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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
55/117

人と珍獣

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「あ、あ、あわわわわわわわ」

「あいつ……、これは大分やってるぞ」

「え? なんでけ? 話聞いてなかったけ?」

「処しましょう。彼女に弁解の余地などありません」

「…………」


 僕たち作戦チームは、作戦の初っ端からつまづいた。

 僕は一人、近くにあった大木の裏で口を押さえて震える。こっそりと顔だけ出し、現場を覗き込んだ。


「あれー? なんでみんな出てこないの? メーちゃんだけじゃ勝てないわよ?」

 メンコがおかしなことを言っている。

 この森の変なキノコでも食べたのだろうか。そうでないとこの行動の理由が付かない。


「ちょい、ソラト? そこで隠れてないで出てきなさいよ!」

 やめてくれないだろうか。お願いだから。


「ねえ、無視? ちょっと! 一人にしないでよ!」

 今は話しかけないでくれないだろうか。お願いだから本当に。


「がーぶーーーーーーっ!!」

 巨人カブが雄たけびを上げる。

 化け物は、目の前の赤毛の少女を見逃してくれそうにはない。根でできた前足を上げ、彼女の方へと伸ばす。


 逃げて!!

 と叫ぼうとするも、恐怖で声が出なかった。

 20メートル越えの見た目凶悪な怪物を前に、完全に腰が抜けてしまっていた。


 根がメンコの方へと伸び続ける。徐々に近づいていく。

 そして、彼女を捕らえた。


 と思いきやスルーして、僕の隠れている大木を根で掴んで引っこ抜いた。


 えっへーーーーーー!! なんでーーーーーー!?

 またしても声は出なかった。

 僕の情けなく尻餅(しりもち)をついた姿が、巨人カブの前に(さら)される。


 鋭く大きな2つの眼が、僕の身体を刺すように見つめる。

 何という威圧感だろうか。何か誤ったことを一つするだけで、その瞬間死に直結してしまうような気がする。とても生きた心地なんてしない。

 地面から生えた細い根っこが、怯える僕の腕に巻き付いてきて、何かを確かめるようにもぞもぞと動く。


 四鹿苦の時同様、助けを求めて後ろを見る。

 咄嗟に見えたのは、マータギ君とキコリ君だ。二人とも僕と目があった瞬間、顔を逸らす。


「ソラト、短い間だったけど楽しかったぜ……。いつかまたどこかで『瞬殺コンビ』結成しような」

「漢の別れだけ。笑って別れるけ。ぐすん……、泣いてなんかいないけ」

 あ、諦められている。

 確かに、僕が同じ立場でも何もできないだろう。


 今度は、レイアさんとファナさんにダメもとで視線を送る。

 ファナさんは、いつものポーカーフェイスのまま微動だにしない。意地でも助けないという固い意志を感じ取れる。

 レイアさんも相当ショックだったのか、青ざめたまま動かない。彼女といえども、フリーズすることぐらいあるらしい。


 結論、残念ながらこれは助からない。

 僕の挑戦はここで幕を閉じるということだ。


「うおおおおおおらーーーーーー!!」


 打ちひしがれる僕を威圧的な目で見据える巨人カブの体が、突如、大きく揺れ動く。

「こいつだな。ターゲットの巨人カブってのは。四鹿苦と違って、今度はでけー獲物だな」


 颯爽(さっそう)と現れたジュガイ・残菊は、強烈な一撃を巨人カブの頭部の木へと叩き込み、その巨体を後方へ数歩退けさせる。

 僕のことは一瞥しただけで興味を無くし、ターゲットに向かって駆け出した。


「くらえ!」

 彼は右手を強く握って拳を作ると、後ろに引いて前へと突き出す。

「がーぶーっ!」

 巨人カブは、その拳を地面から生やした根を絡めて勢いを殺す。


「なにいいい!?」

 さらにジュガイ・残菊の全身を根に絡みつかせ、宙に持ち上げた。

 身動きが取れない彼は、自身が誇るそのパワーで根を引き千切ろうとする。


「ぬおおおおおおおおおっ!!」

「がーぶーっ」

 しかし、根はびくともしなかった。それどころか、徐々に彼を締め付けていく。

「ぐおおおおおお! 負けるかよ!」


 ズバッ!

 負けず嫌いな巨漢を縛っていた根が突然解け、彼の足が地に着く。

「なっ!」

 解放されたことに驚き、ジュガイ・残菊は辺りを見回した。


「これで貸し借りなしだな!」

 聞き馴染みのある声だ。


 ずっと心配していたのだ。安全が確認できて本当に良かった。

 全身に包帯を巻いた大太刀使いがそこにはいた。


「タツゾウ!!」

「おう! 俺、ギリギリ無事帰還!」


 タツゾウは、手を真っ直ぐに伸ばして親指を上に突き立てる。

 赤いジャージの至るところが破れていて、満身創痍(まんしんそうい)なのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だが、彼はいつも通りの元気な声と仕草でそのことを感じさせない。


「ちっ、余計なことしやがって、俺一人でも抜け出せたのによ!」

 助けられたという事実が悔しいのか、ジュガイ・残菊は強く歯ぎしりをする。


「がーぶー!!」

 巨人カブは、自分の根を切ったタツゾウを敵と認識したのか、自分の足の根を大きく振り上げて押し潰そうとする。


 ズドーーーン!!

「うおっと!」

 間一髪で重みのある攻撃を躱す。

 タツゾウの動きが鈍い。ダメージが彼の動きからキレを奪っているのだ。


「3人とも、一度退いて下さい。体勢を立て直します。私についてきてください」

 レイアさんが、木陰から僕とタツゾウ、ジュガイ・残菊に呼び掛ける。

 僕たちは急いで彼女の後を追った。



「どういうつもりなのか、お聞かせ願えますか?」

「いや、その、違くて……」

「何がどう違うのですか?」

「ただ、全く説明を聞いてなかっただけで……、それだけで……」

「それ……、だけ……?」

 レイアさんの尋問が始まった。メンコと向かい合って対談している。


 彼女の神経は図太いのかもしれない。

 レイアさんが必死に説明していた作戦を聞いておらず、そのことを「それだけ」と自己評価できる辺り、彼女と僕たちの間の「ズレ」を認識させられる。

 レイアさんは、その場にあった切り株を椅子代わりにし、メンコは地面に正座をさせられている。


「処しましょう。レイア様が懸命に立案なさった作戦を聞いていなかったなど、十分極刑に値します」

 ファナさんは、メンコの背中に木刀の先を差し向けている。

「やめなさいファナ、物騒よ」

 レイアさんは「はあ」と深くため息をつき、頭を抱える。


「あのー……」

 皆の前で尋問を受け、目を泳がせているメンコがあまりに哀れだったので、僕は救いの船を出してあげようと切り出す。


「黙りなさい、ヘッポコ瞬殺野郎」

「ヘッポコ瞬殺野郎!?」

 ファナさんはものすごく口が悪い。この感じでどうやって上流社会の人達と関わっているのだろうか。


「なあ、もう良いんじゃねーか? 次のこと考えようぜ」

「死になさい、スカスカ脳みそ保持者」

「てめー怪我治ったら覚えてろ」

 タツゾウに対しても当たりが強い。


 彼女はレイアさん以外の人間関係を何とも思っていないのだろう。彼女がレイアさん以外との会話で、棘の無い言葉を発したことは無いのではないだろうか。


「それで一体どういう風の吹き回しですか、ジュガイ・残菊?」

「このまま終われるかよ。この俺が戦力外だと? 舐めんじゃねえ!」

 ジュガイ・残菊は、レイアさんに自分たちが戦力外通告を受けたことがよほど不服だったらしく、僕たちの一団を追いかけて来たらしい。


「それにしても、何で分かったんだ? 俺たちの居場所。この作戦のことは誰にも教えてないんだぜ」

「オレンジ髪の優男に聞いたんだよ」

 マータギ君の質問に、ジュガイ・残菊は「そんなことどうでもいいだろ」といった態度でぶっきらぼうに答えた。



「今一度、作戦を確認します。きちんと聞いて下さい」

 作戦自体は変わらなかった。

 変わったのは担当する役割だ。


 囮役にマータギ君とキコリ君、転倒させる役がタツゾウとジュガイ・残菊、木に括り付ける役はレイアさんとファナさんで変化はない。

 転倒させた後は、全員で袋叩きにして気絶させるらしい。


 僕とメンコはというと、これまでの行いから完全に信用を無くし、役割から外されてしまった。

 今は木の上から作戦の進行を見守っている。


 レイアさんが、バッと右手を上げ作戦開始の合図を送る。

 囮役の二人の内、最初に仕掛けたのはマータギ君だった。彼は、僕がやった時と同じように両手を叩いて音を鳴らす。

「がーぶーっ?」

 音に反応した巨人カブが、マータギ君の方へ近づいてくる。


 パン、パン、パンッ。

 マータギ君の姿が巨人カブの目に映る前に、今度はキコリ君が引き付ける。

「がーぶーっ?」

 巨人カブは、ひたすらに音の鳴る方へ歩く。

 2人は上手く牽制し合いながら誘導し、タツゾウとジュガイ・残菊がツタを構えている木の前まで来た。


「なるほどー!」

 今更この作戦の意味を理解したのか、メンコは感嘆の声を上げる。


 僕は作戦中、あの巨人カブを罠に嵌めるという行為に後ろめたさを感じていた。お互いハッピーで終われるならば、それに越したことは無いはずだ。

 この作戦の前に、心を通わせられれば協力してもらえるかもしれない、とレイアさんに話してはみたものの「確証が持てないので却下です」と軽く一蹴されてしまった。


「いくぜ!」

「命令すんな!」

 タツゾウとジュガイ・残菊は、いくつものツタを束ねて強固にしたものを、ガッシリと掴んで衝撃に備える。


 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!

 重量を感じさせる足音が、彼らに迫ってくる。

 そして間もなく、巨人カブの頭部がツタに引っ掛かった。


「うおおおおおおっ!!」

「ぬおらああああああ!!」

 巨人カブのパワーは、あのサイズなだけあって凄まじい。

 タツゾウとジュガイ・残菊は、パワーだけ見ると受験生の中でもトップクラスなはずだ。そんな2人が、2人掛かりで押し負けている。


「おいおい、お前そんなもんかよ! 本気出せよ!」

「うるせえ! てめえも怪我を言い訳にすんじゃねえぞ!」

「するか、バカヤロウ!」

 2人は互いに煽り合っている。それによって2人の感情が昂り、なんとか押し返し始めている。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」


 巨人カブの体勢が後ろに傾く。

 前足の根が持ち上がり、空中でジタバタとさせる。


「がぶーーーーーーっ!?」

 巨人カブは完全にバランスを失い、重力に従って後方に倒れていく。

 2人は、巨大生物のパワーに何とか打ち勝ち、力尽きて木から落ちていく。


 ズドーーーーーーーーーン!!

 2人の落下と巨人カブの転倒は、ほぼ同時だった。


「いくわよ、ファナ」

「承知しました」

 レイアさんとファナさんが、間髪入れずに巨人カブに近づき、頭部の木を付近の巨木に手際よく括り付ける。


 括り付け先の木は、この森で見かけた中で最も大きな、高さ100メートル、直径20メートルにも及ぶ巨大な2本の木である。

 レイアさんは、先程巨人カブが自身と同じ大きさの木を持ち上げたのを見て、巨木の生えたこのスポットを作戦実行地点に選んだ。

 巨人カブは、暴れて起き上がろうとするも、ツタで固く括り付けられた頭部の木はびくともしない。


「後は全員で気絶させるだけね」

「はい。これならさすがの巨人カブも動けません。さすがはレイア様です」

「もう動けねえぜ」

「はっ、ショボいな。俺はまだまだいけるぜ」

「あれ、俺たちだったら倒せてなかったな」

「それなけ。あいつらが来てくれて良かったけ」


 ドドドドドド、ドドドドドド!!


 僕たち全員が一か所に集まってきたその時、巨人カブの頭部を括り付けたはずの2本の巨木がおもむろに宙に浮きだした。


「へえっ!?」

「なになに!? 何が起こってるの!?」

 僕は、突然の出来事に思わず声を出してしまう。メンコも状況を飲み込めていない。


「そんなっ!!」

 レイアさんが目を見開く。これは彼女にも想定外の事態らしい。


 僕たちは、目の前の出来事に全員で呆気にとられた。

 100メートルの巨大な木が根っこから引き抜かれ、ゆっくりと持ち上がっていくのをただただ見ていることしかできなかった。


 巨人カブはその巨躯を起こし、眼下にいる僕たち8名を見下ろしている。

 起き上がれない原因である、自分の体よりも遥かに大きな2本の巨木を、異能の根で引っこ抜き持ち上げることで克服してきた。

 ここまでの怪力が備わっていたことは、さすがのレイアさんでも予想できなかったのだろう。


「がーぶーーーーーーっ」

「「「…………」」」

 あまりの絶望的な状況に全員が沈黙する。

 誰も声を発さずに、その場で固まっている。


 万策尽きてしまった。

 レイアさんの作戦は、僕らが巨人カブに対抗する上での最高の作戦だったに違いない。

 ただ、相手が規格外過ぎたのだ。


「レイア様こっちです」

 ファナさんがレイアさんの腕を掴み、できるだけ遠くへ退避しようとする。


「がーぶーっ!」

 巨人カブは根っこを彼女たちの方へ差し向ける。

 今度は捕らえるような動きではない。根の先端を鋭く尖らせ、貫かんとする勢いで追い打ちをかける。


 ビューーーーーーン!!

「ファナ!!」

「速い!」


 レイアさんが叫ぶ。

 ファナさんが後ろを振り返る。

 その時には既に、彼女の眼前にまで根が迫っていた。


 グシャッ!!


「……!!」

「なっ!!」


 人が根っこに貫かれると、こんな音がするんだ。

 嫌な音だ。


「なぜです!?」

「…………」

 レイアさんのこんなに焦った表情は初めて見た。

 ファナさんが口を開けたまま驚愕しているのも初めて目にする。


「ソラトッ!!」

 タツゾウがこれまでにないくらい大声で、僕の名前を呼んでいる。


 体が勝手に動いていた。

 レイアさんとファナさんを突き飛ばし、根の攻撃をもろに受けてしまった。

 自分の身体に視線をやると、脇腹に大きな風穴が空いていた。


「あっ、うーーーーーーっ!!」

 認識してから、急にその部位が熱くなる。同時に激痛が走った。その場で倒れ、うずくまる。

 根っこが僕の真っ赤な血液を付着させながら、スルスルと怪物の元へと戻っていく。


「全員武器を構えてください!」

「がーぶーっ」

 レイアさんが作戦メンバー全員に戦闘準備を整えさせる。

 対して巨人カブは、再び槍形状の根を構えた。


「やめてよ!!」

 僕の叫びに、巨人カブを含めた全員が動きを止める。


 頭がくらくらする。意識がボヤボヤとしてきている。

 それでも伝えなければならないと思った。


「すいません。僕たちはこれ以上、あなたに絶対に危害を加えません。だから……、この子を、カブ太を助けてください! あなたの力が必要なんです! お願いします……」


 薄れゆく意識の中で、僕は肩に乗るカブ太を前に突き出し、大人の巨人カブに必死に訴えた。

 言葉なんて通じない。それでも、カブ太の命を守るために……。


 手を伸ばす。

 この思いは届かないのだろうか。伝わらないのだろうか。

 届かない。遠い。


 意識が完全に途切れる直前、僕の手にザラッとした感触の根が優しく巻き付いてきた。

お読みいただきありがとうございました。

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