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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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四天王家の当主

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 時間は流れ、お家交流戦開始の三十分前。


「皆さん、一度会場からご退室願えますでしょうか」

 畠中は、バンケットルーム内の視線を一身に集める。


 戦士貴族同士の交流を楽しんでいた参加者たちは、主催の言葉に従い、それらを一時中止して1階のエントランスホールの方へと移動する。

 その移動と同時並行で、使用人たちが慌ただしく円形テーブルと椅子を会場の外へと運び出した。


 ガチャン。

 アールグレイ家の老執事は、参加者全員の退室が完了し、テーブルと椅子が全て運び出されたことを確認すると、屋敷の2階にある一番奥の部屋に行き、隠されたレバーを引く。


 ゴゴゴゴゴゴ!

 先程まで紅茶会の会場であったバンケットルームが、大きな物音を立てて一度屋敷から引き離されると、その形状を空中で変形させる。


「「「おお~」」」

 1階の窓から見えるその様子に、エントランスホールからは感嘆の声が漏れる。

 形状を変えたバンケットルームだった部屋は、再び大きな物音と共に屋敷に結合される。


「では皆さん、今宵のお家交流戦の会場へ案内いたします」

 畠中は右手を胸に当てると、お辞儀をして再び2階へと上がった。



「スッゲーな! あの大部屋がでかい闘技場に変形するなんて、どんな仕掛けだよ! 俺ここに住みたいぜ!」

「メーちゃん決めた! この家買うよ!」

(君たち、無一文でよくそんなことが言えたもんだよねっ!)


 タツゾウ、メンコの二人は、アールグレイ邸のバンケットルームが闘技場へと変貌を遂げた様子を見て、子供さながらに目を輝かせる。

 ここまで二人に振り回され続けていたサニは、疲れを顔に浮かばせながら、心の中でツッコミを入れる。


「あの、宿泊代も食事代も、特に払って頂かなくても良かったのですよ?」

 永紋字世那は、疲労感が(にじ)み出ているサニの顔を覗き込むと、宿泊料金について言及した。


「いえいえ、泊めていただいたのに料金さえも支払わないなんてとてもできませんよ。四天王家の永紋字家にお世話になったのですから。それに、僕たちだけでは確実にここへ辿り着けていませんよっ。世那さんが紅茶会の参加者で本当に助かりました」

「ふふふ、律儀なんですね。お役に立てて良かったです」


 タツゾウ、メンコ、サニの一行は、ソラトや畠中と別れた後、世那の提案によって永紋字家の別荘で一泊した。

 サニは宿泊料金や食事代を全て支払い、タツゾウとメンコの自由奔放(じゆうほんぽう)な行動を、一人で制御しようと奮闘していた。


「君たち、ベッドがフカフカだからって飛跳ねちゃダメでしょ!」

「メンコちゃん! 食事は手で食べない! ナイフとフォークがあるでしょ? 違うよっ! ナイフは刺して食べる物じゃないよっ!」

「二人ともうるさくて眠れないよっ! この時間から枕投げはやめてよっ!」


 永紋字家という名家に、タツゾウとメンコの行動によって不快感を与えてはならないと息巻いていたものの、それがずっと続くほどサニはタフではなかった。


「本当にすみませんね、うちの者が色々と……」

「大丈夫ですよ、とても楽しかったので」

 世那はおっとりとした口調で答える。永紋字家は、彼らの無礼な振る舞いも、賑やかなのは良いことだと寛大(かんだい)に許していた。


「家の皆さまにも、本当にありがとうございましたと伝えてください」

「うふふふ、わかりました。わたくしも楽しいのは大好きなので、またいらしていただいても構いませんよ」

「僕の気力と体力が回復したら、是非とも」

 サニは貴族のご令嬢に対してペコリとお辞儀をする。


「そういやよー、ソラトの姿は見えねえな」

「えーっ!? メーちゃん達、ソラト応援しに来たのに?」

 タツゾウとメンコは、変形した闘技場内にソラトがいないか見渡す。しかし、彼の姿はどこにも見当たらない。


「なあ、探しに行こうぜ! 俺たち来てるってことが、あいつの力になるかもしれねえだろ?」

「さんせーい!」

「うん、探そうかっ! この場所で、ソラトを一人になんてさせないさっ」



 エントランスホールに、一人の要人が現れる。

 杖をついた白髪の老人。細身の体を小刻みに震わせ、エントランスホールから2階への階段を上がろうとする。


「お待ちください龍印寺(りゅういんじ)家当主、龍印寺岩丈助(がんじょうすけ)殿。アールグレイ家当主が来てくれるまでは、ここでお話でもいかがですか?」

 立て続けに要人がもう一人到着する。


「老い先短い儂の歩みを止めるとは、随分偉うなったのう、ええ? 麗宮司銅亜や」


 龍印寺岩丈助は、現八併軍総督の声で、階段の一段目に杖と右足を乗せたまま動きを止める。

 振り返ることなく発せられたしゃがれ声は、銅亜に、長く戦士界を牽引(けんいん)してきた威厳と風格を感じ取らせた。


 戦士の世界で絶対の存在である四天王家。

 世間では、その当主ともなれば一国と同等の権力を有するのではないかと、まことしやかに(ささや)かれている。


「お気を悪くさせてしまったのなら、申し訳ありません」

「なあに、軽い冗談だ」

「ははは……、心臓に悪いですよ」


「そちらのご当主・シュレイ様はどうされた? あの婆さんも、ボケるにはまだ早いだろうに」

「ええ、シュレイ殿は別の予定が入っておられまして、当主の代理として、僕が派遣されたんです。実を言うと、仕事は立て込んでいるんですけどね」

「義理の母のご機嫌取りとは、婿養子(むこようし)も大変だのう」

 銅亜は岩丈助の言葉に苦笑いを浮かべる。


 四天王家の当主たちは、先祖代々、仲があまり良くない。

 戦士の世界の覇権を懸けて争ってきた四家である。この紅茶会のような集まりでも、彼らの言葉の節々から、互いに対する競争心の高さが垣間(かいま)見える。

 特に、戦士界を牛耳(ぎゅうじ)っていると言っても過言でない麗宮司家に対する、他三家の対抗意識は相当なものであった。


「お持ちしておりました、龍印寺家当主殿、麗宮司家当主代理殿」

 軽い立ち話をしている二人の元に、畠中・アールグレイが姿を現す。

 しかし、2階から下りてきたのは彼一人だけではなかった。


「どうも、お元気そうで何よりです龍印寺岩丈助殿。そしてごきげんよう、麗宮司銅亜殿」


 濃い口髭が特徴的な中年男爵(だんしゃく)が、岩丈助と銅亜に笑顔で語り掛ける。

 赤紫に白髪の混じった髪をかき上げ、右手を胸に添えながら丁寧なお辞儀をした。


「ほほほ、これは久しいのう、痣小路捻三(ねんぞう)殿。すでに来ていたとは」

「昨年の紅茶会以来ですので、ちょうど一年ぶりですかな」


 痣小路拗太の父にして、現痣小路家当主・痣小路捻三は、笑顔を崩さずに二人の元へと近づき、握手を交わす。

 畠中も捻三に続いて、到着したばかりの要人二人と同じように握手を交わした。


「しかし驚きましたぞ、アールグレイ殿。まさか貴殿の家から、お家交流戦の参加者が現れるとはのう」

「継承者が現れたのは、めでたいことですね」

 岩丈助と銅亜は畠中と握手を交わしながら、戦士貴族の界隈(かいわい)で今話題になっているニュースについて触れる。


「いえ、まだ継承者と決まった訳ではありませんので」

 畠中は二人の勘違いを訂正する。


「フハハハ! 畠中殿、継承者探しは大変ですな! 我々にはそんな苦労をせずとも、優秀な血縁継承者がおるものですから、あなたの苦労が分かり兼ねるのですよ。いやー申し訳ない!」


 痣小路捻三は、畠中を心底(さげす)んだような笑みを浮かべると、彼の肩をトントンと叩く。

 四天王家からすると、一般の、それも没落していく戦士貴族の扱いなどこの程度のものである。


「畠中殿の奥様が亡くなる前に子でも授かっていれば、こんなことにはならなかったのでしょうが、運命とはかくも残酷なものかと嘆くばかりですよ……」

「捻三殿、それはいささかモラルに欠けるのではないかのう?」

「いやー、失敬失敬」

 捻三は、岩丈助の指摘によってノンデリカシーな発言を止めた。


「お二方とも、会場にご案内致します。四天王家の四家全てにお集まりいただけたこと、誠光栄に思います」

 畠中は捻三の発言には触れず、二人の当主と一人の当主代理に敬意を表し、2階のお家交流戦会場へと招く。


「おお、と言うことは、永紋字家のお嬢さんもいらしているのか?」

「失礼ながら龍印寺家当主殿、彼女はすでに永紋字家の当主となられています。その呼び方はお止めになられた方がよろしいかと……」

 岩丈助の永紋字家当主に対する呼称に、銅亜は恐る恐るやめるよう促す。


「ほほほ、そうじゃな。うら若きお嬢様とは言え、四天王家の当主の一人。立ててやらねばのう」



 お家交流戦会場にある、他を威圧する豪華な四つの席。

 それらが置かれているガラス張りの部屋は、実際に交流戦が行われる広い戦闘場とそれを取り囲んでいる他戦士貴族用のギャラリーが、眼下に収まる最も高い位置にあり、闘技場を隈なく見渡すことができる。

 当然、この会で最も高貴なる存在、四天王家の四人の当主のために設けられたものである。


「ほっほっほっ、屋敷にこんなものを作ってしまうとは、アールグレイ殿も面白いことを考えるのう」

 龍印寺家当主・龍印寺岩丈助は、賑わいを見せる闘技場を眼下に眺め、心底楽しそうに笑う。


「アールグレイの継承者がどこの誰かは分からないですが、我が痣小路家の次期当主である拗太が負けることなど考えられません。あれは、これまで痣小路が生み出してきた歴代の戦士の中でも、目を見張る才の持ち主なんですよ」

 痣小路家当主・痣小路捻三は、自慢の息子がお家交流戦で勝ち上がることを信じて疑わない。


「強者の敗因は大抵『(おご)り』です。いくら痣小路拗太君でも、油断すれば負けることだって十分あり得ますよ」

 麗宮司家当主代理・麗宮司銅亜は、既に勝った気でいる捻三に釘をさす。


「…………」

(わたくしなんかが、こんな場所にいて良いのでしょうか……?)

 永紋字家当主・永紋字世那は、戦士界を引っ張ってきた年配の当主や当主代理を前に、緊張感が露骨に表情に出ていた。この椅子に腰かけてからというもの、彼女は一言も発していない。


「永紋字家当主殿、ご気分が優れないようでしたら、無理に我々といることも無いのですよ?」

 銅亜は、居心地の悪そうな世那のことを気に掛ける。


「い、いえ、大丈夫です……。わたくしの事でしたらご心配には及びません……」

 すっかり萎縮(いしゅく)しきってしまった世那は、銅亜の呼び掛けに震えながら弱弱しく答える。


「永紋字家も終わりですね。こんな威厳の欠片も無い娘が跡継ぎとは」

「捻三殿、少々口が過ぎますぞ」

 辛口な言葉を述べる捻三の態度を、岩丈助は非難した。


 彼らがそのような話をしている間に、お家交流戦開始1分前となり、畠中は会場の中央でマイクを片手に、開会を告げる準備を整える。


「それでは皆さん、お待たせいたしました。これより、紅茶会恒例、お家交流戦を開催いたします」


 時計の長針が動き、定刻に至る。

 開会の挨拶が終わると同時に、拍手が沸き起こる。

 歓声等は起こらない、紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)たちによる上品な開会。


「早速いきましょう。一回戦、第一試合、『龍印寺ジャッキー』対『ファナ・ガーディン』」

 戦闘場の、お互いを睨み合うように対角に位置する二つの鉄格子ゲートが、同時に重厚音を立てながら上に開く。


 観戦者たちにとっての宴が、参加者たちにとっての戦が、今宵のメインディッシュが幕を開ける。

お読みいただきありがとうございました。

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