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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第四章・空の支配者編
68/117

シビノVSコウジロウ

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 シビノ・千一郎は、ホテル内を風の如く駆け回る。

 彼の体術レベルを鑑みれば、壁を走ることも、壁から壁へと跳び上がっていくことも容易い。


 そんな俊敏性抜群な忍の相手は、珍獣装備「ビル男」を使い、ホテルを自由自在に操る「三核」麗宮司コウジロウである。


 無数の槍が、絶えずシビノを襲い続ける。

 戦況は、コウジロウの圧倒的優勢。シビノにとっては、敵の手中で転がされるだけの完全アウェイ状態である。


 さらに、コウジロウがシビノを攻撃できるのに対し、シビノはコウジロウの姿を捉えられていない。

 コウジロウが一方的な攻撃によってシビノを殺すのか、シビノが躱し続けてホテル内から脱出するのか、といった勝負構造になっている。


「なるほど、シンビオシス、確かに手ごわい」

 コウジロウは、八併軍本部の総督室で感想を零す。

「なら、これはどうかな?」


 パチン。

 ホテル内の灯りがすべて消える。シビノは、先程自分が使った手法を返された。

「明るい暗いで実力が変わるほど、生温(なまぬる)い鍛錬をしているつもりはないでござる」


 ジャキン、ジャキン、ジャキン!

 暗闇の中、視覚を奪われたシビノの周りに、コウジロウは再び槍を用意した。

 そして、闇に取り残された討ち果たすべき敵目掛け、数多の鋭い矛先を一斉に突き刺す。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン!

 しかし、見えないにもかかわらず、シビノは変わらずそれらを全て躱して見せた。


「ほう、やはり『マナ』が見えているのか」

 コウジロウは、シビノが()()()を持っていることを確信する。


「コウジロウ、大統領及び警備隊等、ホテル内にいる全ての人の避難が完了した。派手にやって良い」

「はいよ、了解です」

 銅亜の報告を受けて、コウジロウはギアを一段階上げる。


硝子片砂(がらすへんさ)


 ホテル内の窓ガラスが割れる。そして、その破片が竜巻のように渦を巻き、シビノに迫っていく。

 小さく細かい破片が、物凄いスピードで宙を舞っている。いくら小さいとはいえ、あのスピードで人の体にぶつかれば、致命傷になり兼ねない。


「さすがに、あの中で躱し続けるのは無理でござるな……」

 シビノは、自身の影に手を突っ込み、(さや)に収まった刀を手にする。


 彼は、脱出の機を窺う。しかし、なかなかチャンスを見出せないでいた。

(時間が必要でござる)

 相手がかなりの手練れであると踏んで、シビノは長期戦を覚悟した。


「躱すだけで無理ならば、刀で(さば)きながら躱すでござる」

 ビュオオオオオオ!

 ガキン、ガキン、ガキン!

 ガラス破片の竜巻を、シビノは素早い刀捌きで、自身の体に届かせない。


「はぁ、はぁ、只者でないことだけは確かでござる……」

 しばらくの間「硝子片砂」を凌ぎ続けたシビノだったが、彼はロビーの中央から動けないままでいた。

 コウジロウがそうさせないのである。シビノを消耗させるよう、攻撃と誘導の2つを同時に行っていた。これでは一向に、外へは出られない。


「頃合いでござるな」

 変化しないこの状況を見て、シビノは自身の胸の真ん中をクシャリと掴む。


 ブウウウウウウン!!

 禍々(まがまが)しいオーラが、彼の周囲を覆う。

 無数の影が、不気味にユラユラと(うごめ)いている。


「ごん、出番でござる」

 シビノの体が変容する。その変化は人の体に留まらず、真っ黒な影に覆われ、やがて四足歩行の獣と化した。


 珍獣「(えい)コン」。

「ごん」と呼ばれた、その珍獣の正式名称である。


 大きな狐に、その体の周りを黒い雲が覆ったような見た目をしている。

 黒霧の奥から黄色い瞳が鋭く、そして怪しく光っている。

 一説では、人間に銃で撃たれた狐が、化けて出たとか出なかったとか。


「ごおおおおおおおおおん!!」

 影コンは、ホテルの天井を突き破らんとする勢いで吠えた。


    ◇


「思念リス」は強力な新種の珍獣だ。

 使い方次第で世界を取れる。


 確認されているのは未だに、地離の持つ1匹のみ。

 確認されているとは言っても、裏世界の中での話だ。表沙汰にはなっていない。


 その異能は、人の心を読み取る「思念傍受(しねんぼうじゅ)」。

 しかし、最近発見された新種であるため、その生態の多くは謎である。したがって、異能が複数ある可能性も残っているわけだ。


「逃げろー!」

「こいつ、子鉄ユウガだ!」

「早く誰か八併軍に通報しろ!」


 私、子鉄ユウガは、志の大統領のいたホテルを抜けて、AKホテルに来ている。

 地離レスルから「思念リス」を奪うためだ。


 今、ホテル内はパニックに陥っている。

 原因は私。


 正面玄関から堂々と入ったところ、一般旅行客にすれ違い様に顔を見られた。

 彼が通報しようとしていたので、やむを得ず首の血管をナイフで切った。どうやら私も、割と有名人になってきたらしい。

 彼は私の下で呻きながら首を押さえている。間もなく死ぬだろう。


 ロビーは大騒ぎだ。

 赤子を抱えて外へ逃げようとする母親や、階段を上って上階へ避難しようとする男性、ただ泣き叫ぶ子供。

 皆、私を怪物であるかのような目で見てくる。


 ザザザザザ―――。

「シビノさん、戦闘中申し訳ないんですけど、私のライフル下さい」

『何に使うでござる?』

「思念リスを捕まえるのに必要です。急いでくれます?」

 すぐに私の影から私用のスナイパーライフルが出現した。


 パアアアン!

 外に出ようとした赤子の親を撃ち殺す。再びロビー内に悲鳴が起こる。

 死んだ母親の胸元で、抱かれた赤子は泣き続けていた。


「みなさーん! 動かないで下さーい! 動いたら撃っちゃいますよ!」


 騒がしかった声が止む。静まりかえる。

 逃げ惑っていた人たちが足を止める中、一人階段を駆け上がる男がいた。


 パアアアン!

 撃ち殺す。階段の途中でパタリと倒れた。

 足元にいた男の呻き声も、もう聞こえてこない。


 AKホテルに行くことは、志の大統領にバレている。八併軍がここに来るのは時間の問題だろう。

 でも、人質を取っていれば簡単にホテル内には来られないはずだ。


「おめでとうございます! 皆さんは人質です。こんな経験、滅多にできませんよ!」

 怯えた表情で固まっている人質たちを、元気づけるようにそんなことを言う。

 まあ、誰一人として表情が緩むことは無いわけだが……。


「地離レスルという人をここに連れてきてください!」

 私は、両手を挙げて固まっている従業員さんに、銃口を突き付けて脅迫する。

「は、はい……」

 男の従業員さんは返事をして、エレベーターに乗り込んでいった。



 しばらくして、エレベーターから3人降りてきた。

 先頭を歩く中肉中背中年の男が、地離レスルその人だ。両脇には、副社長と秘書の女性が随伴(ずいはん)している。


「株式会社『Ku‐Ro』、代表取締役・地離レスルだ。君のような貧相な娘に呼び出しを受けるのは初めてだよ」

「なんか、感じ悪いですね」


 地離レスル。

 顔は資料で知っていたが、話してみた印象は最悪だ。年齢に合わない金髪ヘアーが鼻につく。


 スチャ。カチャ。

 私がライフルの銃口を地離に向けると、副社長の方が彼を庇い、秘書がハンドガンを私に突き付けてきた。

「彼らはね、副社長と秘書であり、ワタシのボディーガードでもあるんだよね」


 地離はタバコを吸い始める。ロビーのソファーに腰を掛け、足を組む。さすがに大企業の社長なだけあって、貫禄はある。

 私も彼の対面に座った。


「思念リス、もらって良いですか?」

「いいぞ。ただし条件がある」


 良いんだ。

 想定外の返答だ。


「なんです?」

「ワタシの部下にならないか?」


 なにゆえ犯罪者の私を部下にしたいのか。

 メリットなんてないはずだ。


「シンビオシスなんて未来の無い集団に組するよりは、随分建設的な提案だと思うがね」

 地離は嫌味ったらしくそう言った。


「何が目的なんです?」

 単刀直入に尋ねる。意図が分からなさ過ぎて、気持ちが悪い。


「思念リスの契約者になって欲しいんだよ」

「なるほど……」

「ワタシたちでは、契約できたとしても扱えないんだ。都合の良い戦士を探していたところだ。報酬は十分期待して良いぞ」


 確かに、彼らにとって私は都合の良い戦士だ。

 彼らは、「思念リス」を表に出さず使用したいのだ。しかし、一般人では特殊装備を満足に扱えない。だから戦士を探しているのだ。


 この場合、八併軍の戦士では駄目だ。

 彼らは表で活躍する人間であるため、この件が表沙汰になりやすいうえに、協力を得られにくいだろう。

 その点私は裏の人間。地離は私の方が利用しやすいと考えたわけだ。


「部下じゃなくて、協力者なら良いですよ。でも、今私めちゃめちゃ指名手配食らってますけど?」

「まあ、そこは何とかするさ。ワタシが(かくま)ってやろう」


 地離はニヤニヤと笑う。

 彼は八併軍がこれから行う、シンビオシス討伐作戦のことを知っているのだ。


 シンビオシス構成員が危険な立場に置かれることを知っていて、ある程度協力者にする人物の目星は付けていたのだろう。

 金と身の安全の保障という、甘い餌をぶら下げて協力を得るつもりだったのだ。


「じゃあ、交渉成立だね」

「よろしくです」


 ここで初めて、秘書の女性が銃を下ろす。

 おそらく断っていたら、口封じのために発砲していたのだろう。やり口はヤクザと変わらない。


「では、子鉄君。最初の命令だ」

「部下じゃないので、命令は聞きません!」

 彼の部下になったつもりはない。あくまで協力者だ。


「では、最初の依頼だ。傍聴席の彼らの口封じを」

「任せてください!」

 私は、人質となっている宿泊客の方へライフルの銃口を向ける。


 彼らは怯えた目で私に慈悲を乞う。

「動くな」という言葉を忠実に守ってくれた。そのおかげで、今回のこの一件は闇に消えることになりそうだ。


 パアアアン! パアアアン! パアアアン!

 皆さんありがとう。ご協力、本当に感謝いたします。

 パアン、パアン、パアン!

 副社長さんと秘書の人も、処理を手伝ってくれる。


 大人しくしていても、ただただ殺されるだけだということに気付いた人質たちは、ロビー内で乱れ狂う。

 外に逃げ出そうとしたものを優先的に撃ち殺し、私と地離レスルの面会が漏洩(ろうえい)しないよう努める。


「秘書官、もみ消しの連絡を」

「かしこまりました、社長」

 激しい銃声が止んだ後、地離は自身の秘書に「もみ消し」を依頼させる。


「匿うやら、もみ消すやら、絶対何かと繋がってますよね?」

 私は地離に懐疑的な眼差しを向ける。

「さあ、何のことやら」

 彼は取り繕った様子を見せるが、白々しく、全く隠す気がない。


「言っておくけど、ワタシを裏切ったら殺すよ?」

「あ、私もです!」


    ◇


「ごおおおおおおおおおん!!」

 ブオオオオオオオオオン!!


 影コンの咆哮(ほうこう)が、黒い影のオーラを伴って、ホテルの最上階である12階の天井を突き破る。

 天井に巨大な穴が開く。


 ジャキン、ジャキン、ジャキン! ゴゴゴゴゴゴ!

 ホテルの壁や床から無数の槍、そして天井からの脱出を防ぐように、巨大な手が開いた穴を塞ぐ。


 影コンは跳ぶ。1階から3階、3階から5階、5階から7階……。

 それを追うようにして、壁や床から数多の槍が襲い掛かる。一度落ちれば、串刺しは免れられない。


 天井の穴は、巨大な手でブロックされている上、徐々に修復されていき小さくなってきている。

 巨大な手の叩き落としを()(くぐ)り、修復されつつある天井の穴を抜け出す。この状況でそれを成すには、針の穴を通れるほどに体を細くする必要がある。

 できなければ、体に無数の穴が開くことになる。


 影コンにはそれが可能だった。

 自身の体をミリ単位で細くする。


「そんなことが!?」

 コウジロウは度肝を抜かれる。

 シビノ・千一郎、そして彼の中に眠る珍獣「影コン」のこともコウジロウは知っていたが、ここに来て初出事項が出てきた。


 ヒュン、ヒュオン!

 影コンは巨大な手の指と指の間、そしてほぼ修復しかけていた天井の穴をすり抜ける。

 ホテルから脱出し、上空に高く飛んだ。


「逃がすか。ここで仕留める」

 自身のコントロール下にあるホテル内から脱出され、コウジロウはなりふり構わず奥義を発動した。


 ゴゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ!

 12階建てのホテルが、大きな音を立てて(ねじ)れる。グルグルと巻くように捻れ、建物は徐々に細くなっていく。

 そして、ホテルそのものが巨大な槍と化した。


「ごおおおおおおおおおおおおん!!」

 ブオオオオオオオオオオオオン!!


 影コンは上空から槍を見据え、大きく吠えた。

 大地から突き上げてくる巨大な凶器に対し、咆哮で応じる。


 先程と同じように、声に影のオーラが絡みつく。

 しかし今度は、さっきの倍かそれ以上の影が多量に(まと)わりついていた。それは単純に、威力の違いを意味する。


『大層な大槍(たいそう)!!』

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 大技がぶつかり合う。

 激しい轟音がカイト・エリア全域に響き渡った。


 結果、影コンの咆哮がホテルの槍をかき消した。

 その逆も言えるが、どちらにせよ影コンまでコウジロウの攻撃は届かなかった。


 ブウウウン。

 影コンの姿が、空中で元の忍びの姿に戻る。


 ザザザザザ―――。

『シビノさん、戦闘中申し訳ないんですけど、私のライフル下さい』

「何に使うでござる?」

 タイミングが良いのか悪いのか、子鉄ユウガから彼に武器の注文が入る。


『思念リスを捕まえるのに必要です。急いでくれます?』

 シビノは着地後、自身の影の中からユウガのライフルを取り出し、ゲートの繋ぎ先を変えて再び影の中へライフルを沈めた。


「やれやれ、自分勝手で困った娘でござるな……」

お読みいただきありがとうございました。

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