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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第四章・空の支配者編
71/117

二つの弱み

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 中心球、ジョウト・エリア。

 その上空。


 一匹の黒竜が大きな翼を広げ、ゆっくりと飛行している。そのファンタジー染みた雄大な姿は、本来人の住む地では見られないため、中心球の景観に合わない。

 そんな竜の上に、2人の人影がある。


「黒騎士、思念リス、渡す、アタイに」

「悪いが、生憎(あいにく)俺は持ち合わせていなくてな」


 一人は黒竜の主「キシ」。

 そのキシに、思念リスを譲渡するよう要求しているのが、三長会若頭・長江である。


「まさか、地上からここまで跳んでくる人間がいるとは驚きだ」

 キシは、ついさっき、地上から跳躍して竜に飛び乗ってきた女性を見据える。彼にとってこれは衝撃的な出来事だった。


「おそらく俺がこれまで見てきた人間の中で、最高の身体能力をしているよ、あんた」

「光栄、でも思念リス、渡す」

 長江はキシの称賛を軽く流し、右手を差し出す。早く寄こせ、というジェスチャーで話題を逸らさない。


「だから、俺は持っていない」

「持ってる奴、どこ行った?」

「俺にもわからん。自分で探すんだな」


 長江は舌打ちをすると、竜から飛び降りようとする。

「お前、構う暇、ない」

「そうか」


 ヒューン!

 長江は躊躇(ちゅうちょ)なく、上空約600メートルの位置から飛び降りた。


「ん、あれは? 車が空を飛んでいる?」

 キシは前方に、街の上空を飛行する一台の車両を発見した。

「イアじゃあるまいし、まさかな……」


    ◇


「ワタシはこの中心球に、志の大統領に用があって来たんだ」

「知ってますよ! 空路敷設案、フラれたんですよね?」

「うるせえわ!」


 私の読みだと、彼が中心球へ来た理由は、志の大統領に会うためだけじゃなかった。

 そしてそれがさっき、思念リスで彼の頭を覗いた時に正しかったと確認できた。


「三長会、黄河派の人に会いに来たんですよね」

「ちっ、お見通しかよ……」

 地離は不貞腐れたように視線を逸らす。


「情報を売るためにですよね?」

「そうだ。ジョウト・エリアで会う約束をしている」


「なあ、そろそろハンドルを握ってくれないか?」

「あっ!」

 現在、私たちの乗っている車は空を飛んでいる。

 私が運転席にいるのだが、ハンドルは握っていない。すっかり忘れていた。


「あの自然公園に不時着しましょう!」

「大丈夫なんだろうな!?」

 慌ててハンドルを握りしめ、フロントガラスから見えた、広いスペースのある自然公園への不時着を試みる。


 グオン!

 レバーで車両の飛行中の傾きを調整するようだが、そのさじ加減が意外と難しい。

 下げ過ぎて、車体がほぼ垂直になったり、間違って上げ過ぎたことにより、車体が上方向に向いてしまったりする。


「おいおいおいおい! ワタシが運転変わってやるよ! 頼む!」

「ダメです! 座っていてください。撃ちますよ?」


 車体を空中で上下左右に蛇行させながら、自然公園への着地に向けて高度を下げていく。

 どうにか安定した滑空に持っていきたいが、上手くいかない。絶望的にセンスがないのだろうか。


「どうすんだ!? 死んじまうぞ!!」

「うーん……」

 ちょっとだけ考える。


「ダメそうなんで、途中で降りましょう!」

「はああ!?」

 無理っぽいかな、そう判断した私はこの車を乗り捨てる決断をした。


 徐々に地面が近づいてくる。

 その地面に対して車はほぼ90度で突っ込んでいく。


「私の合図で飛びますよ!」

「ああああああ!! 最悪だああああああ!!」

 ハンドルを完全に放し、扉に両手を添える。


「今です!」

「ぬおおおおおおっ!!」

 地離は雄叫びを上げながらドアを開け、地面にダイブする。私も受け身を意識しながら飛び下りる。


 ドッガーーーーーーン!! ボボーーーーーーン!!

 空飛ぶ車は地面に落下した後、激しい炎を上げて燃え上がった。

 高そうな車なのに、もったいないことをしたな。


「話は八併軍本部で聞きます。子鉄ユウガ、地離レスル」


 私が立ち上がると、広場には、八併軍の制服を身に着けた女性の戦士が立っていた。

 どうも逃がしてくれそうにない。

「目にしたからには聞かなければなりません。あなたたちの関係性、そしてAKホテルについて」


 ああ、これはまずい。

 私は元からの立場がヤバいから良いが、この人が八併軍に情報を持ち帰れば、地離は確実に終わる。私の(たくら)みも全て台無しだ。


「恨みも何もないですけど、不都合なので死んでください!」

「レンジャー第2部隊所属、カイロ・ヒノカ、受けて立ちます!」


 ヒノカと名乗った女戦士は、両手で槍を持ち、矛先を私に向けてくる。

 対する私も、肩に乗る思念リスの顎を撫でて合図を送る。


「珍獣装備『火熊(ひぐま)』!!」

「珍獣装備『思念リス』!!」


 ボオオオン!

 ヒノカの槍形状の特殊装備が火を纏う。

「辻隊長が取り逃がした犯罪者、私が仕留めて、後で褒めてもらいます!」

 相手はやる気満々だ。


「地離さん、ここは私に任せてください! 先に行って、用事済ませてきてくださいよ!」

「わ、わかった! くっそー、何でこんなことに!」

 地離は、文句を垂れながら走り去る。


 ヒノカは槍を頭上で回転させ、火の威力を高めている。

「あなたをさっさと倒して、あの男を捕らえます!」


 槍の先端にある火が、大きな炎へと変化する。

「バフロさん直伝、必殺……」


火傘槍撃(ひがさそうげき)!!』


 ボオオオオオオ!!

 槍を前に突き出し、私の方に向かってくる。

 矛先の炎が風を受け、後方に広がる。


 ヒュン! ボオオオン!

 ナイフを一丁投げる。しかし広がった炎が、投げナイフからヒノカの身を守った。

「なるほど……」


 炎を纏った槍撃。炎が広がっている分、躱すのは困難。私の反撃も防がれる。

「私の『火傘槍撃』、躱せるものなら躱してみなさい!」

「ふひひひ」


 彼女は自分のその攻撃に自信を持っているようだ。

 崩して見せよう、その自信。


 パアアアン!

 しゃがみ込んでライフルのスコープを覗き込み、一発放つ。

 弾は一直線に斜め上方向へと飛んでいき―――、

 カーン!

 槍の矛先よりもやや下の部位に命中する。


「うわわっ!」

 槍に思わぬ衝撃を加えられたことで、ヒノカは体勢を崩した。


 彼女は、この攻撃を繰り出した場合、炎によって相手の反撃のほとんどが無効になると思い込んでいた。事実、それは正しい。

 しかし、攻撃の核となる槍自体に、側方から衝撃が加えられれば脆いものだ。


 眉間をよく狙う。

 パアアアン!

 私がしゃがんでいる横に、彼女は槍を持ったままうつ伏せで滑り込む。頭から血を多量に流し、動かない。

「さ、急がなきゃ!」


 彼女の頭を覗き込み、八併軍の戦士がどこにどのくらい配備されているのか分かった。

 八併軍はこの私「子鉄ユウガ」を探し出すために、中心球の各エリアに多くの戦士を配備したらしい。

 最速で地離と合流できるように、無駄な戦闘は避けるルートを選択するべきだろう。


    ◇


「これが、今回の成果です」

「ごくろう」


 ジョウト・エリアのとある裏路地にて、地離はUSBメモリを男に手渡す。

 男はサングラスにスーツという、いかにも裏の人間らしい恰好をしている。彼は、三長会黄河派の構成員の一人である。


「これに、ラス・ファミリーとカイ・ファミリーの勢力や構成員とその実力など、あらゆる情報が入っています」

「さすがだな。この働きぶり、そして上納金の額を見ても、お前の昇格は間違いないだろうな、地離」

「光栄です」


 ラス・ファミリーとカイ・ファミリーは、イアを拠点に活動している裏組織だ。

 先日、三長会が元締めのエリアで、そこの構成員が三長会の構成員と暴力沙汰を引き起こし、三長会所属の数名が病院送りにされたのだ。その行為に落とし前を付けるため、若頭・黄河がこの二つのマフィアを潰すべく動いている。

 地離のもたらした情報により、近いうち、黄河派がイアで抗争を起こすことになるだろう。


 その様子を陰から子鉄ユウガが眺めていた。

 彼女の肩には思念リスがいる。彼らの取引現場をユウガと共に見据えていた。

 ユウガは思念リスの顎を数回撫で、特殊装備使用の合図を出す。


「ユウガノ体ハ、モウ持タナイ。(ちから)ニ耐エラレナイ」

 思念リスはユウガに警告を出す。

 ユウガ自身も、自分の体調の悪化に気付いていた。思念リスの異能を使用するたび、とてつもない倦怠感(けんたいかん)に襲われ、その症状が徐々に酷くなってきている。


「力は必要な時に使えなきゃ意味ないじゃん!」

 それでもユウガは思念リスの警告を無視する。


「珍獣装備『思念リス』」


 今日三度目の思念リスの装着。

 この時点ですでに、ユウガが許容できる力の限度を超えている。


「ゲホゲホッ! あっ」

 その証拠に、彼女が咳き込んだと同時に手のひらに血が付着した。そして、ユウガの視界は白くフラッシュする。

「死ンデハ契約シタ意味ガナイ」

「大丈夫! 余裕!」


 視界が回復した後、今度は激しい頭痛が彼女を襲った。

「ぐっ」

 頭を押さえる。ユウガは思念リスの異能を満足に使いこなすのに、さらなる鍛錬の必要性を悟る。


「わざわざ来てもらって悪かったな。極秘データの受け渡しは、送信するより手渡しの方が安全だからな。次の上納金回収の時は、俺の方がイアに取りに行こう」

「いえいえ、他に用事もありましたから」

「ほら、これが今回の報酬だ。たんまりあるぞ」


 男は地離に、大きなキャッシュケースを渡した。地離はそれを重そうに片手で持ち上げる。

 中身は見えないが、ユウガは特殊装備により金額を把握できた。

 一億ガルド。重さにして、約10キロ。大金である。


 ユウガが、地離と男の取引現場で読み取った内容はこうだ。

 イアの三長会管轄(かんかつ)地域で起きた暴力事件の概要。若頭・黄河による、地離へのラス・ファミリーとカイ・ファミリーの情報収集依頼。

 USBに詰まっているデータの中身。そして、地離の()()()()()()である。

 地離レスルが中心球へと来た真の目的は、この集めた情報の受け渡しのためなのだ。


「へえ~、悪いおっさんだね~」

 ユウガは、不気味な笑みを浮かべて地離を眺める。


 破滅の笑み。シンビオシスの仲間たちは、彼女のこの笑みをそう呼ぶ。

 人を破滅へと導くからか、はたまた別の意味からか……。


「それじゃあな。次も頼むぞ」

「はい、任せてください」

 男は地離にそう言い残して歩き出す。暗い路地裏のさらに暗い細道に入っていこうとした。


 パアアアン!

 その時、一発の銃声がジョウト・エリアの静かな路地裏に大きく響き、こだまする。


 ほんの数秒前まで地離と話していた男が、後頭部から大量の血を流してあおむけに倒れる。

 目の前で殺害された彼を見て、地離は一瞬凍り付く。そして、ゆっくりと後ろを振り返った。


 そこにはまだあどけない顔に、「破滅の笑み」なるものを浮かべた子鉄ユウガが立っていた。

 彼女はゆっくりと地離の方へ近づいていく。


「お、お前……」

 地離は言葉に詰まる。


 ユウガは地離を素通りして、倒れている男の方に向かう。

 倒れている彼の内ポケットから先程のUSBを取り出し、手でつまんで、愕然としている中年社長に見せつける。


「貰いますね。これ」

 彼女のその言葉に、尚も彼は言葉を発せないでいる。


「このUSBには、あなたに破滅をもたらすデータが入っていますよね?」

「…………」

「まさか、空から監視していたなんてね!」


 地離レスルの情報収集手段。

 それは空路と空路タクシーを使った、空からの偵察によるものだ。空からラス・ファミリーとカイ・ファミリーを見ていたのである。

 超高性能カメラを、イアの空に浮いている輪っか状の物体と、空路タクシーの車体の下に装着することで、イアの街中を24時間隈なく監視することができる。


 カメラには、理の国で開発された最新鋭の技術「透撮(とうさつ)」機能が着けられており、建物内であったり壁で阻まれていたりする場合でも、すり抜けて撮影することが可能である。

 さらに、それに加えてズーム機能も搭載されているため、イアの街中で彼が見ることのできなかった事項はないと言える。

 破格の品ゆえ、一般の人間では手が届かないものだが、地離はそうではなかった。


 つまり、盗撮。

 れっきとした犯罪である。


「返せ」

「嫌ですよ」

「返せや!」

「やですっ!」

 地離はユウガに掴みかかろうとするが、彼の鈍い動きでは、俊敏なユウガに触れることさえできない。


「これは地離さんヤバいですねー。これが世間にバレれば、社会的に終わりますよ!」

「小娘がっ!」

「それに……」

 ユウガはポケットから自身のワイフォンを取り出す。


『倒せるのか、三長会を!?』

『分かった、三長会は抜ける。お前たちの協力者になってやろう』

 録音した音声を流す。

 そこには、地離の三長会への明確な敵対心と裏切りを示す発言がしっかりと記録されていた。


 地離は現状の整理がつかず、口をポカンと開けて呆けている。

 そんな彼の表情を見て、ユウガは彼を蔑んだような、憐れんだような笑みを浮かべる。


「私がもしこれを黄河派の人に渡したら、地離さんの命はありませんね。ここで取引した男の人を殺して、三長会から逃げた。そう思われても仕方ないですよね」

「…………」

 徐々に地離の顔が青ざめていく。


「三長会との関係を維持しつつ、私たちの協力者でいてくれるのはありがたいんですけどねー。三長会の動きも知ることができますし」

 彼はユウガと関わりを持ってしまったことを、ここにきて深く後悔した。


「でも協力者って、裏切るのが鉄板なんですよ~」

「…………」

 地離は彼女の言わんとしていることを理解する。


「要するに私は、地離さんの社会的な命と肉体的な命の両方を握っているわけです! この意味分かりますよね!」

 ユウガは満面の笑みを地離に向ける。


「言ったじゃないですか! 手下ゲットって!」

お読みいただきありがとうございました。

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