夢、家族と愛
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「ワタシの負けだ。無残に殺してくれ」
「私の勝ちですね。初めからこれが狙いだったんですよね」
決闘の決着がつく。
地離の車両は燃えて散り散りになり、彼には武器ももう無い。おまけに体ももはや戦える状態ではない。
「そうだ。ワタシを最悪に殺してくれる奴と、最後は派手に踊りたかったんだ」
「そうですか」
「家族には土下座して謝った。みっともないよな。でもこうするしかなかった、ワタシは彼女たちと幸せに暮らしてはいけない。ワタシみたいな大悪党のクズには、あいつらはできた妻と娘過ぎる。どれだけ愛しても、愛ゆえに共に生活するのがつらくなる」
地離は途切れそうな意識の中、同じく大悪党である少女に語り掛ける。
「子鉄君、君とワタシは同じだ」
「全然違いますよ?」
「闇に生きる人間という点でだよ」
彼は大量の血を流しながら、尚も話し続ける。
「君の最後もきっとワタシと似たようなものだ。ロクなもんじゃないぞ」
「もう良いですか? 私帰りますけど?」
説教臭くなってきたところで、ユウガは思念リスを肩に乗せ、ファフニールに跨る。
「とどめは刺さないのか?」
「なんか飽きたんでもう良いです。勝手に死んでください」
「そうか。つくづく君は悪魔だな……」
黒竜が羽ばたき始める。
「では、さようなら地離さん!」
「ああ、ありがとう」
別れの言葉を残し、子鉄ユウガは青空へと飛び立った。
「ああ、お寿司、おいしかったな……」
地離は少しだけ夢を見た。
自分がいなくなった後の、家族の夢だ。
どこかのアパートかマンションで、妻の洋子が朝ご飯を作っている。
今より少し大人びた長女・奈々花と、制服を着た次女・美奈の姿もある。朝ご飯を食べながら、仲良く話している。そこに途中で洋子も加わる。
朝ご飯を食べ終わり、美奈が慌ただしく家を出る。続けざまに奈々花も出ていった。
洋子はそれを玄関先で見送る。
そして、彼女も支度をして家を後にした。
「いってらっしゃい」
◇
「おかえりなさい、ユウガ」
黒竜に乗ってアジトに帰ってきた私を、メンバーの一人、ウナ・ベジェーサが出迎えてくれた。
肩で切り揃えた、ウェーブの掛かった美しいバイオレットの髪をなびかせ、ウナさんは私の右頬と左頬に一回ずつキスをし、その後ハグをする。これは彼女の出身地域で行われていた挨拶の作法だそうだ。
「今日は、エデンが夜に大事な話をすると言っていたわ。皆帰ってくるから、そのつもりでいてね」
「キャプテンがですか。わかりました~」
「あ、チーズケーキ食べる?」
「食べます!」
ウナさんは私の返事を聞くと、大きな皿に乗せたチーズケーキを持ってきた。
表面は真っ黒の焼き目が付いており、キャラメルのほろ苦くも芳ばしい香りが漂ってくる。
シンビオシスの中でウナさんは副キャプテンを務めており、メンバーのお姉さん的存在だ。彼女と話していると、なんだか包まれてしまうような感覚を覚える。
年齢もさほど変わらないはずなのに、どうしてあんなにもお姉さんな雰囲気が出ているんだろうか。やっぱりそのセクシーなボディのせいだろうか。
「ユウガ、俺のファフニールを勝手に連れて行ったな?」
キシさんが静かで低い、威圧的な声色を私に向ける。
兜を被っているため表情は確認できないが、そんなの見なくても怒っていることぐらい分かる。
「大活躍でしたよー、ファフニール!」
「だろうな。ボロボロだったぞ」
これは大説教タイムかもしれない。キシさんに怒られるのは初めてだ。
ちょっと怖いかも……。
「まあまあ。私からきつく言っておくわ、キシ」
ウナさんが怒るキシさんをなだめる。
「ユウガ、二度と勝手なことはしないで。せめて一言言いなさい。チームの一員として最低限のことは守ってもらうわ」
「ごめんなさい。もうしません」
「うん、よろしい」
ウナさんは私の頭をヨシヨシと撫でる。
「うがーーーーー!! 帰ったぜ!!」
「うるさいでござる。室内で大声を出すなでござる」
「疲れたよ、こんな日はおいしいワインを飲みたいものだね」
他のメンバーも続々帰還する。
キャプテンの集合命令で、各自割り当てられた仕事を中断して戻って来たのだ。
シンビオシスは全部で11名。
今帰ってきた3人も含めて、現在10名がこのアジト内に揃っている。
FWは、私とシビノさん、そしてアルバお嬢様の3人。
MFは、把典利築さん、副キャプテン・ウナさん、キャプテン・エデンさんの3人。
DFは、黒騎士のキシさん、ガチキチさん、祝ちゃんと呪ちゃん。この4人だ。
「全員揃ったかい?」
「タイタンがまだよ」
キャプテンの問いに、ウナさんが答える。
あと一人、GKの人はまだ帰ってきていない。
無口で何を考えているか分からないから、どこにいるのか見当もつかない。
ここに入りたての頃、私も話しかけてはみたが、無言で逃げられてしまった。彼とはまだまともに会話すらできていない。
私は彼のことを何も知らないが、ただ一つだけ分かることがある。
ここにいる誰よりも強いということ。この猛者の集いであるシンビオシスの中で、戦闘能力において彼がトップであるということ。
私が、彼の戦う姿を見たのはたった一度だけだ。一度だけしか見ていないが、私は思う。
あの人より強い人なんて果たしているのだろうか。
「まあ、あいつは良いか……。話し合いを始めようか」
キャプテンが話し合いを開始する。
「近く、決行することにした」
遂にか。この感情は、皆の方が私なんかよりもずっと強いはずだ。
「作戦や役割、色々話すべきことはあるんだけど、とりあえず決めたんだ」
全員が彼の方に注目する。
「CGW、キューブ・グラブ・ウォーを始めよう! 手始めに、八併軍を叩き潰す!」
キャプテンの話の後、船ドラゴンの首辺りにあるバルコニーに赴いた。
「大義を成さねば……」
そこには、夜空を見つめるキシさんの姿があった。
「キーシさん、今日はごめんなさい!」
「ああユウガか。まあ良い、ファフニールは無事だったんだ。ここにいる奴らは皆、頭おかしいのが多いからな」
キシさんは私の呼び掛けに振り向くと、優しい表情を向ける。正確には、声色からきっと優しいであろう表情を想像する。
「私知ってますよ、キシさんの『大義』」
私の特殊装備「思念リス」に関して、キャプテンはあるルールを決めた。
それは、味方には決して使わないこと。私自身、その取り決めを守るつもりだ。
しかしそのルールを決める前に、私は特殊装備を装着したままキシさんに迎えをお願いしたため、彼の頭の中を覗いてしまったのだ。
「構わん。だが、お前の心の内に留めておいてくれないか?」
「もちろんです」
まあ、彼の「大義」について言いふらすことに利益はない。必要もない。
ただ、彼がなぜその「大義」を持つに至ったのかはわからない。そこまでは、私の力で読み取ることができなかったのだ。
「キシさん、どうして『ドラミデの悲劇』は起こったんですか?」
「知らないのなら、俺がわざわざ答えることもない」
「りょーかいでっす!」
キシさんは核心について答えてはくれなかった。
「不満そうだね、ユウガ」
「別にそんなことないですよ」
誰もいなくなったリビングルームに行くと、そこにはキャプテンが一人で何かの資料に目を通していた。
「地離から奪えなかったからか? 夢や希望を」
「奪いましたよ、全て」
「いいや奪えていないさ。奪えるはずがない。なんせ、彼の夢や希望を求める心は、既に満たされていたのだから。彼は幸福そうな顔をして死んでいっただろう?」
この人も難しいことを言う。私ってそんなに頭が悪かっただろうか。
「正確には、君との決闘でそれが完成したのだろう」
地離の夢と希望が既に叶っていた? 正確には私との決闘でそれが完成した?
人とは難しいものだ。
つまり私は間違っていた。奪うことのできないものを奪おうとしていたのだから。
「そうか……! 私が彼から奪うべきは、『愛』だったんですね!」
◇
三長会・黄河派アジトでは、地離レスルの失脚を企てた犯人の究明が最優先事項となっていた。
黄河はこれまで、地離を「世界」の空の支配者にするべく動いてきた。
地離に空路敷設について七つの国全てと交渉させ、志の国以外の六か国の承認を得ていた。
彼の事業を拡大させることにより、彼から入ってくる金が増える。
それだけでなく、「透撮」機能付き高性能カメラを全世界の空路と空路タクシーに設置すれば、キューブ上の全ての情報が黄河の下に集まると言っても過言ではない。
自分の派閥の有望な資金源と情報源を失い、黄河は怒っていた。
今、慌ただしい黄河派のアジトに一人、客人が訪れている。
「犯人、教える?」
「知ってるなら早く答えろよ」
長江と黄河は睨み合う。
「そいつ、思念リス、持ってる」
「だろーな、犯人の一番の狙いはそれだろ。そんなことは分かってんだよ」
一つの部屋がピリついた空気で充満する。
同室にいた彼と彼女の部下数名は、彼らの気を逆撫でしないように息を潜め、できるだけ空気と同化するよう努めている。
「思念リス、アタイに渡す?」
「ふざけるな。あれは俺らのだ」
一触即発。この緊迫感に耐えられず、部下の一人が、過呼吸を起こし倒れる。
「思念リスは地離のもの、でも、今、地離はいない。なら、誰のものでも、ない」
「馬鹿言え。地離のものは、派閥の長である俺のものだろうが。渡すかクソ野郎」
二人は倒れた部下のことなど気にも留めず、話を続ける。
長江の交渉に、黄河は妥協を許さない。
「はあぁ、じゃ、『あの男』の情報、オマケする」
長江は煙管を吹かした後に深くため息をつき、黄河が食いつくような条件をプラスする。
「あの男?」
「地離に思念リス、渡した男」
「ほう、悪くないな。関係してるんだろ? 『白の国』に。思念リスもそこから来た珍獣に違いねえ」
「どうする?」
長江の問いに、黄河は目を瞑る。しばらくして、その目を開く。
「良いぜ、乗った。交渉成立だ。犯人の名前は?」
「子鉄ユウガ。シンビオシス、新進気鋭の小娘」
名前を聞き、黄河は顔を大きく歪め、額に血管を浮き上がらせながら笑う。
その笑みは怒りから来るものである。彼女に、どのようにしてこの件の報復をするか。その手法を考え、黄河は思わず笑みを零してしまったのだ。
「子鉄ユウガ……、お前は何者にもなれねーさ。俺に目を付けられたのが悪運の尽きだ」
お読みいただきありがとうございました。




