表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
62/117

理想論者

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 湖から吹き付ける冷たい風。しかし、照り付ける温かな日差しが寒さを和らげてくれる。

 それが、僕のよく知るあの町の日常。


 三角錐湖(さんかくすいこ)(ほとり)にあるたった一本の木の下で、僕はコワンと共に居眠りをする。

 心地良い。ずっとこうしていたい。


 あれ? 僕って何してたんだっけ……。

 まあ、良いか。


「ソラト、センセが呼んでる」

 突然、頭上から声が掛かる。

 よく知る気候、よく知る景色、そしてよく知っている声。


「クロハ……、うん、今行くよ」


 まだ名前を呼んでくれていたころだ。今はもう「おい」とか「お前」でしか呼んでくれない。

 ここでうっすら気付く、ここが現実の世界ではないことを。


 クロハは僕に微笑みかけている。

 でも、目が笑っていない。疲れを滲ませている。


 どうしてもっと早く気付いてあげられなかったんだろう。

 もっと早くに気付いていれば、何か変わっただろうか。

 当時の僕はただただ鈍く、愚かにも彼女の心の叫びに全く気付くことは無かった。


「この子を(かば)うなら、私の敵だよ、ソラト?」


 僕の中のとある日の記憶。今でも忘れられない衝撃的な一言。

 あの日から、僕の日常は特段憂鬱(ゆううつ)なものになった。



 ドラミデ校5年次の夏頃、ある事件が起きた。

 女子生徒複数名によるクロハへのいじめだ。


 持ち物が外に捨てられたり、机に落書きを書かれたり、さらに悪質な行為もあったらしい。

 全部後から聞いた話で詳しいことは分からないが、加害者側のクロハに対する嫉妬心が原因だったらしい。


「クロハ、大丈夫?」

「あ、ソラト……」

 僕の(いこ)いの場であるいつもの木の下で、クロハは(うずくま)っていた。

 目がとても赤かったのを覚えている。


「私は平気! ていうか、ソラトの方がヤバいんじゃないの? 宿題、全然できてなかったじゃん!」

「あははは……、実は今日も先生と居残り授業だったんだ……」


 あの時、彼女は気丈に振舞っていたのだ。

 僕に気を遣われるのは嫌だったのだろう。


 でも今考えると、彼女はきっと気付いて欲しかったのだ。

 だから、僕がよく行くあの場所でずっと待っていたのではないだろうか。


 他愛も無い話をした後、僕は家に帰るためクロハに手を振りその場を後にする。

 去り際に見た、三角錐湖の穏やかな波を眺める彼女の姿は、とても(はかな)く、今まで見たどんな彼女よりも弱弱しかった。


 そんな状態が1か月ほど続いた。


「ふん、もういい加減、この町から出て行けよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 気が付いた時には、加害者と被害者の立ち位置が入れ替わっていた。


 (しび)れを切らしたクロハが、加害者グループの女子たちに嫌がらせを受けるたびに、ボコボコに返り討ちにするところから始まった。

 それまで、クロハは元気で明るいイメージだったのだが、この一件を機に、僕の中で暴力的なイメージが植え付けられてしまった。


 始めは、やられてやり返す、という構図だったのが徐々に変化してきた。

 加害者グループの数名がクロハ側に加わり、今度は主犯格である女子に対してのいじめが始まったのだ。

 先生たちも協力して対応していたようだが、いじめが収まることは無かった。


 いじめが続いて半年が経った時、僕はそのいじめの現場に居合わせた。

 数名で取り囲み、順番で顔面を殴る。暴行を受けている女子は、逃げることができないよう押さえられ、顔がパンパンに()れるまで殴打され続けていた。


「ク、クロハ……、もう……、やめようよ……」

 僕は勇気を振り絞り、暴行を続けるクロハに制止するよう言った。

 殴られている彼女への同情もあったが、一番の理由は、そんなクロハを見ていたくはなかったからだ。


「この子を庇うなら、私の敵だよ、ソラト?」


 クロハから向けられた、初めての攻撃的な視線だった。

 鋭く、どこまでも貫いてしまいそうなその眼光に、僕は激しく困惑した。


 その場での暴行は収まり、クロハグループはいじめていた女子を適当に放り出し、その場を離れた。

 狼狽(ろうばい)する僕の横を、クロハは流し目で睨みながら通り過ぎていった。


 結局、その子は翌日引っ越した。どこに行ったのかは分からない。

 そして、ターゲットを失った彼女の次なる標的が、そう、僕だった。


 とは言っても、僕は暴力を受けた訳でも、悪質な嫌がらせを受けた訳でもない。

 クロハグループの(さげす)みやからかいの対象となっただけだ。


 それでも彼女の影響は凄まじく、その時期から、少しずつ教室の皆の僕を見る視線は変わっていった。

 白く、冷たいものへと……。


「あいつ、クロハに悪口言ったらしいぜ」

「マジ!? 何にもできないくせに、度胸だけは一丁前なんだな、ははは!」

「ソラトって、なんかナヨナヨしてて嫌だよな」

「聞いた? 未だに動物とか昆虫の図鑑読んでるんだって!」

「何それ幼稚じゃん! きもっ!」


 クロハに異を唱えたことを後悔しているか。

 彼女との友情を失ったのだ。してないと言えば嘘になる。


 ただ、「後悔」のままで終わりたくない。


    ◇


 目を開ける。

 夢を見ていたようだ。

 懐かしくて、とても嫌な夢だ。


「あれ、僕ってなんで寝てたんだっけ?」

 起き上がって周囲を見回すと、僕以外にも、倒れて何かを呟いている人が何人もいた。


「あの、起きてください!」

 激しくゆすり、起こしてみようとするが、一向に目を覚ます気配はない。

 他の人も試すが、結果は同じだった。


「どうなってるんだろう?」

 疑問に思いながら、近くに人がいないか歩き回って探す。

 歩いた先でも、たくさんの人が同じように倒れていた。皆例外なく眠っている。


「くかー、くかー、もっと褒めても良いんだじょー」

 その中にメンコもいた。

 今度は寝たふりではない。寝息の合間に、嬉しそうな笑い声が入る。一体どんな夢を見ているのだろうか。


「ウブー、ウブー」

 隣でギャングコングも寝ている。

 確か僕とメンコは、このどでかい珍獣に追われていたはずだ。


 寝たままのメンコを背負い、ギャングコングの側を今度は逆に起こさないようにそーっと忍び足で通る。



 レイアさんたちと合流すべく、草を掻き分けながら少し歩くと、森から少し広い原っぱに出た。


「お前が、第一号か……」

 原っぱの中央にある切り株に、逃げ出したくなるほど威圧感のある見た目をした男の人が座っていた。


 十奇人のクログロスさんだ。

 これで会うのは二回目になる。


「背負っているやつをそこに降ろせ」

 言われた通りメンコをその場に降ろし、仰向けの状態で寝かせる。


「質問その一、なぜに戦士になりに来た?」

「…………、人の夢を守るためです」

「英雄になりたいということか?」

「いえ、そうではなくて……」

「世界中の人々に、幸せになって欲しいと?」

「はい……」


「質問その二、可能だと思うか?」

「…………、わかりません」


 沈黙の多い問答になってしまった。

 こんなところで、面接染みたことがされるとは思ってもみなかった。


 クログロスさんは、僕の回答を聞いてしばらく黙り込んだ。僕は立ったまま、その場で放置されてしまう。

 いたたまれない空気が漂っている。


「こんなことはあまり言いたくないが、帰ることを勧める」

 やはり印象は良くなかったらしい。これは面接の練習もする必要がありそうだ。もっと、ハキハキと答えた方が良かったかもしれない。


「あの! どうしてでしょうか!」

 切り替えて、背筋をピンと伸ばし、口を大きく開けてハッキリと発音する。挽回できるだろうか。


「いや、そう言うことじゃない。俺が言っているのは、お前の考え方のことだ。これは面接じゃないからな、この質問への回答で合否が決まるわけじゃない」

「はあ……」


 考え方?

 僕は、嘘は言っていない。何か不味いところがあっただろうか。


「戦士には、野望や欲望が必要だ。理想じゃない」

「…………」

 まだ良くわからない。難しいことを言っている気がする。


「金、女、名声、それらへの渇望(かつぼう)が強い戦士を育てる。理想では駄目なんだ」

「どうしてでしょうか?」


「理想論者の行きつく先は、バッドエンドと相場が決まっている。早死にするか、心を病むか、妥協(だきょう)に終わるか。八併軍に入れば、お前の行きつく先もきっと同じだ」


 言われて考え込む。

 じっくりと時間を掛けて考え、僕の頭に浮かんだ疑問を尋ねる。


「えっと……、八併軍って、人を助ける仕事……、ですよね……」

 クログロスさんは答えずに沈黙する。凄い話づらい。


「どうして、人の助けになりたいという願いがダメなんですか?」


 彼は沈黙を続ける。サングラスを着用しているため、表情がはっきりとは分からない。

 ただ、何かに思い悩んでいるような、そんな仕草を見せる。


「そうだな……、おかしな話だな」

 クログロスさんは、ふっ、と笑って立ち上がる。

「理由はそれだけか?」


 他の理由を聞かれ、僕はさっき見ていた夢のことを思い出した。

 湖の波音を静かに聞く、儚い幼馴染みの姿を。


「強くなりたいです。そしたらいつか、誰かの心も救えるかもしれない」



 クログロスさんは立ち上がると、後ろ腰に携えていた(むち)を取り出す。

「人の夢を守りたいだの、人の心を救いたいだの、お前の志望動機は具体性のない抽象的(ちゅうしょうてき)なものだったが、そこに確かな熱量を感じ取れた」


 バシッ! ジャキーン!

 彼が一度だけ、その何の変哲(へんてつ)もない青紫色の鞭を振るうと、収納されていた多数の棘が姿を現す。

 (いばら)の鞭だ。


「20秒やろう。逃げる、隠れる、留まる、お前次第だ。もちろんすぐに攻撃してくれても構わない。その時は反撃するがな」


 どうしよう。戦闘が始まってしまった。

 とはいえ、この後の僕の行動は決まっている。


「逃げさせていただきます!」

 この場を全力で離れる。


 僕はただでさえ弱いのに、あの人がどんなことをしてくるのかが分からない。あの鞭だって、絶対に普通じゃない。

 僕が取るべき選択は、間違いなく逃げる一択だ。


「……17、18、19、20」

 クログロスさんが、20秒数え終わる。


「『幻奇香』を破ったのには驚かされた。あれを短時間で破るのは至難の業だ」


 へー、そうなのか。

 自分でもどうして早く起き上がれたのかは分からない。クログロスさんの幻覚を破ったという実感がない。


 僕は原っぱを離れ、木の陰からクログロスさんの様子を窺っている。

 見つからないよう、草木が多く茂っている場所を選んだ。


 しかし、見つからないはずなのに、見えないはずなのに、クログロスさんは歩いて僕の方へと直進してくる。まるで、木に隠れている僕が透けて見えているかのようだ。


「良いのか、逃げなくて?」

「ひいいいいいい!!」


 バレてる! 急いで他の場所に隠れなきゃ!

 心臓をバクバクと言わせながら駆け出す。隠れる先は、逃げながら決めることにする。


 さっきと似たような場所を見つけ、僕はとっさに隠れる。

 タイミング的にも、クログロスさんには絶対バレていない時に身を隠したはずだ。


 スタ、スタ、スタ、スタ。

 マズい……。こっちに来る。


「珍植装備『フグ桔梗(ききょう)』」


 再び走り出す。かなり近づいて来たクログロスさんに、背を向けて逃げる形になる。

 クログロスさんは、鞭を頭上で回転させるように振るうと、僕に打ち付けるべく、放り投げる。


棘千本(とげせんぼん)!!』


 ビュオン!

 鞭から生えている茨が怪しく光り、振るわれたのと同時に、多数の棘が飛んでくる。

 そして、僕のふくらはぎに数本刺さった。


「うっ!」

 足を引きずりながら走る。

 なんだろう、棘が刺さった箇所がドクドクと痛む。


「じきに腫れるぞ。毒だからな。歩けなくなるのは時間の問題だ」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 痛い。その部位に血が巡る度、ズキズキとした痛みが足全体に走る。

 体力の消耗が普通よりも激しい。痛いって、疲れる。


 逃げ続けて、崖に追い込まれた。

 崖の下を覗くと、背筋の血の気が引く。ここから飛び降りることはできない。


「ここまでだな。いくら理想を語ろうと、実力が追い付いてないようでは論外だ。お前は八併軍アカデミーの基準に達していない」

「あ、あわわわわ」


 絶体絶命。挽回の術は思い浮かばない。

 何とかここまで来たけれど、遂にこの時が来たのかもしれない。

 僕の強運もここまでか。むしろよくここまで来られたものだ。


 ガラッ。

 突如足元が崩れる。最悪だ。


 ゴロゴロゴロ!

 背中から落ちて、崖壁(がいへき)を転がる。

 徐々に回転のスピードが上がり、歯止めが利かなくなる。もはや自力では止められない。


 ガシッ!

 そんな僕の体の回転を何かが止めてくれた。

 崖下の地面にぶつかる前に止めてくれたので、転送を免れた。


 また助かった。ここ最近の僕はなんかおかしい。

 死んでもおかしくないところで、ギリギリ助かることが多い。


「がーぶーっ!」


 顔を上げると、そこには()()()()がいた。

 Dグループに協力してくれたあの巨人カブが、第一島から海を渡ってこの第二島までやって来たのだ。


 理由はともかく、この巨人カブのおかげで僕はまだ転送されずに済んでいる。

 足の根っこで、僕の回転を押さえてくれたのだ。


「助けてくれて、ありがとうございます」

「がぶっ」

「えっ?」


 巨人カブは、前足である根っこを僕の方に伸ばしてきた。まるで、握手を求めてきているようだ。

 僕も手を伸ばす。そういえば、第一次試験の時にも似たようなシチュエーションがあったな……。

 根が、僕の右手に絡みつく。ザラッとした感触。


「がぶう」

「分かりました!」


 言葉は通じない。しかし、心が通じた。

 巨人カブの意図が、右手を通じて流れてくるようだ。


「見つけたぞ、ここまでだ!」

 クログロスさんが崖上から飛び降りてきた。

 普通の人間なら死ぬ高さだ。十奇人とは、本当に恐ろしい。


「巨人カブ!? どうしてここにいる!?」

 彼の驚き様から、普段、巨人カブがここまで来ることが無いということを察する。


「まあ、巨人カブがいようがいなかろうが、俺のやることは変わらない」

 ブオン、ブオン、ブオン!

 クログロスさんは、茨の鞭をさっきと同じように、頭上で大きく振り回す。

「試験を続行するのみ」


棘万本(とげまんぼん)!!』


 ビュオン!!

 そして、同じように振り下ろす。


 しかし、今度はさっき受けた「棘千本」よりも、はるかに飛んでくる棘の本数が多い。

 万が一にも、躱すことはできないだろう。


 僕は念じた。そう、あの時と同じだ。

 六さんとの「仮契約」を思い出す。


「お願いします。力を貸してください!」


 この場面で必要なのは、自身の身を守ることができ、かつ強力な一撃で反撃できる武器。

 僕は、自分の体を守れるほどの大剣をイメージする。


 巨人カブの体が光を帯び、イメージ通り、大剣の形状に変化する。

 大樹の大剣だ。


 カン、カン、カン、カン!

 体の前に、自分の体よりも長く、幅の広い大剣を地に突き刺し、「棘万本」から身を守る。


 攻撃の音が止んだ後、僕は大剣の柄に両手を据え、力いっぱい引き抜こうとした。

 しかし、パワーが足りず抜けない。


『棘万本!!』

 武器の扱いに手間取っている間に、クログロスさんが二発目を放つ。


 角度を変え、僕が大剣に隠れられないよう、真横から狙ってきた。

 大剣を動かすことができなければ終わりだ。


 僕は咄嗟に「根」を地面から生やす。


 なぜそんなことができたのか、全く理解はできない。

 説明するならば、その一瞬で、頭ではなく心が理解して動いた。そうとしか言いようがない。


 ザシュッ!

 地面から生やした二本の根を、僕が両手を据えている大剣の柄の方へと伸ばし、握らせる。

 僕の二本の腕と、巨人カブの二本の根で大剣を引っこ抜いた。


 ブオン!!

 迫りくる大量の棘を払うべく、右から左へと大剣を大振りする。

 僕の非力な腕であっても、二本の根のサポートがあればそれも可能となった。


 ドッバーーーーーーーーーーーーン!!


 振るった後、一瞬遅れて衝撃波が前方へと送られる。

 すべてを吹き飛ばす、とんでもない威力だ。

 土が、草が、岩が、木々が、「棘万本」の棘が、そしてクログロスさんさえも吹き飛ばしてしまう。


『カブさんスラーーーーーーッシュ!!』

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ