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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
87/117

落ちゆく戦士貴族

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 パシオンのメインストリートを通る人の大半は、様々な国から来た観光客である。

 大通りに漂う(ほの)かな甘い香りは、それら他国から来た外国人を、一つの店舗に誘い込む。


「すいません、パシオンチーズケーキ一つ下さい!」

「はい、ご注文承りました!」

 店前の立て掛け看板に「パシオンスイーツ」と書かれたスイーツ店は、大きな店舗ではないものの、この地で長く愛されてきた老舗(しにせ)である。


「こちら、当店人気ナンバーワンのパシオンチーズケーキでございます」

「ありがとうございます!」

 そこの四代目となる女店主は、厚紙でラッピングされた名物「パシオンチーズケーキ」を、注文した客に手渡す。


「またのご来店お待ちしております~」

 店を去る客、一人一人に律儀に頭を下げ、彼女は今日も彼らの幸せな一日を願う。


「おばさん! パシオンチーズケーキちょうだい!」

「おばさっ……、はい、いらっしゃいませ!」

 一瞬顔を引きつらせた三十過ぎの女店主は、すぐさま赤髪の少女に、プロフェッショナルな作られた笑顔を向ける。


「パシオンチーズケーキですね。ご注文承りました」

「メーちゃんお腹空いたから、できるだけ早く作って!」

「だまらっしゃい、小娘が」

「ん?」

「いえいえ、かしこまりました。すぐにご用意させていただきますね~」


 笑顔を絶やさず、どんな人のどんな要望にも真摯(しんし)に向き合うその姿勢は、客商売に携わる全ての者が見習うべきプロの鏡である。


「店内でお召し上がりになりますか?」

「うん、すぐ食べるよ!」

「大きさはどうしましょうか?」

「ホールケーキ一個!」


 少女の返事を聞き、女店主は仰天する。

 目の前の客は、自分一人で四人分相当の量のケーキを平らげようとしているのだ。見た目も小柄で、店主にはとても彼女が食べれる量には思えなかった。


「あの、本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫!」

 店主はホールケーキを大きな皿に載せ、赤髪の少女の目の前に運んでくる。


「いっただっきまーす!」

 メンコは両手を合わせ、元気な声で食べる前の挨拶を済ませると、ケーキをフォークで下品に突き刺してかぶりつく。


「ん~! おいし~! スイーツは、デブな女の人が作る物がおいしいって本当だったんだ!」

「お嬢ちゃん、お父さんとお母さんはいるのかな?」

「なんで?」

「いえいえ、すみません。私としたことが……、危うく愛の拳が出てしまうところでしたわ」

「おばさん変な人だね……」

「ムキーッ!」


 女店主は、これまで自分が作り上げてきたイメージを崩さないよう、白いハンカチを噛みしめて、必死に怒りを抑え込む。


「ごちそうさまでした!」

「はい! 美味しく頂いてもらえて、光栄でございます! 代金は四千ガルドになります」

「おばさん、また来るね!」

「はい、またのご来店をお待ちしております~」


 満足したメンコは、満面の笑みで店主に手を振り、店を出る。

 店主もいつも通り、お辞儀を忘れずに行った。


 数秒後、慌てた様子で女店主は店を飛び出す。

 メインストリートに突然現れた、いつも穏やかな彼女の珍しい様子に、通行人たちは目を奪われる。


「あのガキャー!! 食い逃げしやがったあああ!!」


 修羅(しゅら)のごとき形相で赤髪の少女を指さす女店主を見て、通行人たちの視線がメンコに集められる。

「あ、あの子を捕らえろー!」

「お、おう!」

 彼らは、老舗の女店主の豹変(ひょうへん)っぷりに戸惑いつつも、無銭飲食犯を捕らえるべく走り出す。


「げーっ!! バレた!! 結構自然に出てきたつもりだったのに!!」

 多数の追手に気付いたメンコは、捕獲者たちから一目散に逃げだす。

 しかし、アカデミーにおける彼女の足は、最も鈍足な雨森ソラトに次いで遅い。追手との差は徐々に縮まっていった。


「こっちよ、ついて来て」


 メインストリートを走るメンコの目の前に、突然横の脇道から、美しい黄色のドレスを身に(まと)った少女が手招きして現れる。


 クリーム色の腰まで伸びる美髪を可愛らしいピンクのシュシュでまとめ、毛先にかけてふんわりと広げている。透き通るような白い肌は、それを見た人に、日に当たらぬよう大事に育てられてきたことを推察させる。

 真っ赤な瞳を大きく開き、高貴な彼女はメンコを脇道へと招いた。


「こっちに行ったぞ!」

「急いで見つけ出せ!」

 脇道に入ったところにある段差に身を隠し、二人は大勢の追手をやり過ごす。

 しばらく経って、辺りは少し寂れた元の静かな脇道へと戻った。


「はぁ……、ここまで来ればきっと大丈夫よ。あなた、お名前は?」

「メンコ・メンゴ! 助けてくれてありがとう!」

 メンコは畠中・アールグレイの言いつけを完全に忘れ、自分の名を赤裸々に明かす。


「ふふふ、元気いっぱいね!」

「メーちゃんも、お前の名前、知りたいな」

 メンコはつぶらな瞳を救世主である彼女に向けて、その名を尋ねた。


「わたくし、永紋字(えいもんじ)世那(せな)。気軽にセナって呼んで欲しいなあ……」

「じゃあ、セーちゃんね!」


    ◇


 畠中教官は、たくさんの人の声で賑わっていた、パシオンの中心地から遠ざかるように歩を進める。

 僕も教官とはぐれぬよう歩くペースを速め、彼の進行速度に置いて行かれないようにする。


 しばらく歩くと、道端に巨大な真っ白い馬が、膝を折り、腹ばいになって眠っているのが目に入る。

 美しい毛並みを持つ巨大白馬の後ろには、人が二十人程度乗り込めそうな大きな馬車が停車しており、白馬に装着された馬具と繋がっている。


「すみません」

 教官はその馬車の前で立ち止まり、一番前にある専用座席で居眠りをしている御者に話しかけた。


「ん……? ああ、お客さんかい。行き先は?」

 濃い(ひげ)を無造作に生やした御者は、寝ぼけ眼のまま手綱を引き、馬車の前で眠っていた大きな白馬を起こす。

 立ち上がった白馬は、ただの馬にしてはとてつもなく大きく、上から見下ろしてくるその姿はかなり威圧的だ。


「アールグレイ領までお願いします」

 畠中教官の行き先を聞いて、御者は(いぶか)しんだような表情を僕たちに向けてきた。


「アールグレイ領? お客さん珍しいねー。あんな街の郊外にある、没落貴族のところへ行きたいなんて」

「少し用事があるもので」


 おそらく今、畠中教官は良くないことを言われただろう。僕は事情をよく知らないが、この辺の話にはあまり触れない方が良いのかもしれない。

 僕と教官は馬車に乗り込み、先客が誰一人としていないガランと空いた座席の中から、最前列の席を選ぶ。


「あそこの家は、そもそも愛の国じゃなくて、勇の国の戦士貴族なんだよ。パシオンの貴族たちは、よっぽどそのよそ者が気に入らなかったんだろうなー。あんな郊外まで追いやっちまったのさ」

「…………」

「へ、へー、そうなんですね……」


 御者は、そのアールグレイ家の人間が近くにいるとは知らずに、べらべらと話を続ける。

 教官が彼の話に反応しないため、僕が相槌(あいづち)役を担う羽目になる。


「もうずいぶん前だけど、あの家から十奇人が出たんだ。俺も一度そいつを見たことあるけどな、そりゃーたまげたもんだったよ。まさに天才剣士だと思ったね、ありゃー」

「へー、十奇人が……、そ、それはすごいですねー……」


 畠中教官のことだ。やっぱりすごい人だったんだ。

 僕の隣に座るその本人は、目を瞑って頑なに話に入ろうとしない。


「でも、ある時期からめっきりその名を聞かなくなってなー。今、どこで何してるんだか」

 あなたの後ろで、目を瞑って圧を送っています。それ以上喋るなと言いたげです。

 マナの流れが知覚できるようになったからか、前よりもこういったことを敏感に察知できるようになった。気を遣う機会が多くなってしまいそうだ。


「明日、アールグレイの屋敷にて、紅茶会が開かれるのですよ」

 ここまでダンマリを決め込んでいた教官が、初めて口を開く。


「ほう、世界中の戦士貴族たちが集う紅茶会が、あのお屋敷で開かれるとは。アールグレイ家に主催が務まるとは思えないけどなー」

 紅茶会の事実を知り、御者は驚き目を丸くして、こちらを振り返ってきた。


「では、お客さんは、どこぞの戦士貴族ってことかい?」

「ええ、まあ。こっちの子は違いますが、私はそうです」

 教官は、身元を具体的には明かさず、御者の質問を肯定するのみに留まった。


「お客さん、気を付けてなー。没落していく貴族ってのは、恨みや(ねた)みが激しくて危険だ。後ろから刺されないようにな。きっと、人柄も()じ曲がったような奴が多いんだろう」

「はは、違いないですね。大いに共感できますとも」

 とても居心地が悪い。早く馬車を下りたい。目的地にはいつ着くのだろう。


 馬車は三十分ほど走っただろうか。

 その間、僕たちは御者のおじさんと、愛の国の事やパシオンの事、この馬車についてなど色々なことを話した。話したというよりは、向こうが一方的に語ってきたという方が正しいかもしれない。


 僕たちが乗る馬車を牽引(けんいん)している大きく美しい白馬は、「馬王(まおう)」という名称の珍獣らしい。

 馬王に客車を引かせる「馬王車(まおうぐるま)」は、愛の国の名物であり、住民たちの大事な移動手段だそうだ。珍獣「馬王」は、本来理の国に生息する種であるため、愛の国にいる馬王は、人間が意図的に連れてきた外来種だと言う。


「ここで止めてください」

 様々な話を聞いていると、あっという間に目的地についてしまった。


 先程までの栄えた街の景色とは打って変わり、緑が目立つのどかな地域だ。

 ()んだ空気がおいしく、僕によく馴染む。


「へい、まいど」

「一つ、あなたに助言しておきましょう。陰口をたたかないことです。普通、客商売では当然の心掛けですけどね」

「あんた、何の話をしてるんだ?」

 畠中教官が、御者に運賃を支払いながら苦言を(てい)する。


「あなたのその話をどこで誰が聞いているか分からない。ここまでご苦労。道中揺れが凄くて実に不快でしたよ、三流御者さん」

「なんだその態度は!? 素直に礼も言えないのか!?」

生憎(あいにく)、この畠中・アールグレイ、あなたの仰る通りひねくれ者ですので」

「……!?」


 御者の顔がみるみるうちに青ざめていく。

 教官は馬車を下りた後、二度と振り返ることは無く、パシオンで歩いていた時のように無言でその場を去って行った。

 僕は「ありがとうございました」と一言だけ感謝を述べ、教官に置いて行かれぬよう、再び彼を追いかけるのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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