武の継承者
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
林の中、僕と教官はうねる石畳の道を、言葉を交わすことなく進んでいく。
石畳の灰色が林の中でも目立ち、道に迷うことなく歩き続けられる。
「サニ君、タツゾウとメンコを無事見つけられたかな……、心配だな」
パシオンの街で置き去りにしてきた、クラスメイト三人が気掛かりだ。皆、無事合流できたのだろうか。
「ここら一体は、全てアールグレイ家の敷地内です。まあ、今となっては無駄に土地が広いだけですがね」
「ここ全部が……、すごいです!」
だだっ広い土地を所有しているところを見ると、色々言われていたアールグレイ家も、やはりお金持ちの貴族だと言うことが伝わってくる。
「うわー! これ、家なんですか!?」
石畳の道を進み、辿り着いた先にあった巨大なお屋敷に驚愕した。
暗赤色がイメージカラーのパシオンの建築物とは異なり、白を基調としたまるでお城のようなデザインの建物だ。
「中に入りたまえ。昼食を済ましたところで、明日の詳細な説明をします」
「はい!」
屋敷の中は、壁や廊下が大理石で輝き、一階のエントランスホールにはお金持ちの象徴とも言えるシャンデリアがあった。
「僕なんかが、入っても良いのでしょうか?」
ここまで来て尻込みする。想像を絶する大豪邸に、少し怖気づいてしまった。
「別に入らなくとも構いません。君が困るだけですから」
そう言って、畠中教官は先に中に入ってしまった。教官が入った後、僕もそれに続く形でエントランスホールに踏み入る。
「雨森ソラト様ですね。お話は伺っております」
エントランスホールには、整えられた白髪の頭に、ブラックのフロックコートとグレーのストライプ入りパンツ、白の手袋を着用した、見ただけで執事さんだと分かるご年配の方が出迎えてくれた。
「アールグレイ家の使用人です。ここにいる間は、分からないことがあれば彼らに聞きなさい」
教官が「彼ら」と言うあたり、あと数名このお屋敷に使用人がいるのだろう。
「ランチのご用意ができております」
「ありがとうございます……」
僕には不安があった。それはズバリ、食事のマナーだ。
貴族の人達にとって当たり前のマナーが、僕に身に着いているはずがない。怒られてしまったらどうしよう……。
大理石の廊下をご年配の執事さんに連れられて進むと、荘厳な雰囲気の両開き扉が現れた。重そうな扉の取手を掴み、執事さんは片方の扉を内に開く。
中は、エントランスホールと同等の広さを持つ接待ルームだ。
部屋の真ん中に置かれた大きな長テーブルの端と端に、銀のクローシュが被せられた二人分の食事が用意されている。
「こちらへどうぞ」
「し、失礼します」
執事さんはテーブルの一端の椅子を引いて僕を招く。
招かれた側の席に着き、おそらく畠中教官が座るであろう、もう一つの食事が置かれた反対側の席を見る。誰かと一緒に食事を取る際、こんなにも離れて座ったことは無い。
「雨森様。この度はお家交流戦に参加していただいたこと、我々使用人一同も誠に感謝しております」
「えっ? いや、僕は、畠中教官に弟子入りしたいだけなんです。その条件が、紅茶会のお家交流戦に出ることだったので」
「そうだったのですか。てっきり、旦那様があなたに依頼したものだとばかり……」
旦那様というのは畠中教官の事だろう。教官はアールグレイ家の当主なのだ。
しかし、教官がお家交流戦への参加を依頼?
「畠中教官は、お家交流戦に誰かを出したかったのですか?」
「ええ……、実は、アールグレイ家には跡取りがいないのです。旦那様のご両親はすでに天寿を全うされ、彼のご兄弟やご親戚の方々も戦場にて殉職されました。旦那様の奥様も若くしてお亡くなりになられたため、子もおりません。旦那様は、アールグレイ家最後の当主なのです」
そうか、教官にはもうご家族がいらっしゃらないのか。
でも、それとお家交流戦の話がどう繋がると言うのだろうか。
「お家交流戦とは、戦士貴族がその家の未来を示し、威厳を見せる場なのです。つまり、跡取りのいないアールグレイ家には未来が無く、廃れていく一方だと言うことです」
貴族の家も色々大変なんだなあ。僕には全く馴染みのない世界だ。
「しかし、戦士貴族たちにとって真に大切なのは、血の継承ではありません。その家に伝わる武の継承こそ、当主の役目なのです。アールグレイ家は廃れようとも、その家が代々継承してきた剣術だけは残さねばならないのです。戦士貴族たちがお家交流戦で示す未来、それすなわち、次なる武の継承者の存在証明」
なるほど、戦士貴族たちにとって弟子とはそれだけ重要な存在なのだ。
僕はそのことも知らずに、畠中教官に弟子入りを志願していたのだ。
教官の言葉が思い返される。
『もしも誰かの師となるのであれば、私は才能ある生徒を育てたい。君に掛ける時間など、私から言わせてもらえば無駄でしかないのですよ』
彼に粘着して弟子入り志願をしていた時、たしかそんなことを言っていた。
あれはきっと、才能ある戦士の卵に、自分の剣術を伝承したいという思いがあったからだ。
もちろんその対象に、僕は含まれていない。
「アールグレイ家は、もう何年もお家交流戦には出ていません。前に一度、旦那様がお見込みになられたアカデミー生がいましたが、彼にも参加を断られてしまったもので……、結局、弟子入りもしませんでしたし……」
「そうなんですか。あの畠中教官に見込まれるなんて、凄い人だったんですね」
畠中教官に弟子入りを志願した僕とは逆に、その人は教官から逆にオファーを受けたのだ。
僕なんかとは違う、戦士の才に溢れる人だったのだろう。
「はて、確か姓は、あなたと同じ『雨森』だったような気がしますが……」
「…………ん?」
突然、扉が開く。
入ってきたのは教官だった。無言で僕とは反対側の席に着く。
「昼食後に、お家交流戦の細かい説明をしますので、そのつもりで」
食事を取っている最中、僕は教官からマナー違反を逐一注意された。
ナイフとフォークの持ち方と使い方、食べる時の姿勢、食後の食器の置き方など、リラックスして食事を取れた瞬間は一切無かった。
「では、まずお家交流戦の概要から。交流戦は、参加する八家による勝ち抜き形式で行われます。組み合わせですが、四天王家同士は一回戦で当たらないようになっていますので、君が一回戦で当たるのは、必然的に四天王家のいずれかと言うことになります」
「…………」
思わず口を開けたまま絶句してしまった。
四天王家と言われて真っ先に思い浮かんだのはレイアさんだ。彼女と勝負したとして、僕に勝機なんて万に一つもない。
「つまり、私が君に出した条件、交流戦での一勝というのは、四天王家を相手取っての勝利と言う訳です。気になる君の相手ですが……」
ゴクリ、と自分の唾を飲み込む音が聞こえた。
「痣小路家が跡取り、痣小路拗太です」
む、無謀だ。いくらなんでも無謀過ぎる。勝てっこない。
ネガティブな思考が僕の脳みそを支配する。明日の交流戦にて、たくさんの戦士貴族たちの前に晒された、僕の見るに堪えない惨めな醜態が浮かび上がってくる。
僕にとって、明日の一回戦は必ず勝たなければならない試合だ。僕なりに気合も入れて、日々の修練に励んできた。
しかし、相手の名を聞いて、交流戦に臨む姿勢が一気にいつも通りの消極的なものへと成り代わってしまった。
『痣小路式剣技・天断ちの弧剣!!』
全体訓練の時に浴びた、痣小路拗太の必殺の剣技が想起される。
愚かで無謀な再戦が行われようとしているのだ。
◇
パシオンの街にて―――
メインストリートの中央を、四人の少年少女が陣取っていた。
その内二人は地面に正座させられ、目の前で腕を組んで立つ少年を見上げている。
もう一人は、三人を少し離れた位置から見守る。
「まったく君たちは……、迷惑を掛けるなって言われただろう? どうして勝手な行動をしたんだい?」
サニは、地面に正座するタツゾウとメンコを叱りつける。
しかし、彼の声は怒っている時であっても爽やかさが抜けず、その声質は叱りつけるには適していない。
「だってよー、なんか面白そうなことやってる声がしたんだよー。メチャクチャ盛り上がっててよー。しょうがねえだろ?」
「しょうがなくない、我慢するんだ」
一番初めに集団から抜け出したタツゾウの意見を、サニは食い気味に否定する。
「だって、美味しそうな匂いがしたんだもん。食べたくなるじゃん」
「無銭でかい?」
「……財布のお金減っちゃったら、寂しいじゃん」
「君が一番終わってるよっ!」
人道に反する行いをした少女に、彼は至極真っ当なツッコミを入れる。
「代金というのは、やってもらったことへの対価なんだ! 感謝の気持ちを持って、当たり前に払わなければならないものなんだよ!」
「……ごめんなさい」
メンコは小柄な体をさらに縮こまらせ、申し訳なさそうな上目遣いでサニを見る。
三人のことを離れて見つめる永紋字世那は、困惑した表情でその場に立ち竦む。
高貴な服装に身を包んだ彼女が、他の三人と固まっていれば嫌でも目立つ。
サニに、永紋字世那といるところを取り押さえられたメンコは、食い逃げをしたパシオンの老舗「パシオンスイーツ」まで、後ろ襟を掴まれながら連れて行かれ、事態は未払い代金をきちんと払ったことで収まった。
「うわー……、お財布すっからかんだよ……、パシオンケーキ高いよ……」
「俺も腕相撲に負けて、有り金全部むしり取られちまったぜ……」
無一文になった二人を見て、サニは頭を抱えながら首を横に振る。世那はそんな彼らの様子に苦笑するだけだった。
「参ったよ。ソラトと畠中教官とは、完全にはぐれてしまったからねっ。これからどうしようか」
サニは目を瞑って考え込む。タツゾウとメンコは、そんな彼の様子をポカンと口を開けて眺める。
「あのー、もしよろしかったらなのですけど……、わたくしのところに来ますか?」
世那が、沈黙を破る一言を発する。
「良いの!? メーちゃん行きたい!」
「マジか! 俺腹減っちまってよー、飯もあるのか?」
「二人とも図々しいにも程があるよっ!」
「ふふふ、賑やかになりそうですわね」
タツゾウもメンコも、世那の提案に乗り気だった。
「あ、でも、やってもらったことにはお金を払わないといけないんだよね……。メーちゃんもタツゾウもお金無いけど、サニが全部払うから安心して!」
「メンコちゃん!? いくらなんでも勝手が過ぎるんじゃないかな!?」
アールグレイ邸、接客室にて―――
昼食を取り終え、雨森ソラトが部屋を出た後、アールグレイ家に長年仕える老執事は現当主・畠中の方に近寄り、正直な胸の内を告げた。
「旦那様、あの子にアールグレイの剣を継承させるおつもりでしょうか? 失礼ながら、彼に旦那様の求めるポテンシャルは感じ取れませんでした。年ですかね……」
「いいえ、正しい感覚ですよ。決して鈍ってなどいません。付け加えるならば、彼に戦士としてのポテンシャルは全くない。私の理想とする継承者には、遠く及びません」
「であれば、なぜ彼に参加を?」
執事には、畠中の考えがまるで理解できなかった。
畠中は紅茶を口に運び、少し間をおいてから執事の質問に回答する。
「正直なところ、私も彼に期待などしていません。明日のお家交流戦も、一方的な敗北を喫して終わると踏んでいます。そうなれば、彼と私の師弟関係もこれまでです」
アールグレイ家当主は、窓から差し込む日差しを眩しそうに見つめると、来る日も来る日も木刀を大きく振り上げては振り下ろしていた、あの不器用な少年の姿を思い浮かべる。
執事は静かに、主が紡ぐ言葉を待った。
「ただ一つ上げるとすれば、私はしぶとい人間が好きなのでしょう」
◇
夜、アールグレイ領内の林の中を、迷わないよう石畳の道に沿ってゆったり歩く。
緊張で眠れなかったため、一度外の空気を吸うことにした。
使用人たちは皆、紅茶会の準備で忙しそうにしており、僕も飾り付けなどできることは手伝おうとしたのだが、明日に備えて早めに休むべきだと断られてしまった。
「カブ太。どうしよう、怖くて眠れないよ……。明日になって欲しくないよ……。このまま眠らなかったら、明日が来なかったりしないかな……」
「かふーっ……」
中心球から連れてきたカブ太に、心配げな顔を向けられる。
契約している珍獣にそんな顔を向けられるなんて、契約者失格だ。
「はぁ……、相手はあの痣小路君……」
勝機なんてあるのだろうか。
前回の対戦を思い出すほどに、お家交流戦で彼にとどめを刺される自分の画が、何パターンも想定できてしまう。
「かふっ! かーふっ!」
カブ太が、自分の体から生えた二本の根を丸め、ボクサーのようにシュッシュッと勢いよく前に伸ばしたり縮めたりする。
メンタルが貧弱な僕とは違い、カブ太はリベンジに燃えている。
「そうだね……、これじゃあダメだよね……。今までとおんなじだ……」
胸を張り、俯いていた顔を上げる。肩に乗る、小さな珍獣に勇気をもらった。
「うん! 怖がっていても仕方ないよね! どうせ明日は来ちゃうんだから!」
お読みいただきありがとうございました。




