何もない夜空
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「レスルは本当に車が好きよねー」
「将来はレーサーにでもなるか、レスル!」
地離レスルの両親は玩具屋を経営しており、幼いころ彼が遊んだ玩具は、ほぼ全てが親の店のものだった。
中でもお気に入りは、羽の付いた赤いミニカーだった。
遊び始めは地面を走らせるのだが、徐々に手で持って宙に浮かせていく。幼き日の地離は、玩具の飛行機と一緒にそのミニカーを飛ばすのが好きだった。
ある日、彼は街中で、自分の持つミニカーと同じような車を探してみた。
しかし、似たような車どころか、飛んでいる車すら一台も見当たらない。疑問に思い、彼は父に尋ねてみた。
「ねえ、どうして飛んでいる車がいないの?」
「車は空を飛べないからだよ」
「えー!? そうなの!?」
父の答えに彼は衝撃を受けた。
そしてその日が、彼が夢を抱いた日となった。
いつの日か、車が街の空を飛ぶ、そんな景色を思い描く。
地離は賢い少年に育った。学校での成績は常に一番だった。
本人には特に頑張っているという意識はなかった。時に周りから嫌がらせを受けたりもしたが、地離にとってそんなことはどうでも良かった。
彼は中学の時に、一部の仲間たちとともに「空を飛ぶ車」を作るサークルを立ち上げた。
仲間と自分の好きなことについて語り合い、自分の夢の実現のために研究できることが、当時の地離の生きがいだった。
高校卒業時に、まだまだ問題は多く残っているものの、チームで開発した紛れもない「飛行する車」を理の国主催のロボットコンテストに出し、見事最優秀賞を勝ち取った。
地離レスルのこれまでの成績や功績を見て、将来の有望株だと判断した理の国は、彼を特待生として手厚く優遇し、大学での研究に励ませた。そして、大学でも優秀な成績を収め、その年の首席で卒業した。
「すごいねー、レスル。あんたがこんなに凄いなんて、お母さんビックリだよ」
「まあね、当然だよ。周りは馬鹿ばっかりさ」
しかし、その優秀さゆえか、彼は性格に難があった。
成長していくにつれ、自分がこの世で一番だという自負が生まれたのだ。
その性格が、彼がカリスマ性を持つに至らなかった大きな原因である。
「悪い、お前にはついていけねえよ……」
「すまないな。他を当たってくれないか?」
大学卒業後に起業し、メンバー集めを行ったが、中高のサークル仲間や大学の研究仲間含め、誰も彼についていきたいと思う人間はいなかった。
能力があっても人が集まらなければ、彼の事業は行えない。
そんな地離の状況を見た理の国は、これ以上支援を行っても彼からは何も得られないと判断し、切り捨てた。彼の資金提供の申し出も、ことごとく断っていった。
「誰もワタシを見てくれないというのか……」
自分の能力に見合った評価を受けられていないと感じた地離は、次第に自身の環境への恨みを募らせていった。
「見返してやる! あいつらがワタシに頭が上がらなくなるように、見返してやる! 必ず!」
こうして承認欲求の鬼が誕生した。
「貴様の才能に投資してやろう」
そんな折、三長会組長、蓮・丈仁郎が地離レスルに手を差し伸べる。
「お父さん」
「…………」
「お父さん?」
「…………」
「お父さん!」
「うわっ!」
地離は娘の呼び掛けに三回目でやっと気づく。
彼にはあまりに考え事が多すぎた。
「お父さん、どうしたの?」
「ああ、何でもないよ、美奈。何か用かい?」
次女・美奈に自分への用を尋ねる。
地離は最近、長女・奈々花にも目の前にいる次女にも煙たがられている。
特に長女とは、用事のある時にしか会話を交わせなくなってしまった。
「お母さんがご飯だって」
「そうか。すぐ行くって伝えてくれ」
地離にそう言われ、美奈はドタバタと彼の部屋を後にした。
「…………」
彼女が部屋を出ていった後、彼は自室にポツンと一人取り残される。
夕日に照らされた、窓の外に見える自分の屋敷の広い庭を見て、再び考え込む。
自分は多くを積み上げてきた。
積み重ねた努力が今の幸せを作っている。
ただ、それだけではないことを彼はもちろん知っている。
自分の努力と今の幸せの後ろにある、大きな闇の存在を。
「天罰と言うことか……」
地離は、子鉄ユウガの昨日の笑顔を思い出す。
(きっと彼女は、ワタシに裁きを与えに来た天使……、いや、地獄からの使者に違いない)
物思いにふけった後、彼は腹を決める。
「あなたー? まだー?」
下の階から妻・洋子の声が掛かる。
「ああ、今行くよ」
地離レスルは普段仕事が忙しいため、職場で寝泊まりするか、家に帰ることがあっても夜遅いかのどちらかである。
週一で早く帰れる日はあるのだが、ほとんど家にいない彼は、家族内で肩身の狭い思いをしていた。
「久しぶりねー! 四人でこうやってご飯を食べるのは」
洋子は嬉しそうにキッチンから食事を運んでくる。席にはすでに奈々花と美奈が座っていた。
何人もいる使用人の中には、料理を作ることができる人もいる。
地離は洋子に、使用人に食事を作らせるよう言ったのだが、子供たちには自分の手料理を食べさせてあげたい、と頑なに首を縦に振らない。
「本当だな。すまない、最近忙しくてな……」
「良いのよ、ご苦労様」
今の彼には、妻の言葉は心によく染みた。
「四人でおいしいもの食べに行くか」
「やったー!」
「「……!!」」
地離の急な発言に、次女・美奈は喜びを露わにするが、妻・洋子と長女・奈々花は目を丸くして驚く。
こういった提案の発案者は、いつも洋子か美奈と決まっていた。珍しい彼の発言に、一瞬二人は固まってしまった。
「美奈ねー、お寿司が良い!」
「そうかー。父さんの知っている、とびっきり旨い寿司屋さんに連れて行ってやろう」
地離にとって、ぎこちなくも幸せな時間がゆっくりと過ぎていった。
「今日、どうしたの? なんか、あなたらしくなかったと言うか……」
「ああ、そうだな」
自分の話さなければならない隠し事を、洋子に話すタイミングを地離は窺っていた。
「お前が、思念リスの契約者じゃなくて良かった……」
「……?」
夫婦はガレージで夜空を眺める。
地離は未だかつて、この何もない夜空をここまで美しいと感じたことは無かった。吹き抜ける冷たい夜風も、また心地よい。
「ワタシは、何も目に入っていなかったんだな」
地位と金を求めてきた半生が、どれだけ狭く、閉ざされた世界だったかを彼は思い知る。
他者からの承認、評価に重きを置いていた人生がどれほど馬鹿げていたのかを思い知る。
(あの何もない夜空でさえ、今のワタシよりは遥かに美しいだろう)
「行くかー」
「どこに?」
「けじめを付けにさ」
数日後、船ドラゴン「リチャ」体内、シンビオシス・アジトにて―――
「ユウガはいるか?」
「彼女なら今、買い物に出かけているよ」
黒騎士の「キシ」が、ユウガのワイフォンを持ってリビングに行くと、そこにはエデンがソファーに腰かけていた。
「電話が鳴っていたから教えてやろうと思ったんだが……」
キシが手に持つワイフォンは鳴動していた。
「『地離レスル』と画面に表示されてるぞ」
キシのその発言を聞き、エデンは眉をピクリと動かす。
「ユウガには後で謝っておこう。僕が代わりに取るよ」
エデンはユウガのワイフォンを渡すよう、キシに要求する。
キシは着ている鎧をカチャカチャと言わせながら、エデンの方に近づいて手渡しした。
「もしもし、こちらエデン、シンビオシスのリーダーです。うちのメンバーにどんなご用件で?」
『「Ku‐Ro」株式会社、代表取締役の地離レスルだ。ちょうど良かった、あんたと話がしたかったんだ』
地離の目的は、初めからエデンだった。
地離がユウガの配下となって数日。その事実は、もちろんエデンも知っていた。
「話というのは?」
『今ワタシは「Ku‐Ro」の社長を辞任しようと考えている。全ての罪を自白して』
地離は断罪を渇望していた。誰でもいいから自分を裁いてくれる人を……。
『そこで、頼みがあるんだ。ワタシの持つ資産の大部分を受け取ってくれないか?』
「話が見えませんね」
『ワタシの生み出した富は、三長会の闇の力によるものが多くを占める。空路をイアの空に敷設できたのも、彼らが政府に働きかけたからだ』
地離と三長会は、どちらも自分の利益のために利用し合ってきたのだ。
『そんな汚いお金を家族に残すわけにはいかない。ワタシの資産を狙ってくる輩も現れるだろう。危険に晒すことはできない。彼女たちは、全くの無関係なのだから』
彼の声は、実に真剣なものだった。
『家族には、これから生きていくのに足りる分だけを残すつもりだ。シンビオシスのキャプテン・エデン、残りの分を受け取ってもらえないか?』
エデンは少し間を空けて考える。
「なぜ僕たちに渡そうと?」
『私も裏の人間だ。「CGW」という言葉を知っている。子鉄ユウガは、自分たちがそれを制すことができると言っていた。これは君たちへの投資なのだ』
「なるほど、求めるリターンは?」
『三長会を倒すこと。奴らはこの世で最も悪だ。構成員の一人だったワタシが言うのも、おかしなことだがな』
エデンは、再び考え込む。
「わかりました。ただ、僕たちも闇の組織。世間一般的に、悪であることに変わりはありませんよ。そんなところへの投資で良いんですか?」
『まあ、構わん。元々汚れたお金なんだ』
地離は話しながら、残虐な笑みを浮かべていた少女のことを思い出す。
(子鉄君、ワタシと君は性別も年齢もまるで違うが、闇の人間という点では同じだ。闇を住処とする人間の行きつく先は、きっとどれも同じなんだ)
『あと一つ、頼みがある』
「なんです?」
地離の追加の願いを、エデンは尋ねる。
『子鉄ユウガに伝えて欲しい。3日後の正午、AKホテルの屋上にて待つと。決闘の申し出だ』
「……了解です。伝えておきましょう」
◇
翌日の夕方、地離レスルの記者会見が行われた。
内容は、裏社会とのつながりや自分の行ってきた罪の告白。そして、関係者への深い謝罪の弁だった。
殺人指示や恐喝指示、三長会への情報提供、その他犯罪への関与などが公にされ、彼はその責任を取り、「Ku‐Ro」社の代表取締役を辞する旨を表明した。
その次の日は、どの新聞にも一面で記者会見のことが掲載され、その日中、ニュースの話題は偽りの敏腕経営者のことで持ち切りだった。
三長会・黄河派アジトにて―――
豪華なソファーに、横たわっている男がいる。
「おい、どうなってやがる? なんで地離が謝罪会見なんて開いてやがるんだ?」
三長会若頭・黄河は、赤ワインを片手に自分の派閥のメンバーに問いかける。
光沢のある金髪をオールバックにした、かなり派手な見た目の男である。
「それが、その……、分かりません……」
「ああ?」
黄河は、その目の圧力で先を促す。
「じ、実は数日前に、我々黄河派のメンバーの一人が、ラス・ファミリーとカイ・ファミリーに関するデータを地離から受け取りに行ったはずなんですが、それっきり戻っていません……」
「なぜ報告を怠った? 回答次第じゃあ、分かってるよな?」
「ひいいい! 帰りに少し時間が掛かっているとか、大した問題じゃないと思ったので、黄河の兄貴に知らせる必要はないと判断しました! 本当にすいません!」
何度も頭を下げる部下に、黄河はジリジリと近寄っていき、鋭い眼光を部下のつむじへと向ける。
「次はねえぞ」
部下の頭を見下ろしながら静かな声でそう言うと、元いたソファーに戻っていく。
「おそらく、誰かが地離を脅したんだ。戻って来ねえそいつも殺されてるに決まってる。ラス・ファミリーとカイ・ファミリーのデータもそいつの手中だ」
黄河は自分の推論を展開する。
「地離の立場はビミョーだからな。表の人間でもあるし、裏の人間でもある。そこをつかれたんだ」
「地離の裏切りの可能性はないですか、兄貴?」
「ねえな。奴だってそんな馬鹿じゃねえ。誰だって俺らを敵に回したくはねえだろ」
部下の反論に対し、黄河は確信を持って即答する。
彼は地離レスルという男のことをよく知っていた。彼にそんな度胸はない。
「地離の上納金が無くなるのは痛すぎるな。あと、あいつから入ってくる情報も無くなるのか」
地離は戦力としては役に立たなかったが、金と情報の面で、三長会への貢献度は高かった。
「さがせっ! これは俺たちへの宣戦布告と取れる! 地離を脅した人間を探し出せ!」
「了解です、兄貴!」
部下は黄河の指示を受けると、慌ただしく部屋から出ていった。
「ラス・ファミリーとカイ・ファミリーの始末は遼河に委託するか。強烈に舐めやがって! ぜってー見つけ出して、強烈に教え込んでやる! 三長会に、俺らに手ー出したらどうなるか!」
八併軍本部にて―――
「どう思う?」
「十中八九、子鉄ユウガが関わっているだろう」
「三長会か。ここに来てS級対象がもう一つ出てくるなんて……」
銅亜、ノロシマ、コウジロウの三人は、総督室でニュースを見ていた。
コウジロウは地離の会見を聞き、「三長会」という大物が関与していたことを嘆く。
世間の三長会への関心度が高まってしまった。こうなれば、八併軍は動かざるを得なくなる。
シンビオシス討伐へ向けて動いていた彼らにとって、これは悪い流れだった。
「銅亜、見て見ろ。もうこんなに色々言われているぞ」
「どれどれ」
ノロシマは、自身の持つノートパソコンを銅亜に見せる。
『これって社長はもちろん悪いけど、極道野放しにしてた八併軍も悪いんじゃね?』
『それマジ思った!』
『八併軍無能で草』
『シンビオシスよりもこっち先じゃね?』
『それな↑』
インターネットの匿名掲示板に、好き勝手書かれている。
「あー、頭痛くなってきた。何も分からないくせに」
銅亜は机を思いっきり叩く。
ここ最近の彼は本当に忙しい。歴代でも、ここまで忙しかった総督は数えるほどである。
「毎度のことだろ。彼らにキレても仕方がない。大事なのは解決策を考えることだ」
ノロシマが客観的視点に立って話す。
「優先順位を決めよう。さすがにシンビオシスと三長会を同時に相手にするのは骨が折れる。一つずつ片を付けるべきだ」
「まあな。とりあえず優先はシンビオシスだ。この方針は変えない。三長会はその後」
参謀の意見を受け、総督は判断を下す。
「しかし、もしうちとシンビオシスの争いの最中に、三長会が割り込んできたらどうします? 彼らに漁夫の利を与えてしまいますよ?」
コウジロウが疑念を口にする。
今、八併軍と三長会、そしてシンビオシスは、キューブの命運を左右する三つ巴の関係にあると言える。
「そうだ。全戦力をシンビオシスには割けない。想定外に対応するため、予備の戦力も確保しておく必要がある」
ノロシマの頭の中ではすでに、その戦力の分配まで済んでいた。
「子鉄ユウガを早めに始末したいが、どういうわけか全く姿を現さない。戦士はきちんと配置できているはずなのにだ」
「彼女は今、神出鬼没だ。中心球内のあちこちで目撃情報が出ているが、なぜか捜査網に引っ掛からない。まるで、こちらの手が見透かされているようだ」
銅亜とノロシマは、八併軍が公表している最重要指名手配者について不審に思う。
彼女を捕まえることができない原因が、彼らには分からなかった。
「十奇人会議を開く、今度は全員参加だ。直ちに今行っている任務を中断させ、10人全員を中心球に集める」
銅亜は声を張り、無理やりにでも気持ちを昂らせる。
これはもはや戦争だ。
これから戦争が始まる。
お読みいただきありがとうございました。




