愛の国首都・パシオン
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
中心球・愛の国エリア。
これから僕たちはCエレベーターに乗って紅茶会の会場がある愛の国に向かう。
今まで行ったことのない場所に赴く時は、やっぱり楽しみな気持ちと不安な気持ちがせめぎ合う。でも今日の僕は、緊張から来る不安な気持ちが優勢だ。
「これから愛の国へと向かいます。出来損ないのイプシロン・クラス諸君、くれぐれも周囲と私に迷惑を掛けないよう心掛けたまえ」
畠中教官が、同行する僕たち四人に注意を呼び掛ける。
「はい!」
僕は大きく手を上げ、率先して彼の注意喚起に返事をした。
「オッス! 畠中のオッサン、よろしく!」
「はいはーい! 愛の国の観光名所ってどこですか? メーちゃん行ってみたい!」
タツゾウは立場をわきまえず、畠中教官に対して至極失礼な呼び方をし、メンコは教官の注意喚起よりも自分の好奇心を優先した。
「二人とも、相手は教官だよっ。畠中教官、この度は僕たちの同行を許していただき、本当にありがとうございます」
サニ君はそんな二人の態度を咎め、代表して感謝の言葉を述べる。
「構いません、と言いたいところですが、どうも大きな失態を犯した気がしてなりませんね」
畠中教官は、表情を変えずにこれからの先行きを不安視した。
今この場にいるタツゾウ、メンコ、サニ君の僕以外の三人は、紅茶会の主催者であるアールグレイ家の招待客という立ち位置で参加する。
僕が紅茶会のお家交流戦に参加すると知った三人は、それに興味を示し、なんとか同行できるように畠中教官にお願いできないかと、僕に頼み込んできた。
「ダメです。紅茶会は戦士貴族の集まり、一般人の参加は原則禁止です」
「あはは……、そうですよねー」
教官に伝えてみたものの、答えは「ノー」。遊びに行くわけではないので、その返答は大方予想できた。
僕はその時、初めて紅茶会の概要について知ったのだが、その場における自分の存在がどれだけ場違いかを知り、恐怖と緊張で背筋が凍る感覚を覚えた。
「オッサン頼むぜ! 連れてってくれよ!」
「いい加減しつこいですね。謹みというものを覚えたまえ」
同行許可が下りない間のタツゾウは、弟子入り志願していた時の僕よりも、畠中教官にしつこく付きまとっていた。
「オッサン! 連れてってくれ!」
「今すぐ私の視界から消えたまえ」
「オッサン!」
「君は礼儀を一から学ぶ必要がありますね。あと、教官である私をオッサンと呼ぶのは止めたまえ」
「オッサン! 今日も来たぜ!」
「…………」
始めは軽くあしらっていた教官も、タツゾウの執拗な粘着にとうとう折れ、先日、三人の同行を許可するに至った。
タツゾウの胆力には本当に恐れ入る。畠中教官のあの冷酷な視線を受けても、全く動じずに迷惑を掛け続けていた。単なる好奇心だけでここまでできるのは、もはや才能だろう。
「良いですか。君たち三人は招待客です。決して目立った行動をしないように。そして、身元もできる限り明かさないように」
「任せとけ!」
「メーちゃん、ちゃんと守れまーす!」
タツゾウとメンコは、畠中教官の言いつけに快く返答したが、教官は大きくため息をついて「不安ですね……」と小さく呟く。
「二人のことは僕に任せてくださいっ。迷惑にならないよう、きちんと見張っておきますよっ」
そんなことを言うサニ君ではあるが、僕にはタツゾウとメンコの行動が、彼一人で制御できるとは思えない。
僕からすると、全く知らない空間に一人だけ放り込まれるよりも、友人がいてくれた方が気持ち的にずっと楽だ。
でも、畠中教官のことを考えると、この選択は大間違いだったように思える。
「10分後に、『愛の国』向けCエレベーターが出発いたします。ご利用の方は、お間違えの無いようご注意ください」
ターミナルのアナウンスが掛かる。
「では、行きましょうか」
教官は歩き出し、その背中に続く形で僕たち四人も進み始める。
これから向かう先は、僕にとっての正念場。
お家交流戦は、僕個人の力で勝利を掴み取らなくてはならない。
一勝。求められているのはただそれだけ。他は何も必要ない。
今、渇望するは、憧れ焦がれの光明、初白星。
「愛の国……、すごい……」
分厚い窓から、眼下にある一面の赤景色を望む。感動の声が小さく漏れた。
「うっひょ~! すげえな! 真っ赤だぜ!」
「ねえ! 今からメーちゃん達あそこに行くの!? ねえ!!」
乗客を千人ほど収容できる広さを持つCエレベーター内に、子供のようにはしゃぐタツゾウとメンコの声が響き渡る。
通常、公共の交通機関であるCエレベーター内で大きな声を発する人はいない。それこそ、まだ小さな子供くらいなものだろう。
他の乗客たちの目線は、自然と異質な二人の方へと向けられる。
「ちっ、彼らは私の話を聞いていなかったのでしょうか? 私が同行させているとは思われたくないですね」
近くにいた畠中教官が、そーっと僕たち四人から距離を取る。同じ一味と思われたくないのだ。
「二人とも、エレベーター内では静かに! 畠中教官に恥をかかせるつもりかい?」
サニ君は、テンションが上がって周りが見えなくなっている二人を注意する。
同時に教官の名前を出し、僕たちから距離を取った彼の方を指さした。周囲の乗客の視線が畠中教官の元に集まる。
「サニ・フレワー、余計なことを……」
教官は山高帽子を深めに被り、サニ君を帽子でできた影から鋭く睨みつける。
周囲の人たちは、教官の行動の理由を察してクスクスと笑った。恥をかきたくないがために離れたのに、結果的にさらに恥をかく羽目になってしまった。これは後が怖い。
Cエレベーターを降り、右も左も分からない僕たちは、無言で先行する畠中教官の後を付ける。
街を覆う青空と対照的な赤瓦の屋根、そして頑丈そうなレンガを積み上げて造られた壁。
それらを組み合わせて建築された家々が、街の通りに立ち並び、その街全体にユニークな景観を与えている。
「愛の国の首都『パシオン』。来るのは初めてじゃないけど、やっぱりこの街はいつ来ても美しいところだよねっ」
「サニ君って、出身はどこなの?」
「僕は、中心球生まれ中心球育ちの、純然たる都会っ子さ!」
「そうだったんだ、僕とは正反対だね」
都会っ子のサニ君は、生まれも育ちも辺境の僕とは対角に位置する人間だ。
僕もこのパシオンのような都会で育ったら、今とは違う人間になっていたのだろうか。
「ねえねえ見て見て! パシオンチーズケーキだって! 食べたいな~」
メンコがよだれを垂らしながら、大通りにある一つの店舗を指さす。
「今はダメだよメンコ、帰りにまた寄ろう」
今にもその店に走り出しかねないメンコを、僕はなだめる。
もし、今ここで畠中教官とはぐれたら、彼は僕たちを探しに戻って来てはくれないだろう。
「タツゾウ、後で訓練に付き合って欲しいんだ。動いてないと緊張で潰れちゃいそうだよ……」
僕の後ろを歩くタツゾウに、訓練の手伝いを頼んだ。
しかし、返事がない。振り返る。
「あれ!? タツゾウは!?」
「さっきまで一緒にいたはずだよっ!」
どうりで静かだと思った。僕の背後を歩いていたはずの彼は、すでにいなくなってた。周りを見回してもその姿は見当たらない。
「参ったね、早く連れ戻さないと」
サニ君は引き返そうとする。
「探しに戻っても構いませんが、私が歩みを止めるつもりはないこと、覚えておきたまえ。集団行動のとれない協調性に欠けた人間を、探しに戻る気はありません。私は君たちの引率として来たわけではないのでね」
教官は振り返らずにそう告げると、歩くペースを緩めることなく目的地へと歩み続ける。
「そんな……」
これでは、タツゾウを探しに戻って見つけたとしても、今度は畠中教官とはぐれてしまう。
一体どうしたら……。
「あれえっ!?」
今度は僕の左隣を歩いていたはずのメンコがいなくなっている。
さっきのチーズケーキがあったお店に、我慢できずに向かってしまったに違いない。
目を離したのはほんの一瞬だったはずなのに、その僅かな隙を突かれてしまった。
なんだか、僕や家族の目を盗んで餌を探したり、勝手に外に出ようとしたりしていたコワンのことを思い出す。
「ソラト、君はそのまま教官について行くんだ。僕が二人を探してくる。明日の紅茶会に集中するんだ」
サニ君はそう言うと、元来た道を戻るように駆け出して行った。
「ありがとう、サニ君! 二人のこと頼んだよ!」
彼の背中に大声で語り掛ける。
サニ君は顔だけ振り返って、額を二本の指で弾くお決まりのジェスチャーでそれに答えた。
◇
パシオンの街の一角。メインストリートから、少しだけ中道に入ったところ。
そこは、男たちの熱気が立ち昇り、声援や喝采、怒号や罵声など様々な人間の声が飛び交う、豪傑たちの娯楽の間。
「さあ~皆さん! 今度はどっちに賭けますか~? 後悔の無い選択をしてください!」
その場を取り仕切る男が場内を沸かせる。
「俺は10万ガルドだ! 銀髪の若造に賭けてみるぜ!」
「馬鹿かオメーは! 鉄拳のトニーに決まってんだろうが! 有り金ドブに捨ててんじゃねーよ!」
決して少なくはない額のお金が、賭博の対象者たちに賭けられる。
拳の賭場。腕相撲に参加する者だけが、賭け事にも加わることができるという、街中で開かれている小さな催しである。
「レディー、ファイト!」
司会の掛け声に合わせて、場内の視線を集める二人の男は、握り合う腕にありったけの力を込める。
「ぐぬぬぬ!」
「よっしゃー!」
バタン!
屈強な大男の右腕が、机に叩きつけられたと同時に、勢い余って彼の座る椅子が横に倒れる。敗者は地面に崩れ落ちた。
「勝者! タッつぁん! 何とこれで10連勝目だ~!」
銀髪の青年は、相手を打ち負かした拳を天高々と突き上げる。
初出場の彼は、ここまでこの街に住む力自慢の猛者たちを相手に勝利し続け、全ての対戦において僅か数秒で決着をつけていた。
「鉄拳のトニーがああああああ!! 一か月分の食費にまで手を掛けた、俺の軍資金がああああああ!!」
「ほらな、言ったろ? あのにーちゃん、只者じゃないぜ」
不敗神話を樹立していた街一番の力自慢「鉄拳のトニー」が破られ、不敗神話継続に賭けていた男たちの悲痛な叫びが場内を覆う。
「いやー楽しかったぜ! あんがとな、おっちゃん達!」
「もう行っちまうのかよ!」
「勝ち逃げはズルいってよ!」
タツゾウは椅子から立ち上がり、賭場にいた男たちに礼を言ってから、その場を離れようとした。
「おいおい、ちょい待ち」
男性にしては少し高めの声が、タツゾウを呼び止めた。
「おん?」
「もう一戦、やってからにしよや」
若葉色の長い髪の毛を、三本の三つ編みにして後ろに垂らした男が、タツゾウの元へ近寄ってくる。
身長はタツゾウよりも小柄ではあるが、鍛え上げられた戦士のごとき肉体が、薄い服の下からその存在を醸し出している。
「俺と勝負。勝った方は、負けた方の今の所持金全部いただく。もちろん受けるよな?」
「おもしれーぜ! 面白いのは大好きだぜ!」
糸のように細い目をしたその男は、タツゾウに条件付きで勝負を持ちかける。
タツゾウはその勝負を迷う間もなく了承した。
「龍印寺ジャッキー。俺の名前ね」
「タッつぁんだ。身元バレたらまずいらしいから、ここではそう名乗ってるぜ!」
両者拳を握り合う。開始の合図が掛かるまで、互いの顔を、闘志をむき出しにして睨み合っている。
「レディー、ファイト!」
「とりゃー!」
開始と同時に、タツゾウはその右腕に全力を込め、ジャッキーと名乗った男の右腕を机に叩きつけにいく。
彼はこれで、10連勝を記録している。先手必勝。タツゾウの王道パターンである。
「なにっ!?」
しかし、タツゾウの腕の勢いは、ジャッキーの腕を机に叩きつける寸前で止まった。
勝負は決まったかに思われたが、そこから徐々に、ジャッキーの右腕が盛り返してくる。
「へっ……、甘いな」
「ぐっ、くそお!」
今度は逆に、タツゾウの手の甲が机に近づいていく。
タツゾウは、何かとてつもなく重いものが、自分の手のひらにのしかかっている様な感覚を覚えた。
(なんだこいつ!? なんてパワーだ!? その腕、岩かよ!?)
ジャッキーは、タツゾウの必死に抗う姿を見て、それを嘲笑うかのようにジリジリと彼の腕を押し潰していく。
タツゾウには、ゆっくりと敗北へ近づいていくこの状況に抗う術が無い。
「勝者! ジャッキー!」
特にドラマチックな逆転劇が起こるでもなく、勝負はおもむろに決着した。
タツゾウの連勝が途絶えたことに、場内がどよめき立つ。
「あの糸目野郎、勝っちまったぞ!」
「一体何者だよ!?」
「なんかどっかで見たことあるような気がするぜ……」
常連の強者達を次々と打ち倒していった初出場者、それをさらに超えてきた男に、周囲は驚きを隠せない。
「マジで動かなかった」
タツゾウは自分の右の手のひらを見つめる。まだピリピリとした感覚が残っている。
「お前、煬香寺のアズマ・タツゾウだろう?」
「そうだけど……、あっ! 間違えた! 俺はタッつぁんだ! タツゾウ? だ、誰だそいつは!?」
「いやー、無理無理。もう挽回できんよ」
ジャッキーに身元を暴かれ、タツゾウは焦って取り繕う。
しかし、その下手な演技は、相手を騙す効力を持たなかった。
「俺も一時期、お前と共にあの寺で修行したんだ。俺の事、忘れたとは言わせない」
「……忘れたぜ」
「面白い冗談だな」
「……微塵も思い出せないぜ」
「…………」
話は展開せず、そのまま沈黙に終わった。
お読みいただきありがとうございました。




