試験の行く末
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
第二島、南西エリア―――
パアン、パアン、パアン!
ガキン、ガキイーン!
電撃弾を弾いた大太刀が、クロハの胴体目掛けて迫ってくる。
「おーらよっ!」
ブオン!
タツゾウの上段からの一振りを、彼女は華麗に躱す。
「クソッ! 速いな」
撃たれては弾き、振るっては躱される。
この硬直した状態に、タツゾウは煩わしさを感じ始めていた。
(身のこなしがマジで軽いな、こいつ!)
クロハは行動パターンを変えず、再び電撃弾を放つ。
彼女にとって、これは相手の動きを見極め、反撃に出るための下準備である。
しかし、タツゾウは先程までのようにカウンターを入れてこない。一度クロハから距離を取る。
先に動いたのは彼だった。
離れたところで、左足を大きく前に踏み込み、半身の体勢を取る。そして左手を前に、右手のみで大太刀を掴み、右肩で担ぐ。
彼が繰り出す煬香流の基本的な構えである。
『煬香流・間消しの歩』
ヒュ。
「なっ!」
クロハは、タツゾウの異変に気付き、さらに距離を取ろうとしたが僅かに遅かった。
タツゾウはクロハとの間合いを一瞬で詰め、左手で彼女の右前腕をガッシリと掴んだ。
「ようやく捕まえたぜ」
「クソが!! 離せ!!」
クロハはタツゾウの手を剥がそうと足で蹴り上げるが、彼の腕は微動だにしなかった。
タツゾウは、掴んだ右腕を宙に向けて投げる。
クロハの体が真上に放り出され、彼女得意の機動力が失われる。
「よっしゃ! いくぜ!」
彼は先程の『間消しの歩』と同じ構えを取り、クロハの落下を一瞬待つ。
『煬香流・梅千六本!!』
彼女の体が、自分の間合いに入ったところで大太刀を片手で振るう。
入れる力を最小限にし、鞭のように剣筋がしなる。
複数回斬り刻んだ後、彼は元の姿勢に戻った。
カラン、カラン、コロン。
「あれ?」
タツゾウの足元に落ちて来たのは、クロハが手に持っていた電気ショックガン一丁だけだった。それが、銃口から縦長に切り刻まれている。
「ぐっ!」
遅れてクロハが着地した。
彼女の右手には、森で採取したであろうツタが握りしめられている。
彼女の左半身は血まみれで、あらゆる箇所に刻まれた跡がある。
左手は、もう一丁の電気ショックガンを握るのでやっとだった。
「なるほどな! 近くの木に引っ掛けて、落下の軌道を少しだけ変えたのか! やるなお前、まさか俺の必殺の一撃を躱すなんてな!」
タツゾウは、自分の奥義が回避されたことに興奮する。
クロハはここで引かずに、一丁の電気ショックガンを右手に持ち替え、その銃口をタツゾウへと据える。
「もう見切った。所詮は初見殺しだろ? 次はない」
「どうかな。初見殺しがこれだけじゃない可能性もあるぜ!」
タツゾウは両手で大太刀の柄を握ると、今度は左肩に担ぐ。
さっきとは逆の右足を前にし、またしても半身の体勢を取りながら腰を深く落とす。
(『間消しの歩』、あれはどうやったんだ? ただの体術じゃないのは確かだから、ぜってー何か秘密がある)
タツゾウの動きをクロハは注意深く観察する。
彼女は特に、彼の一瞬で間合いを詰めることのできるスキルを警戒していた。
「クロハー、手伝おうかー?」
「ちっ、いらない! 一人で十分!」
クロハは、助けが必要だと思われていることを不快に感じ、仲間の善意からの発言に対して聞こえない程度に舌打ちをする。
『煬香流……』
(なに、間合いを消されるなら、最初から作らなければ良いだけのこと!)
新たな構えを見せるタツゾウに、クロハは電気ショックガンを片手に迫る。
ぶつかり合うは、競いを愉しむ強者の眼差し。
第二島、中央エリア―――
「「「グギャアアア!」」」
珍獣カルーラは群れを成し、大勢の受験生目掛けて火を上空から振りかける。
受験生たちはその炎のカーテンから逃れるべく、後方に急いで撤退した。
現在、レイア率いる元Dグループの徒党は、試験開始時にいた400名のうち約半数を失い、合格者数500名の中に入るべく、陣形を組んで外敵から身を守る守備的な戦術を展開していた。
南エリアでは試験開始後数十分間、十奇人スブタに動きが無かったため、他のエリアよりも比較的平穏な時間が流れていた。しかし、何の前触れもなく、いきなりスブタの広範囲攻撃が繰り出され、その近辺にいた元Dグループに多大なる被害をもたらしたのだ。
一撃で200名以上の転送者が出てしまう、この南エリアが危険であると判断したレイアは、陣取る場所を中央エリアに変更した。
「レイア様、なぜ危険な珍獣たちが多く生息している、島の中央に移ったのですか?」
ファナは主に、島内で最も危険だと言われる中央に陣を取ったその意図を尋ねる。
「十奇人と戦うより、珍獣と出くわすほうが遥かに安全よ」
レイアは答える。彼女の選択肢に、十奇人とやり合う選択肢は初めから無かった。
今、レイアとファナの目の前には第二島最大の湖が広がっている。
そして、その畔にて二人は一頭の珍獣と相対していた。
「あなたの力を貸してください」
「キュオーン!」
小さな頭部に蛇のような細長い首、体の前方にある二つの大きなヒレと後方にある二つの小さなヒレ、僅かに生えた細く短い尾。
首長列島の名前の由来でもある珍獣「ネッシー」がそこにはいた。
レイアの頼みに、ネッシーは一度だけコクリと頷き、甲高い鳴き声を空に向けて上げる。
珍獣の中では人懐っこい部類であり、向こうから見つけて寄ってくることもある。
「しかし、レイア様の系譜は『雪』。水系統のネッシーとは最適な相性とは言えません。お望みとあればこのファナ、島中、いえ列島中を探してでもレイア様に最適な珍獣を探してきますが」
「首長列島には、このネッシー以外に私の系譜に近い種はいないわ」
ファナの申し出をレイアは淡々と断る。
左手に持つ木刀で右前腕にスパッと切り込みを入れ、血液を出す。
垂れる血液を上からネッシーに飲ませ、仮契約を完了する。
その小さな頭部に優しく手を添えると、彼女は心の内に望む装備を思い描く。
「珍獣装備『ネッシー』」
ネッシーの体が眩く発光し、透き通る水色の片手剣へと変形した。
「カルーラ討伐の加勢に急いで行くわよ」
「はい」
仮契約を終えたレイアはファナを連れ、援護を要するカルーラ討伐組の元へと駆けつけていった。
討伐組は、上空から放たれるカルーラの異能による攻撃に苦戦していた。
「グギャアアア!」
ボオオオオオオ!
『不破の大盾』
紅の炎を散布するように噴射するカルーラに対して、ファナは頭上を大盾で守り、炎を凌ぐ。
その大盾の下にはもう一人、レイアが珍獣装備を携えながら攻撃の機を待っていた。
「今よファナ! 私を空へ!」
「仰せのままに」
カルーラの攻撃が途切れた瞬間を見定め、レイアはファナに指示を出す。
ファナは大盾を頭上に持ち上げたまましゃがみこみ、レイアはその盾の上に飛び乗る。
「レイア様、いきますよ?」
「ええ、いつでも」
ファナはレイアを盾に乗せたまま、上空へ向けて思い切り押し上げる。
レイアは押し上げと同時に、タイミング良くカルーラの飛び回る空へ飛び跳ねた。
「覚悟」
「「「グギャアアアア!!」」」
ボオオオオオオ!!
突如空に現れた標的に、カルーラの群れは一斉に火炎放射を浴びせる。
レイアは迫りくる炎に脇目も振らず、日に照らされて美しく輝く剣の切っ先を天へと向け、目を瞑り、自身の前方でそれを構える。
『ハイドロ・パラディンブレード』
開眼し、自身の体の周囲360度全方位に渡る斬撃を、得意の早業で繰り出す。
水を纏った斬撃はレイアを襲う炎をかき消し、さらに彼女を取り囲む多数のカルーラを斬り刻んだ。
斬撃は、凪の水面に石を落として生じた波紋の如く広がり、上空の怪鳥の群れを次々に撃ち落としていく。
その間、レイアは遥か高みから地上へと落下する。しかし、彼女の表情には焦りなど微塵もない。
軽やかに着地を決めると、地に伏している自身が斬った珍鳥の群れを見下ろす。
「うおおお! すげえええ!」
「きゃあああ! レイア様あああ!」
「あれが、十奇人を約束された奴の力か!」
数多の歓声が上がる。
誰もが認めるその実力、「麗宮司」は肩書だけではないと幾度も証明してきたレイアであったが、今の一連の戦闘行為に、当の本人だけは満足いっていなかった。
(仮契約による特殊装備とは言え、少しエネルギーを溜めるのが遅すぎました。まだまだ鍛錬が足りませんね)
一人、脳内で反省会を開くレイアに、ファナが近寄る。
「お見事です。お疲れさまでした」
「ファナもありがとう。全く、私はあなたに甘えてばかりね……」
「滅相もありません! 私はほんの少しお力添えをしたにすぎません。もっと甘えてくださっても構わないのですよ!」
「だ、大丈夫、遠慮しとくわ」
語気を強めて迫るファナに、レイアは若干の恐怖を感じて退く。
「あいつら無事かなー?」
「まあ、探しには行けないし、無事なことを祈るしかないけ」
カルーラ討伐で疲れ切り、地面に座り込むマータギとキコリは、徒党から離れたソラト達の身を案じる。
「レイア様、彼らが心配ですか?」
ファナは歩きながら、先行するレイアに尋ねる。
主の心情を探るという不敬を犯すことに、罪悪感を抱きつつも、彼女は訊かずにはいられなかった。
「タツゾウは無事でしょうね、彼はああ見えて強い。ソラトとメンコに関しては、神のみぞ知る、といったところかしら」
レイアは前を見たまま抑揚のない声で返答し、無関心な素振りを見せる。
背後にいたファナには、その表情は読み取れなかった。
僅かに苦渋の表情をしたレイアは、自身の持つ木刀に目を落として強く握る。
力なき少年が霧の中から現れ、彼女に両手で手渡したものだ。
◇
「まあ、惜しかったな」
「そんな……」
クログロスさんは、力を使い果たしてうつ伏せに倒れている僕を、上から見下ろしている。
普通に立った状態でも大きい彼が、さらに大きく見える。
「俺は、人間の五感から入り込み、幻覚作用を引き起こす特殊装備を5つ持っている。その中でも『フグ桔梗』は、触覚から入り込んで作用する装備だ。お前が見た俺は、幻だったというオチなわけだ」
「幻……」
どのタイミングで、本物と幻が入れ替わったのか。全く気付けなかった。
「二発目の『棘万本』を撃った時、すでにお前は幻を見ていた。フグ桔梗の異能は、毒とそれによって起こされる幻覚作用。さらに、幻覚作用は使用者の望むタイミングで発動させることができる。俺は、お前が巨人カブを特殊装備化したことに気付き、そのタイミングで幻覚を発動した」
一発目の前方からの攻撃を、僕は巨人カブの大剣で防いだ。
しかし二発目、真横から攻撃をしたのは、本物のクログロスさんではなく、幻によって見せられた彼の姿だったのだ。
僕はまんまとそれに引っ掛かり、会心の一撃が決まったように思い込まされてしまった訳だ。
「自分の奥義を放つ時は、確実に決まると判断した時だけにしろ」
「はい……、気を付けます……」
六さんと仮契約した時と同様、全身に激痛が走っている。
さらに、足には毒の痛みが残っており、まさに満身創痍といったところだ。
「合格だ」
「へへえっ!?」
クログロスさんの種明かしが終わり、唐突に受けた合格通知に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「おめでとう。八併軍の戦士の卵として、お前を迎え入れよう」
まだ頭の整理ができていない。
僕がこの試験に受かった? 全く実感がない。
どうして? クログロスさんが、なぜその判定をくれたのかも分からない。
「やった……」
弱弱しく喜びの声を上げ、目を瞑る。細かいことを考えられる体力は残っていなかった。
直後、意識を失い、僕の体は別の場所へと転送された。
転送の最中、夢を見た。
見覚えのない景色。前にもこんなことあったな。
空を飛んでいた。
正確には、空を飛んでいる何者かの上に、僕が乗っていた。
どこへ向かっているのだろう。
何をしに行くのだろう。
徐々に高度を下げ、視界の下にあった雲の中へと入る。
ああ、きっと雲の下に目的地があるのだ。
僕はそこへ行かなければならないのだ。
そんな気がした。
◇
「クルーズには、後でネチネチ言われること間違いなしだな」
クログロスは、原っぱに戻り、先程と同じように切り株の上に腰掛ける。
なぜ、雨森ソラトを合格にしたのか。
それは彼自身も、確固たる理由を持っているわけではなかった。
ただ、クログロスは感じたのだ。
今の八併軍には、彼のような理想論者も必要だと。
そして、あの力なき少年が内に秘めている、小さな可能性を信じずにはいられなかった。
クログロスは見た。
この試験を通して見られた、彼のわずかな可能性の先にいる―――
英雄を―――。
「がーぶーっ」
特殊装備から姿を元に戻した巨人カブが、崖を上り、クログロスの元に寄ってきた。
「お前も同じか?」
「がぶーっ」
◇
パアアアン!
1050名の試験失格者が現れ、残りが500名になった時点で第二次試験が終わりを告げる。
第二島中に散らばる勝ち残った受験生が、歓喜の声を上げ、互いに抱き合い、喜びのあまり泣き崩れ、拳を握り締めて嬉しさを噛みしめる。
アカデミー試験、受験者数5000人。
その内合格者数500人。
倍率は10倍かと思われるだろうが、実はそうではない。
この試験には、書類選考というものがあり、志願者数は、実際に受けた受験者数よりもさらに多い。
運営側が志願者を事前に調べ上げ、その上で、試験を受けることのできる4990名を選ぶのだ。
残りの10名は、十奇人の推薦枠である。
10人の十奇人が、それぞれ一人ずつ、書類選考で落とされた者の中から選ぶ。
会議等に参加しなかった十奇人の分は、クルーズが代理で選考した。
雨森ソラトは、書類選考で落とされたものの、十奇人フェンリルの推薦によって、受験者の一人としてアカデミー試験を受けることができたのだ。
奇しくもこの試験で最初に合格を勝ち取ったのは、期待値の高い多くの実力者たちを抑え、大方の予想を裏切っての雨森ソラトだった。
お読みいただきありがとうございました。




