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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
53/117

殿

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「あれが四鹿苦、大きい……」

 僕は、初めて目にした珍獣・四鹿苦のサイズに驚きを隠せなかった。

 僕の知っているシカという動物によく似ているが、大きな角が4本に、シカの2倍ほどの体長から、それが似て非なるものだということが分かる。


 僕たちの作戦チームは現在、四鹿苦の縄張り付近にまで歩を進め、縄張りを一望できる丘の上で、今後の動向を確認していた。

「まず、この縄張りを突破しなければなりません。見つからずに通過したいですが、上手くいかなかった場合、タツゾウを(おとり)にして逃げます」

「なんでだよっ!!」

 レイアさんが、至ってふざけた様子を見せずに、タツゾウに殿(しんがり)を担わせる。


「大丈夫だ。俺たちは忘れない……」

「仕方ないけ。誰かが残んなきゃいけないんだけ」

「レイア様がそう言うのですから、喜んで引き受けなさい。光栄なことです」

 マータギ君、キコリ君、ファナさんの3人が、次々にタツゾウの殿役を認めたような発言をする。


「お、お前らまで……」

 タツゾウは、裏切られたような表情を見せて固まってしまった。



 大きな雑草で体を覆う。匍匐前進で縄張りを抜けるべく、ジリジリと少しずつ進んでいく。

 私語厳禁で、全員がバラバラに散りながら進むことで、四鹿苦に見つかる確率をできる限り減らす。


 皆の進むスピードが速い。

 このままでは、僕一人だけこの四鹿苦の縄張りに取り残されてしまう。


「キイーーーン」

 僕がうつ伏せになっている横で、一匹の四鹿苦が甲高い鳴き声を上げる。

 こんな鳴き方をするんだ、とバレてはいけないので心の中でつぶやく。


 もちろん初めて見る野生の珍獣に恐怖心はある。

 でも僕は、野生の珍獣をこんなに間近で見られることに、大きな感動を覚えていた。


 四鹿苦は、大きな角を駆使して木の上の木の実を取る。角に突き刺し、頭を振って振り落としてから食べるのだ。

 へえー、と再び心の中で感嘆する。あの大きな角は、始めは自分の身を守るためにあるものだと思っていたが、このような使い方もできるのだ。


 このように、余所見(よそみ)をしては進み、再び余所見をしては気を取られ、を繰り返している内に皆との距離がさらに開いていってしまった。

 少し急いで、距離を詰めようと試みる。


 パキン。

 やってしまった。やってしまったのだ。

 焦って進んだために、足元の少しだけ太い木の枝に気付かなかった。


「あわわわわわわ」

 恐る恐るゆっくりと振り返る。

 すると目の前には、木の実を食べていたはずの四鹿苦の顔があった。


「あはー……、お邪魔してまーす……」

「キイーーーーーーーーーン!!」


 見つかってしまった。僕はその四鹿苦に派手に威嚇される。じきに、たくさんの四鹿苦たちが集まってくるだろう。


 皆に助けを呼ぶ視線を向ける。

 始めに見えたのはレイアさんの呆れた表情。本当に申し訳ない気持ちになる。

 次に見えたのは、ファナさんの無表情。あの人は助けに来てはくれないだろう。見捨てる気満々だ。


「キイーーーーーーーーーン!!」

 四鹿苦が、その身を後ろに引き、再び押し出すことで突進を繰り出してくる。


 ズーン!!

「ぎゃーーーーーーーーー!!」

 間一髪で初撃を躱す。枝分かれした角の間に、運良く体が入ってくれた。おそらく二度目はないと思われる神回避だ。


「ソラト!!」

 始めに駆けつけてくれたのはタツゾウだった。

 タツゾウは高く飛び跳ね、その手に持つ大太刀を振りかぶる。


 ガキン!

 上段からの攻撃を、四鹿苦が角で難なく受け止める。

 そして、彼の身体を後方へと振り払った。


「無事かソラト?」

「うん、おかげで助かったよ!」

 僕は立ち上がり、電気ショックガンを四鹿苦に向けて構える。


「気を付けてください。その角に一度触れれば、どこに居ようとも居場所を感知・特定されます。それが、珍獣・四鹿苦の異能です」

 レイアさんが僕とタツゾウに、四鹿苦についての情報を伝えて警告する。


「おいソラト、先に行け!」

「え!?」

「俺が囮になる。大丈夫だ、後で追いつくぜ。ここは任せとけ!」

「そ、そんな……」

 タツゾウの覚悟を決めた眼差しを見て、僕は何も言うことができなかった。


「ソラト、何をしているのですか? 早くここを抜けますよ、急いでください」

「で、でも……、タツゾウが……」

「良いから急いでください」

「は、はい……」


 僕は、一人残ったタツゾウを見ながら、レイアさんの圧に負けて走り出す。

 タツゾウは、前方の敵から目を逸らさず、こちらを振り向くことは無かった。

 全員で一目散に縄張り内を駆け抜ける。



 息を切らしながらもなんとか縄張りを抜けた僕たちは、深い森の手前で、その荒げた息を整えていた。

「ぜえ……、はあ……、タツゾウ、置いてきちゃった」

 木に手をついて、息を整えながらつぶやく。僕は、激しい焦燥を感じていた。


「あいつなら、まあ大丈夫だろ……。強いしな……」

 マータギ君が自信なさげにそんなことを言う。

「メーちゃん知ってるよ。あの四鹿苦って言う珍獣、たくさん来たら強い戦士でも結構ヤバいって」

「じゃ、じゃあ隙を見て逃げてくるだろ、多分……」

 メンコの情報を受けて、マータギ君は再び自信なく答える。


「そもそも、あなたがクソみたいなドジを踏むから悪いのです。再三注意するように言われたはずなのに、あり得ないでしょう」

「す、すいません……」

 ファナさんが、僕の失態を厳しく叱責(しっせき)する。

 当然の流れだ。皆まで巻き込んでしまった。


「僕、戻ります」

「ダメです」

 レイアさんが、僕の発言に食い気味で即答する。


「時間がない上に、あなたは巨人カブの幼子を所持しています。その巨人カブに何かあればどうするのですか? あなたから離れたがらないのですよね?」

「そうなんですけど……」

「私も、何も考えずに彼を囮役にした訳ではありません。捕獲作戦を行う上で、これ以上人数を減らすことはできませんから、すぐに巨人カブの成体を捕え、戻りましょう」

 レイアさんは、タツゾウの力を見込んで、彼をピンチに陥った時の殿役にしたのだ。


「……わかりました」

 彼女の言うことに従う。

 タツゾウのことが心配だ。だからこそ、早めにこの作戦を終える必要がある。


    ◇


「やばいぜチクショー」

 タツゾウは追い込まれていた。

 何十匹という四鹿苦を前に、防戦一方で、角による攻撃をいくつも浴びていた。


「どんだけ離れても、撒いたと思っても付いてきやがる。これがレイアの言ってた四鹿苦の異能なのか?」

「「「キイーーーーーーン!!」」」


 四鹿苦の群れはタツゾウの姿を見失ったとしても、居場所をすぐに特定し、集団で彼に襲い掛かってくる。

 四鹿苦の異能「千里追跡(せんりついせき)」は、一度頭の角に触れた生命体を一個体だけ記憶し、たとえ何千里離れていようともその足跡を追えるという能力である。


「気合い入れろ、俺! ここで転送されるわけにはいかねえぜ、約束があるからな!」


 木陰に隠れていた彼に死角から一匹飛び掛かってきた。

「キイーーーーーーン!」

 角を差し向け、串刺しにしようとする。


「くそっ! また見つかっちまった!」

 タツゾウは大太刀を水平に構え、ガードの態勢に入る。


 ガキーン!!

「ぐっ!」

 体長約2メートルもある野生生物と、少し体の大きい人間では圧倒的にパワーが違う。

 一対一で、タツゾウは押し負けた。


「ぐわあっ!!」

 後方に吹き飛ばされる。

 彼はその衝撃で、大太刀を手から(こぼ)してしまう。


(なんじ)、戦士であれば、武器を自ら手離すことあれど、敵に手離されることなかれ』

 タツゾウの脳裏を、いつか彼が聞いたセリフが流れる。


「やべえ、師匠に怒られちまうぜ」

 タツゾウの大太刀は、既に別の四鹿苦によって踏みつけられていた。

 そして、数十匹の四鹿苦が彼を取り囲む。


「へっ、絶体絶命って奴だな。けどよ……」

 タツゾウは、絶望的な状況を前にして、ニヤリと歯を見せて笑う。


「珍獣と素手で取っ組み合いってのも、悪くねえかもな!」

 彼は、この状況を少しだけ楽しんでいた。


『真の強者は、たとえ己の手に持つ剣を落とそうとも、心の内の剣までは落とさん』


 再び、彼の脳裏を彼の師の言葉が駆け巡る。

「真面目に稽古(けいこ)を受けてきたわけじゃねえのに、案外覚えているもんだな」

 そう言った後、両手の拳を握り、顔の前でやや左手を前にして構える。


「「キイーーーーーーン!!」」

 今度は二匹の四鹿苦が、前方後方から同時に飛び掛かってくる。


「『汝いかなる苦境にあっても、心の内の剣を落とすことなかれ』。俺の師匠の言葉でよ、悪いけど、諦めるわけにはいかねーんだわ」


 タツゾウは、前方の敵の鼻に右ストレートを食らわせる。

 続けて後方の敵に右足で、同じく鼻を上向きに蹴り飛ばす。


「「キヒイーーーン!!」」

 攻撃を食らった二匹は怯んで後方へと下がる。

 しかし攻撃を与えたタツゾウも、パンチと蹴りを当てる際に、四鹿苦の長い角に皮膚を引き裂かれ、ダメージを負う。


「キイーーーーーーン!!」

「うおおおおっ!!」

 取っ組み合いは続く。


 正確に四鹿苦の鼻に狙いを定め、攻撃をヒットさせるタツゾウではあったが、パンチや蹴りを当てるたびに傷は増える。

 消耗していくタツゾウに対して、四鹿苦たちは次々に交代しながら戦力を投入していく。


「まだまだだぜ!」

 彼の赤き瞳には、まだ闘志の炎が灯されていた。

 タツゾウは、自分の大太刀を踏みつぶしている四鹿苦目掛け、走って詰め寄る。


「取っ組み合いも楽しいけどよ、そろそろお前らの角が痛くてしょうがねー」

 そのまま四鹿苦の体の下へと勢い任せに滑り込む。


「返してもらうぜ、俺の武器!」

 下方から力強く、右拳を天に向かって突き上げた。

 四鹿苦は、自身の顎部に受けた衝撃に耐えられず、その場で横に倒れる。


 タツゾウは大太刀を拾い上げ、周囲の四鹿苦に向けて、大きく振り回す。

「はあっ! とりゃあー!」

「「「キヒイーーーーーーン!!」」」

 近くにいた数匹の四鹿苦を()ぎ払った。


「どんなもんだ!」

「「「キイーーーーーーン!!」」」

 大振りを当てて喜ぶのも束の間、群れは畳みかけてくる。

 彼らは野生の本能で、相手が弱っていることを感じ取っていた。


「はあ、はあ、まだまだー!」

 四鹿苦たちは、四方八方から一人の青年に複数で襲い掛かる。

 ガキーン!! ドーン!!

 タツゾウは、正面から来た一体の攻撃は凌げたものの、他の方向から来た四鹿苦の攻撃をもろに食らう。


「ぐうっ!!」

 彼の身体が宙を舞う。身体のあらゆる箇所に角が突き刺さり、全身から血が弾け飛んだ。

 堅い地面に叩きつけられ、その場の草が紅に染まっていく。


 ドタッドタッドタッ!

「チクショー、ここまでなのか……。体が全く動かねえ」

 トドメと言わんばかりの無慈悲な突進が迫ってくる。

 しかし、彼の身体は思うように動かず、視界も(もや)がかかってきていた。


 ドゴーーーーーーーーーン!!

 突進してきた四鹿苦の身体が、目の前で横方向に飛ばされ、木に激しく衝突する。


 薄れゆく意識の中で、タツゾウはぼんやりとだが目にした。

 大木を連想させる巨漢を。


「大型のシカがいるって聞いて来たけどよ、俺とそんな変わんねーじゃねーか」

お読みいただきありがとうございました。

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