決闘と第二の異能
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「まだ、ちょっとあなたの扱いに慣れない」
「当タリ前ノコトダ」
ユウガと思念リスは、AKホテルの屋上にてゆっくりとした時間を過ごしていた。
ユウガは仰向けに寝転がり、晴天の青空を眺める。
「特殊装備を使った時の『マナ』のコントロールが上手くいかないんだ」
「全テハ経験ダ。続ケテイレバ、ソノウチ慣レル」
思念リスは、掴みどころのない青き視線を自身の契約者に送る。
「ねえ、私ってこのまま無理してあなたを使い続けるとどうなるの?」
「イズレ、脳死ニ陥ル」
「ふーん。……じゃあ、早く使いこなせるようにならないとね!」
ユウガは思念リスの重いリスクの話に、軽い態度で受け答えする。
思念リスの異能「思念傍受」は、その使い方によって、仕入れる情報の量をコントロールすることができる。
ユウガは現在、必要のない情報まで大量に脳に仕入れているため、自身の脳にかなりの負荷をかけている状態なのだ。頭痛や吐血などの体調の異変は、体が無理をしている兆候である。
「来てくれたのかい、子鉄君。うれしいよ」
約束の正午。地離レスルが屋上に現れた。
髪の色が、金から黒に変わっていた。
「空の支配者、辞めるんですか?」
「まあな。君のおかげさ」
「ホントは空の支配者続けてもらって、骨の髄まで搾り取るつもりだったのに……、残念です……」
「君の思い通りにはいかなかったな」
「ま、別に良いです。地離さんの人生がどうなろうと、私の人生に大きく関わるわけじゃないので。今回もちょっとした遊びのつもりでしたし」
「ハハハ……、全く、底なしに悪魔だな君は」
ユウガは、自分と会話を交わすこの男の顔と声が、妙に晴れやかなことを感じ取っていた。
「ワタシは思念リスを使って、三長会を制圧し、この世界の覇者になろうとしていたんだ。皆がワタシを認めざるを得ないほど、圧倒的な権力を得ようとしていた」
「知ってます」
「そうだったな」
地離は肩をすくめる。
「感謝しているんだよ。君に」
「どうしてです?」
「君にグチャグチャにされたおかげで、ようやくワタシは気付けたんだ」
「何にです?」
「何もない夜空の美しさに」
ユウガは彼の答えに首を大きく傾げる。眉をしかめて、理解不能を表情で表現する。
「輝く星などなくても、夜空は美しかったのだよ」
ユウガは、今度は身体も傾けて、体全体で理解不能をアピールする。
「いつか君にも分かる時が来て欲しいと願っているよ」
パン、と手を一回叩く。手のひらを合わせたまま、地離はユウガを見据える。
「じゃあ、始めようか。決闘」
二人の大罪人は向かい合う。
思念リスが、ユウガの肩に乗る。
「地離さんは、私に勝てると思います? 私だって、一応シンビオシスの戦士なんですよ」
ユウガが、エデンから決闘の申し出の話を聞いた時に思った疑問について尋ねる。
「勝算もなくこんな真似はしないだろう」
地離は簡潔に答えた。
彼はポケットから、片手サイズのリモコンを取り出す。
そして、手に持つリモコンのボタンを押す。
ポチッ。
ゴオオオ! ブウウウン!
AKホテルの駐車場から、二人の立つ屋上へと一台の車が空を駆ける。
真っ赤な車、その車体に同じく真っ赤な翼が取り付けられており、翼のノズルからジェットが噴射している。
地上から上昇して二人の頭上を越えた。曇りなき青空を、目立つ赤の車体が飛ぶ。
「まさしくワタシが夢見た光景だ」
地離の脳裏には、かつて自分が手に持っていた赤いミニカーが浮かんでいた。
「この車を動かすのは初めてだ。いろいろ規制が厳しくてね。危険だから、こいつに乗ってやったことは無いんだが、ようやくだ。こいつでワタシは空を飛ぶ」
「そうですか」
彼が語るロマンに対し、ユウガは薄い反応を示す。
空飛ぶ赤い車体が、地離の目の前に着陸する。
「地離レスルの人生が詰まったドライビングを見せてやろう」
地離は車の運転席に乗り込み、ハンドルを握る。アクセルを踏み、エンジンの稼働音と共に空へと発進した。
パアアアン! カアン!
飛び立った車体をすかさずライフルで撃ち抜く。
しかし、地離の車体の装甲は堅かった。ユウガのライフルの弾を通さない。
「戦闘機と戦っていると思った方が良いぞ」
「確かにそうですね!」
キュイイイン。
突然車体のボンネットが開き、そこから機関銃が飛び出してくる。
ババババババ! ババババババ!
「うわっ!」
空からの唐突な反撃に、ユウガの緩み切っていた思考が引き締まる。
「珍獣装備『思念リス』」
ユウガは思念リスを装備する。
地離の思考を読み取り、機関銃の攻撃が止むまで躱し続ける算段だ。
ババババババ! ババババババ! カチッ。
断続的な射撃がしばらく続いた後、そのけたたましい銃撃音が、空撃ちを契機に止む。
弾を使い切ったことにより機関銃の攻撃が止まった。一瞬のリロード時間を要する。
「偏差撃ちを試してみたんだが、読まれてやがる」
大量の弾がかすりもしなかったことに、地離は少し驚く。
「なら、これはどうだ!」
ピューーーン!
今度は、後ろのトランク部位からミサイルが飛び出てきた。軍が使うような高火力兵器を、地離は迷わず発射する。
「えーっ!」
ユウガもこれには驚きを隠せない。
ミサイルは、AKホテルの屋上にド派手に直撃した。
ドッゴーン!!
屋上から火の手が上がり、天井が崩壊して内部が見える状態になる。
「君のことだ。これでは終わらないのだろう?」
ホテルを軸にして、車両を空中で周回させながら、地離が真っ黒な煙に覆われた屋上に向かって大声で呼びかける。
「もちろん!」
バサッ、バサッ、バサッ。
黒煙から現れたのは、漆黒の竜に跨ったユウガの姿だった。
その手には、青と黒の色合いをしたクロスボウを所持している。思念リスカラーのクロスボウだ。
「珍獣装備・形状変化」
クロスボウを持っている代わりに、彼女の耳についていた思念リスカラーの骨伝導ヘッドホンは外れていた。
契約者は契約している珍獣を、その個体が持つ異能ごとに形状変化させることができる。
異能を複数持つ珍獣と契約している場合、その契約者は異能の数に合わせて、多種多様な装備を手にできるのである。
「ファフニールだと!?」
地離はユウガが騎乗している竜を見て、目を見開きながら、その名を叫ぶ。
「ん? 目が青い……?」
彼はしばらく黒竜を眺め、その異変に気付く。
黒竜の目が青く光るなど、顔が広く、様々な情報が多く入っきていた地離でも知らない現象だった。
「異能! 第二の!」
彼は自分の持つ知識と、目の前で起こっている現象を照らし合わせて、一つの答えに辿り着く。
これは、思念リスの第二の異能であると……。
「思念植付」、思念リスの第二の異能。
自身の「体の一部」を対象の体内に入れることにより、自身が生み出した思念を対象に植え付けることができる。
ユウガは思念リスの体を、クロスボウと矢に変形させ、体の一部である矢を相手に撃ち込むことにより、異能を発動させている。
ファフニールは現在、この異能によってユウガのコントロール下にある。
「許可貰ってないんですけど借りてきました! お互い、準備に余念がありませんね!」
「まさか、黒竜を待ち構えさせていたとは」
地離は言いながら、機関銃を飛行している黒竜に向けて据える。
「来るよ!」
ユウガはそれを見て、ファフニールに回避の合図を送る。
ババババババ! ババババババ!
ヒュン! ヒュオン!
ファフニールは、放たれた弾と弾の間を縫うように飛行する。素早い飛行であっという間に地離の車体との距離を縮める。
「グオオオオオオン!」
「やらすか!」
ファフニールは大きな鋭い牙を剥き出しにし、赤いボディを目掛け勢いよく噛みつく。
しかし、黒竜の牙は空を噛んだ。地離が一瞬で速度を上げ、竜の攻撃を回避したのだ。
両者はAKホテルの屋上を離れ、カイト・エリアの上空で死闘を繰り広げる。
「今日は最高のドライブ日和だな!」
地離は天から降り注ぐ青を受け、舞台のスポットライトを浴びたかのような気分になる。
「グオオオオオオン!」
ボオオオオオオオオオ!!
晴れやかな地離に向け、ファフニールは毒の息吹を吹きかける。紫色の、いかにも体に悪そうな気体である。
その毒霧の中を、恐れず通過する。
「車に毒ガスが効くかよ!」
「ですよね~」
ユウガは舌を出して、片手を頭上に持っていく。
ババババババ! ヒュン! ガキン!
ババババババ! ヒュオン! ガキン!
ファフニールは地離の機関銃の弾を華麗に避け、牙を車体へ突き立てようとする。
しかし、地離もその竜の攻撃を回避し続ける。
一進一退の攻防。どちらも互いに譲らない。
一機と一頭は、八の字を描くように空を舞い続ける。
地離の顔は、子供のそれであった。
何にも縛られず、何にも囚われない、そんな純真無垢な少年のようであった。ミニカーを宙に浮かせていた時と何ら変わらない……。
しかし、そんな状態も永遠には続かない。
「ちくしょう」
地離の車体に、その時が訪れた。
燃料切れである。
あからさまにスピードが落ちる。
そして、徐々に力なく滑空していく。
「グオオオオオオン!」
ファフニールはその様子を感知し、物凄いスピードで迫っていく。
ガキイン!
黒竜の牙が、地離の空飛ぶ車を襲う。ついにその車体を鋭利な牙が捉えた。
しかし、ファフニールの顎の力を以てしても、装甲を噛み砕けない。
「伊達に夢詰め込んでないからな。簡単には壊れないさ」
「良いですね~。壊しがいあります!」
ユウガはそう言うと、ファフニールの体に触れ、唱える。
「珍獣装備『ファフニール』!」
彼女は支配下に置いていたファフニールと、事前に仮契約を結んでいた。
青き目の黒竜が光に包まれる。その雄大な姿は、雄大さをそのままに巨大な暗黒の大剣へと変容する。
『黒喰み!!』
バキッ。
ユウガが振り下ろしたファフニールの大剣が、地離の車両の堅き装甲にヒビを入れる。
「なにっ! この車にヒビ!?」
「はああっ!」
バキバキッ!
地離の動揺を他所に、ユウガは二回目の斬撃を加える。
今度は車体に、大きな切れ長の穴が開いた。
「はああああああっ!!」
三度目の斬撃。その剣筋は、地離の夢の結晶を真っ二つに引き裂いた。
「くらええええええ!!」
地離はその瞬間を待ち構えていた。
車体が真ん中から割れたこの瞬間を。ユウガが剣を振り下ろし、反応できないであろうこの瞬間を。
ユウガの反応は完全に遅れた。
思念リスの形状がクロスボウ状態であり、ヘッドホン状態時に使用できる異能の「思念傍受」が使えなかったことが災いした。
地離はミサイルを担いでいる。発射すれば彼もただでは済まないが、今の彼には、自分の体のことなどどうでも良かった。
ミサイルが至近距離でユウガに向かって発射される。
「珍獣装備・解除」
それでもユウガは冷静だった。
手に持つ特殊装備「ファフニール」を、瞬時に珍獣に戻す。
ドッゴオオオオオオオオオオオオン!!
「グギョオオオオオオン!!」
彼女はファフニールを盾にした。
大ダメージを負った黒竜は脱力し、切断された車体と共に、真っ逆さまに街の方に落ちていく。
「チクショウ、万策尽きたか……」
地離はミサイルの衝撃波を受け、火傷、骨折等の重傷を被ったが、一番の負傷は右腕の断裂である。今、生きているのが奇跡であった。
ユウガ、地離、黒竜、燃える赤き破片が街中に落下していく。
「ファフニール、起きて! 私死んじゃう!」
ユウガが黒竜を必死で起こそうと、強い力で叩く。
「グオッ!」
ファフニールは目を覚ます。起きた瞬間、自分のやるべきことを本能で理解し、翼を羽ばたかせる。
罪人二人と竜と燃える破片は、街中の交差点に落ちた。
ユウガは地離の腕を掴みファフニールの背中に乗せた。黒竜の羽ばたきによって、二人は何とか地面に叩きつけられずに済んだ。
幸い交差点は人も車も通らなかった。信号の赤と青が切り替わるタイミングである。
街の人は言葉を失いながら、交差点中央を眺める。
お読みいただきありがとうございました。




