カブ太
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
怪物は、人を見つけてはその戦場を蹂躙していった。
その結果、山頂付近で「桜水」の争奪戦に参戦したGグループのメンバーをほぼ全滅に追い込み、Aグループの戦力にも多大なダメージを与えた。
ところどころ、危うく味方を攻撃しかけた場面も見られ、「桜水」の争奪を行っている3グループに山からの「撤退」の選択肢を頭によぎらせた。
Gグループにて―――
「あいつはやばい! これじゃ全滅だ! 試験を突破する他の方法を探そうぜ! 皆失格になるのは嫌だろ?」
グループのリーダー格の人物が、撤退を提案する。
「確かにな……」
「それはそうだ」
「賛成! こんなところ一刻も早く下りましょう!」
異を唱える者もなく、意見のまとまりを見せる。
Gグループ撤退。
Aグループにて―――
「分かった。さっきは留年寺なんちゃらって奴のせいで、桜水までたどり着けなかったけど、つまり、今はその残菊って奴をぶっ飛ばせば、桜水は私たちのものってわけだ」
Aグループの筆頭であるクロハは、グループの大多数を引き連れて桜水を獲りに来ていた。
そして、彼女は怪物の情報を聞いても一切の動揺を見せることは無かった。
「ま、まさか、戦う気か?」
クロハの正気を疑うこの少年は、先ほど残菊を木陰から息を潜めて観察し、命からがら逃げ帰った者である。彼がAグループに残菊の情報を持ち帰ったのだ。
「逃げたい奴は逃げれば良い。私一人でも桜水を手に入れる」
Aグループ・クロハ残留。
Dグループにて―――
「残菊の奴ヤバいぜ! 俺たち味方なのに殺しに来やがった!」
「マジでいい加減にしろよあいつ!」
メンバーの不満は爆発し、下山を希望する者で溢れかえった。
「どうすんだ? なんか続行できそうにないぜ?」
タツゾウは、リーダーであるレイアに考えを尋ねる。
「…………。そうですね、このまま続行というのも不可能でしょう」
レイアはしばらく考え込んでから、現状維持の不可という結論に至る。
「皆さん、聞いて下さい。これから言う一部のメンバーを残して、拠点に戻ってください。戻ったメンバーは、一班、二班に手を貸してあげてください」
彼女の指示に従って、Dグループは居残り組と下山組に分かれる。
「残ったのは10人か。本当に大丈夫なのかよ? 少な過ぎねえか?」
タツゾウは、残存戦力に多少の不安を覚える。
「あなた、レイア様の考えを信じられないと言うのですか? 不敬ですね。息の根を止めて差し上げましょうか?」
「はあ? 何だテメー、やれるもんならやってみろよ!」
ファナの突然の殺害予告に、タツゾウが激しく反応して眼を飛ばす。
「やめなさいファナ、こんなところで言い争っている場合ではないわ。あなたもです、タツゾウ。これくらいのことで騒がないで下さい」
「殺害予告がこれくらいのことだとぉ?」
レイアとファナの持つ歪な常識にタツゾウは驚愕し、この後に言葉を紡ぐことができなかった。
そんなタツゾウを他所に、レイアは自分の考えを告げる。
「ジュガイ・残菊によって、どのグループにも多大な影響が出ています。味方の私たちにすら退くことを選択させるのですから、下山を考えるグループもあると思われます。桜水を取りに行くのであれば、今が好機です」
筋の通った説に、全員がコクコクと首を縦に振る。
「さすがです、レイア様。間違いなく上手くいきます」
ファナはレイアの考えを全肯定し、指示に従う旨を伝える。
「分かったぜ。お前を信じる」
タツゾウも理解を示す。
「了解っす」
「レイア様がそう言うなら」
「よし、行こうぜ!」
他の居残りメンバーも次々に賛同し、結局全会一致で桜水を取りに行くことになった。
「皆さん、ありがとうございます」
レイアは、10人全員に感謝を表する。
Dグループ残留。
「見つけたぜ、桜水」
残菊は、この山の頂上付近に2本だけ生えた小さな苗木を見てそう呟いた。
「桜苗木、この桜のようにピンクの葉から搾り取ることで得られるエキスが、桜水だよ。やったね残菊君、早く持ち帰ろうよ」
ベシモは、一本の桜苗木を引っこ抜き、残菊に手渡す。
「おいら、腹減って死にそうだよ~」
ランチョの我慢は限界を迎えていた。口が寂しいのか、自分の右手の親指をくわえている。
「んじゃあ、さっさと戻って、あいつらが俺たちに頭が上がらないところを見てやるとするか。あの偉そうな女がどんな顔をするのか、早く見たくてウズウズするぜ! ワハハハハハハッ!」
残菊は、歯を見せながらあくどい笑い方をする。
「残菊君に出くわした人たちも災難なもんだよ。話なんて全く聞いてもらえずに消されていったんだから。でもしょうがないよね。だって弱かったんだから。クフフフ」
ベシモは口元を抑えて静かに見下したような笑い方をする。
そんな彼らのもとに、堂々と正面切って歩いてくる影が一つ。
残菊が気配に気づき、その方向を振り向く。
「おい、これ持って先下りてろ。命知らずが来たみてえだ。勘違い野郎をぶちのめしてくる」
そう言うと、ベシモに2本の桜苗木を渡す。
「分かった、先に行ってるよ」
ベシモはそう返すと、ランチョと共に山を下りていった。
「一人で良いのか? 私は、三人掛かりでも良かったんだけど」
残菊の目の前に立つ者は、両手に電気ショックガンを携えている。
足を肩幅に広げ、二丁の電気ショックガンを前方の残菊へと向けてロックオンする。
クロハだった。
残菊同様に、彼女も自分が負けるビジョンなど浮かんでいなかった。
「ハッ、久々だぜ、俺にそんな舐めた口きく奴はよぉ。今に思い知らせてやるぜ。自分がどんだけ愚かなこと言ってんのかをよ!」
残菊は、苛立ちと同時に、喜びを覚えていた。
「俺はよお、テメーみてえな自信家を葬るのが一番好きなんだ。自分を強者だと思っている馬鹿をねじ伏せて、現実見せてやんだよ」
彼は自分の趣向を嬉々として語る。
争の国でもジュガイ・残菊は、名を馳せる格闘士であり、一対一では負けたことがなく、最強と名高い。
争の国軍の高名な剣士と素手で戦い、病院送りにした経歴も持つ。その話題は、広く国外にまで轟いている。
「逃げるか戦うか、今なら選ばせてやる。本来強者が持つ選択権を、この俺様がお前にくれてやるって言ってんだよ!」
残菊はクロハに対し、ワン・オン・ワンを考え直す機会を与える。
しかし、クロハは片方の眉をひそめるだけで、その場から動こうとはしなかった。
「もういいか? 興味ない奴の話なんか長々と聞いてられないんだけど。あと、お前が素手なら私も素手でいこうか?」
その言葉が、残菊のギアを一気に全開まで引き上げる。
「テメーはもう終わりだ。ここでぶち殺す! 土下座したところで許さねえ」
残菊は目を大きく開け、見た目だけ見れば可憐なる美少女に眼を飛ばして威圧する。
「素手じゃなくて結構だ。全力のテメーを叩き潰して、俺の前に立ったことを後悔させてやる!」
両者構える。
日はもう完全に暮れていた。
◇
第三班の大多数が山を下りてきてからというもの、話題はジュガイ・残菊のことで持ち切りだ。
下山してきた人たちの話を聞く限り、ジュガイ・残菊の暴れっぷりは凄まじく、あの山で多くの受験生を「転送」させた事実からも、彼の規格外な実力が窺える。
僕は、そんな彼の一撃を食らって、本当によく生きていたものだと改めて思う。
「あいつ、俺たちに向かって全力の右ストレートぶち込んできやがった! 敵か味方ぐらい確認しろっつーの!」
「強いからってなんか勘違いしてるんじゃない?」
「俺たち一班の手伝いもしないで何やってんだよ!」
批判の声が殺到している。
現在、四鹿苦の群れから傷だらけで戻ってきた第一班と、僕とメンコの第二班、そして先ほど山から下りてきた第三班のほとんどのメンバーが、この本拠地にいる。
第一班は、四鹿苦の縄張りから糞を持ち帰った後、四鹿苦の群れに感づかれて、追いかけ回されたらしい。彼らは犠牲を伴いながらも、目的のものを持ち帰ってきてくれた。
レイアさんは、こんな時のために戦力をバランスよく配分していたのだろう。
僕とメンコも散々歩き回った末に発見した川で水を汲み、クタクタになりながら四つのバケツを持ち帰ってきた。
要するに僕たちは、巨人カブの育成の工程を、残すところ「桜水をかける」のみというところまで完了していた。
「見て、ソラト! 芽が出てる!」
隣にいたメンコが、唐突に僕の肩をたたいて、カブの種を植えてある土の方を指さし、視線を誘導する。
そこには、チョコンとした小さな苗が土から顔を出していた。
「本当だ!」
驚きと若干の感動を覚えた。グループの皆と協力して種から芽を出せたことに、少しだけ達成感を感じることができたからだ。
ゴソゴソ、ゴソゴソ。
感動を覚えた直後に異変に気付く。何かおかしい。
風は吹いていない。
土が動くはずがない。苗が動くはずがない。
「ねえ、なんか動いてない?」
「うん……、なんだろう……」
僕とメンコは、苗から目を離さずに異変を確認し合う。
自然と体が引き寄せられる。なぜだか、苦しんでいるような気がした。
「えっ、触るの!?」
メンコが口を押さえ、怯えた様子を見せる。
「多分……、大丈夫、だと思う……」
確証がないため、自信の無い返答になってしまう。
そっと、手を動いている土に近づける。
土を掘り起こし、蠢いている何かしらを両手ですくって持ち上げた。
「かふっ」
何かしらが声を発した。
それは、僕の両手に収まるほど小さなまん丸いカブだった。
しかし、普通のカブではない。
真っ黒の丸い目二つに、口と思われる穴もある。
カブから生えている二つの束になった根っこは、前足のように前方にタランと垂れている。
カブは、その丸い目で、じーっと僕の方を見つめていた。
「かわいい……」
いつの間にか近寄っていたメンコが、沈黙を破る第一声を発する。
「かふーっ」
小さなカブが、再び声を発する。
「がわいいー!」
メンコは、そのカブの愛くるしい姿に一瞬でメロメロにされていた。
「おいソラト! なんだそいつ!?」
「きゃーっ、なに!? ちょーかわいいんですけど!」
「なあ、俺にも触らしてくれよ!」
僕のもとに、さっきまで残菊の話題で盛り上がっていた人たちが集まり出し、一瞬で周りを取り囲まれてしまった。
「俺も触りたい!」
「私も私も!」
「ちょっとだけだからよ!」
「え、えーっと……」
いっぺんに押し寄せられ、収拾がつかなくなり、困惑してしまう。
「ちょーい! カブ太が困ってるでしょうが! 離れなさいよ!」
メンコが集まってきた人だかりを押しのけ、この場を一時落ち着かせる。
彼女に勝手に「カブ太」と名付けられた小さなカブは、騒がしい身の回りを物珍しそうに眺めている。
「一人ずつ! 順番に!」
メンコの言葉に従い、僕は始めに触りたいと言ってきた人にゆっくり手渡そうとする。
「かーふーっ!」
しかし、カブ太はそれを拒むように、体を僕の手のひらにスリスリと擦り付けてきた。
「「「がわいい~!!」」」
全員が口を揃えて叫ぶ。
カブ太は、Dグループの皆の心をいとも簡単に撃ち抜いてしまった。
お読みいただきありがとうございました。




