作戦とアホの子
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
背が高く、幹も太い大木に覆われたこの森は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
鳴き声も、物音も一つとしてしない。静寂を纏うこの森が、まるで僕たちを飲み込もうとしているような感覚を覚える。
「こう静かだと不気味だけ。急に何かが飛び出して来たら心臓止まるけ」
懐中電灯を照らしながら先行するキコリ君が、不穏な発言をする。
「ふっふっふっ、そういうのフラグって言うのよ! フラグを立てた人は死ぬの!」
「けっけっけっ、死に目に遭うのが一人とは限らないけ! 道連れけ!」
「わー! やめろ! 巻き込むな!」
メンコが口を押さえて悪戯っぽく笑いながら、フラグを立てたキコリ君を驚かせようとする。しかし、キコリ君はそれを面白がって逆に便乗した。
「おい、ちょっと声がでけーよ!」
「そういうあなたもね」
メンコとキコリ君の声が大きかったことにツッコミを入れたマータギ君だったが、ついつい彼も大きな声が出てしまい、ファナさんに冷たく指摘される。
僕たちはこの闇の中の森で、ターゲットを先に見つけなければならない。
レイアさん曰く、見つかればその段階で作戦は終了らしい。それ故、大きな声を出すのは控えるべきなのだ。
「フラグと言えば、タツゾウも盛大にフラグを立てていたけ。『後で追いつくぜ』とかなんとか」
「あんまり不吉なこと言ってると、不幸が自分に降りかかってくるらしいぜ」
キコリ君はタツゾウの別れ際の言葉を思い出し、頭の中で不吉な妄想を繰り広げているらしい。マータギ君が、それをなんとか制止しようとする。
この樹海の木々は、高さが25メートル程度、太さが直径15メートル程度のものが多く見られるが、中にはそれを軽く超えて、高さ100メートル前後、直径20メートル前後の巨木と呼べるものまである。
歩き続けていると、ふと、僕の視界の隅で何かが動いたような気がした。
その方を振り向くが何もいない。視界は、ただただ巨大な木々が力強くそびえ立ち、連なっているだけだ。
気のせいかと進んでいる方へ視線を戻す。
「ソラト?」
僕の不自然な動きに気付いたメンコが尋ねてくる。
「いや、向こうで何かが動いた気がしたんだけど、気のせいだったみたい」
感じたことをありのまま伝える。
「お前! 一番のフラグ立ててくるじゃねーか」
「やばいけ、これはソラト脱落け。けけけけけけっ!」
マータギ君もキコリ君も随分と気を抜いている。
彼らも僕と同じで、巨人カブの成体を目にしたことは無いらしい。
「二人とも気を抜かないで下さい。見つかった場合、そのまま失格だと言ったはずです」
「もしあなたたちのせいで見つかるようなことがあれば、あなたたちだけで失格になってください。私とレイア様を巻き込まないで下さいね」
二人に対してレイアさんとファナさんは、これ以上ないくらい気を張っている。
またしばらく歩いていると、前方で何かが動いたのが見えた。
懐中電灯の光をその方向へ向け、注意深く観察する。
木だ。大木が動いている。
今度は気のせいなんかじゃない。
「あ、あれ見てください! 何かが動いています!」
僕は皆に聞こえる程度の声量で、動く木を指さし、何かがいることを伝える。
「なんじゃありゃ?」
マータギ君が、両手を望遠鏡のようにして目に当て、僕の指し示す方向を眺める。
「ねえ……、なんか、ちょっと大きくない?」
巨大な大木に紛れて動いている木を見て、さっきまで威勢の良かったメンコが怯えたような声を出す。
「あれが、巨人カブです」
20メートル超えの動く巨大な何かしらを、レイアさんが特定する。
あれが巨人カブ。軽く想像を絶している。
「あ、あれがですか……?」
「あれを捕えるけ?」
僕とキコリ君は、半ば絶望したような声で確認する。
「はい、間違いありません」
帰ってきたのは無慈悲な返答だった。
「作戦を確認します。その上で、皆さんには巨人カブについて知ってもらう必要があります」
レイアさんが、僕たち5人と向かい合って、作戦の詳細を確認する。
「巨人カブは、太い根っこを束ねた足4本で地を這う生物です。本体となるゴツゴツとした大きなカブの頭上から、大樹を生やしています。つまり、私たちが先ほど確認した動く樹木こそ、巨人カブの頭部に生えた木です」
説明を聞いていて、ふと思う。
巨人カブは大きく見て、珍獣と珍植物のどちらに分類されるのだろうか。動き回るところを考えると動物のような気がするし、体の構造を考えると植物のような気もする。
何かしら分類するための定義があるのだろうか。
「彼らの視界は本体のカブの位置で、さほど高くはないため、林冠を移動することができれば、ほぼ見つかることはありません」
なるほど、巨人カブの視界に入らないよう、木の上の枝部分を伝って移動すれば、見つかることは無いということだ。
「続いて、なぜ見つかってはいけないのか説明します。それは、彼らの厄介な異能によるものです」
「あの……、異能って何なんですか?」
レイアさんの説明を遮り、僕は気になっていたことを質問する。
皆聞き流しているあたり、おそらく知らないのは僕だけだが、説明が分からなくなっても困るので、僕なりに勇気を出して質問したのだ。
「簡単に言うと、珍獣が持つ特殊な力のことです。珍獣と呼ばれる生物は全て、種類によって異なる異能を持っています。しかし、こんな初歩的なことも分からないとは……」
「すいません……」
「巨人カブの異能は、根の操作です。足となっている根っこを地面に突き刺し、広範囲にわたって張り巡らせることができます。この森の内部だと、離れていようと視認されれば捕えられます」
「なるほどなー。それで見つかったらアウトだと」
マータギ君が相槌を打つ。
「本題に入ります。この作戦のゴールは、巨人カブを転倒させることにあります。巨人カブは後ろ向きに転倒すると、なかなか起き上がることができないのです」
大きな木が頭に生えている分、起き上がろうとしても重くて起き上がるのが難しいのだろう。
「二人が罠を張り、別の二人がおびき寄せ、残りの二人が倒れた後に2本の大樹に括りつけます。ここまでできれば成功です」
レイアさんの作戦の全貌はこうだ。
まず、二人が森の中にあるツタを集め、木と木の間に、リレーのゴールテープのように張っておく。
この樹海に生るツタはゴムのような性能を持つそうで、数を揃えて強固にすることで、巨大生物の持つパワーをも凌げるという。
その罠を張った場所へ、別の二人が巨人カブを誘導する。
巨人カブは、頭上のツタに気付かずに、頭の木をそのツタに引っ掛けて横転する。
そこまで上手くいったら、起き上がれないよう、ツタで頭の木を2本の樹木に括りつける。
以上が彼女の算段だ。
罠を張る役が、マータギ君とキコリ君。
転倒させる際に、巨人カブに力負けしないための人選だ。
誘導する役が、僕とメンコ。
お互いが、巨人カブの視界に入らないように牽制し合いながら、罠の方へ誘導しなければならない。
木に括りつける役が、レイアさんとファナさん。
巨人カブが起き上がる前に、素早く括り付けなければならない。敵の視界に入りやすく、嫌でも接近しなければならないため、最も危険な役割だ。
作戦に必要なツタを、皆で急いで集める。
「雨森ソラト。この作戦が失敗するようなら、私は主を連れて真っ先に帰ります。本当はこの作戦自体、私は反対なんです。文句はありませんね?」
「はい。必ず成功させましょう」
「まあ、文句なんてあったら、この場で斬首の刑ですけど」
そう言った後、ファナさんは、僕のことを気に食わなさそうに見て作戦の準備に戻る。
彼女のレイアさんへの忠義心には、凄まじいものがあり、レイアさんのやること成すこと全てにイエスを唱えている。今回の作戦も、彼女自身としては反対だったにもかかわらず、主が行くからという理由だけで付いてきてくれた。
アカデミー試験を受けている理由も、レイアさんの合格のためだろうか。気になるが、怖くて聞けない。
準備を終え、僕たちはそれぞれの持ち場に就く。
「いくよ、準備は良い?」
「準備、めっちゃオッケー!」
僕の呼び掛けに、メンコは元気よく答える。
僕とメンコは今、巨人カブに全体を視認できるほど近づいている。向こうには気付かれていないようだ。
巨人カブの成体は、サイズからしても、その姿形からしても、幼体のカブ太とは大きく異なる。
僕の受けた印象は、丸っこくて柔らかいカブ太に反し、ゴツゴツと固く、質量を感じさせるドッシリとした厳ついものだった。岩のようなカブについている2つの目は鋭く、あらゆる生物を寄せ付けないオーラを放っていた。
レイアさんやファナさんが、気を張る理由がよく分かった。
この巨人カブと対峙して、襲われたらひとたまりもない。
「はぁー、ふぅー」
恐怖心をかき消すために、深呼吸をする。
手汗がすごい。緊張で、全身の血流が早く巡っているのがわかる。
大丈夫。皆がいるんだ、怖くない。
パンパンパンパン!
両手を叩き合わせて、大きな音を鳴らす。
「がーぶーっ」
その音に反応した巨人カブが、僕の方に歩いてくる。
背骨を揺らすような、低く野太い呻き声が、静寂の森に響き渡る。
「はあーっ、ていやー!」
バリバリバリバリ!
「がぶーっ?」
「ほえ?」
一瞬過ぎて気付かなかった。
予想外過ぎて理解が追い付かなかった。
巨人カブがこちらを向いた瞬間、メンコが一目散にその巨体めがけて走り出し、手に持っていた電気ショックガンを放っていた。電撃はまるで効いていない。
いったい何事だろうか。
彼女に何が起きたというのだろうか。
後方を振り返ってみる。
そこには青ざめたレイアさんと、衝撃を隠しきれないファナさんがいた。普段表情が豊かでない二人にしては珍しい。
上の方を見てみる。開いた口が塞がらないマータギ君とキコリ君が確認できた。
僕はメンコが巨人カブと対峙する様を、ただただ茫然と見ているしかなかった。
僕の中でメンコ・メンゴという女の子のイメージが固まる。
彼女は生粋のアホの子だった。
◇
雨森ソラト一行が、巨人カブ捕獲作戦に向かう少し前―――
「ねえ、起きなよ」
「うっ、俺は……、どうなっちまったんだ?」
ジュガイ・残菊は山頂付近にて目を覚ます。
目の前には、橙色の髪をした整った顔立ちの少年がいた。
「このままだと君、ダサいままこの試験を終えちゃうよっ。挽回しなくちゃ」
美少年の言葉に、残菊は気を失う前の記憶を取り戻す。
そして瞬時に顔を紅潮させ、重たい足音を鳴らして山を下りようとした。
「どこに行く気だい? 君じゃあの子には勝てないよ」
「ああ!? うるせー!! まだ勝負はついてねーよ!!」
「いいや、勝負あったね。それは君が一番理解しているはずさっ」
残菊は黙り込む。彼自身、自覚があった。
金髪の少女に、実力の差をこれでもかと言うほど見せつけられたこと。こんな経験は、常に他を圧倒する武力を持っていた残菊にとって、初めてのことだった。
「しかも、君はDグループのリーダーから戦力外通告まで受けている。威勢良く飛び出した割には、こっ酷くやられて桜水まで奪われたのだから」
「戦力外だと!? この俺が!?」
残菊はあまりの屈辱に顔を歪める。
そんな彼に、少年は微笑みかける。
「君の名誉を回復する方法があるんだけど、聞きたいかい?」
神々しくも掴みどころのない笑みを向け、美しき少年は啓示を授けるがごとく、残菊にその内容を伝えた。
お読みいただきありがとうございました。




