系譜と適性
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
夕刻、肩にカブ太を乗せた状態で、僕はいつも通り、珍獣園の中にある修練広場に来ていた。
放課後、教官室に寄ったところ、全体訓練で用いた珍獣を連れてくるよう言われた。つまり、畠中教官は僕のあのとんでもない醜態を見ていたということだ。
彼は、あの試合を見て一体何を思っただろうか……。
「あの……、またここですか?」
「ええ、残り一週間、君の修練は変わらずここで行います」
教官は僕にそう伝えると、教官用の茶色の制服、その胸のポケットから顔を覗かせていた珍獣「系譜カメレオン」と「適性カメレオン」を取り出す。
彼は真っ黒な体色の適性カメレオンを肩に載せ、それと対照的に真っ白な身体を持つ系譜カメレオンを手の平に載せると、僕に白い方のカメレオンを突き出してきた。
「マナを認識する前と後では、系譜や適性に変化が起こることがあります。調べてみたまえ」
その言葉に従い、僕は彼の手の平で丸くなっている珍獣を、自分の左手の上に移動させ右手をかざす。
カメレオンの背中に文字が浮かび上がった。
『無』
「どうですか? 何か変わりましたか?」
「いいえ……、そのままです」
変化なしだ。やっぱり僕には系譜が無い。僕と相性の良い珍獣は、どう転んでも現れないということなのだろうか。
教官は、特にそのことに反応する様子を見せず、自分の肩にいる黒いカメレオンと僕の手の上の白いカメレオンの位置を入れ替える。
僕は続けざまに、黒いカメレオンにも手をかざした。
『50%』
「ええっ!」
この数値は、僕と僕の肩の上にいるカブ太との相性を示している。
前回はたったの9%だった。本当に変化している。
「どうですか?」
「変わりました! 『使用可能』な数値に上がってます!」
「そうですか。では、少し試してみましょう」
僕が大喜びしている中、畠中教官は淡白な反応を示し、おもむろに歩き出した。
僕は適性カメレオンを手の平に載せたまま、先行する彼について行く。
「君の系譜に関して言及します。結論から述べると、私にもわかりません。その系譜を見るのは初めてですし、どんな珍獣と好適性が出るのか予測がつきません」
教官は話しながら歩く。これまで様々な系譜を見てきた彼でも、僕の系譜は見たことが無いと言う。
「そこで、この珍獣園にいる様々な珍獣との相性を測ってみましょう。それで、『無』の系譜の示す意味が分かるかもしれません」
それから僕と教官は修練広場から出て、歩きながら遭遇した珍獣と片っ端から相性を計測していった。
「また50%です」
「なるほど……」
どの珍獣と調べても、50%以外の数字が浮かび上がらない。
猛獣型の珍獣、小動物型の珍獣、様々なタイプの異能。異なる種の珍獣を、もう二十匹程度調べている。
「戻りましょう」
「はい……」
言われるがまま、先程の広場へと踵を返す。
今の検証は、何か意味があったのだろうか。
「ではこれより、本格的な鍛錬へと移ります」
「はい! よろしくお願いします!」
いつも一人でいた空間に、今回は畠中教官がいる。
なんだか、いつもと同じ場所でありながらそうでないような、そんな不思議な感覚を覚える。
「まず、守備からです。どれだけ良い攻撃をしようと、先に致命傷を食らえばそれで敗北が決まる。戦いにおいて最も重要なのは『死なない』こと。これから君には、守備を徹底して鍛えてもらいます」
「はい!」
畠中教官は腰に添えていた木刀を取り出すと、僕のいる前方に構える。
肩の力が抜けていて、すごい軽く木刀の柄を握っているような気がする。
「珍獣装備を構えなさい。そうして、私に斬りかかりたまえ。いつでも構いませんよ」
「えっ……、でも……」
相手は木刀、僕は珍獣装備で戦うことになる。
間違って教官に攻撃が当たったりでもしたら、大変なことになる。
「心配には及びません。君がもし私を傷つけるようなことがあれば、その時点でこの修業は無意味ですから」
それだけ力の差があると言うことだ。
木刀と珍獣装備であっても、彼が僕に傷一つ負わされることは無い。僕はただ、思い切って剣を振り抜けば良いだけだ。
「いくよ! カブ太!」
「かふっ!」
僕はカブ太の頭を撫で、珍獣装備化の合図を送る。
「珍獣装備『巨人カブ』!!」
白と緑の片手剣が僕の手元に現れる。強く握りしめ、前方の畠中教官を見据える。
「はーっ!」
剣を両手で握り、上方から振り下ろす。
カン!
教官は、僕の珍獣装備の攻撃を難なく弾いた。木刀は折れるどころか、ヒビすら入っていない。
体勢を崩した僕に、今度は教官のカウンターが迫ってきた。
ドン!
「うぼっ!」
ボディに強烈な一撃が入る。一瞬眩暈がした。土に倒れ込む。
「相手の攻撃を捌き、隙を見つけて攻撃する。今日は君に、私の剣技を見て学んでもらいましょう。体中打撲だらけになるとは思いますが、死ぬ気でついてきたまえ」
「はい!」
僕は再び立ち上がり、「カブ太」を構える。
そうして、教官に顔や腕、脚、体中のあらゆる箇所に痣ができるまで木刀を打ち付けられ、帰るころには、痛みと疲労で一言も喋れなくなるほど扱かれた。
「おい、大丈夫か? ボロボロじゃねーか……」
「うん……、もう大丈夫なのかどうかも分からない」
「重症じゃねーか!」
全身が悲鳴を上げる中、僕はなんとか遅刻せずに登校した。
教室の机に伏している僕に、タツゾウが心配の声を掛けてくる。
「タツゾウ、実は僕、今度『紅茶会』に行って『お家交流戦』に出ないといけないんだ」
「全部分かんねえ」
そりゃあそうだろう。言っている僕もイマイチ分かっていないのだから。
「とにかく、戦わなくちゃいけないんだ。そして、絶対に勝たないといけない」
「ほーん」
「タツゾウってさ、勝負の前って何考えてるの? 僕は『怖い』がどうしても先に来ちゃうんだ」
タツゾウは難しそうな顔をして教室の天井を見つめる。
多分、彼はあまり何も考えていないということだろう。
「ワクワクしてるだけで、あんまりなんも考えてないぜ」
やっぱりそうか。何か参考になるかと思ったが、彼のメンタリティは僕には真似できるものではない。
「うーん……、怖いし緊張するし、僕はワクワクなんてしないかな」
「でもよ、お前頑張ってんだろ? もしその成果が戦いの中で出たらよ、きっとワクワクしてくると思うぜ! 強くなることが楽しくなってくんだ!」
「そうなのかな……?」
タツゾウが言っているのは、成功体験のことだろう。それがきっと、今のタツゾウを作り出しているんだ。
僕も成功を体験することで、今の自分から変われるのだろうか。
「なあ、俺も行くぜ! 紅茶会!」
「ええっ!?」
「なんか面白そうだからな!」
◇
お家交流戦。
紅茶会の最後に行われる催し。
戦士貴族たちはその家の威信を懸け、熱視線が注がれる闘技場に、若き代表者一名を送り出す。
その勝敗や試合内容で、家の威厳が揺らぎ兼ねないため、代表者が背負う負担は、精神的にも社会的にも決して軽いものではない。
出場参加資格は未成年者の内、本来は戦士貴族の血族に限られる。
しかし、部外者であっても、その戦士貴族の武術の門下生など、所縁のある者に対しては特例で参加が認められている。
今回お家交流戦に参加する家は、数ある戦士貴族の中で八家のみ。年々参加者は減る一方である。
毎年この催しは、四天王家が他の家を蹂躙するという定まった展開で幕を閉じる。彼らの餌食となり、紅茶会の場で大々的に恥をかくことを恐れた家は、自ら辞退することを選んでいった。
四天王家からは、それぞれの家の未来を担う血縁者が参加する。
勇の国、『引衆』の麗宮司家から、麗宮司レイア。
愛の国、『隠蔽』の痣小路家から、痣小路拗太。
丈の国、『護帝』の龍印寺家から、龍印寺ジャッキー。
争の国、『語部』の永紋字家から、永紋字世那。
彼ら優勝候補の他にも、ガーディン家のファナ・ガーディンや、守大院家のエドガー・守大院など、実力者が揃い踏みする。
そんな中で、他の戦士貴族が参加するのにはいささか勇気が必要であり、ましてや部外者が参加しようという空気にはならない。
しかし、戦士貴族たちが長年に渡って作り上げてきた『波』は、予想外にも、部外者によって『乱』されることになる。
◇
川を泳ぐ魚は五匹、木に止まる鳥は三匹。
小さな珍獣の気配もある。大木の太い幹にもたれ掛かって本を読む男性の気配も感じ取ることができた。
僕は今、目を閉じている。今日はいつにも増して、第六感が冴え渡っている。
「そこまで」
畠中教官の一言で目を開ける。
彼は読んでいた本を閉じ、修練広場中央にある大木の方から、川の側で座禅を組む僕の方へと歩み寄ってきた。
「明日は紅茶会が開かれる愛の国へと赴きます。随分疲労が溜まっているようなので、今日の修行は早めに切り上げ、体を休めてください」
「あの! まだできます! もう少しやらせてください!」
まだ日も暮れていない。時間的にはもう少し余裕がある。
「はぁ……、私は愚か者が大嫌いです。私の言うことが聞けないのであれば、弟子の話はなしです。即刻、私の目の前から消えたまえ」
「そ、そんな……」
教官は深いため息をつき、大層呆れたような顔を僕に向けてくる。
「私の言ったことを覚えていますか?」
「えっと……」
どのことを言っているんだろう。記憶の引き出しから、僕が教官に言われた言葉の中で、答えとなるキーワードを漁る。
「努力はがむしゃらに淡々と、そして効率良く。二度同じことを言わせないでくれたまえ」
「はい、すいませんでした……」
僕は焦っていた。紅茶会の試合で勝たなければ、この成長する場を失ってしまう。それだけは何としても避けたいのだ。
「疲弊した状態で続けても、それは効率的とは言えません。さらに、君は紅茶会のお家交流戦で勝利するために修行しているはずです。もし、疲労が原因で敗北してしまうようなことがあれば、それこそ本末転倒です」
心底呆れかえった様な声色に、僕は目を合わせ続けられずに俯いてしまう。
「雨森ソラト、アホの極みも程々にしてくれたまえ」
「すいませんでした……」
正論を突き付けられ、ただただ立ち尽くして謝ることしかできない僕を残し、畠中教官は本を片手に修練広場を後にした。
「かふっ」
カブ太が地面を這って僕の方に寄ってくる。
まん丸い目で僕を見上げると、地面からか細い根っこを生やして上向けに逆八の字を作る。抱っこをせがむジェスチャーだ。
「カブ太、修行に付き合ってくれてありがとね」
僕は両手でカブ太を拾い上げ、右肩に乗せる。
この数日間、カブ太には散々修行に付き合ってもらった。そして、お家交流戦本番も協力してもらうことになる。カブ太のためにも負けられない。
「かーふっ!」
「うん! がんばるよ!」
マナを知覚できたおかげか、カブ太の言わんとしていることが、前よりもなんとなく解るようになってきた。
大丈夫、僕だって強くなっている。そのはずだ。
自分にそう言い聞かせ、不安や恐怖といった後ろ向きの感情を心の奥底に眠らせた。
イプシロン寮に帰り、サッとお風呂に入った後、明日の出発に備えて早めに眠ることにした。
数日の修練による積み重なった疲労が、僕をすぐに深い眠りへと誘った。
夢を見る。
見覚えのない景色。ああ、またこれか。
一面に広がる火の大地。赤黒い大空。焦げくさい臭い。
眼前を覆う圧倒的な業火の中に、少年がただ一人ポツンと蹲っている。
『残念だったな、貴様が英雄だ』
火は少年を嘲笑う。
その瞬間、少年は自由を失った。
大きく開いた瞳は憎悪に満ち、矢の切っ先の如く鋭い眼光は、恨むべき世界を睨みつける。
『火なんて、大嫌いだ』
燃え盛る紅焔は広がり、光も闇も、炎でさえも焼き尽くす。
きっと、何かを残すつもりなど、さらさら無いのだ。
お読みいただきありがとうございました。




