「思念リス」を求めて
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「起きるでござる」
「ふあぁぁぁ」
個室で気持ちよく寝ていたら、急に起こされた。大きく欠伸をする。
「ユウガちゃん、キャプテンがお呼びでござる。起きるでござる」
シビノさんの声が、寝起きの頭にガンガン響く。
心地良い朝日が差し込み、普段ならスッキリ起きられる爽やかな天候なのだが、昨日は眠るのが遅かった。睡眠欲求を満たすため、起床を拒絶する。
「嫌です! まだ寝ます!」
「ダメでござる。すぐ行くでござる」
「嫌! 変態! 出ていけ!」
そこまで言ってカチンときたのか、シビノさんは縄を放り投げ、輪っかの部分を私の足に見事絡ませる。
「嫌だー!! 眠いですー!!」
足を引っ張られ、私は強引にベッド、そして部屋から引きずり出された。
「ユウガ、君にお願いしたいことがあるんだ」
「はい……」
キャプテンルームに無理やり連れて来られると、頭がまだ回っていない状態で、依頼を受けさせられる。
私の目の前でデスクに座っている彼の名前は、エデン。
日に焼けたような浅黒い肌に、クリムゾンの髪。その頭の上には、スキーやスノーボードをするときに使用するような白いゴーグルを着けている。
私が所属する「シンビオシス」のリーダーだ。
「この前、空の支配者に会いに行ってもらったのは覚えているかい?」
「はい、でもいませんでしたよ」
通称「空の支配者」こと、地離レスル。
彼は、空路タクシー会社を運営しており、莫大な資産を保有するやり手の経営者だ。
イアの空が彼の独壇場であることから、「空の支配者」なんて大層な名前を付けられている。
私は彼に会うため、一度オフィスがあるイアの暁華街に赴いたが、不在だと言われ、会えないまま追い返されてしまった。
会社の職員に「尋ねた」ところ、七か国会談が行われるタイミングに合わせ、中心球の方へと向かったという。どうやら空路タクシーを全世界に広めるつもりらしい。
「尋ねた」とは言っても、拷問はしてないゾ! ちょっと脅迫しただけだゾ!
「これから君には、中心球の方に向かってもらって、地離の所有する珍獣を保護してもらいたい。あれは……、本来人間が扱ってはいけない禁忌の珍獣だ」
キャプテンは、私へ依頼内容を告げる。
その深刻な声色に寝ぼけていた頭が覚醒し、眠気が完全に吹き飛んだ。
「保護する珍獣って、前と同じ『思念リス』のことですか?」
「その通り。サポートにはシビノを付けるよ。でも、彼は八併軍のマークが厳しくて派手な動きはできない。引き受けてくれるかい?」
「了解でっす!」
私はビシッと敬礼のポーズを決め、キャプテンルームから出た。
リュックを背負い、身軽な服装で出発の準備をする。
武器はレッグシースに収納している小型のナイフ数本のみ。ライフルは目立つから持つな、とシビノさんに言われた。
一応顔は割れているため、八併軍にすぐ見つからないよう、黒いキャップで顔を見えにくくする。
「何か必要なものがあるなら言うでござる。拙者、作戦中は常に無線通信機を繋げておくでござる」
シビノさんが、真っ黒なトランシーバーを見せながらそう言う。私が持っているものと同じやつだ。
「ライフルとかでも良いんですか?」
「必要なら届けるでござる」
私はこれから地離がいると思われる、中心球「カイト・エリア」へ向かう。
そこは八併軍の本部があり、お尋ね者ならば普通近寄らないところだ。
私の存在がそこでバレれば、きっとすぐに取り囲まれ、捕まるか殺されるか、その先に未来はない。
「なんか私、ワクワクしてきました!」
「はしゃぎ過ぎないように、注意するでござるよ」
私たちのアジトは今、勇の国にある街の上空を飛んでいる。
なぜ飛んでいるか、それはアジトがドラゴンだからである。
もう少し分かりやすく説明すると、私たち「シンビオシス」のアジトが、珍獣「船ドラゴン」の体内にあるのだ。
船ドラゴンの体内構造は面白い。
大きな一軒家のような間取りをしており、複数の個室やリビングのようなスペースもある。11名で生活するには丁度良いくらいだ。
初め、仲間たちがドラゴンの中に入っていった時はかなり驚いたが、今では慣れたものだ。
「グオオオオオオン!」
船ドラゴンが吠え、街の近くの森へと急降下していく。
鱗の色素が薄い部分が窓のようになっており、外の景色が良く見える。
竜が飛行するこの迫力ある景色も、数か月見ていると何と言うことは無い日常だ。
ズドーン!
着陸して、尻尾の上あたりにある扉が開く。
「リチャ、行ってきます」
「グオオオン」
巨大な竜の名前を呼び、近づけてきた頭部の顎を撫でる。
さあ、この街から中心球までは、どのくらい時間が掛かるだろうか。
◇
「ほい」
「へ?」
「ほい!」
地離レスルは、業務用車の社長席でタバコを一本箱から取り出すと、隣に座る新人社員にその着火部位である先端を差し向ける。
中年社長の仕草の意味を理解できず、新人社員はあたふたと戸惑う。
「はぁ~、最近の新人はこんなことも分かんねえのか。上司にタバコを差し出されたら火をつけるんだろうが。常識身に着けろ~」
「す、すいません。ラ、ライターを持っていないものでして……」
地離は新人と一切目を合わせず、再び呆れかえった様な深いため息をついた。
「メモっとけ。これから社長と行動を共にするときは、ライターぐらい用意しとくんだな。全く、人事はちゃんと選考してるんだろうな? 給料引いてやろうか」
「私の方からきちんと伝えておきます」
助手席に座る秘書官が、これ以上地離の機嫌を損なわないよう振舞う。
「車も高級リムジンじゃなくて通常車だし、お前らワタシの事舐めてんの?」
ネチネチと続く難癖付けに、今度は運転手が反応した。
「先月、社長が、相手に威圧感を与えてもいけないから普通車にしろ、と……」
「はあ!? つまり、このワタシが悪いと? どうなんだ? 言ってみろ!」
「いえ! 我々の落ち度です! 失礼いたしました!」
運転手は、余計なことを口走ってしまったことを後悔する。
「ミスがあったのなら謝る。社会人として基礎の基礎だろう。それを言い訳から入るとは……、こんなのが増えたら、いよいよ理の国も終わりだな」
静寂が訪れる。地離の発言に、皆失言を恐れて触れようとはしない。社長自らが何か発さない限り、この沈黙は続く。
「向こうの大統領は何考えてるんだか。ワタシが生み出した画期的な文明の利器を取り入れないなど、どうかしているとしか思えない」
「社長の仰る通りです」
この場にいる運転手、秘書官、新人社員の誰も、地離の意見に異を唱えることなどできない。
彼の会社の人間でなくとも、理の中でも高位の権力者に位置する「空の支配者」相手に、意見することのできる人間はそう多くない。
「ちょっと腹立たしいんで、少々威圧的にいくとしますか」
「あのー、先日お伺いしました、地離と申しますけれども……。空路の敷設の提案をご検討していただきたく……」
地離レスルは、両手を揉むようにして、ごますりの典型的なジェスチャーを行う。
「うちは、都心部でも交通渋滞には困っていません。その件に関しては、先日きちんとお断りさせていただいたはずですが?」
相手は、志の国の女性大統領だ。
志の国は、車両の交通量が七か国中で最も少ない。
交通渋滞の度合いや交通事故の件数は、その地域の交通量におおよそ比例している。
そのため志の国は、交通部門での問題が少ないことで有名である。
地離は、交通の革新である空路の敷設を志の大統領に一度提案した。しかし、需給の不一致によって、その場で断られてしまったのだ。
そして、これが二度目のチャレンジである。
「しかしこれからの時代、経済が発展していくにつれ、交通の重要性が高まっていきます。すばやい移動が経済を回すのです。志の国も後発国とは言え、これからさらに交通量が増すことでしょう。そうなると必ず問題が出てきます。そうなる前に、手を打っておきませんか?」
地離は、志の国の空路敷設案を大統領にしつこく押す。
「私たち志の国は『後発国』であるようなので、問題が起こっていない分野に出資できるほどの余裕はありません。理の国と事情が違ってすみませんね」
「いえ……、そんなつもりでは……」
志の大統領は、「後発国」というワードに不快感を抱き、地離をギロリと睨みつける。
「それでは、私も忙しい身なので。失礼します」
そう言い放つと、地離の元から去って行った。
「ちっ、あのアマ! 下手に出てたら良い気になりやがって!」
地離は彼女が去った後、顔を真っ赤に染めて憤慨する。
「弱みだ。弱みを握って、無理やり売り込む。『思念リス』の出番だ! あれがある限り、ワタシの未来は明るい!」
◇
『地離レスルは、株式会社「Ku‐Ro」の経営以外にも、情報屋としての裏の稼ぎもあるみたいでござる』
「どうやって仕入れてるんですかね?」
『それはまだ調べている最中にござる』
勇の国のCエレベーターターミナルで、トイレの個室を利用し、シビノさんと無線でやり取りをする。
どうやら、地離レスルには後ろ暗い何かがありそうだ。
「中心球のマフィアとかヤクザとかと、繋がりあるんじゃないですか?」
『可能性は大いにあるでござる』
おお、本格的に闇の部分に近づいてきた気がする。
ワクワクゲージがさらにアップする。
「私、探ってみます!」
『ダメでござる。「思念リス」を保護したら、一刻も早く戻ってくるでござる』
「大丈夫ですって、私がこんなんで縮こまってたら、シンビオシスの名折れですよ!」
『ちょっ、まっ―――』
返事を聞かずに無線を切る。このまま話を続けても、あの人は許可なんてくれない。
まず、何から手を付けるにしろ、地離レスル本人を見つけないことには何も始まらない。
中心球へ着いたら、彼の居場所を突きとめることから始めよう。
「目的地、中心球勇の国エリアに到着いたしました。ご乗車されている方は身の安全に十分注意して、お降りください」
Cエレベーターの扉が開き、中心球の地を踏む。
さあ、地離レスルからどのようにして略奪するか。
こういうのは、考えている時間が一番楽しい。修学旅行と一緒だ。
イアにあるオフィスにいた社員は、地離が七か国会談に合わせて中心球へ向かったと言っていた。
私の読みではあるが、彼がここに来た理由は他にもあるだろう。
「とりあえず、国際会談所にでも行ってみよっかな」
カイト・エリア。
ここは他のエリアとは違って、どこかピリついたムードが街全体に蔓延っている。
国際会談所の前には誰も立っていない。
もしも、七か国会談が続いているなら、警備が厳重なはずだ。
つまり、ここには大統領やお偉いさん方はいないということだ。
ザザザザザ―――。
「こちらユウガ。シビノさん、大統領の宿泊先って分かります?」
『なぜ大統領の居場所を知る必要があるでござるか? あと、勝手に切るな』
シビノさんは、結構根に持つタイプの人だ。さっきのことをまだ怒っている。
「予想ですけど、たぶん接触があったと思うんですよね。地離とどこかしらの大統領が」
『なるほど、大統領に彼の居場所を吐かせるでござるね?』
「その通りです! 情報待ってます!」
そう言えば、シビノさんは今一体どこにいるんだろう。
必要なものがあれば届けると言っていたから、割と近くにはいるのだろうか。
『あ、ユウガちゃん、それt―――』
どうせ、深入りするなとでも言うつもりだったのだろう。
数分経って、私のワイフォンにデータが送られてきた。
各国の代表者たちの顔と、宿泊先の名前、部屋番号が載っている。
「顔ぐらい分かりますよ! あの人、私のことちょっと舐めてます?」
7人の代表者の中から、志の大統領を選び、彼女が滞在しているホテルに向かう。
なぜ、最初が志の国の大統領なのか。
それは、地離の交渉対象が志の大統領である確率が高いと考えたからだ。
最近ネットニュースの記事で、空路の敷設について取り上げられていたのを見た。
勇の国王や愛の大統領など、世界の代表者たちが空路の導入を検討していると記事には掲載されていた。実際に、工事に着手している国もある。
そんな中、名前が出てこなかったのが志の大統領だった。空路に関心を示さなかったのだろう。
今回の国際会談を利用して、彼は彼女に接触を図ったはずだ。
「うわー、さすがに厳重」
大統領の滞在先と言うこともあり、ホテルの前はガチガチに警備隊で固められていた。アリ一匹通さないつもりだ。
「シビノさん、爆弾とか閃光弾ってあります? 警備の注意を引くことができれば何でもいいんですけど」
『そう思って、準備しているでござる。今から送るでござる』
どうやって? 付近に彼の姿は見えない。
『拙者、影と影を繋ぐことができるでござる。今からユウガちゃんの影に閃光弾を送るでござる』
自分の足元の影の方に視線を向ける。
しばらくすると影の中から、ヌルッと3発の閃光手榴弾が出現した。
『今、拙者の影とユウガちゃんの影が、ワープゲートのように繋がっているでござる』
なるほど、これなら確かに遠く離れていようとも、必要なものを届けることができる。
「すごーい! ありがとうございます!」
『ユウガちゃん、さっきも言おうとしたんだけど、あまr―――』
めんどくさいので即切りする。
この警備陣形を突破し、大統領を尋問する。
もし地離の居場所を知っていなければ、大統領権限で探させるのも良いだろう。私が一人で探るよりも断然早く見つかるはずだ。
閃光手榴弾を一発高く放り投げた。
パン! キーーーン!
上空で破裂し、眩い光が不快な音を伴いながら発生する。
警備隊の目が、一瞬、完全にその光に奪われる。
その隙を逃さない。シビノさんから習った、音を消す走りで、視覚と聴覚の両方に存在を気取らせない。
「何事だ!」
「敵襲かもしれん! 大統領の安全確認を!」
第一関門突破。
彼らが慌てて周囲を警戒する時には、私はもう建物の中だ。
しかし、ここからがまた難しい。今度は警戒されている。
警備隊は、侵入された可能性も視野に入れているはずだ。建物内の警備隊は、かなり緊張感を持って動いているに違いない。
「入り口で、閃光弾が破裂したらしい。敵襲の可能性がある。建物内の警備隊は、侵入者がいないか、隈なく捜索せよ!」
ホテル内の大きなロビーから、警備隊長らしき人物が指示を送っている。
「はあぁ、結構メンドウだなー」
思わずため息が出る。
ロビーには、屈強な男性が6名いる。そして、志の大統領のいるフロアは5階だ。
しかし、あのロビーを経由しなければ階段やエレベーターは使えない。手の内がバレているため、閃光手榴弾の効果も薄いだろう。
「爆弾ください」
『ダメでござる』
シビノさんに、複数名を相手する場合、効果的な威力を発揮する凶器を所望したが、食い気味に断られてしまった。
『拙者たちが相手にすべきは、八併軍と無法者達でござる。ユウガちゃんは、一般人を殺し過ぎでござる。これ以上は許されないでござる』
「…………、じゃあ、どうすれば良いんですか?」
『まあ待つでござる。今、そのホテルのブレーカー落とすでござる。そしたらすぐに上の階へ行くでござる』
おお、凄い頼もしい。そんなこともできるんだ。
「了解です!」
しばらくして、パチンとホテル内の電気が全て消灯した。
チャンス。シビノさんが作ってくれたこの機を逃せば、次はない。
狼狽えているロビーの警備隊を無視して、階段を使い、全速力で5階まで駆け上がる。
513号室。志の大統領の部屋の前では、2名の警備隊員が銃を構えている。
そろそろ彼らも暗闇に目が慣れ始めてきた頃だろう。
「シビノさん、電気付けてください」
直後、ピカッとホテル内の全電気が復旧し、警備隊員たちは暗闇から一瞬にして、光の下に立たされる。人間であれば、この明暗の落差に即応するのは難しい。
ヒュン! ヒュン!
レッグシースから2丁のナイフを取り出し、ドアの前の警備隊員2名に向かって投げつける。
投げたナイフは、彼らが手に持つサブマシンガンに命中し、手元から離す。
「なにっ!」
「なんだ!」
一瞬の出来事に、理解が追い付いていない。
やっぱり、辻先輩って結構すごかったんだ。
私はそのまま駆け出す。
走った勢いをそのままに前方へ飛ぶ。
ドンッ!
警備隊員の脇腹目掛けて、両足での飛び蹴りをかます。
見事にヒット。勢いが乗って、蹴った警備隊員がもう一人を巻き込んで吹き飛んだ。
彼らが倒れている一瞬の隙を無駄にはしない。
すかさず、513号室の扉に向かって同じように飛び蹴りする。
ドン!
鍵が外れ、ドアが内側に開く。
中では、志の大統領が驚いた顔でこちらを見ていた。
一瞬で彼女の背後を取り、首元にナイフの刃を当てる。
「あなた、子鉄ユウガね」
「えーっ! 知っててくれたなんて嬉しいです!」
お読みいただきありがとうございました。




