表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
49/117

カブ太

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 怪物は、人を見つけてはその戦場を蹂躙(じゅうりん)していった。

 その結果、山頂付近で「桜水」の争奪戦に参戦したGグループのメンバーをほぼ全滅に追い込み、Aグループの戦力にも多大なダメージを与えた。

 ところどころ、危うく味方を攻撃しかけた場面も見られ、「桜水」の争奪を行っている3グループに山からの「撤退」の選択肢を頭によぎらせた。



 Gグループにて―――


「あいつはやばい! これじゃ全滅だ! 試験を突破する他の方法を探そうぜ! 皆失格になるのは嫌だろ?」

 グループのリーダー格の人物が、撤退を提案する。


「確かにな……」

「それはそうだ」

「賛成! こんなところ一刻も早く下りましょう!」


 異を唱える者もなく、意見のまとまりを見せる。

 Gグループ撤退。



 Aグループにて―――


「分かった。さっきは留年寺なんちゃらって奴のせいで、桜水までたどり着けなかったけど、つまり、今はその残菊って奴をぶっ飛ばせば、桜水は私たちのものってわけだ」


 Aグループの筆頭であるクロハは、グループの大多数を引き連れて桜水を獲りに来ていた。

 そして、彼女は怪物の情報を聞いても一切の動揺を見せることは無かった。


「ま、まさか、戦う気か?」

 クロハの正気を疑うこの少年は、先ほど残菊を木陰から息を潜めて観察し、命からがら逃げ帰った者である。彼がAグループに残菊の情報を持ち帰ったのだ。


「逃げたい奴は逃げれば良い。私一人でも桜水を手に入れる」

 Aグループ・クロハ残留。



 Dグループにて―――


「残菊の奴ヤバいぜ! 俺たち味方なのに殺しに来やがった!」

「マジでいい加減にしろよあいつ!」

 メンバーの不満は爆発し、下山を希望する者で溢れかえった。


「どうすんだ? なんか続行できそうにないぜ?」

 タツゾウは、リーダーであるレイアに考えを尋ねる。

「…………。そうですね、このまま続行というのも不可能でしょう」

 レイアはしばらく考え込んでから、現状維持の不可という結論に至る。


「皆さん、聞いて下さい。これから言う一部のメンバーを残して、拠点に戻ってください。戻ったメンバーは、一班、二班に手を貸してあげてください」

 彼女の指示に従って、Dグループは居残り組と下山組に分かれる。


「残ったのは10人か。本当に大丈夫なのかよ? 少な過ぎねえか?」

 タツゾウは、残存戦力に多少の不安を覚える。


「あなた、レイア様の考えを信じられないと言うのですか? 不敬ですね。息の根を止めて差し上げましょうか?」

「はあ? 何だテメー、やれるもんならやってみろよ!」

 ファナの突然の殺害予告に、タツゾウが激しく反応して眼を飛ばす。


「やめなさいファナ、こんなところで言い争っている場合ではないわ。あなたもです、タツゾウ。これくらいのことで騒がないで下さい」

「殺害予告がこれくらいのことだとぉ?」

 レイアとファナの持つ(いびつ)な常識にタツゾウは驚愕(きょうがく)し、この後に言葉を(つむ)ぐことができなかった。

 そんなタツゾウを他所(よそ)に、レイアは自分の考えを告げる。


「ジュガイ・残菊によって、どのグループにも多大な影響が出ています。味方の私たちにすら退くことを選択させるのですから、下山を考えるグループもあると思われます。桜水を取りに行くのであれば、今が好機です」

 筋の通った説に、全員がコクコクと首を縦に振る。


「さすがです、レイア様。間違いなく上手くいきます」

 ファナはレイアの考えを全肯定し、指示に従う旨を伝える。

「分かったぜ。お前を信じる」

 タツゾウも理解を示す。


「了解っす」

「レイア様がそう言うなら」

「よし、行こうぜ!」

 他の居残りメンバーも次々に賛同し、結局全会一致で桜水を取りに行くことになった。


「皆さん、ありがとうございます」

 レイアは、10人全員に感謝を表する。

 Dグループ残留。



「見つけたぜ、桜水」

 残菊は、この山の頂上付近に2本だけ生えた小さな苗木を見てそう呟いた。


桜苗木(さくらなえぎ)、この桜のようにピンクの葉から(しぼ)り取ることで得られるエキスが、桜水だよ。やったね残菊君、早く持ち帰ろうよ」

 ベシモは、一本の桜苗木を引っこ抜き、残菊に手渡す。

「おいら、腹減って死にそうだよ~」

 ランチョの我慢は限界を迎えていた。口が寂しいのか、自分の右手の親指をくわえている。


「んじゃあ、さっさと戻って、あいつらが俺たちに頭が上がらないところを見てやるとするか。あの偉そうな女がどんな顔をするのか、早く見たくてウズウズするぜ! ワハハハハハハッ!」

 残菊は、歯を見せながらあくどい笑い方をする。


「残菊君に出くわした人たちも災難なもんだよ。話なんて全く聞いてもらえずに消されていったんだから。でもしょうがないよね。だって弱かったんだから。クフフフ」

 ベシモは口元を抑えて静かに見下したような笑い方をする。


 そんな彼らのもとに、堂々と正面切って歩いてくる影が一つ。

 残菊が気配に気づき、その方向を振り向く。


「おい、これ持って先下りてろ。命知らずが来たみてえだ。勘違い野郎をぶちのめしてくる」

 そう言うと、ベシモに2本の桜苗木を渡す。

「分かった、先に行ってるよ」

 ベシモはそう返すと、ランチョと共に山を下りていった。


「一人で良いのか? 私は、三人掛かりでも良かったんだけど」


 残菊の目の前に立つ者は、両手に電気ショックガンを携えている。

 足を肩幅に広げ、二丁の電気ショックガンを前方の残菊へと向けてロックオンする。


 クロハだった。

 残菊同様に、彼女も自分が負けるビジョンなど浮かんでいなかった。


「ハッ、久々だぜ、俺にそんな舐めた口きく奴はよぉ。今に思い知らせてやるぜ。自分がどんだけ愚かなこと言ってんのかをよ!」

 残菊は、苛立ちと同時に、喜びを覚えていた。


「俺はよお、テメーみてえな自信家を(ほうむ)るのが一番好きなんだ。自分を強者だと思っている馬鹿をねじ伏せて、現実見せてやんだよ」

 彼は自分の趣向を嬉々として語る。


 争の国でもジュガイ・残菊は、名を()せる格闘士であり、一対一では負けたことがなく、最強と名高い。

 争の国軍の高名な剣士と素手で戦い、病院送りにした経歴も持つ。その話題は、広く国外にまで轟いている。


「逃げるか戦うか、今なら選ばせてやる。本来強者が持つ選択権を、この俺様がお前にくれてやるって言ってんだよ!」

 残菊はクロハに対し、ワン・オン・ワンを考え直す機会を与える。

 しかし、クロハは片方の眉をひそめるだけで、その場から動こうとはしなかった。


「もういいか? 興味ない奴の話なんか長々と聞いてられないんだけど。あと、お前が素手なら私も素手でいこうか?」

 その言葉が、残菊のギアを一気に全開まで引き上げる。


「テメーはもう終わりだ。ここでぶち殺す! 土下座したところで許さねえ」

 残菊は目を大きく開け、見た目だけ見れば可憐(かれん)なる美少女に眼を飛ばして威圧する。

「素手じゃなくて結構だ。全力のテメーを叩き潰して、俺の前に立ったことを後悔させてやる!」


 両者構える。

 日はもう完全に暮れていた。


    ◇


 第三班の大多数が山を下りてきてからというもの、話題はジュガイ・残菊のことで持ち切りだ。

 下山してきた人たちの話を聞く限り、ジュガイ・残菊の暴れっぷりは凄まじく、あの山で多くの受験生を「転送」させた事実からも、彼の規格外な実力が(うかが)える。

 僕は、そんな彼の一撃を食らって、本当によく生きていたものだと改めて思う。


「あいつ、俺たちに向かって全力の右ストレートぶち込んできやがった! 敵か味方ぐらい確認しろっつーの!」

「強いからってなんか勘違いしてるんじゃない?」

「俺たち一班の手伝いもしないで何やってんだよ!」

 批判の声が殺到している。


 現在、四鹿苦の群れから傷だらけで戻ってきた第一班と、僕とメンコの第二班、そして先ほど山から下りてきた第三班のほとんどのメンバーが、この本拠地にいる。


 第一班は、四鹿苦の縄張りから糞を持ち帰った後、四鹿苦の群れに感づかれて、追いかけ回されたらしい。彼らは犠牲を伴いながらも、目的のものを持ち帰ってきてくれた。

 レイアさんは、こんな時のために戦力をバランスよく配分していたのだろう。


 僕とメンコも散々歩き回った末に発見した川で水を汲み、クタクタになりながら四つのバケツを持ち帰ってきた。

 要するに僕たちは、巨人カブの育成の工程を、残すところ「桜水をかける」のみというところまで完了していた。


「見て、ソラト! 芽が出てる!」

 隣にいたメンコが、唐突に僕の肩をたたいて、カブの種を植えてある土の方を指さし、視線を誘導する。

 そこには、チョコンとした小さな苗が土から顔を出していた。


「本当だ!」

 驚きと若干の感動を覚えた。グループの皆と協力して種から芽を出せたことに、少しだけ達成感を感じることができたからだ。


 ゴソゴソ、ゴソゴソ。


 感動を覚えた直後に異変に気付く。何かおかしい。

 風は吹いていない。

 土が動くはずがない。苗が動くはずがない。


「ねえ、なんか動いてない?」

「うん……、なんだろう……」

 僕とメンコは、苗から目を離さずに異変を確認し合う。

 自然と体が引き寄せられる。なぜだか、苦しんでいるような気がした。


「えっ、触るの!?」

 メンコが口を押さえ、怯えた様子を見せる。

「多分……、大丈夫、だと思う……」

 確証がないため、自信の無い返答になってしまう。


 そっと、手を動いている土に近づける。

 土を掘り起こし、(うごめ)いている何かしらを両手ですくって持ち上げた。


「かふっ」

 何かしらが声を発した。


 それは、僕の両手に収まるほど小さなまん丸いカブだった。

 しかし、普通のカブではない。


 真っ黒の丸い目二つに、口と思われる穴もある。

 カブから生えている二つの束になった根っこは、前足のように前方にタランと垂れている。

 カブは、その丸い目で、じーっと僕の方を見つめていた。


「かわいい……」

 いつの間にか近寄っていたメンコが、沈黙を破る第一声を発する。

「かふーっ」

 小さなカブが、再び声を発する。

「がわいいー!」

 メンコは、そのカブの愛くるしい姿に一瞬でメロメロにされていた。


「おいソラト! なんだそいつ!?」

「きゃーっ、なに!? ちょーかわいいんですけど!」

「なあ、俺にも触らしてくれよ!」

 僕のもとに、さっきまで残菊の話題で盛り上がっていた人たちが集まり出し、一瞬で周りを取り囲まれてしまった。


「俺も触りたい!」

「私も私も!」

「ちょっとだけだからよ!」

「え、えーっと……」

 いっぺんに押し寄せられ、収拾がつかなくなり、困惑してしまう。


「ちょーい! カブ太が困ってるでしょうが! 離れなさいよ!」

 メンコが集まってきた人だかりを押しのけ、この場を一時落ち着かせる。

 彼女に勝手に「カブ太」と名付けられた小さなカブは、騒がしい身の回りを物珍しそうに眺めている。


「一人ずつ! 順番に!」

 メンコの言葉に従い、僕は始めに触りたいと言ってきた人にゆっくり手渡そうとする。

「かーふーっ!」

 しかし、カブ太はそれを拒むように、体を僕の手のひらにスリスリと擦り付けてきた。


「「「がわいい~!!」」」

 全員が口を揃えて叫ぶ。

 カブ太は、Dグループの皆の心をいとも簡単に撃ち抜いてしまった。

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ