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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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震え

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 アールグレイ邸のエントランスホールに、新たな出会いと再会を祝う、ゆったりとしていて高らかな曲調の音楽が、ピアノの鍵盤(けんばん)によって響き渡る。

 演奏者も、きっと僕が知らないだけで、高名なピアニストなのだろう。


「ごきげんよう、アールグレイ殿」

「これはこれは、タールシュネッガー郷。お越しいただたこと、誠に嬉しく思います」

「いえいえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます」


 畠中教官は、招待客の対応で忙しそうだ。

 まだ紅茶会の開宴までは時間があるというのに、もうすでにたくさんの戦士貴族の方々が訪問されていた。

 男性はきちっと整えられたタキシード、女性は美しくて高そうなドレスにそれぞれ身を包み、久々の再会を笑顔で喜び合う。


「お久しぶりですねー。元気にしてましたか?」

「ごきげんよう。あらー、息子さん大きくなられましたわね!」

「今度一緒に、ディナーでもどうです?」

「最近の世の中は、少し物騒になってきましたからね。麗宮司家のお嬢様の誘拐事件、ニュースで大々的に取り上げられていましたから」


 様々な声が飛び交っている。

 当たり前だが、人が増えれば増えるほどに、その喧騒は大きくなっていく。


 僕はと言うと、執事さんに貸し出されたタキシードを(まと)い、なんとか異物感が出ないよう紛れようとするのだが、はたして僕の姿は周りにどう映っているのだろうか。

 彼らが自分たちの中に紛れた田舎者に敏感でないことを願う。


「肩身が狭そうですね」

 後ろから唐突に声を掛けられた。

 バレてしまった。僕が田舎者だと、あっさりと見破られてしまった。


「違うんです! 僕は戦士貴族なんです! 信じてください!」

 後ろを振り返りながら、必死に弁解の言葉を考える。


 どうしよう、素直に本当のことを言った方が良かっただろうか。

 でも、あんまり目立ちたくはないし、ここは穏便にやり過ごそ……、


 振り返った先、僕の目の前に立っていたのは、水色のドレスに身を包んだ、いつもの通り美しく気高いレイアさんの姿だった。


「……下手な嘘はつかない方が良いのでは?」

「ははは……、実は僕、戦士貴族じゃないんです……」



 日が少し傾き、空に赤みが混ざり出す。

 真昼の熱さは薄れ、夜に向けて若干の肌寒さが訪れる。


 2階のテラスには誰もいなかった。ここなら、周囲の視線に怯えず気兼ねなく話ができそうだ。

 1階のエントランスホールから階段を上ってここに至るまで、これまでに経験がないほどの注目を浴びた。


「レイア様だわ。今日も凛々(りり)しくお美しいわね~」

「隣にいるあの子は誰なのかしら? 見たことありませんけど……」


 日常的に、こんなにたくさんの注目を浴びるレイアさんのことを尊敬せざるを得ない。

 僕が同じ立場だったら、人の視線が気になって外に出るのが億劫(おっくう)になるだろう。


「あなたはここで一体何をしているのです?」

「僕、アールグレイ家の代表としてお家交流戦に出るんです」

 レイアさんと話すのは、入学以来だと初めてだ。クラスも違うため、これまで接点は全くなかった。


「あなたが? なぜそんなことを?」

「畠中教官に弟子入りを志願したら、その条件に、お家交流戦で一勝しろと……」

「なるほど、アールグレイ家の相手は確か……」

「痣小路君です……」

 レイアさんは目を瞑り、腕を組んでトントンと指を動かす。彼女が何かを考えている時によく出る動きだ。


「……こんなことを言うのは心苦しいのですが、あなたが痣小路拗太に勝利する姿は全く想像できません」

 レイアさんも、全体訓練の時の僕と痣小路君の対戦を見ていたはずだ。あの試合を見た後で、僕の勝利を信じられる人なんていないだろう。


「私が麗宮司家の剣術指南役に話をつけてみましょう。あなたの修行に関して、良い返事が貰えるかもしれません」

「…………」


 答えられなかった。

 間違いなく魅力的な提案だ。ここで負けたとしても、僕はその剣術指南役の人に修行を付けてもらえるかもしれない。そこで、新たに強い戦士を目指して進み始めることができるのだから。

 でも……、


『君に掛ける時間など、私から言わせてもらえば無駄でしかないのですよ』


 この二週間、たった二週間でも、僕に時間を割いてくれた畠中教官のために、やっぱり勝ちたい。

 怖いけど、逃げ出したいけど、やっぱり勝ちたい。勝って、彼に無駄じゃなかったって、思ってもらいたい。

 この勝負に負けた後の事なんて、考えたくない。


「ありがとうございます、レイアさん。気持ちは嬉しいんですけど大丈夫です。今日僕は、痣小路君に勝ってみせます!」

「…………」


 思わず言い切ってしまった。

 緊張と恐怖で震えているくせに、カッコ悪いなあ。

 レイアさんも様子のおかしな僕に困惑したのか、何も言えずに固まってしまっている。


「誰が誰に勝つだって?」

 よく耳に残る低い声が、僕とレイアさんの後方に位置する、テラスの出入り口から聞こえてきた。


「痣小路拗太。盗み聞きとは、随分品の無いことをするのですね」

「申し訳ありません、レイア嬢。あなたが誰かと二人で行動しているのなんて、侍女のファナ以外見たことないものですから、とても気になってしまいました」


 痣小路君は、振り上げた左手を胸の辺りに、右手を体の後ろに持っていくと、レイアさんに対して深く丁寧なお辞儀を見せた。


「それはそうと……、早くレイア嬢から離れろイプシロン。彼女に劣等な君と同じ空気を吸わせるわけにはいかない」

 高みから見下ろしてくる様は、低い声も相まって威圧感がものすごい。


 痣小路君は、赤紫色の長髪を後ろで一本に纏めて、今日は肩から垂らしている。

 その髪型と男性とは思えない美顔、足が長くてスタイルの良い高身長な容姿は、声を出さねば女性と見間違うほどに美しかった。


「彼は私から誘いました。私が私の意思で誰といようと、私の勝手です」

「それは失礼いたしましたレイア嬢。ですがお気を付けください。あなたが戦士貴族でない者と共にいることを、良く思わない人たちもいるのですよ」


 痣小路君は、とにかく僕が鬱陶しくて堪らないらしい。

 戦士貴族の世界には、僕の知らない戦士貴族の価値観がある。ここは、これ以上レイアさんに迷惑が掛からないよう、離れた方が良いのかもしれない。


「あははは……、話はもう終わったので、僕はこれで失礼しますね……」

「あっ……」

 何か言いたげなレイアさんを残して、僕はテラスから中に戻ろうとした。


「下等なイプシロンごときがこの俺に勝利するだと? 笑わせてくれるな。本来ならこの場にいることでさえおこがましい君が、おかしな幻想を抱くんじゃない」

「…………」


 すれ違い際、痣小路君が僕にそう告げる。

 いつもだったら、ここでヘラヘラと苦笑いでへりくだっているのだが、この時ばかりはなぜだかそれができなかった。沈黙で、僅かに抵抗する。


 新たな感情の芽生えを感じ取りながら、僕はその場を後にした。


    ◇


「さあレイア嬢、1階までエスコートして差し上げましょう。お手を」

「結構です。自分で戻れます」


 レイアは痣小路の申し出をきっぱりと断ると、ソラトが出て行ったテラスの出入り口に向けて歩き出す。

 痣小路は差し出した手を引っ込めると、「やれやれ」と肩を竦めた。


「レイア様! ここにいらしたのですね!」


 レイアがテラスを出る前に、慌てた様子のファナが主の元へ駆け寄っていく。

 普段は主に似て冷静沈着な彼女ではあるが、レイアのこととなると、時には我を忘れるほどに慌てふためくことがあり、また時には自我を失うほどに狂い乱れることもある。


「急にいなくなってしまうのですから、心配しました。げっ……、痣小路拗太……」

 いつもの抑揚のない声とポーカーフェイスに戻り、主を庇うような仕草を見せて、痣小路を近づけぬよう牽制(けんせい)する。


「そんなことしなくても、もう近づかないさ」

 痣小路は両手を上げ、害を加える意思がないことを表明する。


「行くわよ、ファナ」

「はい」

 無表情の二人は、苦笑いを浮かべる痣小路を残してテラスから屋内へと入って行った。

「まったく、随分と嫌われたものだな」



「お怪我はございませんか?」

「大丈夫よ」

「痣小路拗太とどんな話をされていたのですか?」

「特に何も話していないわ」

 表情こそいつもと変わらないものの、声色の僅かな違いから、ファナは主が不機嫌であることを感じ取った。


「ソラトと少し話をしたわ。お家交流戦に彼も出るそうよ」

「ソラト……、雨森ソラト。なぜ彼がここに……」

 ファナは、レイア同様に表情筋を動かすことなく、右手の爪をギリギリと噛む。


「ファナ、私は彼に対して、とても失礼なことをしてしまったかもしれないわ」

「どうされたのですか? どんな発言であっても、それがレイア様からのお言葉であれば、失礼にはなりません。さらに言うと、雨森ソラトには何を言っても許されます」


「いいえ。戦士の覚悟を踏みにじるようなことは、決してあってはならないのよ」


    ◇


 アールグレイ邸2階、バンケットルーム。

 ホテルの朝食会場のような広大なスペースを持つこの部屋は、円形のテーブルがいくつも置かれていて、それぞれのテーブルを囲うようにして椅子が配置されている。

 宴会時にしか使用しそうにないこの部屋こそが、紅茶会の本会場なのだ。


 参加者たちは、エントランスでの社交辞令を終えて2階に上がり、畠中教官の誘導に従って、このバンケットルームの指定された席に着いていく。


「皆様、本日は我がアールグレイ邸にお集まりいただき、誠にありがとうございます。改めまして、本日主催を務めさせていただく、畠中・アールグレイと申します。歴史ある紅茶会の主催を任されたこと、皆様方とこの素晴らしき時間を共有できること、心から嬉しく思います」


 畠中教官はバンケットルームの舞台に上がると、片手に持つマイクを口元に据え、大勢の戦士貴族たちを前に、主催として口上を述べる。


 その間、アールグレイ家の使用人たちは、参加者たちの各テーブルにアツアツの紅茶を運んでいた。紅茶の爽やかな香りが、会場の至るところで漂い始める。

 その後彼らは、円形テーブルに座っている他の参加者たちとは違い、壁に沿って乱れることなく列を作ると、当主の言葉を静聴する。


 僕もその使用人たちが作る列の端の方に加わっており、大勢の戦士貴族たちを一望できるこの場所から、格式の高いこの集まりの様子を眺めていた。


 ただぼんやりと眺めていた訳ではない。その場のマナを感じ取っていたのだ。

 畠中教官から、この場所から戦士貴族たちのマナを知覚するよう言われていた。


 すぐにこれが、とんでもない人たちの集まりだということを認識する。

 凄まじいマナの量、そして強い流れ。彼らが戦士貴族として、大きな影響力を世界に及ぼしてきたのも頷ける。


 今この場にいるのは、引退してはいるものの長らく八併軍に貢献してきた歴戦の戦士や、これからの時代を担う有望な若き戦士の卵、さらに現役の部隊長クラスの戦士も参加している。

 これが、トップクラスの戦士たち。


今宵(こよい)は存分に楽しんでいってください」

 挨拶を終えた教官が舞台上で一礼すると、会場から拍手が沸き起こる。

 ステージ用階段をゆっくり下りると、僕と使用人たちのいる列の方に真っ直ぐ歩いてきた。


「来たまえ」

 教官は僕に一言だけそう告げると、眼前を素通りする。

「はい」

 バンケットルームの出入り口の扉へと向かう彼を追いかけ、ガヤガヤとたくさんの話し声で包まれているこの大宴会場を後にした。



 畠中教官は、この二日間食事を取っている場所である、接客ルームに入っていった。

 彼を追いかけていた僕も同じ部屋に入る。


「どうです、世界に名を()せる戦士たちを見た感想は?」

 部屋に入ったと同時に、教官は、僕がさっき会場で見たものについて尋ねてくる。


「凄かったです。凄すぎて、あの場に立っているだけで少し気分が悪くなりました」

「あれだけ強大なマナを持つ戦士たちが一か所に揃えば、そういうことも起こり得ます。強大なマナに触れ続けることも慣れが必要なのです」


 あの会場に入室した一瞬、視界が暗転した。僕の身体が、あの場にあった強大なエネルギーに拒絶反応を示していたのだろう。

 当然かもしれないが、戦士貴族一人一人が持つマナの量は、僕がマナを知覚してから見てきたアカデミー生たちとは桁違いなものだった。


「十奇人は、彼ら以上ですよ」

「…………」

 言葉にならない。とても同じ人間とは思えない。


 マナの量は基本、日々の鍛錬によって増幅していくものらしい。

 しかし、どんな分野でも個人差があるように、マナの量にも生まれ持った才能があるそうだ。

 戦士貴族であってもそれは同じらしく、その才能がある者は一家の中で重宝されるという。


 ちなみに僕のマナの量は、誰かと比較するのも恥ずかしいくらいには小さなものだ。畠中教官曰く、彼がこれまで見たことないほど矮小(わいしょう)なものだったらしい。

 今日の景色を見て、彼がなぜ僕に十奇人になることを諦めるよう言ったのか、少し分かった気がする。


「私が紅茶会に君を参加させたのは、戦士貴族というトップクラスの戦士たちを前にして、自分の目標を成し得る覚悟があるのか、今一度問うためです。私の見解をもう一度言いますが、君は十奇人には決してなれない」


 漠然としていた、僕が理想としている戦士像と今の僕との差が、僅かに輪郭を帯び、嫌でも認識させてくる。

 限りなく、不可能に近いと。


「今ならまだ間に合います。覚悟がないのならアカデミーに、いや、故郷に帰りたまえ」


 覚悟。

 僕の中に、覚悟ってあるだろうか。


 あの戦士貴族たちは、人生のほとんどを戦士としての鍛錬に費やしてきたはずだ。

 そんな彼らでさえ、十奇人クラスになれる人なんてほぼいない。


 それなのに、こんなちっぽけな僕が、彼らを越えて十奇人になんてなれるのだろうか。

 そんな事象がこの世で起こり得るのだろうか。

 不可能なら、いっそ初めから諦めてしまった方が……。


『違うだろ?』


 え?

 心の内に灯る火が、僕に語り掛けてくる。


『少年、お前の心はそんなふうには言っていないだろ?』


 諦める……。そうだ、僕の心はそんなふうには言っていない。

 ただ、怖いんだ。

 出来るか分からないことに、人生を懸けることが。


 でも、どんなに怖くても……、

 僕の心は諦めたいなんて言ってない。


「お家交流戦、戦わせてください……」

 震えながらも、進むことを決意する。


「それが……、君の決断ですか」

「はい」

 足の震えが、手の震えが、全身の震えが止まらない。


「震えていますね」

「はい。どうしてでしょう畠中教官、止まらないんです」


「怖いからですよ。君はこれから、君の人生を分かつ大一番に出向こうとしているのですからね。自分の核心に迫っていくのは、誰だって怖いものです」


 僕は(おび)えている。この怯えは、痣小路君に対するものではない。

 僕の、人生への怯えだ。


「進むと決めたのであれば、私を含め他の誰に不可能を唱えられようと、君だけは自分のことを信じていなければなりません」

「え?」


「自分のことを最後まで信じてあげられるのは、自分だけです。自分さえ信じていれば、可能性はゼロにはなりません」

 畠中教官は入ってきた扉に向けて、再び歩き出す。


「君のその震えは、自分が行くべき道を歩んでいる証拠です。自信を持ちたまえ」


 部屋を後にする際、教官はその一言だけ残して出ていった。

 一向に止まる気配の無かった僕の震えは、彼のその一言だけで鎮まった。

お読みいただきありがとうございました。

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