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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
78/117

八併軍アカデミー

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「かふっ」

「う~ん、まだ眠いよ~」

「かふーっ!」

「やめてよ~」

「かーふーっ!!」

「いったあああああ!!」


 顔面を酷く強打する。何かが上から落ちて来た。

 なんて寝覚めだろうか。ベットの上で痛みに(もだ)える。


「かふっ」

「痛いよ、カブ太」

 僕は、自分の顔に張り付いたカブ太を引き剥がし、そっと床に下ろした。

 カブ太は珍獣「巨人カブ」の幼体である。今はまだ手のひらに収まる程度のサイズだが、いずれは、あのとてつもないサイズにまで成長するのだろうか。


「うーん、はぁ……」

 狭いワンルームの天井に向かって大きく伸びをし、憂鬱(ゆううつ)な朝が始まった事実にため息を漏らす。


 準備しなきゃ。遅刻するのはまずい。鬼教官にこっ酷く叱られるのだけは嫌だ。

 カブ太は僕が遅刻しないように起こしてくれたのだろう。ありがたいけど、根っこで天井に張り付き、僕の顔にダイブするのはやめて欲しい。


 パンをトースターで焼き、バターを塗って食べ、カブ太にも餌のクッキーをやる。

「カブ太、起こしてくれてありがとう。でも、僕の顔に飛び込むのだけ止めよう。あれホントに痛いんだ」

 一枚のクッキーを口いっぱいに頬張るカブ太に、僕は注意を促す。


 食後、うがいや歯磨きを済まし、真っ白な制服に身を包む。

 胸の方に、イプシロンを表すマークが入った青いバッジを付けると、玄関に置いてあったアカデミー指定の肩掛けカバンを持ち、扉を開けて外の世界へと踏み出す。


 僕、雨森ソラトは、八併軍アカデミーの生徒だ。

 八併軍とは、世界の安全保障組織にして世界最大の軍事組織のことである。八併軍の戦士たちは、日々人々をあらゆる脅威から守っているのだ。

 アカデミーは、そんな八併軍の次世代の戦士を育てるために設けられた、戦士養成機関だ。アカデミーの生徒はここで一年間、強く優秀な戦士になるべく鍛錬を積む。


 今、僕の足取りはかなり重い。アカデミーに行きたくないという憂鬱な心情が原因だ。

 なぜ憂鬱なのか。


 それは、僕が文武共に劣る生粋の劣等生だからだ。

 自慢ではないが、僕は運動や学業といった分野で他人に勝ったことは無い。

 劣等感を突き付けられるところには誰だって行きたくないものだろう。


「やっ、おはようソラト」

 (りょう)の一角である自室から出ると、廊下で同じ真っ白な制服を身に着け、青いバッジを胸元に取り付けたクラスメイトとばったり鉢合わせる。


 彼の名は、サニ・フレワー。

 彼を一言で表すならば、ズバリ、イケメンだ。サラサラな(だいだい)色のヘアーが、彼の端正な顔立ちを引き立てている。


「おはようサニ君」

 挨拶を返す。憂鬱な心持ちが少しだけ晴れた。


「急ごう。僕たち、結構ギリギリだよっ!」

「うん!」

 サニ君は、朝日のようにさわやかなスマイルを僕に向けると、駆け足でアカデミーへの道のりを進み始める。僕も彼についていく形で走り出す。


 しばらく走っていると、巨大な円柱型の白い建物が見えてくる。あれが僕の通う、八併軍アカデミー。

 登校時刻の10分前、今ここにいる生徒の多くは同じ顔ぶれで、ギリギリを生きる者たちだ。かく言う僕もその一人である。



 カーン、カーン、カーン、カーン。

 僕とサニ君は、チャイムとほぼ同時に教室の席に着いた。

 教卓を中心として扇形に並んだ生徒の席は、奥に行くにつれ階段式に高くなっている。


「それでは朝礼を始める!」

 時間きっかりに、炎天(えんてん)カズキ教官が教室に入ってきた。鬼教官と恐れられる僕たちの担当教官だ。


 アカデミーは軍の養成機関ゆえ、日頃から指導には厳しいところがあるが、時間には特に厳しい。

 炎天教官が受け持つこのイプシロン・クラスでは、遅れた場合、まず教室には入れない。教官監視の下で朝から昼食の時間まで走らされ、昼食を取り終えた後に掃除、そして筋トレという地獄のメニューをこなす羽目になる。

 当然、クラスの誰もそんな一日を送りたいと思っていない、はずなのに……。


「オッス! おはようございます!」

 勢いよく教室の前の扉が開き、大柄な青年が入ってきた。


 教官は、彼の方に視線を向けず、僕たちが座っている前方を向いたまま静かに言う。

「入るな。扉を閉めて、そこで立っていろ」

「ウッス! 遅れてすんません!」

 僕は彼の度胸がうらやましい。ハッキリ言って、肝が据わり過ぎている。


 怖いもの知らずな彼の名前はタツゾウ。僕の数少ない友人の中でも、親友と呼べる青年だ。

 身長は高く、ガタイも良い。銀髪に力強い赤の瞳が特徴的。


 アカデミーに入学して1か月の間、彼は連続遅刻記録を更新し続けている。

 僕は、入学したての頃に一度遅刻してしまったのだが、その日は地獄を見たため、二度と遅刻だけはしないと心に誓った。

 そんな僕とは対照的に、彼は授業を受けるよりも罰を受けている方がマシだと言い、遅刻を続けているのだ。教官たちも罰を見直すべきだと思う。


「今日から普段の罰に加え、お前が受けることのできなかった全ての授業の補講を受けてもらう」

「なにいいいいいい!!」

 彼に対して、非常に効果的な罰だろう。これで遅刻は無くなるのではないだろうか。


 アカデミーのクラスは五つあり、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、と上から順に成績ごとに振り分けられる。

 僕のいるクラスはイプシロン。学年最下位クラスだ。


 さらに、寮もクラスによって違う。クラス分けと同じようにアルファ寮、ベータ寮、ガンマ寮、デルタ寮、イプシロン寮に分けられ、最上位のアルファに近づくほど設備や待遇が良くなる。

 僕の住居であるイプシロン寮は、狭い個室に、生きる上で最低限のものが備えられた程度のものである。聞いた話だが、このようなイプシロン寮に対してアルファ寮には、巨大な浴槽やフカフカのベッド、生活のお手伝いをしてくれるメイドさんまでいるらしい。


「全員起立! 号令!」

 鬼教官はタツゾウを廊下に放置して、学級委員に朝の挨拶を要求する。

「おはようございますっ!」

 クラス委員長であるサニ君の、ハキハキとした声が教室内に響く。


「「「おはようございます!」」」

 委員長に続いて、クラス全員が大声で挨拶をする。

 一クラスの人数はなんと100名。田舎の小さな学校に通っていた僕にとって、その数は全校生徒とほぼ等しい。


「声が小さいぞ!!」

「「「おはようございます!!」」」

 それでも全員の声量が足りないと判断した炎天教官が、僕たち100名を合わせた声よりも大きな声で怒鳴る。

 朝礼の挨拶のほとんどは一回目では終わらない。酷い時は10回以上やり直しをさせられることもある。


「よし、着席。まずは、昨日行った座学の試験を返却する」

 きた。結構頑張って勉強したんだ。少しは良い点数を期待しても良いだろうか。


 出席番号順に、次々と名前が呼ばれていく。

「阿藤シンジ、60点。ペイント・アリ、47点。ジョンソン・谷田、52点。エルイ舞子、73点…………」

 両手を合わせ、祈りながら順番を待つ。


「雨森ソラト」

 名前を呼ばれて、バッと立ち上がる。

「29点」

 そして崩れ落ちる。最底辺クラス、イプシロンの中でも最低な点数が晒され、皆に笑われているのが分かる。


「雨森、気合と根性が足らんな」

「すいません……」

 教官の物凄い目力に気圧され、小さな声で謝りながらテスト用紙を受け取る。


「もっとハキハキと喋らんかー!」

「はいっ! すいません!」

 近くで物凄い声量の怒号を浴び、反射的に大きな声で謝る。周りのクラスメイト達は、そんな僕の姿をクスクスと笑う。

 ああ、僕の人生こんなのばっかりだ。


「あいつスゲーよな。座学の成績も実技の成績も悪い。何が得意なんだ?」

「ていうかまず、どうやってアカデミー試験突破したんだ?」

「確かに。実技の面でも、明らかにアカデミー生の基準満たしてないもんな。下手すりゃ一般人よりもひどいよ」

 皆の声が聞こえてくる。聞こえないように言っているつもりなのだろうが、バッチリ聞こえてしまっている。


 アカデミー生の基準を満たしていない。下手をすれば一般人よりも戦闘能力に乏しい。

 その通り。僕は生まれてこの方、喧嘩に勝ったことも無ければ、勉強でビリ以外を取ったこともない。

 そんな僕がアカデミーの入学試験をどうやって突破したのかと言うと、タツゾウ他、僕に協力してくれた皆の力によるところが大きい。その点に関して、彼らにとても感謝している。


「一限目は『戦闘術』だ。時間にはきちんと集まっておくように。分かったか!」

「「「はい!」」」

「声が小さい!!」

「「「はい!!」」」


 僕たちイプシロン・クラスの一限目の教科を伝え、教官は教室の扉を閉めて出ていった。

「貴様は、何度遅刻すれば気が済むんだ!! ああ!?」

 廊下に立っているタツゾウが、教官に今日一番の大きな声で怒鳴られているのが聞こえてくる。


 ちなみにタツゾウは入学してからずっと遅刻しているため、一度も教室に入ったことは無く、当然自分の机に座ったこともない。一か月間、彼の席である窓際の端の席は、一つだけ空いたままである。



 アカデミーの建物の造りは、5階建ての巨大な円柱型で、中央に大きな穴が開いており、ドーナツのような形状をしている。

 中央に開いた穴は、通常、実技授業の場として使用される他、イベントが催される際の会場となったりする。つまり、これから始まる「戦闘術」の授業が行われる場所なわけだ。


「戦闘術」の授業。それは簡単に言ってしまえば、ドラミデ校やその他の学校で行われていた「体術」の授業の応用に当たる。

 八併軍の戦士として戦っていくための術を磨く、より「戦闘」を意識した授業だ。銃や剣などの一般的な武器の扱いや、素手による格闘術もここで学ぶ。


 体術の授業同様、僕はこの戦闘術の授業が大の苦手だ。体術の授業だってロクにできた例もないのに、それの応用だなんてとんでもない。

 毎日あるこの授業で、僕はそのヘッポコ加減を遺憾なく発揮している。僕の戦闘術の成績は、イプシロン・クラスの中でも最下位。つまり、アカデミーの中でのビリのビリと言うことだ。


 クラスの男子最下位である僕は、大抵クラスの女子最下位の子と組まされる。

 展開された「バトルボックス」内で僕と彼女は向かい合い、炎天教官の合図を待つ。


「それでは……、開始!」


「ソラト君、いくよー?」

「う、うん……」

 合図が聞こえ、僕も彼女も身構える。

 目の前の穏やかな少女は優しい声で、準備ができているか確認する。僕はそれに弱弱しく返事をした。


「珍獣装備『(くさ)蝦蟇(がま)』」

「…………」


 対峙している女子の肩に乗っていたカエルが、大きな鎌に鎖分銅(くさりぶんどう)が取り付けられた武器へと姿を変える。その鎖鎌は、いつもの優しくおっとりとしている彼女からは想像もできないような、攻撃的な見た目の武器だ。


 対して、僕の手には剣が握りしめられている。何の変哲もない、ただの白き刃。

 この勝負の結果は、やる前から見え透いている。


「えいっ」

「うわあ」

 気の抜けるような攻撃側の発声と、その攻撃を受ける側の情けない声。

 その二つの声と同時に決着はつく。


 彼女の放り投げた鎖鎌が、構えた剣をへし折って僕の体に到達。そして致命的なダメージを与えた。

 ピーッ。

 機械音とともに「バトルボックス」が縮小し、僕たち二人の周りにあった結界が消える。


 バトルボックスとは、八併軍アカデミーが誇るハイテクノロジー設備だ。

 起動すると、一定の範囲を立方体形状の結界で覆い、結界の内側と外側、相互の干渉を防ぐことができる。


 その特徴は二つある。

 一つ目は、ボックス内で発生した傷や痛みが現実には反映されないところだ。つまり、バトルボックス内では、傷や痛みを感じることなく戦うことができる。

 二つ目は、傷や痛みを、データ上のダメージとして数字に還元できることにある。相手から受けたダメージや相手に与えたダメージが、全てデータ上のものとして記録されるのだ。


 バトルボックスのテクノロジーが、ボックス内部にいる人の体力や筋力等の情報を読み込み、戦闘の中でどの人がどの程度ダメージを受けたか、また、どの人がどのくらいのダメージを与えられるのかを瞬時に解析し、実技演習場にある巨大なモニターに結果を表示するのだ。


 モニターに勝者の顔と名前が浮かび上がる。

『WIN:玉田(たまだ)井子(いこ)

 目の前にいる少女の名前だ。

 僕の顔と名前があの画面に映ったことは、これまで一度だってない。


「わははは! 井子と戦って瞬殺かよ!」

「すごいな、また連敗記録更新だぜ!」

「なんかもう、やめてあげない? いくらなんでも可哀そうだよ」


 ギャラリーの声が聞こえてくる。

 苦しい。もう寮に帰して欲しい。


「大丈夫?」

「うん、平気だよ……」

 バトルボックス内での出来事だから、傷を負うことなんて無いのだが、玉田井子は僕の体を案じてくれる。その優しさが、ボロボロの僕のハートに()みる。


 アカデミーの生徒には、珍獣の姿を変えて武器とする特殊装備の使用が、授業の間のみ許可されている。

 戦闘術の授業は、自分に合った特殊装備を見つけ、それを試し、最終的に選択した特殊装備の鍛錬を行うという意義もあるのだ。

 自分に適した珍獣を見つけ出して契約を交わし、その特殊装備の扱いを磨き上げる必要がある。


 現在、僕はこの特殊装備に関して大きく出遅れている。

 事の発端を話すには、一か月前の入学時にまで(さかのぼ)る。



 この実技演習場にて、アカデミーの入学式を終えた僕たち新入生は、その場である検査を受けた。

 その名も「マナ系譜(けいふ)検査」。珍獣との契約や特殊装備の使用において重要な要素であるマナ系譜、その個人が持つ特性を調べる検査が実施されたのだ。


 検査に使われるのは特殊な機材等ではなく、珍獣だった。

 珍獣「系譜カメレオン」。その体に手をかざすと、背中にその者の系譜が浮かび上がってくるという「系譜判別」の異能を持つ珍獣だ。


 タツゾウが「熱」。サニ君が「晴」。メンコが「衣」。

 同じイプシロン・クラスに所属するメンバーの系譜が次々に判明していく中、遂に僕の番が訪れる。


『無』


 少し嫌な予感はしていた。でも、そんなことってあるだろうか。

 神様、あんまりです。どうして僕にも普通の人と同じように、系譜を与えて下さらなかったのでしょうか。


「わっはっはっはっ!」

「大丈夫だよ、きっとさっ!」

「ええーっ! ソラト系譜無いの! そんな人っているんだ! かわいそー!」


 タツゾウに大笑いされ、サニ君に根拠のない励ましを受け、メンコからは悪意のない同情をもらう。

 とほほ、僕の人生本当にこんなんばっかだ。


 そして、相棒となる珍獣選びの際に必要となるのが、珍獣「適性カメレオン」である。

 対象となる珍獣の側で、適性カメレオンに手をかざすと、その背中に目安となる自身とその珍獣との適性を表した数値が浮かび上がる。「適性判別」という異能だそうだ。


 この数値が50%を超えると特殊装備として「使用可能」、70%を超えると「良適性」、90%を超えると「優良適性」、100%だと「完全適性」を意味するらしい。


「使用可能」の50%を超えずにその特殊装備を使用した場合、体に大きな負荷がかかり、全身が骨折するなどの支障をきたすらしい。

 僕が経験した、六さんや巨人カブでの事例がこれに当たるのだろう。


 僕は未だに、「使用可能」を表す50%を超える珍獣に出会っていない。

 カブ太でも試してみたがダメだった。驚異の9%。僕と巨人カブとの相性は、恐ろしく悪いということだ。


 そんなこんなで今に至る。これは早急な解決が求められる問題だ。

 早く見つけなければ、僕の相棒。

お読みいただきありがとうございました。

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