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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
63/117

試験の行く末

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 第二島、南西エリア―――


 パアン、パアン、パアン!

 ガキン、ガキイーン!


 電撃弾を弾いた大太刀が、クロハの胴体目掛けて迫ってくる。

「おーらよっ!」

 ブオン!

 タツゾウの上段からの一振りを、彼女は華麗に躱す。


「クソッ! 速いな」

 撃たれては弾き、振るっては躱される。

 この硬直した状態に、タツゾウは(わずら)わしさを感じ始めていた。

(身のこなしがマジで軽いな、こいつ!)


 クロハは行動パターンを変えず、再び電撃弾を放つ。

 彼女にとって、これは相手の動きを見極め、反撃に出るための下準備である。


 しかし、タツゾウは先程までのようにカウンターを入れてこない。一度クロハから距離を取る。

 先に動いたのは彼だった。


 離れたところで、左足を大きく前に踏み込み、半身の体勢を取る。そして左手を前に、右手のみで大太刀を掴み、右肩で担ぐ。

 彼が繰り出す煬香流の基本的な構えである。


『煬香流・間消(まけ)しの()


 ヒュ。

「なっ!」

 クロハは、タツゾウの異変に気付き、さらに距離を取ろうとしたが僅かに遅かった。

 タツゾウはクロハとの間合いを一瞬で詰め、左手で彼女の右前腕をガッシリと掴んだ。


「ようやく捕まえたぜ」

「クソが!! 離せ!!」

 クロハはタツゾウの手を剥がそうと足で蹴り上げるが、彼の腕は微動だにしなかった。


 タツゾウは、掴んだ右腕を宙に向けて投げる。

 クロハの体が真上に放り出され、彼女得意の機動力が失われる。


「よっしゃ! いくぜ!」

 彼は先程の『間消しの歩』と同じ構えを取り、クロハの落下を一瞬待つ。


『煬香流・梅千六本(うめせんろっぽん)!!』


 彼女の体が、自分の間合いに入ったところで大太刀を片手で振るう。

 入れる力を最小限にし、鞭のように剣筋がしなる。

 複数回斬り刻んだ後、彼は元の姿勢に戻った。


 カラン、カラン、コロン。

「あれ?」

 タツゾウの足元に落ちて来たのは、クロハが手に持っていた電気ショックガン一丁だけだった。それが、銃口から縦長に切り刻まれている。


「ぐっ!」

 遅れてクロハが着地した。

 彼女の右手には、森で採取したであろうツタが握りしめられている。


 彼女の左半身は血まみれで、あらゆる箇所に刻まれた跡がある。

 左手は、もう一丁の電気ショックガンを握るのでやっとだった。


「なるほどな! 近くの木に引っ掛けて、落下の軌道を少しだけ変えたのか! やるなお前、まさか俺の必殺の一撃を躱すなんてな!」


 タツゾウは、自分の奥義が回避されたことに興奮する。

 クロハはここで引かずに、一丁の電気ショックガンを右手に持ち替え、その銃口をタツゾウへと据える。


「もう見切った。所詮(しょせん)は初見殺しだろ? 次はない」

「どうかな。初見殺しがこれだけじゃない可能性もあるぜ!」


 タツゾウは両手で大太刀の柄を握ると、今度は左肩に担ぐ。

 さっきとは逆の右足を前にし、またしても半身の体勢を取りながら腰を深く落とす。


(『間消しの歩』、あれはどうやったんだ? ただの体術じゃないのは確かだから、ぜってー何か秘密がある)

 タツゾウの動きをクロハは注意深く観察する。

 彼女は特に、彼の一瞬で間合いを詰めることのできるスキルを警戒していた。


「クロハー、手伝おうかー?」

「ちっ、いらない! 一人で十分!」

 クロハは、助けが必要だと思われていることを不快に感じ、仲間の善意からの発言に対して聞こえない程度に舌打ちをする。


『煬香流……』

(なに、間合いを消されるなら、最初から作らなければ良いだけのこと!)


 新たな構えを見せるタツゾウに、クロハは電気ショックガンを片手に迫る。

 ぶつかり合うは、競いを(たの)しむ強者の眼差し。



 第二島、中央エリア―――


「「「グギャアアア!」」」

 珍獣カルーラは群れを成し、大勢の受験生目掛けて火を上空から振りかける。

 受験生たちはその炎のカーテンから逃れるべく、後方に急いで撤退した。


 現在、レイア率いる元Dグループの徒党は、試験開始時にいた400名のうち約半数を失い、合格者数500名の中に入るべく、陣形を組んで外敵から身を守る守備的な戦術を展開していた。


 南エリアでは試験開始後数十分間、十奇人スブタに動きが無かったため、他のエリアよりも比較的平穏な時間が流れていた。しかし、何の前触れもなく、いきなりスブタの広範囲攻撃が繰り出され、その近辺にいた元Dグループに多大なる被害をもたらしたのだ。

 一撃で200名以上の転送者が出てしまう、この南エリアが危険であると判断したレイアは、陣取る場所を中央エリアに変更した。


「レイア様、なぜ危険な珍獣たちが多く生息している、島の中央に移ったのですか?」

 ファナは主に、島内で最も危険だと言われる中央に陣を取ったその意図を尋ねる。


「十奇人と戦うより、珍獣と出くわすほうが遥かに安全よ」

 レイアは答える。彼女の選択肢に、十奇人とやり合う選択肢は初めから無かった。


 今、レイアとファナの目の前には第二島最大の湖が広がっている。

 そして、その畔にて二人は一頭の珍獣と相対していた。


「あなたの力を貸してください」

「キュオーン!」


 小さな頭部に蛇のような細長い首、体の前方にある二つの大きなヒレと後方にある二つの小さなヒレ、僅かに生えた細く短い尾。

 首長列島の名前の由来でもある珍獣「ネッシー」がそこにはいた。


 レイアの頼みに、ネッシーは一度だけコクリと頷き、甲高い鳴き声を空に向けて上げる。

 珍獣の中では人懐っこい部類であり、向こうから見つけて寄ってくることもある。


「しかし、レイア様の系譜は『雪』。水系統のネッシーとは最適な相性とは言えません。お望みとあればこのファナ、島中、いえ列島中を探してでもレイア様に最適な珍獣を探してきますが」

「首長列島には、このネッシー以外に私の系譜に近い種はいないわ」

 ファナの申し出をレイアは淡々と断る。


 左手に持つ木刀で右前腕にスパッと切り込みを入れ、血液を出す。

 垂れる血液を上からネッシーに飲ませ、仮契約を完了する。

 その小さな頭部に優しく手を添えると、彼女は心の内に望む装備を思い描く。


「珍獣装備『ネッシー』」

 ネッシーの体が眩く発光し、透き通る水色の片手剣へと変形した。


「カルーラ討伐の加勢に急いで行くわよ」

「はい」

 仮契約を終えたレイアはファナを連れ、援護を要するカルーラ討伐組の元へと駆けつけていった。



 討伐組は、上空から放たれるカルーラの異能による攻撃に苦戦していた。

「グギャアアア!」

 ボオオオオオオ!


不破の大盾オリハルコン・アスピーダ

 紅の炎を散布するように噴射するカルーラに対して、ファナは頭上を大盾で守り、炎を凌ぐ。

 その大盾の下にはもう一人、レイアが珍獣装備を携えながら攻撃の機を待っていた。


「今よファナ! 私を空へ!」

「仰せのままに」

 カルーラの攻撃が途切れた瞬間を見定め、レイアはファナに指示を出す。

 ファナは大盾を頭上に持ち上げたまましゃがみこみ、レイアはその盾の上に飛び乗る。


「レイア様、いきますよ?」

「ええ、いつでも」

 ファナはレイアを盾に乗せたまま、上空へ向けて思い切り押し上げる。

 レイアは押し上げと同時に、タイミング良くカルーラの飛び回る空へ飛び跳ねた。


「覚悟」

「「「グギャアアアア!!」」」


 ボオオオオオオ!!

 突如空に現れた標的に、カルーラの群れは一斉に火炎放射を浴びせる。


 レイアは迫りくる炎に脇目も振らず、日に照らされて美しく輝く剣の切っ先を天へと向け、目を瞑り、自身の前方でそれを構える。


『ハイドロ・パラディンブレード』


 開眼し、自身の体の周囲360度全方位に渡る斬撃を、得意の早業で繰り出す。

 水を纏った斬撃はレイアを襲う炎をかき消し、さらに彼女を取り囲む多数のカルーラを斬り刻んだ。

 斬撃は、凪の水面に石を落として生じた波紋(はもん)の如く広がり、上空の怪鳥の群れを次々に撃ち落としていく。


 その間、レイアは遥か高みから地上へと落下する。しかし、彼女の表情には焦りなど微塵(みじん)もない。

 軽やかに着地を決めると、地に伏している自身が斬った珍鳥の群れを見下ろす。


「うおおお! すげえええ!」

「きゃあああ! レイア様あああ!」

「あれが、十奇人を約束された奴の力か!」


 数多の歓声が上がる。

 誰もが認めるその実力、「麗宮司」は肩書だけではないと幾度も証明してきたレイアであったが、今の一連の戦闘行為に、当の本人だけは満足いっていなかった。


(仮契約による特殊装備とは言え、少しエネルギーを溜めるのが遅すぎました。まだまだ鍛錬が足りませんね)

 一人、脳内で反省会を開くレイアに、ファナが近寄る。


「お見事です。お疲れさまでした」

「ファナもありがとう。全く、私はあなたに甘えてばかりね……」

滅相(めっそう)もありません! 私はほんの少しお力添えをしたにすぎません。もっと甘えてくださっても構わないのですよ!」

「だ、大丈夫、遠慮しとくわ」

 語気を強めて迫るファナに、レイアは若干の恐怖を感じて退く。


「あいつら無事かなー?」

「まあ、探しには行けないし、無事なことを祈るしかないけ」

 カルーラ討伐で疲れ切り、地面に座り込むマータギとキコリは、徒党から離れたソラト達の身を案じる。


「レイア様、彼らが心配ですか?」

 ファナは歩きながら、先行するレイアに尋ねる。

 主の心情を探るという不敬を犯すことに、罪悪感を抱きつつも、彼女は訊かずにはいられなかった。


「タツゾウは無事でしょうね、彼はああ見えて強い。ソラトとメンコに関しては、神のみぞ知る、といったところかしら」

 レイアは前を見たまま抑揚のない声で返答し、無関心な素振りを見せる。

 背後にいたファナには、その表情は読み取れなかった。


 僅かに苦渋(くじゅう)の表情をしたレイアは、自身の持つ木刀に目を落として強く握る。

 力なき少年が霧の中から現れ、彼女に両手で手渡したものだ。


    ◇


「まあ、惜しかったな」

「そんな……」


 クログロスさんは、力を使い果たしてうつ伏せに倒れている僕を、上から見下ろしている。

 普通に立った状態でも大きい彼が、さらに大きく見える。


「俺は、人間の五感から入り込み、幻覚作用を引き起こす特殊装備を5つ持っている。その中でも『フグ桔梗』は、触覚から入り込んで作用する装備だ。お前が見た俺は、幻だったというオチなわけだ」


「幻……」

 どのタイミングで、本物と幻が入れ替わったのか。全く気付けなかった。


「二発目の『棘万本』を撃った時、すでにお前は幻を見ていた。フグ桔梗の異能は、毒とそれによって起こされる幻覚作用。さらに、幻覚作用は使用者の望むタイミングで発動させることができる。俺は、お前が巨人カブを特殊装備化したことに気付き、そのタイミングで幻覚を発動した」


 一発目の前方からの攻撃を、僕は巨人カブの大剣で防いだ。

 しかし二発目、真横から攻撃をしたのは、本物のクログロスさんではなく、幻によって見せられた彼の姿だったのだ。

 僕はまんまとそれに引っ掛かり、会心の一撃が決まったように思い込まされてしまった訳だ。


「自分の奥義を放つ時は、確実に決まると判断した時だけにしろ」

「はい……、気を付けます……」


 六さんと仮契約した時と同様、全身に激痛が走っている。

 さらに、足には毒の痛みが残っており、まさに満身創痍といったところだ。


「合格だ」


「へへえっ!?」

 クログロスさんの種明かしが終わり、唐突に受けた合格通知に、()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。


「おめでとう。八併軍の戦士の卵として、お前を迎え入れよう」


 まだ頭の整理ができていない。

 僕がこの試験に受かった? 全く実感がない。

 どうして? クログロスさんが、なぜその判定をくれたのかも分からない。


「やった……」

 弱弱しく喜びの声を上げ、目を瞑る。細かいことを考えられる体力は残っていなかった。

 直後、意識を失い、僕の体は別の場所へと転送された。



 転送の最中、夢を見た。

 見覚えのない景色。前にもこんなことあったな。


 空を飛んでいた。

 正確には、空を飛んでいる何者かの上に、僕が乗っていた。


 どこへ向かっているのだろう。

 何をしに行くのだろう。


 徐々に高度を下げ、視界の下にあった雲の中へと入る。

 ああ、きっと雲の下に目的地があるのだ。


 僕はそこへ行かなければならないのだ。

 そんな気がした。


    ◇


「クルーズには、後でネチネチ言われること間違いなしだな」

 クログロスは、原っぱに戻り、先程と同じように切り株の上に腰掛ける。


 なぜ、雨森ソラトを合格にしたのか。

 それは彼自身も、確固たる理由を持っているわけではなかった。


 ただ、クログロスは感じたのだ。

 今の八併軍には、彼のような理想論者も必要だと。

 そして、あの力なき少年が内に秘めている、小さな可能性を信じずにはいられなかった。


 クログロスは見た。

 この試験を通して見られた、彼のわずかな可能性の先にいる―――


 英雄を―――。


「がーぶーっ」

 特殊装備から姿を元に戻した巨人カブが、崖を上り、クログロスの元に寄ってきた。


「お前も同じか?」

「がぶーっ」


    ◇


 パアアアン!

 1050名の試験失格者が現れ、残りが500名になった時点で第二次試験が終わりを告げる。


 第二島中に散らばる勝ち残った受験生が、歓喜の声を上げ、互いに抱き合い、喜びのあまり泣き崩れ、拳を握り締めて嬉しさを噛みしめる。


 アカデミー試験、受験者数5000人。

 その内合格者数500人。

 倍率は10倍かと思われるだろうが、実はそうではない。


 この試験には、書類選考というものがあり、志願者数は、実際に受けた受験者数よりもさらに多い。

 運営側が志願者を事前に調べ上げ、その上で、試験を受けることのできる4990名を選ぶのだ。


 残りの10名は、十奇人の推薦(すいせん)枠である。

 10人の十奇人が、それぞれ一人ずつ、書類選考で落とされた者の中から選ぶ。

 会議等に参加しなかった十奇人の分は、クルーズが代理で選考した。


 雨森ソラトは、書類選考で落とされたものの、十奇人フェンリルの推薦によって、受験者の一人としてアカデミー試験を受けることができたのだ。


 奇しくもこの試験で最初に合格を勝ち取ったのは、期待値の高い多くの実力者たちを抑え、大方の予想を裏切っての雨森ソラトだった。

お読みいただきありがとうございました。

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