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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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流れの声

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

『火の時代。王などいらぬ、要すべきは盟約と仕組み』


 人類史は、この一文から始まる。


 人類が持つ最古の文献『炎の英雄譚(えいゆうたん)』。

 子供向けの絵本にもなった、かつての大戦を(つづ)る過去からのメッセージ。

 二百年間人々に愛され続けた、著者不明の不朽(ふきゅう)の名作。


 人類文明は、これより以前にもあった。

 しかし、その証拠となる文献は、戦火が全て焼き払ってしまった。


 村、町、国。人が生み出し、築き上げてきたもの。

 山、森、海、川。自然が生み出し、積み上げてきたもの。

 悪意の業火は、罪深くも、それら全てを焼き尽くした。


 空には常に黒煙が立ち昇り、美しき青い空など臨めない。

 隣人の悲鳴と共に、明日は我が身と身構える。


 火は、人々から夢を奪った。もしくは、抱かせなかった。

 炎の英雄は、火が大嫌いだった。



「リリィ、知ってる? 炎の英雄譚の予言」

「何それ~? おもろそう」


 アカデミーの屋上、そこにあるライトアップされた瓢箪(ひょうたん)型の広いプール。

 そのプールサイドで、少女たちはパラソルの下のプールサイドチェアに寝転がる。


 アカデミー屋上のリラクゼーションスペース。

 プールやバスケットコート、露天風呂や卓球場、ビリヤード場、お洒落なカフェ等、そこはアルファ・クラスのためだけに用意された、生徒たちにとっての至福の空間。


「近い将来に魔王が現れるんだって、うけるっしょ!」

「はー何それ、絶対嘘じゃん! てか、クレネっちそんなの見る人だっけ?」

「昨日たまたまオススメに上がってたから、目に入っただけだっつーの」


 染め上げられた金髪に、褐色肌(かっしょくはだ)、ネイルチップを取り付けた手先という、おおよそ戦士を志すアカデミー生とは思えないその少女、クレネット・ガーベラは、目が痛くなるほどの装飾が(ほどこ)されたワイフォンの画面を見て、隣で横たわる少女に自分が仕入れた最近のニュースを伝える。


 彼女の隣で横たわっている、頭髪が中央を境に黒と白に色分けされたツインテールの少女、リリィ・コーンは、その内容を小馬鹿にして笑った。


 ケラケラと笑う二人の少女の元へ、カフェの方からもう一人、腰まで伸びた黒い長髪に(すみれ)色のインナーカラーを入れた、長身の少女が歩いてくる。

 ストローの付いたグラスコップ二つを手に歩く姿は、その所作から周囲と比較して大人びた印象を受ける。


「はい。二人とも、キャラメルラテで良かったよね?」

「サンキュー、みやびん」

「みやびん自分のは?」

 グラスを受け取る二人に、「みやびん」こと(みやび)スミレは優しく微笑みかける。


「良いの。クロハの分も買ってこないといけないから、その時、自分のものも買うわ」

 雅は、プールに浮かぶ輪状の浮き輪に視線を移す。

 そこには、浮き輪に自分の身を委ねてくつろぐクロハの姿があった。


「クロハ、何が良い?」

「あー、私も行くわ」

 そう言って浮き輪から体を持ち上げて抜け出すと、クロハは雅たちのいるプールサイドまで泳いで行き、そこからステンレスのはしごを使ってプールの水から上がる。


「ねえクロハ~、人類を恐怖のどん底に陥れる魔王が現れるって話、知ってる?」

「知らねー」

 リリィの問いかけに、クロハは興味なさげな顔でぶっきらぼうに答えた。


「第一、現れたとしても私がぶっ潰す」

「ひゅー、頼もし!」


    ◇


 あれから一週間が経った。

 この一週間、僕は教官に言われた森の中での座禅と基礎体力トレーニングを、毎日欠かさずヘトヘトになりながら取り組んでいる。


 この一週間で僕は、正確な数は捉えられずとも、自分のいる空間に生物がいるかどうかの判別くらいはつくようになっていた。

 虫などの小さな生物までは分からないが、川を泳ぐ魚の有無、木に止まる鳥の有無など、(わず)かな気配を感じ取れるまでにはなっていた。

 ほんの少しの進歩、でもそれが堪らなくうれしかった。


 夕暮れ時、僕は一人、世界と隔絶された静かな広場の真ん中で腰を下ろす。

「スゥー、ハァー」

 座禅の前は、必ず一度深呼吸をする。これをするだけで、なんだか集中力が上がっているような気がするからだ。


 目を閉じる。意識を自分以外に集中させる。

 しかし、僕の周囲には闇が広がるばかりで、やっぱり何も見えはしない。


 水の音が聞こえる。風の音が聞こえる。木の葉のさざめく音が聞こえる。

 それだけが聞こえてきて、生物の気配はない。ここにあるのは僕の体だけ。


 サァー。

 静かな川の流れだ。いつも通り、緩やかな流れ。


 ヒュー。

 風が流れるのを感じた。

 あれ、流れ? 風の流れってなんだ? 風は吹くものだ。


 ヒラヒラヒラ。

 木の葉が側の大木から舞い落ちる流れを感じた。

 また流れ?


 ズシン。

 岩も流れている。

 何を言っているんだ? 岩は動いていない。あんな大きくて重たい岩がひとりでに動くわけがない。


 でも、流れている。

 僕の感覚が流れていると言っている。

 流れ……。


 あっ、魚が泳いでいる。よし、今日も気付けたぞ。

 あれ? 魚も泳いでいるけど、流れている?


 あっ、もう一匹来た!

 今、目の前の川には小魚が二匹いる。数だけじゃなくて、そのサイズまで分かった。


 好奇心で、感覚を大木の方にも向けてみる。

 その太い枝に作られた巣の中に、(ひな)鳥が六羽、母鳥が一羽。

 木も鳥も流れている。


 感覚が研ぎ澄まされていく。

 全部が流れている。僕の周りの全てが流れているのが伝わってくる。


 流れ……。

 もしかして、僕も?

 僕も流れている?


 自分に感覚を向けてみる。

 やっぱり、流れている。僕も流れていた。他と一緒だ。

 自分の中の流れに耳を澄ます。


 声が聞こえる。僕の中にある流れの声。

 流れに耳を添えれば、見えてくる。

 目で見ていないのに見えてくる。


 今、僕には見えている。

 川の流れ、風の流れ、木々の流れ、岩の流れ、土の流れ、草の流れ。

 川を泳ぐ二匹の小魚の流れ、大木の枝で眠る小鳥の流れ、そして自分自身の流れ。


 闇夜の流れが聞こえた。

 今、この場で太陽の流れは聞こえない。


 目を開ける。

 日は完全に沈んでいて、真っ暗な夜の森に取り残されている。

 いつもは懐中電灯を片手に、怯えて道を探りながら帰っていたのだが、今日はなんだか灯りはいらない気がする。


 流れの声。この世界は、流れている。

 僕が持ち合わせていなかったものって、流れを聞き取る力だったんだ。


    ◇


「君が感じ取ったものこそ、『マナ』です」

「マナ……」


 朝、ホームルームが始まる前に、3階の畠中教官の教官室に成果の報告に行く。

 謎が解けた。ずっと気になっていた、皆知っていて僕だけが知らない要素。このアカデミーで、唯一僕だけが「マナ」を見えていなかった。


「やった……、やりました! 僕にもマナが見えました!」

 両手で小さく、噛みしめるようにガッツポーズをした。

 自分の努力が報われたという確かな感覚。それが、ただひたすらに嬉しい。


「何を大喜びしているのですか。ようやくスタートラインに立っただけですよ。まさかマナが見えるようになるまで、一週間も掛かるとは思いませんでしたよ」

 教官は、淡白に僕の修行の成果への感想を述べる。

 彼の言うとおりだ。まだまだ始まったばかり。すぐに次を見据えなければならない。


「教官はどのくらい掛かりましたか?」

「私は六歳の頃に一日で習得しました」

「ひえっ……」

 天才だ。流石は元十奇人。彼の戦士としての才覚は、きっと並外れたものなのだろう。


 十奇人か……。

 たとえ僕が何十年何百年と努力を続けても至らぬ領域。選ばれし者だけが立ち入れる領域。

 元十奇人である天才剣士の言葉には、強い説得力がある。


「では放課後、またここへ来たまえ。次のステップへ移るとしましょう」

「はい!」


 やっとだ。やっと次に進める。

 僕の進歩は人より遅い。何事もそうだった。中には、練習しても全く進歩しなかったことだってある。


 でも、今回はたとえ遅くとも確実に進んでいる感覚がある。実感がある。

 だからなんだか……、楽しい。努力して結果が出ることが、楽しいのだ。


「その前に、私が君に助言を授けてあげましょう」

「はい、何でしょうか?」

 イプシロン・クラスに戻ろうと、教官室を出ようとしたところで、畠中教官は僕を呼び止めた。


「私がここまでで()()()()見つけた、君の戦士としての良いところを教えます」


 僕の戦士としての良いところ?

 今までの教官の口ぶりだと、そんなものは無い。彼(いわ)く、僕は戦士に向かないのだから。

 そんな彼がなんとか見出した僕の良いところ、是非とも教えてもらいたい。


「忍耐力です。君はこれまでの人生も、何かと耐え忍ぶことが多かったのでしょう」

「はあ……、そうなんでしょうか?」

 忍耐力。耐え忍ぶ力が、僕にはあるらしい。自覚は無い。


「何をするにおいても、成果が出るまで粘るのは大事なことです。今回は、君のそういった性格がプラスに働きましたね」

「ありがとうございます! 教官のおかげです!」

 扉の前で、腰を直角に折る。


「それは間違いありません。なぜなら君に足りない部分を、私が補ってあげたのですから。君は私にどれだけ感謝しても、し足りませんよ」

 畠中教官は左側の口角だけを上げて笑うと、クルクルと回る大きな椅子の背もたれにもたれ掛かり、キシキシと(きし)む音を立てる。


「その長所を踏まえ、山ほどある君に足りない部分の中で、戦士を続けていく中で致命的な部分を教えましょう」

「……才能、でしょうか」

 資質やセンス、そういったものが自分に無いことだけは自覚している。


「違います。それはズバリ、『効率の悪さ』ですよ」

 効率の悪さ。一体僕のどんなところを言っているのだろうか。


「才能は変えられません。それは仕方のないことです。だから、君はそれに対して努力で何とかしようとしていた」

 事実だ。僕は誰よりも努力しなければならないと思っていた。


「しかし、その努力の仕方がダメでした。君が一番初めにすべきことは、マナの認識であったにもかかわらず、ずっと木刀を振り続ける。私に言わせてみれば、あんなものはアホの極みですよ」

「は、はい……」


「努力はがむしゃらに淡々と、そして効率良く。君の忍耐力に高い効率を加えるのです。他と遥かに劣る君の場合は特に、三歩進んで二歩退くのではなく、三歩進んでできる限り一歩も退かないことが大切なのです」

 畠中教官は、アホの極みな努力をがむしゃらに行っていた僕に、強くなる上での効率の良さをプラスしてくれたのだ。


「自分に今必要なことを、常に考えて行動したまえ。一週間後には、君は効率の良い修行を付けていた私の元から離れるのだからね。クックックッ」

 教官は口元を隠して静かに笑う。声を出して笑うところは初めて見た。

 どうやら僕は全くもって彼に期待されていないらしい。


「はい! アドバイスありがとうございました! 失礼します!」

 教官室を出る際、大きな声で感謝の言葉を述べ、一礼して扉を静かに閉める。

 彼との時間は、僕にとってとても有意義な時間だ。

お読みいただきありがとうございました。

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