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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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愛の国首都・パシオン

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 中心球・愛の国エリア。

 これから僕たちはCエレベーターに乗って紅茶会の会場がある愛の国に向かう。

 今まで行ったことのない場所に赴く時は、やっぱり楽しみな気持ちと不安な気持ちがせめぎ合う。でも今日の僕は、緊張から来る不安な気持ちが優勢だ。


「これから愛の国へと向かいます。出来損ないのイプシロン・クラス諸君、くれぐれも周囲と私に迷惑を掛けないよう心掛けたまえ」

 畠中教官が、同行する僕たち四人に注意を呼び掛ける。


「はい!」

 僕は大きく手を上げ、率先して彼の注意喚起に返事をした。


「オッス! 畠中のオッサン、よろしく!」

「はいはーい! 愛の国の観光名所ってどこですか? メーちゃん行ってみたい!」

 タツゾウは立場をわきまえず、畠中教官に対して至極失礼な呼び方をし、メンコは教官の注意喚起よりも自分の好奇心を優先した。


「二人とも、相手は教官だよっ。畠中教官、この度は僕たちの同行を許していただき、本当にありがとうございます」

 サニ君はそんな二人の態度を(とが)め、代表して感謝の言葉を述べる。

「構いません、と言いたいところですが、どうも大きな失態を犯した気がしてなりませんね」

 畠中教官は、表情を変えずにこれからの先行きを不安視した。


 今この場にいるタツゾウ、メンコ、サニ君の僕以外の三人は、紅茶会の主催者であるアールグレイ家の招待客という立ち位置で参加する。

 僕が紅茶会のお家交流戦に参加すると知った三人は、それに興味を示し、なんとか同行できるように畠中教官にお願いできないかと、僕に頼み込んできた。


「ダメです。紅茶会は戦士貴族の集まり、一般人の参加は原則禁止です」

「あはは……、そうですよねー」


 教官に伝えてみたものの、答えは「ノー」。遊びに行くわけではないので、その返答は大方予想できた。

 僕はその時、初めて紅茶会の概要(がいよう)について知ったのだが、その場における自分の存在がどれだけ場違いかを知り、恐怖と緊張で背筋が凍る感覚を覚えた。


「オッサン頼むぜ! 連れてってくれよ!」

「いい加減しつこいですね。(つつし)みというものを覚えたまえ」

 同行許可が下りない間のタツゾウは、弟子入り志願していた時の僕よりも、畠中教官にしつこく付きまとっていた。


「オッサン! 連れてってくれ!」

「今すぐ私の視界から消えたまえ」

「オッサン!」

「君は礼儀を一から学ぶ必要がありますね。あと、教官である私をオッサンと呼ぶのは止めたまえ」

「オッサン! 今日も来たぜ!」

「…………」


 始めは軽くあしらっていた教官も、タツゾウの執拗(しつよう)粘着(ねんちゃく)にとうとう折れ、先日、三人の同行を許可するに至った。

 タツゾウの胆力には本当に恐れ入る。畠中教官のあの冷酷な視線を受けても、全く動じずに迷惑を掛け続けていた。単なる好奇心だけでここまでできるのは、もはや才能だろう。


「良いですか。君たち三人は招待客です。決して目立った行動をしないように。そして、身元もできる限り明かさないように」

「任せとけ!」

「メーちゃん、ちゃんと守れまーす!」

 タツゾウとメンコは、畠中教官の言いつけに快く返答したが、教官は大きくため息をついて「不安ですね……」と小さく呟く。


「二人のことは僕に任せてくださいっ。迷惑にならないよう、きちんと見張っておきますよっ」

 そんなことを言うサニ君ではあるが、僕にはタツゾウとメンコの行動が、彼一人で制御できるとは思えない。


 僕からすると、全く知らない空間に一人だけ放り込まれるよりも、友人がいてくれた方が気持ち的にずっと楽だ。

 でも、畠中教官のことを考えると、この選択は大間違いだったように思える。


「10分後に、『愛の国』向けCエレベーターが出発いたします。ご利用の方は、お間違えの無いようご注意ください」

 ターミナルのアナウンスが掛かる。

「では、行きましょうか」

 教官は歩き出し、その背中に続く形で僕たち四人も進み始める。


 これから向かう先は、僕にとっての正念場。

 お家交流戦は、僕個人の力で勝利を掴み取らなくてはならない。

 一勝。求められているのはただそれだけ。他は何も必要ない。


 今、渇望(かつぼう)するは、(あこが)()がれの光明、初白星。



「愛の国……、すごい……」

 分厚い窓から、眼下にある一面の赤景色を望む。感動の声が小さく漏れた。


「うっひょ~! すげえな! 真っ赤だぜ!」

「ねえ! 今からメーちゃん達あそこに行くの!? ねえ!!」


 乗客を千人ほど収容できる広さを持つCエレベーター内に、子供のようにはしゃぐタツゾウとメンコの声が響き渡る。

 通常、公共の交通機関であるCエレベーター内で大きな声を発する人はいない。それこそ、まだ小さな子供くらいなものだろう。

 他の乗客たちの目線は、自然と異質な二人の方へと向けられる。


「ちっ、彼らは私の話を聞いていなかったのでしょうか? 私が同行させているとは思われたくないですね」

 近くにいた畠中教官が、そーっと僕たち四人から距離を取る。同じ一味と思われたくないのだ。


「二人とも、エレベーター内では静かに! 畠中教官に恥をかかせるつもりかい?」

 サニ君は、テンションが上がって周りが見えなくなっている二人を注意する。

 同時に教官の名前を出し、僕たちから距離を取った彼の方を指さした。周囲の乗客の視線が畠中教官の元に集まる。


「サニ・フレワー、余計なことを……」

 教官は山高帽子(やまたかぼうし)を深めに被り、サニ君を帽子でできた影から鋭く睨みつける。

 周囲の人たちは、教官の行動の理由を察してクスクスと笑った。恥をかきたくないがために離れたのに、結果的にさらに恥をかく羽目になってしまった。これは後が怖い。



 Cエレベーターを降り、右も左も分からない僕たちは、無言で先行する畠中教官の後を付ける。


 街を覆う青空と対照的な赤瓦(あかがわら)の屋根、そして頑丈そうなレンガを積み上げて造られた壁。

 それらを組み合わせて建築された家々が、街の通りに立ち並び、その街全体にユニークな景観を与えている。


「愛の国の首都『パシオン』。来るのは初めてじゃないけど、やっぱりこの街はいつ来ても美しいところだよねっ」

「サニ君って、出身はどこなの?」

「僕は、中心球生まれ中心球育ちの、純然たる都会っ子さ!」

「そうだったんだ、僕とは正反対だね」


 都会っ子のサニ君は、生まれも育ちも辺境の僕とは対角に位置する人間だ。

 僕もこのパシオンのような都会で育ったら、今とは違う人間になっていたのだろうか。


「ねえねえ見て見て! パシオンチーズケーキだって! 食べたいな~」

 メンコがよだれを垂らしながら、大通りにある一つの店舗を指さす。


「今はダメだよメンコ、帰りにまた寄ろう」

 今にもその店に走り出しかねないメンコを、僕はなだめる。

 もし、今ここで畠中教官とはぐれたら、彼は僕たちを探しに戻って来てはくれないだろう。


「タツゾウ、後で訓練に付き合って欲しいんだ。動いてないと緊張で潰れちゃいそうだよ……」

 僕の後ろを歩くタツゾウに、訓練の手伝いを頼んだ。

 しかし、返事がない。振り返る。


「あれ!? タツゾウは!?」

「さっきまで一緒にいたはずだよっ!」

 どうりで静かだと思った。僕の背後を歩いていたはずの彼は、すでにいなくなってた。周りを見回してもその姿は見当たらない。


「参ったね、早く連れ戻さないと」

 サニ君は引き返そうとする。


「探しに戻っても構いませんが、私が歩みを止めるつもりはないこと、覚えておきたまえ。集団行動のとれない協調性に欠けた人間を、探しに戻る気はありません。私は君たちの引率として来たわけではないのでね」

 教官は振り返らずにそう告げると、歩くペースを緩めることなく目的地へと歩み続ける。


「そんな……」

 これでは、タツゾウを探しに戻って見つけたとしても、今度は畠中教官とはぐれてしまう。

 一体どうしたら……。


「あれえっ!?」

 今度は僕の左隣を歩いていたはずのメンコがいなくなっている。

 さっきのチーズケーキがあったお店に、我慢できずに向かってしまったに違いない。


 目を離したのはほんの一瞬だったはずなのに、その僅かな隙を突かれてしまった。

 なんだか、僕や家族の目を盗んで餌を探したり、勝手に外に出ようとしたりしていたコワンのことを思い出す。


「ソラト、君はそのまま教官について行くんだ。僕が二人を探してくる。明日の紅茶会に集中するんだ」

 サニ君はそう言うと、元来た道を戻るように駆け出して行った。


「ありがとう、サニ君! 二人のこと頼んだよ!」

 彼の背中に大声で語り掛ける。

 サニ君は顔だけ振り返って、額を二本の指で弾くお決まりのジェスチャーでそれに答えた。


    ◇


 パシオンの街の一角。メインストリートから、少しだけ中道に入ったところ。

 そこは、男たちの熱気が立ち昇り、声援や喝采(かっさい)、怒号や罵声(ばせい)など様々な人間の声が飛び交う、豪傑(ごうけつ)たちの娯楽の間。


「さあ~皆さん! 今度はどっちに賭けますか~? 後悔の無い選択をしてください!」

 その場を取り仕切る男が場内を沸かせる。


「俺は10万ガルドだ! 銀髪の若造に賭けてみるぜ!」

「馬鹿かオメーは! 鉄拳のトニーに決まってんだろうが! 有り金ドブに捨ててんじゃねーよ!」


 決して少なくはない額のお金が、賭博(とばく)の対象者たちに賭けられる。

 拳の賭場。腕相撲に参加する者だけが、賭け事にも加わることができるという、街中で開かれている小さな催しである。


「レディー、ファイト!」

 司会の掛け声に合わせて、場内の視線を集める二人の男は、握り合う腕にありったけの力を込める。


「ぐぬぬぬ!」

「よっしゃー!」

 バタン!

 屈強な大男の右腕が、机に叩きつけられたと同時に、勢い余って彼の座る椅子が横に倒れる。敗者は地面に崩れ落ちた。


「勝者! タッつぁん! 何とこれで10連勝目だ~!」

 銀髪の青年は、相手を打ち負かした拳を天高々と突き上げる。

 初出場の彼は、ここまでこの街に住む力自慢の猛者たちを相手に勝利し続け、全ての対戦において僅か数秒で決着をつけていた。


「鉄拳のトニーがああああああ!! 一か月分の食費にまで手を掛けた、俺の軍資金がああああああ!!」

「ほらな、言ったろ? あのにーちゃん、只者(ただもの)じゃないぜ」

 不敗神話を樹立していた街一番の力自慢「鉄拳のトニー」が破られ、不敗神話継続に賭けていた男たちの悲痛な叫びが場内を覆う。


「いやー楽しかったぜ! あんがとな、おっちゃん達!」

「もう行っちまうのかよ!」

「勝ち逃げはズルいってよ!」

 タツゾウは椅子から立ち上がり、賭場にいた男たちに礼を言ってから、その場を離れようとした。


「おいおい、ちょい待ち」

 男性にしては少し高めの声が、タツゾウを呼び止めた。


「おん?」

「もう一戦、やってからにしよや」


 若葉色の長い髪の毛を、三本の三つ編みにして後ろに垂らした男が、タツゾウの元へ近寄ってくる。

 身長はタツゾウよりも小柄ではあるが、鍛え上げられた戦士のごとき肉体が、薄い服の下からその存在を(かも)し出している。


「俺と勝負。勝った方は、負けた方の今の所持金全部いただく。もちろん受けるよな?」

「おもしれーぜ! 面白いのは大好きだぜ!」


 糸のように細い目をしたその男は、タツゾウに条件付きで勝負を持ちかける。

 タツゾウはその勝負を迷う間もなく了承した。


龍印寺(りゅういんじ)ジャッキー。俺の名前ね」

「タッつぁんだ。身元バレたらまずいらしいから、ここではそう名乗ってるぜ!」

 両者拳を握り合う。開始の合図が掛かるまで、互いの顔を、闘志をむき出しにして睨み合っている。


「レディー、ファイト!」

「とりゃー!」


 開始と同時に、タツゾウはその右腕に全力を込め、ジャッキーと名乗った男の右腕を机に叩きつけにいく。

 彼はこれで、10連勝を記録している。先手必勝。タツゾウの王道パターンである。


「なにっ!?」

 しかし、タツゾウの腕の勢いは、ジャッキーの腕を机に叩きつける寸前で止まった。

 勝負は決まったかに思われたが、そこから徐々に、ジャッキーの右腕が盛り返してくる。


「へっ……、甘いな」

「ぐっ、くそお!」


 今度は逆に、タツゾウの手の甲が机に近づいていく。

 タツゾウは、何かとてつもなく重いものが、自分の手のひらにのしかかっている様な感覚を覚えた。

(なんだこいつ!? なんてパワーだ!? その腕、岩かよ!?)


 ジャッキーは、タツゾウの必死に抗う姿を見て、それを嘲笑うかのようにジリジリと彼の腕を押し潰していく。

 タツゾウには、ゆっくりと敗北へ近づいていくこの状況に抗う術が無い。


「勝者! ジャッキー!」

 特にドラマチックな逆転劇が起こるでもなく、勝負はおもむろに決着した。

 タツゾウの連勝が途絶えたことに、場内がどよめき立つ。


「あの糸目野郎、勝っちまったぞ!」

「一体何者だよ!?」

「なんかどっかで見たことあるような気がするぜ……」

 常連の強者達を次々と打ち倒していった初出場者、それをさらに超えてきた男に、周囲は驚きを隠せない。


「マジで動かなかった」

 タツゾウは自分の右の手のひらを見つめる。まだピリピリとした感覚が残っている。


「お前、煬香寺(ようかでら)のアズマ・タツゾウだろう?」

「そうだけど……、あっ! 間違えた! 俺はタッつぁんだ! タツゾウ? だ、誰だそいつは!?」

「いやー、無理無理。もう挽回(ばんかい)できんよ」


 ジャッキーに身元を暴かれ、タツゾウは焦って取り繕う。

 しかし、その下手な演技は、相手を騙す効力を持たなかった。


「俺も一時期、お前と共にあの寺で修行したんだ。俺の事、忘れたとは言わせない」

「……忘れたぜ」

「面白い冗談だな」

「……微塵(みじん)も思い出せないぜ」

「…………」


 話は展開せず、そのまま沈黙に終わった。

お読みいただきありがとうございました。

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