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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
54/117

作戦とアホの子

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 背が高く、幹も太い大木に覆われたこの森は、どこか神秘的な雰囲気を(かも)し出している。

 鳴き声も、物音も一つとしてしない。静寂を纏うこの森が、まるで僕たちを飲み込もうとしているような感覚を覚える。


「こう静かだと不気味だけ。急に何かが飛び出して来たら心臓止まるけ」

 懐中電灯を照らしながら先行するキコリ君が、不穏な発言をする。


「ふっふっふっ、そういうのフラグって言うのよ! フラグを立てた人は死ぬの!」

「けっけっけっ、死に目に()うのが一人とは限らないけ! 道連れけ!」

「わー! やめろ! 巻き込むな!」

 メンコが口を押さえて悪戯(いたずら)っぽく笑いながら、フラグを立てたキコリ君を驚かせようとする。しかし、キコリ君はそれを面白がって逆に便乗した。


「おい、ちょっと声がでけーよ!」

「そういうあなたもね」

 メンコとキコリ君の声が大きかったことにツッコミを入れたマータギ君だったが、ついつい彼も大きな声が出てしまい、ファナさんに冷たく指摘される。


 僕たちはこの闇の中の森で、ターゲットを先に見つけなければならない。

 レイアさん曰く、見つかればその段階で作戦は終了らしい。それ故、大きな声を出すのは控えるべきなのだ。


「フラグと言えば、タツゾウも盛大にフラグを立てていたけ。『後で追いつくぜ』とかなんとか」

「あんまり不吉なこと言ってると、不幸が自分に降りかかってくるらしいぜ」

 キコリ君はタツゾウの別れ際の言葉を思い出し、頭の中で不吉な妄想を繰り広げているらしい。マータギ君が、それをなんとか制止しようとする。


 この樹海の木々は、高さが25メートル程度、太さが直径15メートル程度のものが多く見られるが、中にはそれを軽く超えて、高さ100メートル前後、直径20メートル前後の巨木と呼べるものまである。


 歩き続けていると、ふと、僕の視界の隅で何かが動いたような気がした。

 その方を振り向くが何もいない。視界は、ただただ巨大な木々が力強くそびえ立ち、連なっているだけだ。

 気のせいかと進んでいる方へ視線を戻す。


「ソラト?」

 僕の不自然な動きに気付いたメンコが尋ねてくる。

「いや、向こうで何かが動いた気がしたんだけど、気のせいだったみたい」

 感じたことをありのまま伝える。


「お前! 一番のフラグ立ててくるじゃねーか」

「やばいけ、これはソラト脱落け。けけけけけけっ!」

 マータギ君もキコリ君も随分と気を抜いている。

 彼らも僕と同じで、巨人カブの成体を目にしたことは無いらしい。


「二人とも気を抜かないで下さい。見つかった場合、そのまま失格だと言ったはずです」

「もしあなたたちのせいで見つかるようなことがあれば、あなたたちだけで失格になってください。私とレイア様を巻き込まないで下さいね」

 二人に対してレイアさんとファナさんは、これ以上ないくらい気を張っている。


 またしばらく歩いていると、前方で何かが動いたのが見えた。

 懐中電灯の光をその方向へ向け、注意深く観察する。


 木だ。大木が動いている。

 今度は気のせいなんかじゃない。


「あ、あれ見てください! 何かが動いています!」

 僕は皆に聞こえる程度の声量で、動く木を指さし、何かがいることを伝える。


「なんじゃありゃ?」

 マータギ君が、両手を望遠鏡のようにして目に当て、僕の指し示す方向を眺める。

「ねえ……、なんか、ちょっと大きくない?」

 巨大な大木に紛れて動いている木を見て、さっきまで威勢の良かったメンコが怯えたような声を出す。


「あれが、巨人カブです」

 20メートル超えの動く巨大な何かしらを、レイアさんが特定する。

 あれが巨人カブ。軽く想像を絶している。


「あ、あれがですか……?」

「あれを捕えるけ?」

 僕とキコリ君は、半ば絶望したような声で確認する。


「はい、間違いありません」

 帰ってきたのは無慈悲な返答だった。



「作戦を確認します。その上で、皆さんには巨人カブについて知ってもらう必要があります」

 レイアさんが、僕たち5人と向かい合って、作戦の詳細を確認する。


「巨人カブは、太い根っこを束ねた足4本で地を這う生物です。本体となるゴツゴツとした大きなカブの頭上から、大樹を生やしています。つまり、私たちが先ほど確認した動く樹木こそ、巨人カブの頭部に生えた木です」


 説明を聞いていて、ふと思う。

 巨人カブは大きく見て、珍獣と珍植物のどちらに分類されるのだろうか。動き回るところを考えると動物のような気がするし、体の構造を考えると植物のような気もする。

 何かしら分類するための定義があるのだろうか。


「彼らの視界は本体のカブの位置で、さほど高くはないため、林冠(りんかん)を移動することができれば、ほぼ見つかることはありません」

 なるほど、巨人カブの視界に入らないよう、木の上の枝部分を伝って移動すれば、見つかることは無いということだ。


「続いて、なぜ見つかってはいけないのか説明します。それは、彼らの厄介な()()によるものです」

「あの……、異能って何なんですか?」


 レイアさんの説明を(さえぎ)り、僕は気になっていたことを質問する。

 皆聞き流しているあたり、おそらく知らないのは僕だけだが、説明が分からなくなっても困るので、僕なりに勇気を出して質問したのだ。


「簡単に言うと、珍獣が持つ特殊な力のことです。珍獣と呼ばれる生物は全て、種類によって異なる異能を持っています。しかし、こんな初歩的なことも分からないとは……」

「すいません……」


「巨人カブの異能は、根の操作です。足となっている根っこを地面に突き刺し、広範囲にわたって張り巡らせることができます。この森の内部だと、離れていようと視認されれば捕えられます」

「なるほどなー。それで見つかったらアウトだと」

 マータギ君が相槌を打つ。


「本題に入ります。この作戦のゴールは、巨人カブを転倒させることにあります。巨人カブは後ろ向きに転倒すると、なかなか起き上がることができないのです」

 大きな木が頭に生えている分、起き上がろうとしても重くて起き上がるのが難しいのだろう。


「二人が罠を張り、別の二人がおびき寄せ、残りの二人が倒れた後に2本の大樹に(くく)りつけます。ここまでできれば成功です」


 レイアさんの作戦の全貌はこうだ。

 まず、二人が森の中にあるツタを集め、木と木の間に、リレーのゴールテープのように張っておく。

 この樹海に生るツタはゴムのような性能を持つそうで、数を揃えて強固にすることで、巨大生物の持つパワーをも凌げるという。


 その罠を張った場所へ、別の二人が巨人カブを誘導する。

 巨人カブは、頭上のツタに気付かずに、頭の木をそのツタに引っ掛けて横転する。

 そこまで上手くいったら、起き上がれないよう、ツタで頭の木を2本の樹木に括りつける。

 以上が彼女の算段だ。


 罠を張る役が、マータギ君とキコリ君。

 転倒させる際に、巨人カブに力負けしないための人選だ。


 誘導する役が、僕とメンコ。

 お互いが、巨人カブの視界に入らないように牽制(けんせい)し合いながら、罠の方へ誘導しなければならない。


 木に括りつける役が、レイアさんとファナさん。

 巨人カブが起き上がる前に、素早く括り付けなければならない。敵の視界に入りやすく、嫌でも接近しなければならないため、最も危険な役割だ。


 作戦に必要なツタを、皆で急いで集める。

「雨森ソラト。この作戦が失敗するようなら、私は主を連れて真っ先に帰ります。本当はこの作戦自体、私は反対なんです。文句はありませんね?」

「はい。必ず成功させましょう」

「まあ、文句なんてあったら、この場で斬首の刑ですけど」

 そう言った後、ファナさんは、僕のことを気に食わなさそうに見て作戦の準備に戻る。


 彼女のレイアさんへの忠義心には、凄まじいものがあり、レイアさんのやること成すこと全てにイエスを唱えている。今回の作戦も、彼女自身としては反対だったにもかかわらず、主が行くからという理由だけで付いてきてくれた。

 アカデミー試験を受けている理由も、レイアさんの合格のためだろうか。気になるが、怖くて聞けない。



 準備を終え、僕たちはそれぞれの持ち場に就く。

「いくよ、準備は良い?」

「準備、めっちゃオッケー!」

 僕の呼び掛けに、メンコは元気よく答える。

 僕とメンコは今、巨人カブに全体を視認できるほど近づいている。向こうには気付かれていないようだ。


 巨人カブの成体は、サイズからしても、その姿形からしても、幼体のカブ太とは大きく異なる。

 僕の受けた印象は、丸っこくて柔らかいカブ太に反し、ゴツゴツと固く、質量を感じさせるドッシリとした厳ついものだった。岩のようなカブについている2つの目は鋭く、あらゆる生物を寄せ付けないオーラを放っていた。


 レイアさんやファナさんが、気を張る理由がよく分かった。

 この巨人カブと対峙(たいじ)して、襲われたらひとたまりもない。


「はぁー、ふぅー」

 恐怖心をかき消すために、深呼吸をする。

 手汗がすごい。緊張で、全身の血流が早く巡っているのがわかる。

 大丈夫。皆がいるんだ、怖くない。


 パンパンパンパン!

 両手を叩き合わせて、大きな音を鳴らす。


「がーぶーっ」

 その音に反応した巨人カブが、僕の方に歩いてくる。

 背骨を揺らすような、低く野太い(うめ)き声が、静寂の森に響き渡る。


「はあーっ、ていやー!」

 バリバリバリバリ!

「がぶーっ?」


「ほえ?」

 一瞬過ぎて気付かなかった。

 予想外過ぎて理解が追い付かなかった。


 巨人カブがこちらを向いた瞬間、メンコが一目散にその巨体めがけて走り出し、手に持っていた電気ショックガンを放っていた。電撃はまるで効いていない。


 いったい何事だろうか。

 彼女に何が起きたというのだろうか。


 後方を振り返ってみる。

 そこには青ざめたレイアさんと、衝撃を隠しきれないファナさんがいた。普段表情が豊かでない二人にしては珍しい。

 上の方を見てみる。開いた口が塞がらないマータギ君とキコリ君が確認できた。


 僕はメンコが巨人カブと対峙する様を、ただただ茫然と見ているしかなかった。

 僕の中でメンコ・メンゴという女の子のイメージが固まる。


 彼女は生粋のアホの子だった。


    ◇


 雨森ソラト一行が、巨人カブ捕獲作戦に向かう少し前―――


「ねえ、起きなよ」

「うっ、俺は……、どうなっちまったんだ?」


 ジュガイ・残菊は山頂付近にて目を覚ます。

 目の前には、橙色の髪をした整った顔立ちの少年がいた。


「このままだと君、ダサいままこの試験を終えちゃうよっ。挽回(ばんかい)しなくちゃ」

 美少年の言葉に、残菊は気を失う前の記憶を取り戻す。

 そして瞬時に顔を紅潮させ、重たい足音を鳴らして山を下りようとした。


「どこに行く気だい? 君じゃあの子には勝てないよ」

「ああ!? うるせー!! まだ勝負はついてねーよ!!」

「いいや、勝負あったね。それは君が一番理解しているはずさっ」


 残菊は黙り込む。彼自身、自覚があった。

 金髪の少女に、実力の差をこれでもかと言うほど見せつけられたこと。こんな経験は、常に他を圧倒する武力を持っていた残菊にとって、初めてのことだった。


「しかも、君はDグループのリーダーから戦力外通告まで受けている。威勢良く飛び出した割には、こっ酷くやられて桜水まで奪われたのだから」

「戦力外だと!? この俺が!?」

 残菊はあまりの屈辱に顔を(ゆが)める。

 そんな彼に、少年は微笑みかける。


「君の名誉を回復する方法があるんだけど、聞きたいかい?」

 神々しくも掴みどころのない笑みを向け、美しき少年は啓示を授けるがごとく、残菊にその内容を伝えた。

お読みいただきありがとうございました。

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