む数多くの実力者たちを打ち負かしてきた剣技が、無名の少年に通用しない。
会場全体に、再び衝撃が走る。
「火事場の馬鹿力ですか、しかし、あのような戦い方では長くは持ちませんね」
ファナは、熱量が上がっていく会場とは対照的に、冷めた目でソラトの戦いぶりを見ていた。
「ええ、そうね。でも、それはソラトだけではないわ」
ファナの言葉を受け、レイアも自身の見解を述べる。
彼女の考えは、ソラトと痣小路の双方が、早い段階で体力的な限界を迎えると言うものだった。
「傷ですか……」
「ソラトは勝つために、常に全力以上の動きが求められ、対する痣小路拗太には、ソラトから受けたダメージが、傷となって試合中残り続ける。これらの要素が、どう試合の行方を左右するのか見物ね」
バトルボックスには、「重傷」や「致命傷」によって生じた傷や痛みを消す機能が備わっている。
しかし、ダメージが重傷や致命傷として認識されず、それよりも軽度のものとして処理された場合、バトルボックス展開中(試合中)に傷と痛みが消えることはない。
そのため、痣小路の体には、試合の初めに受けたソラトからの攻撃が傷と痛みとして残っており、対するソラトの体には、痣小路によって浴びせられた傷が「重傷」として消されていた。
「はぁ……、はぁ……、こんなはずでは……」
痣小路は、傷の痛みとともに、試合を決めきれないことに焦燥感を覚え始めていた。
「だが、その悪足掻き、いつまでも続きはしないだろう」
彼は攻撃の手を緩めない。ソラトに反撃の隙を与えない。
絶え間ない攻撃によって相手の疲弊を誘い、スタミナが切れたところで叩く。実力差がある際に、強者が取る選択であった。
痣小路の長刀が、ソラトを下方から上方に押し上げるように振るわれる。
前守の剣による防御をいとも簡単に弾き飛ばす。
「うわあっ!」
ソラトの体は宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。
少年は背中の痛みを堪えつつ傍らに落ちた剣を拾い上げると、すぐさま起き上がり、前方の相手に向けて構える。
痣小路は起き上がったソラトを見ると、間髪入れずに次の攻撃を仕掛ける。上段から振り下ろされる、珍獣装備「ガーゴイル」の重き一撃。
尚もソラトは、その上からの斬撃を下から押さえる。さっきと同じような体勢となった。
「君がどれだけ粘ろうとも、実力差は歴然だ。勝負は見えている」
「ぐうっ! まだ……、負けない……!」
先程のような馬鹿力が何度も繰り出せるはずもなく、ソラトの剣は痣小路の長刀に押し込まれていく。
「はあああっ!」
シュルシュル!
ソラトは、痣小路の攻撃を受け止めながら反撃する。
背後から伸びた根が、ソラトを救うべく上攻の剣を振るった。
「甘いな」
しかし、痣小路は根の剣撃を片手で払い除けた。
そしてもう片方の手のみで長刀を握り、変わらずソラトの抵抗を制し続ける。
「そんなか細い根の弱弱しい攻撃など、不意打ちでなければこの俺に通用するわけがない」
「わっ!」
痣小路の長刀は、相手の全力の抵抗を叩き潰す。
その衝撃で、ソラトは地を擦るように後方へ飛ばされ、握っていた珍獣装備を手離してしまう。
(今の僕のままじゃ、痣小路君に勝てない)
弱き少年は悟る。この試合において勝利を掴むには、さらなる進化が必要だということを。
再び立ち上がり、武器を拾い直す。
(やってみるしかない!)
ソラトは「カブ太」の異能「地根操作」の根を地面から繰り出し、その根が絡めている剣を右手に掴む。
左手に珍獣装備、右手に何の変哲もない剣。
これまで自身の両手で一本、異能の根で一本と、分けて使用していた二本の剣を、彼のその一身で構える。
珍獣装備を前方に構えて前守の剣とし、もう片方を頭上に振り上げ、上攻の剣とする。正式な火崋山双剣流の構えである。
「まだ何か隠し技を持っているようだが……」
痣小路はほくそ笑むと、長刀の刀身に手をかざす。
刀の峰側を、柄に近い部位から先端にかけて、手でスライドする。
「それは俺も同じだ」
珍獣装備「ガーゴイル」の青白い刀身が、怪しく赤に輝く。
痣小路は、その赤き長刀を左腰に据え、横一閃に空を斬り裂く。
『残撃の爪牙』
長刀の剣筋は、赤き閃光を纏ってその場に留まり続ける。
謎の攻撃に身構えるソラトを他所に、痣小路は同じような空を裂く動きを数回、それぞれバトルボックス内の別の箇所で行った。これまた同様に、複数の赤刃の閃光が宙に留まる。
「ガーゴイルの異能?」
「光栄に思うがいい。滅多に見られるものではない」
初めて目にする痣小路の珍獣装備の異能に、ソラトは警戒心を強める。
痣小路の生み出した斬撃跡は、ソラトの周囲を囲うように扇状の列を作る。
「俺の太刀筋は、残像ですら君を斬り刻む」
痣小路拗太。
マナ系譜『像』。珍獣装備『ガーゴイル』の異能『残像留撃』。
彼が長刀で作り出した斬撃の残像は、鉄骨を容易く真っ二つにするほどの切れ味である。
「ガーゴイルの異能、君の双剣で何とかできるのなら、是非とも見せてもらいたいものだ」
片手を前に振りかざす。
その痣小路の合図と同時に、赤き残像がソラトへと一斉に襲い掛かる。
「火崋山双剣流……」
ソラトは火崋山双剣流の基本の構えから、二本の剣をクロスさせて刃先が下に向くよう構え直す。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
(ダメだ! 間に合わない!)
しかし、ソラトが何かを繰り出すより早く、痣小路の『残撃の爪牙』がソラトの元に到達した。
残像の刃は、攻撃対象の体目掛けて容赦なく迫る。
シュルシュルシュル、ビュン!
ソラトは間一髪、直撃を免れた。
根を駆使し、攻撃を回避するべくバトルボックス内を飛ぶ。
「ぶっ!」
痣小路の異能による攻撃は回避したが、咄嗟に根を使って自分の体を飛ばしたために、顔面からバトルボックスの結界障壁にぶつかる。
「くうっ、僕の力じゃ、スムーズにあの技を出せない。それに……、成功したことも無いんだよね……」
ソラトは、剣の扱いに不慣れであった。二刀流なら尚の事、戦闘で使用できるレベルには無い。
だから彼は、この試合での己の進化に賭けた。
「さっきの構えは……、まさか……」
控え室にて一人で試合を眺めていた畠中は、ここで初めて声を漏らす。
驚きと戸惑いが混じった声であった。
「あれは、教えていないはずですが……」
彼にとって、ソラトが見せた構えは予想外のものだった。
『残撃の爪牙』
痣小路は、ソラトが双剣を構え直す間に、次なる残像攻撃の準備を整える。
赤い斬撃跡をこの数秒で十数備えていた。
手数で押す。彼のこの方針は変わらない。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
再び手を前にかざす。宙に浮いた赤き刃が、ソラトの体を切り刻む軌道を描く。
「このまま逃げ続けたって、最後はやられる。だから、ここであの技を完成させるんだ!」
お読みいただきありがとうございました。




