シビノVSコウジロウ
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
シビノ・千一郎は、ホテル内を風の如く駆け回る。
彼の体術レベルを鑑みれば、壁を走ることも、壁から壁へと跳び上がっていくことも容易い。
そんな俊敏性抜群な忍の相手は、珍獣装備「ビル男」を使い、ホテルを自由自在に操る「三核」麗宮司コウジロウである。
無数の槍が、絶えずシビノを襲い続ける。
戦況は、コウジロウの圧倒的優勢。シビノにとっては、敵の手中で転がされるだけの完全アウェイ状態である。
さらに、コウジロウがシビノを攻撃できるのに対し、シビノはコウジロウの姿を捉えられていない。
コウジロウが一方的な攻撃によってシビノを殺すのか、シビノが躱し続けてホテル内から脱出するのか、といった勝負構造になっている。
「なるほど、シンビオシス、確かに手ごわい」
コウジロウは、八併軍本部の総督室で感想を零す。
「なら、これはどうかな?」
パチン。
ホテル内の灯りがすべて消える。シビノは、先程自分が使った手法を返された。
「明るい暗いで実力が変わるほど、生温い鍛錬をしているつもりはないでござる」
ジャキン、ジャキン、ジャキン!
暗闇の中、視覚を奪われたシビノの周りに、コウジロウは再び槍を用意した。
そして、闇に取り残された討ち果たすべき敵目掛け、数多の鋭い矛先を一斉に突き刺す。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
しかし、見えないにもかかわらず、シビノは変わらずそれらを全て躱して見せた。
「ほう、やはり『マナ』が見えているのか」
コウジロウは、シビノが第六感を持っていることを確信する。
「コウジロウ、大統領及び警備隊等、ホテル内にいる全ての人の避難が完了した。派手にやって良い」
「はいよ、了解です」
銅亜の報告を受けて、コウジロウはギアを一段階上げる。
『硝子片砂』
ホテル内の窓ガラスが割れる。そして、その破片が竜巻のように渦を巻き、シビノに迫っていく。
小さく細かい破片が、物凄いスピードで宙を舞っている。いくら小さいとはいえ、あのスピードで人の体にぶつかれば、致命傷になり兼ねない。
「さすがに、あの中で躱し続けるのは無理でござるな……」
シビノは、自身の影に手を突っ込み、鞘に収まった刀を手にする。
彼は、脱出の機を窺う。しかし、なかなかチャンスを見出せないでいた。
(時間が必要でござる)
相手がかなりの手練れであると踏んで、シビノは長期戦を覚悟した。
「躱すだけで無理ならば、刀で捌きながら躱すでござる」
ビュオオオオオオ!
ガキン、ガキン、ガキン!
ガラス破片の竜巻を、シビノは素早い刀捌きで、自身の体に届かせない。
「はぁ、はぁ、只者でないことだけは確かでござる……」
しばらくの間「硝子片砂」を凌ぎ続けたシビノだったが、彼はロビーの中央から動けないままでいた。
コウジロウがそうさせないのである。シビノを消耗させるよう、攻撃と誘導の2つを同時に行っていた。これでは一向に、外へは出られない。
「頃合いでござるな」
変化しないこの状況を見て、シビノは自身の胸の真ん中をクシャリと掴む。
ブウウウウウウン!!
禍々しいオーラが、彼の周囲を覆う。
無数の影が、不気味にユラユラと蠢いている。
「ごん、出番でござる」
シビノの体が変容する。その変化は人の体に留まらず、真っ黒な影に覆われ、やがて四足歩行の獣と化した。
珍獣「影コン」。
「ごん」と呼ばれた、その珍獣の正式名称である。
大きな狐に、その体の周りを黒い雲が覆ったような見た目をしている。
黒霧の奥から黄色い瞳が鋭く、そして怪しく光っている。
一説では、人間に銃で撃たれた狐が、化けて出たとか出なかったとか。
「ごおおおおおおおおおん!!」
影コンは、ホテルの天井を突き破らんとする勢いで吠えた。
◇
「思念リス」は強力な新種の珍獣だ。
使い方次第で世界を取れる。
確認されているのは未だに、地離の持つ1匹のみ。
確認されているとは言っても、裏世界の中での話だ。表沙汰にはなっていない。
その異能は、人の心を読み取る「思念傍受」。
しかし、最近発見された新種であるため、その生態の多くは謎である。したがって、異能が複数ある可能性も残っているわけだ。
「逃げろー!」
「こいつ、子鉄ユウガだ!」
「早く誰か八併軍に通報しろ!」
私、子鉄ユウガは、志の大統領のいたホテルを抜けて、AKホテルに来ている。
地離レスルから「思念リス」を奪うためだ。
今、ホテル内はパニックに陥っている。
原因は私。
正面玄関から堂々と入ったところ、一般旅行客にすれ違い様に顔を見られた。
彼が通報しようとしていたので、やむを得ず首の血管をナイフで切った。どうやら私も、割と有名人になってきたらしい。
彼は私の下で呻きながら首を押さえている。間もなく死ぬだろう。
ロビーは大騒ぎだ。
赤子を抱えて外へ逃げようとする母親や、階段を上って上階へ避難しようとする男性、ただ泣き叫ぶ子供。
皆、私を怪物であるかのような目で見てくる。
ザザザザザ―――。
「シビノさん、戦闘中申し訳ないんですけど、私のライフル下さい」
『何に使うでござる?』
「思念リスを捕まえるのに必要です。急いでくれます?」
すぐに私の影から私用のスナイパーライフルが出現した。
パアアアン!
外に出ようとした赤子の親を撃ち殺す。再びロビー内に悲鳴が起こる。
死んだ母親の胸元で、抱かれた赤子は泣き続けていた。
「みなさーん! 動かないで下さーい! 動いたら撃っちゃいますよ!」
騒がしかった声が止む。静まりかえる。
逃げ惑っていた人たちが足を止める中、一人階段を駆け上がる男がいた。
パアアアン!
撃ち殺す。階段の途中でパタリと倒れた。
足元にいた男の呻き声も、もう聞こえてこない。
AKホテルに行くことは、志の大統領にバレている。八併軍がここに来るのは時間の問題だろう。
でも、人質を取っていれば簡単にホテル内には来られないはずだ。
「おめでとうございます! 皆さんは人質です。こんな経験、滅多にできませんよ!」
怯えた表情で固まっている人質たちを、元気づけるようにそんなことを言う。
まあ、誰一人として表情が緩むことは無いわけだが……。
「地離レスルという人をここに連れてきてください!」
私は、両手を挙げて固まっている従業員さんに、銃口を突き付けて脅迫する。
「は、はい……」
男の従業員さんは返事をして、エレベーターに乗り込んでいった。
しばらくして、エレベーターから3人降りてきた。
先頭を歩く中肉中背中年の男が、地離レスルその人だ。両脇には、副社長と秘書の女性が随伴している。
「株式会社『Ku‐Ro』、代表取締役・地離レスルだ。君のような貧相な娘に呼び出しを受けるのは初めてだよ」
「なんか、感じ悪いですね」
地離レスル。
顔は資料で知っていたが、話してみた印象は最悪だ。年齢に合わない金髪ヘアーが鼻につく。
スチャ。カチャ。
私がライフルの銃口を地離に向けると、副社長の方が彼を庇い、秘書がハンドガンを私に突き付けてきた。
「彼らはね、副社長と秘書であり、ワタシのボディーガードでもあるんだよね」
地離はタバコを吸い始める。ロビーのソファーに腰を掛け、足を組む。さすがに大企業の社長なだけあって、貫禄はある。
私も彼の対面に座った。
「思念リス、もらって良いですか?」
「いいぞ。ただし条件がある」
良いんだ。
想定外の返答だ。
「なんです?」
「ワタシの部下にならないか?」
なにゆえ犯罪者の私を部下にしたいのか。
メリットなんてないはずだ。
「シンビオシスなんて未来の無い集団に組するよりは、随分建設的な提案だと思うがね」
地離は嫌味ったらしくそう言った。
「何が目的なんです?」
単刀直入に尋ねる。意図が分からなさ過ぎて、気持ちが悪い。
「思念リスの契約者になって欲しいんだよ」
「なるほど……」
「ワタシたちでは、契約できたとしても扱えないんだ。都合の良い戦士を探していたところだ。報酬は十分期待して良いぞ」
確かに、彼らにとって私は都合の良い戦士だ。
彼らは、「思念リス」を表に出さず使用したいのだ。しかし、一般人では特殊装備を満足に扱えない。だから戦士を探しているのだ。
この場合、八併軍の戦士では駄目だ。
彼らは表で活躍する人間であるため、この件が表沙汰になりやすいうえに、協力を得られにくいだろう。
その点私は裏の人間。地離は私の方が利用しやすいと考えたわけだ。
「部下じゃなくて、協力者なら良いですよ。でも、今私めちゃめちゃ指名手配食らってますけど?」
「まあ、そこは何とかするさ。ワタシが匿ってやろう」
地離はニヤニヤと笑う。
彼は八併軍がこれから行う、シンビオシス討伐作戦のことを知っているのだ。
シンビオシス構成員が危険な立場に置かれることを知っていて、ある程度協力者にする人物の目星は付けていたのだろう。
金と身の安全の保障という、甘い餌をぶら下げて協力を得るつもりだったのだ。
「じゃあ、交渉成立だね」
「よろしくです」
ここで初めて、秘書の女性が銃を下ろす。
おそらく断っていたら、口封じのために発砲していたのだろう。やり口はヤクザと変わらない。
「では、子鉄君。最初の命令だ」
「部下じゃないので、命令は聞きません!」
彼の部下になったつもりはない。あくまで協力者だ。
「では、最初の依頼だ。傍聴席の彼らの口封じを」
「任せてください!」
私は、人質となっている宿泊客の方へライフルの銃口を向ける。
彼らは怯えた目で私に慈悲を乞う。
「動くな」という言葉を忠実に守ってくれた。そのおかげで、今回のこの一件は闇に消えることになりそうだ。
パアアアン! パアアアン! パアアアン!
皆さんありがとう。ご協力、本当に感謝いたします。
パアン、パアン、パアン!
副社長さんと秘書の人も、処理を手伝ってくれる。
大人しくしていても、ただただ殺されるだけだということに気付いた人質たちは、ロビー内で乱れ狂う。
外に逃げ出そうとしたものを優先的に撃ち殺し、私と地離レスルの面会が漏洩しないよう努める。
「秘書官、もみ消しの連絡を」
「かしこまりました、社長」
激しい銃声が止んだ後、地離は自身の秘書に「もみ消し」を依頼させる。
「匿うやら、もみ消すやら、絶対何かと繋がってますよね?」
私は地離に懐疑的な眼差しを向ける。
「さあ、何のことやら」
彼は取り繕った様子を見せるが、白々しく、全く隠す気がない。
「言っておくけど、ワタシを裏切ったら殺すよ?」
「あ、私もです!」
◇
「ごおおおおおおおおおん!!」
ブオオオオオオオオオン!!
影コンの咆哮が、黒い影のオーラを伴って、ホテルの最上階である12階の天井を突き破る。
天井に巨大な穴が開く。
ジャキン、ジャキン、ジャキン! ゴゴゴゴゴゴ!
ホテルの壁や床から無数の槍、そして天井からの脱出を防ぐように、巨大な手が開いた穴を塞ぐ。
影コンは跳ぶ。1階から3階、3階から5階、5階から7階……。
それを追うようにして、壁や床から数多の槍が襲い掛かる。一度落ちれば、串刺しは免れられない。
天井の穴は、巨大な手でブロックされている上、徐々に修復されていき小さくなってきている。
巨大な手の叩き落としを掻い潜り、修復されつつある天井の穴を抜け出す。この状況でそれを成すには、針の穴を通れるほどに体を細くする必要がある。
できなければ、体に無数の穴が開くことになる。
影コンにはそれが可能だった。
自身の体をミリ単位で細くする。
「そんなことが!?」
コウジロウは度肝を抜かれる。
シビノ・千一郎、そして彼の中に眠る珍獣「影コン」のこともコウジロウは知っていたが、ここに来て初出事項が出てきた。
ヒュン、ヒュオン!
影コンは巨大な手の指と指の間、そしてほぼ修復しかけていた天井の穴をすり抜ける。
ホテルから脱出し、上空に高く飛んだ。
「逃がすか。ここで仕留める」
自身のコントロール下にあるホテル内から脱出され、コウジロウはなりふり構わず奥義を発動した。
ゴゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ!
12階建てのホテルが、大きな音を立てて捻れる。グルグルと巻くように捻れ、建物は徐々に細くなっていく。
そして、ホテルそのものが巨大な槍と化した。
「ごおおおおおおおおおおおおん!!」
ブオオオオオオオオオオオオン!!
影コンは上空から槍を見据え、大きく吠えた。
大地から突き上げてくる巨大な凶器に対し、咆哮で応じる。
先程と同じように、声に影のオーラが絡みつく。
しかし今度は、さっきの倍かそれ以上の影が多量に纏わりついていた。それは単純に、威力の違いを意味する。
『大層な大槍!!』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
大技がぶつかり合う。
激しい轟音がカイト・エリア全域に響き渡った。
結果、影コンの咆哮がホテルの槍をかき消した。
その逆も言えるが、どちらにせよ影コンまでコウジロウの攻撃は届かなかった。
ブウウウン。
影コンの姿が、空中で元の忍びの姿に戻る。
ザザザザザ―――。
『シビノさん、戦闘中申し訳ないんですけど、私のライフル下さい』
「何に使うでござる?」
タイミングが良いのか悪いのか、子鉄ユウガから彼に武器の注文が入る。
『思念リスを捕まえるのに必要です。急いでくれます?』
シビノは着地後、自身の影の中からユウガのライフルを取り出し、ゲートの繋ぎ先を変えて再び影の中へライフルを沈めた。
「やれやれ、自分勝手で困った娘でござるな……」
お読みいただきありがとうございました。




