三核・麗宮司コウジロウ
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「お母さーん、見て見て! 100点!」
「おー! 凄いじゃない! お父さんもきっと喜ぶわよ!」
少女は無邪気にはしゃぎながら、母親に1枚のA4紙を見せつける。
そこには、右上に赤文字で100と書かれてあった。小学2年の算数のテストである。
地離家は理の国の大富豪である。
一家の大黒柱・地離レスルが、一代で築き上げた富と名声により、地離家を理の昔ながらの名家や貴族たちと対等、もしくはそれ以上の地位に立たせている。
理の国、イアの暁華街という高値の付く土地に、3000坪の敷地面積を有する大豪邸を住居としている。誰が見ても分かる、大金持ちの住まいである。
加えて、理の国内に数件別荘を持っており、使用人たちにそれらを管理させている。
家族構成は当主の地離レスル本人、妻、長女、次女の4人で、豪邸内にはさらに15人の使用人がいる。
「ちょっと遊びに行ってくる」
「あら、気を付けるのよ。暗くなる前に帰ってくるのよ?」
「子供じゃないんだから大丈夫だって!」
2階から降りてきた長女が、ワイフォンを片手で見ながら玄関を出る。
「あの子、最近帰りが遅いのよね。あの人が帰ってきたら、ちゃんと注意してもらわないと」
「お姉ちゃん、最近なんか怖い!」
長女は、中学生の年頃の女子である。最近は、家族に強く当たることが多い。
母親は彼女の反抗期に悩まされているが、自分も過去に同じ思いをしたことがあるためか、あまり強くは言えないでいた。
「お父さん、いつ帰ってくるの?」
「早ければ明日にも帰ってくるって」
「ヤッター! 帰ってきたらおいしいの食べに行ける!」
大富豪ではあるが、その実態は他の家と何ら変わらない、ごくごく普通の家庭である。
◇
「見つかりましたか?」
「今、調査させているわ」
志の大統領は、地離レスルと会ってはいたそうだが、その居場所については知らなかった。
今から居場所を知っている人を探すのも面倒なので、ここで、大統領という権力を利用させてもらう。
まさかこの短期間で、2回も大統領を人質に取るとは思わなかった。
「質問させてもらっても良いかしら?」
「答えられる範囲でなら、良いですよ!」
私は未だ、彼女の首の頸動脈あたりに刃を添えている。
警備隊の皆さんには、この部屋には踏み込まないよう伝えてある。もし踏み込んできたら、私は迷わず大統領の首を切り裂くことだろう。
「私にこんなことをしては、あなたの身が危ないのではなくて?」
「どうしてです?」
「私は大統領よ。八併軍はこの事件を見過ごすことはできないわ。あなたへのマークはさらに厳しくなるでしょうね」
何だそんなことか。
今さらですよ、そんなこと。
……ん? 「さらに」って言った?
「『さらに』って、どういうことです?」
「…………」
大統領は黙り込んでしまった。
どうやら彼女に、もう少し聞かなければならないことがあるようだ。
「七か国会談の内容を教えてもらっても良いですか? ちなみに頼んでるわけじゃないですよ。これは命令です」
「…………」
「ふーん、ダンマリですか」
ナイフをさらにグッと押し付け、次はないと脅しをかける。
「…………、会談の内容が記録されている資料があります」
「じゃ、それ見せてください」
彼女に資料を取り出させて、机に置かせる。
八併軍の財政の話や十奇人の各国駐屯案など、いろいろ書かれていたが特に気を引くものではない。
しかし、その資料の中には目を引く、いや目を留めるべき事項があった。
「シンビオシス掃討作戦……」
なるほど、八併軍の上層部は遂に動き出したわけだ。私たちの討伐を目指して……。
「作戦の成功はメンバー全員の討伐完了をもってそれとする、か……」
八併軍は私たちシンビオシスを、例外なく全員を殺すつもりだ。
そして、これからその作戦に向けて本格的に進めていくらしい。
「始めの主なターゲットは『子鉄ユウガ』。子鉄ユウガっ! わたしい!」
スラスラ読み進めていると、自分の名前が出て驚愕する。
なんと、この作戦のメインとなるターゲットは私だと言う。
つまり、八併軍が本気で取り組みだした作戦の中で、本気で捜索され、本気で殺される人間と言うことだ。なんということでしょう。
「なるほどねー。だから『さらに』って言ったのか……」
「あなたに逃げ場なんてないわ。今最もホットな犯罪者ちゃん」
「あー、立場分かっていませんねー!」
◇
「子鉄ユウガが、大統領を人質に取っている」
「おや、またですか?」
八併軍本部の総督室に男が二人。
一人は麗宮司銅亜、机に腰を掛けてもう一人と向かい合う。
もう一人は、銅亜とそんなに年の変わらない中年男性である。
麗宮司コウジロウ。
十奇人であり、「三核」の一人。銅亜とは、近い先輩後輩の関係に当たる。
筋骨隆々な肉体は、制服越しでもその存在感を隠しきれない。
タレ目で優しげな顔とのギャップが堪らないと、一部のファンからは騒がれている。
「子鉄ユウガを始末してくれないか?」
「俺にJKを殺せと……」
銅亜の指令に、コウジロウは渋る。額を手で押さえ、上を向き「うーん」と唸る。
「彼女の目的は分からないが、ガキンチョに、コケにされたままという訳にもいかないんだ」
「まあ、それはそうですよね……」
コウジロウは両手を腰に当て、ガクリとうな垂れる。
「わかりました。引き受けましょう」
彼は了承し、銅亜に背中を向ける。
「珍獣装備『ビル男』」
コウジロウは、VRゴーグル型の特殊装備を取り出し、自身の目に装着した。
彼が契約している珍獣「ビル男」は、建造物の中に入り込み、その建物を意のままに操る異能を持っている。
VRゴーグルを装着した状態で触れた建物は、使用者であるコウジロウの操作対象となり、ある程度の距離ならば、離れていても建造物の操作が可能である。その範囲は、およそ街一個分。
これらコウジロウの手中にある建造物が、カイト・エリア内には現在7か所存在する。七か国会談に出席した、各国代表たちの宿泊先である。
「そう言えば、レイアちゃんにおめでとうと伝えといてください。試験受かったそうなので」
「へー、そうなんだ」
銅亜の反応に、コウジロウは「はぁ、やれやれ」とため息をつく。
「俺はあんたのこと、良い総督と思っていますけど、父親としては最低ですね……」
「そうなの? なんで?」
純粋な銅亜の質問に、コウジロウはさらに呆れる。
「あんた、娘のことに興味なさすぎでしょ……」
「まあ、あんまり無いかも」
「はあ、レイアちゃんが可哀そうだよ」
さっきよりも深くため息をつく。
「娘は優秀なんだ。俺が何かしなくても、勝手に強くなると思うし、勝手に立派になっていくよ。これまでもそうだった」
「父親の仕事、完全に放棄してますね」
コウジロウは床に手をつき、VRゴーグルに、志の大統領の宿泊先であるホテル内の映像を映す。
「放っておいても育ってくれるんだから、親にとってこれよりありがたいことって無いよね」
「銅亜さん、あんたは人情ドラマを見漁るべきですよ」
◇
「『AKホテル』にいるらしいわ」
「やった、ありがとうございまーす!」
地離の居場所が分かった。シビノさんに位置情報を送ってもらえれば直行できる。
「でも、あなたはここから逃げられない」
志の大統領は冷たくそう告げると、私を尻目に睨んできた。
まるで、それを確信しているかのような表情だ。
「なぜでしょう?」
なぜ、そんなことが言えるのか。なぜ、そんな自信ありげな顔ができるのか。
疑念を抱く。
ガシンッ!
唐突に、私の右足に枷が嵌められる。
「うわあっ!」
枷が私を振り回す。右足についている枷は、きっちりと嵌っていて、抜け出そうにも抜け出せない。
振り回されたせいで、大統領が解放されてしまった。
ブオンブオンブオンブオン!
足枷は床と繋がっている。
さっきまでは無かったから、今出現したのだろう。
「誰かの特殊装備!」
不可思議な状況を整理し、答えを導き出す。それ以外考えられない。
ゴゴゴゴゴゴ!
天井から巨大な拳が出現する。
質感は天井のものと同じ、大きさは人一人ペチャンコに潰せる程度だ。
足枷で動きを封じられ、天井からの攻撃を避けられない。
「これは、やばいです……」
キン! ヒュン!
いきなり硬質な足枷に拘束されたと思ったら、次の瞬間には解放されていた。
誰かに体を抱えられて、513号室を脱出する。
急転直下の展開に、脳内が軽いパニックを起こす。
「無事でござるか?」
しかし、その声が私の混乱を鎮める。
シビノさんが助けに来てくれた。
彼はクナイで、私に取り付けられた足枷を一瞬にして切り落としたのだ。
間一髪、危なかったー。
「本当に! ありがとうございます!」
もの凄いスピードで駆けるシビノさんに、私は身体を抱えられながら感謝の言葉を述べた。
廊下がグニャリと回転するように捻れる。
5階から1階のロビーへ振り落とそうという意図が感じられる。
「セイヤーッ!」
シビノさんは、5階のうねる廊下から3階の廊下へと飛び跳ねる。
着地は静かだ。こういうのも忍の世界では訓練されるのだろうか。
ジャキン、ジャキン、ジャキン!
着地した瞬間、私とシビノさんは、壁や天井から生えた無数の槍に囲われる。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
串刺しにするべく、数に物を言わせた攻撃を、シビノさんは私を抱えたまま華麗に避けていく。
一体今の攻撃で、私なら何回貫かれただろうか。
「地離の居場所は掴めたでござるか?」
「AKホテルらしいです」
「よし、先に行くでござる。ここは任せてもらうでござる」
そう言うと、彼は再び跳んだ。3階から1階ロビーへ。
またしても、体幹がぶれない綺麗な着地を披露する。
「じゃあ、先に出ますよ!」
シビノさんから離れ、入り口の方に急いで駆け込む。
ドドドドド、ガシャン!
玄関の床と天井が盛り上がり、出入り口を塞がれる。
まあ、そりゃあそうだよね。簡単に逃がしてはくれないよね……。
だって、優先順位じゃあたしが一番だし。
「どくでござる!」
シビノさんの声を聞いて、咄嗟に塞がれた出入り口から距離を取る。
手のひらサイズの球状の物体が、ピッピッピッと機械音を発しながら転がっていった。
ドッガーーーーーーン!
小さな手榴弾が、耳をつんざくような音とともに炸裂する。
驚いて細めた目を開くと、さっきまで塞がっていた出口に大きな穴が開いていた。小型ながら凄まじい威力だ。
「私にはダメって言ってたのに、自分だけ使うのズルいです!」
「拙者は良いのでござる。ていうか早く行くでござる!」
穴が塞がってしまう前に脱出する。
シビノさんがあのホテルから出られるかどうかは分からないが、少なくとも、私はいない方がやり易いだろう。
「八併軍の戦士のテリトリーだったのかー」
志の大統領が、人質にされても冷静だった理由がよく分かった。
考えてみれば、大統領や国王といった重要人物がこの地に来ているのに、警備に八併軍が絡まない訳がない。そこまで考えが及ばなかったことを反省する。
「切り替えて、行きますか! AKホテル!」
お読みいただきありがとうございました。




