魔王誕生
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「もみ消しって、どうやってやるんですか?」
「それが得意な奴に任せるんだよ」
パン! カキイン!
AKホテルの一室、そのドアの鍵を秘書が銃で壊し、副社長と秘書の二人で部屋に押し入る。
「なんだお前たちは!?」
パン!
二人は問答無用で部屋の入居者を即殺する。
万が一に備えて、ホテル内の人間を全員殺すらしい。
私がここまで見たところ、地離はかなり慎重で冷酷な男だ。
「そんなに殺して、もみ消せるんですか?」
「ああ、可能だ。今後、ここでの出来事はカイト・エリアの七不思議とでもされることだろう」
ホテル内から人が綺麗サッパリいなくなるのだ。
テレビの特番にはされるだろうが、彼の落ち着き様を見るからに、世間がその先の真実へ気付くことはないのだろう。
地離レスルのバックには、相当大きな何かがある。そうでなければこんな芸当はできない。
「そんなことより急ぐぞ、八併軍が来てしまう。手分けして早めに作業を済ませるぞ」
4人でバラバラにホテル内の部屋を回る。
激しい発砲音と悲鳴が響き渡る。驚いて出てきた人は、自分の置かれた状況を確認できぬまま銃弾に撃ち抜かれる。
何人殺しただろう。
いちいち数えてないから分かんないや。
作業を終え、私たち4人はAKホテルの屋上へ出た。
ヘリが一台止まっている。そこから数名屋上に降りてくる。
「ご苦労、では後よろしく」
地離は、ヘリから降りてきた黒いフードを被った数名にそう言うと、すれ違うようにしてヘリの方へ歩いていった。副社長や秘書も彼に続く。
「来なさい子鉄君。案内しよう、君が契約する珍獣のもとに」
ヘリで向かった先は、カイト・エリアから数十キロ離れた街、ジョウト・エリア。通称「キューブの市場」。
世界中のありとあらゆる物が中心球には流れてくる。そして他国から入ってきた品が、このジョウト・エリアで売買されるのだ。
「この街で何をするんですか?」
街はにぎわっている。周囲の音がうるさくて、きちんと声を張らないと相手に聞こえないくらいだ。
「最近の話なんだが、ワタシたち『Ku‐Ro』は、タクシー業の他に物販運送業も始めたんだよ。ワタシの舵取りが良かったのか結構儲けが良くてね、その事務所がこの街にある」
「質問にはすぐに答えて欲しいです!」
なんか回りくどいし、ちょっと自慢を入れてくるのがうざい。
副社長も秘書も、地離と話しているとストレスが溜まることだろう。
「まあまあ、そこにいるんだよ。思念リスが」
なるほど、事務所内に匿っているわけだ。
「それでだね、ワタシは『Ku‐Ro』を、最終的にはあらゆる事業を手掛ける総合会社にしたいわけだよ。それが、敏腕経営者であるワタシに世間が望むことなのさ。凡な世間の皆様方は、ワタシが起こした事業に感謝しながら、喜んで金を落としていくことだろうね」
いちいち鼻に着く言い方をするなこいつ。聞いてないことをペラペラと。
しかし、事実として地離レスルは超敏腕経営者だ。年齢は40半ば、彼はこれからさらに会社を大きくさせ、莫大な富を生むことだろう。
「ここだ」
地離の示した建物は、商店街には異質な、味気のない大きなビルだった。
普通に名の知れた企業の本社ぐらいはある。これが、一事務所に過ぎないというのだから驚きだ。
「お疲れ様です、社長。お客様がお見えです」
事務所内に入ると、入り口にいた一人の社員が深く一礼してそう言った。
「そうか。客室にいらっしゃるのか?」
「はい。お待ちいただいています」
地離が尋ねると、その社員は1階の奥にあるドアの方に手を差し向ける。
「悪いが先に行って契約を済ましてくれ、ワタシは客人の対応をしなければならない」
「承知しました」
地離は秘書にそう言い残すと、早歩きで奥のドアの方へ行ってしまった。
彼の顔には緊張の色が出ていた。相当重要な客人らしい。
「こちらになります」
秘書に案内された部屋は、2階の会議室だった。
広い部屋の真ん中に、小動物を入れるような小さな檻がある。
「これが……」
その小さな檻の中には、通常の可愛らしいリスとはかなりイメージがかけ離れた、真っ黒な毛色に青い瞳という、禍々しく不気味な存在がそこにはいた。
あれこそが「思念リス」。
人の善意、悪意、欲、思惑、野望、過去。それらを汲み取ることのできる、世界を揺るがす新種の珍獣。
「我、王ヲ求ム」
小さな怪物は、その小さな口から言葉を発した。
青い瞳をじーっとこちらに向けて逸らさない。
「私、子鉄ユウガ。あなたと契約したいんだけど、すぐ『はい』って言ってくれると嬉しいな。無理やりさせるのは嫌だからさ」
私の後ろでは秘書が、人が腕に着ける「使役の腕輪」と珍獣が首に着ける「使役の首輪」、そして麗宮司の血の入った瓶を持って待機している。どれも珍獣を操るのに必要な要素だ。
「我、王ヲ求ム。汝ハ王カ?」
「私は王じゃないよ。でも、探すの手伝ってあげるくらいはできるかな」
と、まあまあ無責任なことを言ってみる。
「デハ、我ガ目的ヲ果タスツイデニ、汝ノ力トナロウ」
「はーい、よろしくね!」
檻の扉を開ける。中から思念リスがゆっくりと這い出てくる。
「我らが王に不破を誓わん。固き血の契約を」
私は、自分の手のひらをナイフで切る。切り口からは血が滲み、徐々に溢れるように流れ出てきた。
それを思念リスの小さな口元へと運ぶ。ペロペロと血が舐め取られる。少しくすぐったい。
私の血を飲んだ後、今度は思念リスが自身の小さな手を噛み千切り、その体内に流れる青い血を私の手のひらに注ぐ。
私は躊躇うことなく一気に飲み干した。
うえっ! プルーンの味! 苦手だ……。
これで契約は完了。
「王」への宣誓を済ませ、お互いの血液を交換する。
これらが一つでも欠如してしまうと、不完全な契約となり、一度きりの「仮契約」となってしまうのだ。
「王」が誰かは分からない。というか、その言葉が指すものが何かも分からない。
気になって文献を漁ってみたことがあるが、答えは出てこなかった。
誰も分からないのだ。
契約が完了した瞬間、私の脳内にはフィルム映像を見ているかのように、誰かの記憶が流れてきた。
きっと思念リスのものだろう。
「ああ、そっか……」
流れ込んできた記憶、その真実に一瞬戸惑ったが、私はすぐに自分の中で答えを導き出した。
「どうかされましたか?」
後ろから秘書が、私の身を案じたように尋ねてくる。
「わかった! 私が『王』になれば良いんだ!」
◇
「すまない銅亜さん。遠隔でビルを操作して仕留められる相手ではなかったらしいです。奴らと本気でやり合うなら、十奇人を全員呼び寄せる必要がありますよ」
コウジロウが銅亜に対して、彼の中のシンビオシスの評価を伝える。
「そうだな、俺が指令を出して全員集めてみよう。『三核』も含めてな」
銅亜はコウジロウの提案を受け入れる。
「もしも、あのシビノ・千一郎クラスがまだいるなら、我々十奇人の中から犠牲が出ることも覚悟するべきですね」
「彼らは、まだまだ底が知れない連中だからな。それに……」
これまで、銅亜は彼らについてある程度情報を集めてきたが、まだ肝心なことを掴めていなかった。
「彼らのアジトがまるで分らない」
現在銅亜は、シンビオシス構成員の足跡を戦士に辿らせ、居場所を突き止めようと躍起になっている。
構成員は11名いるが、その全員の向かう先がバラバラなのだ。アジトへ戻るのであれば、ある程度行き先が収束するはずである。
しかし事実、彼らの帰宅ルートは集束どころか発散していっている。そして、それを辿った先ではいつも足跡が消えるのだ。
彼らのアジトが分からなければ、作戦を始めようにも始められない。
「不可解だ……、どこに消えているんだ?」
銅亜は手を顎に当てて首を傾げる。
一方で分かったこともある。
シンビオシス内の役割分担についてである。
FW(Front Worker)、組織のために潜入や偵察等を行う最前線役職。
子鉄ユウガやシビノ・千一郎がこの役職に当たる。
MF(Middle Fighter)、FWの働きを受けて動き出す戦士達。戦士であり、組織の頭脳でもある。
シンビオシス内で「キャプテン」と呼ばれているリーダー格、エデンはここに当たるとされている。
DF(Defensive Fortress)、保護した珍獣の護衛や捕えた人質・捕虜を外敵から守るための役職。
GK(Gigantic Keeper)、シンビオシスを守る最終兵器。
銅亜は、十奇人以外が彼と対峙した場合、即座に撤退することを命じている。
役割分担とは言っても、その場の状況に応じて、彼らも柔軟に対応している。
例えば、DF役職がFWの仕事をこなすこともあるのだ。
彼らは、主に珍獣を開放する活動をしている。
八併軍が中心球へ移送している最中の珍獣を狙った強奪行為、特殊装備を所持する戦士への襲撃などである。
八併軍以外の団体が珍獣を冷遇した場合も、その団体を潰すべく、容赦なく襲い掛かる。
これまで、彼らのせいで消えた団体は20を超える。そのほとんどが裏の犯罪組織であるため、八併軍からするとありがたい働きと言えなくもない。
「子鉄ユウガの行き先は分かっているんですよね?」
「ああ、志の大統領がAKホテルに向かったと言っていた。もうすでに、戦士を派遣している。どうやら狙いは大統領ではなく、Ku‐Ro社の社長・地離レスルらしい」
「地離レスル、空の支配者ですか……。なぜ彼らが?」
コウジロウには、空路タクシー会社の社長に、珍獣開放を求めるシンビオシスが接触を図る理由が分からなかった。
「分からないが、まあ何にせよ放っておく訳にはいかない」
銅亜は、総督室に置いてある電話に手を掛ける。
「地離レスルの行き先を調べろ、悪い予感がする」
◇
「いやー、わざわざこんなところまで来ていただいて、一体何の御用でしょうか?」
地離は、来客室のソファーに堂々と座っている女性に、ごま擦りジェスチャーをしながら尋ねる。
彼女はソファーの背もたれ部分の上に両腕を乗せ、足を組んでいる。
部屋に入ってきた地離を見ると、顎でクイッと正面の席へ座るよう合図した。
「長江様直々に来られるとは、一体どんな重要なお話なのでしょう」
「長江」と呼ばれた彼女は、丈の国の民族衣装を身に纏い、その黒い生地には赤い梅模様が装飾されている。
空の支配者たる地離を顎で動かすこの女性は、キューブ最大の闇組織「三長会」の若頭であり、次期組長候補の一人だ。
「フゥーッ、聞いた話、地離、『思念リス』手に入れた?」
煙管を吹かし、カタコトの言葉で地離に問う。
地離は彼女と目を合わせることができず、質問にビクリと体を震わせた。
「答える」
「はい……、手に入れました」
地離は答えに戸惑ったが、長江の詰め寄りであっさりと返事をした。
「それ、黄河、知ってる?」
「はい……、直接お伝えしましたので……」
長江の圧に、地離はタジタジであった。
「黄河」も長江と同様に、三長会若頭3名の内の一人である。
巨大組織である三長会は、別称が「裏の八併軍」とされるほどに大きな組織であるが、派閥があり一枚岩ではない。
そして、地離レスルは三長会の隠れ組員であり、黄河派なのだ。
「フゥー、思念リス、アタイに渡す?」
「あ、いえ……、実は別の人に契約させる予定でして……」
地離はオドオドと答える。膝に手をつき、長江と目を合わせられず中央のテーブルに視線を落としている。
「ダメ、今すぐアタイに渡す」
ドン、と机に足を乗せ、俯く地離を上から見下ろす。
「それが……、もう、おそらく契約を済ましていることかと……」
長江は目の前の男の発言に、舌打ちをして胸ぐらを掴む。
「そいつ、お前が、連れてくる!」
「はっ、はいーーー!!」
地離は大企業の取締役とは思えないような、情けない声を上げて来客室から飛び出ていった。
◇
「お迎え、お願いできます?」
『拙者は今からはいけないでござる』
私は会議室で、シビノさんと連絡を取る。
やることを済ませたので、これからアジトに帰るつもりだ。
「えー、じゃあ私歩きですか?」
『いや、キシくんに頼んでみるでござる』
シンビオシスメンバーの一人、愛称「キシ」さんに私の迎えを頼んでくれるらしい。
「じゃ、お願いしますねー! 位置情報ワイフォンで送っときます!」
ドン!
私が通信を切ったのと同時に、地離が凄い勢いで会議室のドアを開けた。
「子鉄君! 契約は一旦中止だ!」
地離は汗をダラダラと垂れ流し、何かに怯えたような表情で私を見る。
「もう遅いですよ。契約しちゃいましたし」
今の私には、彼がなぜ焦っているのか、なぜ急に契約を中止させに来たのかが手に取るようにわかる。
トントン、と私は耳辺りに装着しているものを軽く叩く。
「それは……」
「珍獣装備『思念リス』です」
私は今、骨伝導ヘッドホンを装着している。
それこそまさに、思念リスが特殊装備へと姿を変えたものだ。
その異能により、私には見えている。地離の思念が。
彼を目にした瞬間、情報が骨を伝って脳内に流れ込んできた。本当に一瞬のことだった。
「私帰ります」
「は?」
地離は戸惑う。どうやら彼は、私に裏切られることを全く想定していなかったようだ。
「手に入れるものは手に入れたし、もう用はないので」
「何を言っているんだ君は!? 報酬も弾む、君の身の安全も確保する、シンビオシスなんて先の光が全く見えない集団にいる意味なんてないだろう!?」
激しく狼狽えている。必死だ。私を止めるために必死なのだ。
そりゃあそうだろう。そうしないと、彼は殺されてしまうかもしれないのだから。
「それにワタシを裏切れば、君は身の安全を保障されるどころか、大きな勢力を敵に回すことになるんだぞ!」
「知ってますよ。三長会でしょ? あなたのバックには三長会がいたんですね」
地離は自分の心を読まれたことに驚き、そして理解する。
「ならば分かるはずだ。君に命はないぞ!」
「そうですね。そして、それはあなたも同じです」
自分の感情や置かれている状況を、事実として見透かされ、私を気味悪がって見つめる。
「あなたは『思念リス』を失うわけにはいかない。なぜなら三長会の黄河って人に殺されてしまうから。もしくは、今ここに来ている長江って人に殺されるのが先かもしれませんね」
「そうだ……、そうなんだよ! 頼むから馬鹿な真似はしてくれるな!」
魂の叫びだ。駆け引きなど一切ない真っ直ぐな叫び。
それだけ彼にとって、思念リスは重要な存在だったのだ。
それを奪う。
ああ、やっぱりすごく良いよね!
「私好きなんです。人から大切な何かを奪うの」
私も、嘘偽りのない魂からの言葉を伝える。
「ほら、会議室の端っこに秘書さんがいるでしょ?」
「へっ!?」
広い部屋の角を指さし、地離の視線を誘導する。
そこには血まみれで倒れ、ピクリとも動かない秘書の姿がある。
死んでいる。私がやった。
「両手両足を撃って身動きできないようにして、その後、彼女にとって誰にも知られたくない秘密を暴きながら、ナイフでゆっくりいろんなところを刺してみたんです」
体が熱い。血の巡りが速い。
先程の超エキサイティングなシチュエーションが想起される。
「会社の利益の横領、お互い既婚者であるにもかかわらず為されていたあなたとの不倫関係。他にも色々出てきましたよ。あんなに不愛想だったのに、泣きながらすごく良い顔するんです。『許して、ゆるじて!』って言ってました」
彼女にとっての奪われたくない大切なもの。それは「秘密」だったのだ。
ああ、どんな気分だったんだろう。どんな気分で死に近づいていたのだろう。
「悪魔め……」
地離が息を吐くようにつぶやいた。
窓を開ける。
お迎えが来たようだ。結構早かったな。
「じゃあね! お互い長生きしましょうよ!」
お読みいただきありがとうございました。




