落ちゆく戦士貴族
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
パシオンのメインストリートを通る人の大半は、様々な国から来た観光客である。
大通りに漂う仄かな甘い香りは、それら他国から来た外国人を、一つの店舗に誘い込む。
「すいません、パシオンチーズケーキ一つ下さい!」
「はい、ご注文承りました!」
店前の立て掛け看板に「パシオンスイーツ」と書かれたスイーツ店は、大きな店舗ではないものの、この地で長く愛されてきた老舗である。
「こちら、当店人気ナンバーワンのパシオンチーズケーキでございます」
「ありがとうございます!」
そこの四代目となる女店主は、厚紙でラッピングされた名物「パシオンチーズケーキ」を、注文した客に手渡す。
「またのご来店お待ちしております~」
店を去る客、一人一人に律儀に頭を下げ、彼女は今日も彼らの幸せな一日を願う。
「おばさん! パシオンチーズケーキちょうだい!」
「おばさっ……、はい、いらっしゃいませ!」
一瞬顔を引きつらせた三十過ぎの女店主は、すぐさま赤髪の少女に、プロフェッショナルな作られた笑顔を向ける。
「パシオンチーズケーキですね。ご注文承りました」
「メーちゃんお腹空いたから、できるだけ早く作って!」
「だまらっしゃい、小娘が」
「ん?」
「いえいえ、かしこまりました。すぐにご用意させていただきますね~」
笑顔を絶やさず、どんな人のどんな要望にも真摯に向き合うその姿勢は、客商売に携わる全ての者が見習うべきプロの鏡である。
「店内でお召し上がりになりますか?」
「うん、すぐ食べるよ!」
「大きさはどうしましょうか?」
「ホールケーキ一個!」
少女の返事を聞き、女店主は仰天する。
目の前の客は、自分一人で四人分相当の量のケーキを平らげようとしているのだ。見た目も小柄で、店主にはとても彼女が食べれる量には思えなかった。
「あの、本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫!」
店主はホールケーキを大きな皿に載せ、赤髪の少女の目の前に運んでくる。
「いっただっきまーす!」
メンコは両手を合わせ、元気な声で食べる前の挨拶を済ませると、ケーキをフォークで下品に突き刺してかぶりつく。
「ん~! おいし~! スイーツは、デブな女の人が作る物がおいしいって本当だったんだ!」
「お嬢ちゃん、お父さんとお母さんはいるのかな?」
「なんで?」
「いえいえ、すみません。私としたことが……、危うく愛の拳が出てしまうところでしたわ」
「おばさん変な人だね……」
「ムキーッ!」
女店主は、これまで自分が作り上げてきたイメージを崩さないよう、白いハンカチを噛みしめて、必死に怒りを抑え込む。
「ごちそうさまでした!」
「はい! 美味しく頂いてもらえて、光栄でございます! 代金は四千ガルドになります」
「おばさん、また来るね!」
「はい、またのご来店をお待ちしております~」
満足したメンコは、満面の笑みで店主に手を振り、店を出る。
店主もいつも通り、お辞儀を忘れずに行った。
数秒後、慌てた様子で女店主は店を飛び出す。
メインストリートに突然現れた、いつも穏やかな彼女の珍しい様子に、通行人たちは目を奪われる。
「あのガキャー!! 食い逃げしやがったあああ!!」
修羅のごとき形相で赤髪の少女を指さす女店主を見て、通行人たちの視線がメンコに集められる。
「あ、あの子を捕らえろー!」
「お、おう!」
彼らは、老舗の女店主の豹変っぷりに戸惑いつつも、無銭飲食犯を捕らえるべく走り出す。
「げーっ!! バレた!! 結構自然に出てきたつもりだったのに!!」
多数の追手に気付いたメンコは、捕獲者たちから一目散に逃げだす。
しかし、アカデミーにおける彼女の足は、最も鈍足な雨森ソラトに次いで遅い。追手との差は徐々に縮まっていった。
「こっちよ、ついて来て」
メインストリートを走るメンコの目の前に、突然横の脇道から、美しい黄色のドレスを身に纏った少女が手招きして現れる。
クリーム色の腰まで伸びる美髪を可愛らしいピンクのシュシュでまとめ、毛先にかけてふんわりと広げている。透き通るような白い肌は、それを見た人に、日に当たらぬよう大事に育てられてきたことを推察させる。
真っ赤な瞳を大きく開き、高貴な彼女はメンコを脇道へと招いた。
「こっちに行ったぞ!」
「急いで見つけ出せ!」
脇道に入ったところにある段差に身を隠し、二人は大勢の追手をやり過ごす。
しばらく経って、辺りは少し寂れた元の静かな脇道へと戻った。
「はぁ……、ここまで来ればきっと大丈夫よ。あなた、お名前は?」
「メンコ・メンゴ! 助けてくれてありがとう!」
メンコは畠中・アールグレイの言いつけを完全に忘れ、自分の名を赤裸々に明かす。
「ふふふ、元気いっぱいね!」
「メーちゃんも、お前の名前、知りたいな」
メンコはつぶらな瞳を救世主である彼女に向けて、その名を尋ねた。
「わたくし、永紋字世那。気軽にセナって呼んで欲しいなあ……」
「じゃあ、セーちゃんね!」
◇
畠中教官は、たくさんの人の声で賑わっていた、パシオンの中心地から遠ざかるように歩を進める。
僕も教官とはぐれぬよう歩くペースを速め、彼の進行速度に置いて行かれないようにする。
しばらく歩くと、道端に巨大な真っ白い馬が、膝を折り、腹ばいになって眠っているのが目に入る。
美しい毛並みを持つ巨大白馬の後ろには、人が二十人程度乗り込めそうな大きな馬車が停車しており、白馬に装着された馬具と繋がっている。
「すみません」
教官はその馬車の前で立ち止まり、一番前にある専用座席で居眠りをしている御者に話しかけた。
「ん……? ああ、お客さんかい。行き先は?」
濃い髭を無造作に生やした御者は、寝ぼけ眼のまま手綱を引き、馬車の前で眠っていた大きな白馬を起こす。
立ち上がった白馬は、ただの馬にしてはとてつもなく大きく、上から見下ろしてくるその姿はかなり威圧的だ。
「アールグレイ領までお願いします」
畠中教官の行き先を聞いて、御者は訝しんだような表情を僕たちに向けてきた。
「アールグレイ領? お客さん珍しいねー。あんな街の郊外にある、没落貴族のところへ行きたいなんて」
「少し用事があるもので」
おそらく今、畠中教官は良くないことを言われただろう。僕は事情をよく知らないが、この辺の話にはあまり触れない方が良いのかもしれない。
僕と教官は馬車に乗り込み、先客が誰一人としていないガランと空いた座席の中から、最前列の席を選ぶ。
「あそこの家は、そもそも愛の国じゃなくて、勇の国の戦士貴族なんだよ。パシオンの貴族たちは、よっぽどそのよそ者が気に入らなかったんだろうなー。あんな郊外まで追いやっちまったのさ」
「…………」
「へ、へー、そうなんですね……」
御者は、そのアールグレイ家の人間が近くにいるとは知らずに、べらべらと話を続ける。
教官が彼の話に反応しないため、僕が相槌役を担う羽目になる。
「もうずいぶん前だけど、あの家から十奇人が出たんだ。俺も一度そいつを見たことあるけどな、そりゃーたまげたもんだったよ。まさに天才剣士だと思ったね、ありゃー」
「へー、十奇人が……、そ、それはすごいですねー……」
畠中教官のことだ。やっぱりすごい人だったんだ。
僕の隣に座るその本人は、目を瞑って頑なに話に入ろうとしない。
「でも、ある時期からめっきりその名を聞かなくなってなー。今、どこで何してるんだか」
あなたの後ろで、目を瞑って圧を送っています。それ以上喋るなと言いたげです。
マナの流れが知覚できるようになったからか、前よりもこういったことを敏感に察知できるようになった。気を遣う機会が多くなってしまいそうだ。
「明日、アールグレイの屋敷にて、紅茶会が開かれるのですよ」
ここまでダンマリを決め込んでいた教官が、初めて口を開く。
「ほう、世界中の戦士貴族たちが集う紅茶会が、あのお屋敷で開かれるとは。アールグレイ家に主催が務まるとは思えないけどなー」
紅茶会の事実を知り、御者は驚き目を丸くして、こちらを振り返ってきた。
「では、お客さんは、どこぞの戦士貴族ってことかい?」
「ええ、まあ。こっちの子は違いますが、私はそうです」
教官は、身元を具体的には明かさず、御者の質問を肯定するのみに留まった。
「お客さん、気を付けてなー。没落していく貴族ってのは、恨みや妬みが激しくて危険だ。後ろから刺されないようにな。きっと、人柄も捻じ曲がったような奴が多いんだろう」
「はは、違いないですね。大いに共感できますとも」
とても居心地が悪い。早く馬車を下りたい。目的地にはいつ着くのだろう。
馬車は三十分ほど走っただろうか。
その間、僕たちは御者のおじさんと、愛の国の事やパシオンの事、この馬車についてなど色々なことを話した。話したというよりは、向こうが一方的に語ってきたという方が正しいかもしれない。
僕たちが乗る馬車を牽引している大きく美しい白馬は、「馬王」という名称の珍獣らしい。
馬王に客車を引かせる「馬王車」は、愛の国の名物であり、住民たちの大事な移動手段だそうだ。珍獣「馬王」は、本来理の国に生息する種であるため、愛の国にいる馬王は、人間が意図的に連れてきた外来種だと言う。
「ここで止めてください」
様々な話を聞いていると、あっという間に目的地についてしまった。
先程までの栄えた街の景色とは打って変わり、緑が目立つのどかな地域だ。
澄んだ空気がおいしく、僕によく馴染む。
「へい、まいど」
「一つ、あなたに助言しておきましょう。陰口をたたかないことです。普通、客商売では当然の心掛けですけどね」
「あんた、何の話をしてるんだ?」
畠中教官が、御者に運賃を支払いながら苦言を呈する。
「あなたのその話をどこで誰が聞いているか分からない。ここまでご苦労。道中揺れが凄くて実に不快でしたよ、三流御者さん」
「なんだその態度は!? 素直に礼も言えないのか!?」
「生憎、この畠中・アールグレイ、あなたの仰る通りひねくれ者ですので」
「……!?」
御者の顔がみるみるうちに青ざめていく。
教官は馬車を下りた後、二度と振り返ることは無く、パシオンで歩いていた時のように無言でその場を去って行った。
僕は「ありがとうございました」と一言だけ感謝を述べ、教官に置いて行かれぬよう、再び彼を追いかけるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




