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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
45/117

第一次試験、ドキドキ! 巨人カブ育て!

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「僕が創るよ。珍獣の世界」


 少年は微笑み、皆の陽と成った。

 今はまだ影。しかし、日向と日陰が反転する日もそう遠くはないだろう。

 太陽が影を生み、漆黒の闇こそが光と為る。


 今日もキューブは平穏だ。しかし安定はしていない。さながら、か細い円柱の上に載せられた板と言ったところだ。

 揺れてはいないが、揺らせば簡単に崩れ落ちる。


 実に不安定。今が平穏なだけの不穏。


    ◇


「はっ、はっ」

 息を荒げ、額から垂れる汗を気に留めず、ただひたすらに廊下を駆ける。

 やばい、間に合うだろうか。


「それでは……、始め!」

 合図と同時に着席する。

 全員が集中力を研ぎ澄ましている静かな大講堂内に、ドタバタと音が立つ。一瞬、僕は多くの受験生の目を引き付けてしまった。


「おっ! ギリギリ間に合ったな! スッキリ出たか?」

「タ、タツゾウ!?」

 緊張でお腹を下し、長時間トイレに拘束された僕に、タツゾウは試験が始まっているにもかかわらず話しかけてくる。

 内容が内容だけに死ぬほど恥ずかしい。僕の周囲からクスクスと堪えたような笑い声が起こる。


「試験中は静かに」

「すんません」

 試験監督は、実技試験の時と同じ君嶋さんという人だ。タツゾウは注意を受け、軽く謝る。


 仮試験の筆記試験は、120分で100点満点のペーパーテストで行われた。

 15歳、9学年までに抑えておくべき教養知識を測るための試験であり、実技試験同様、この試験の結果が直接合否に影響することは無い。


 この大講堂で受験しているのは、実技試験の時の500人と同じ顔ぶれだ。他の受験生たちも同時刻に別会場で試験を受けている。

 二時間の試験を終えた後、昼休憩を挟んで筆記試験の結果が発表される。


「緊張するけ」

「俺は悪過ぎなければ良いかな」

 キコリ・ショイト君とマータギ・マッケントイ君は、両者とも仮試験・実技試験の部で出会った受験生だ。

 二人とも試験再開までの期間、八併軍が仮設した避難所で過ごしていたらしい。


 大講堂の一番前の大型スクリーンに、名前と点数が席次順に映し出された。

 席次は、受験者全体の人数である5000名中、何位なのかを表している。


 第1位 麗宮司レイア  100点

 第1位 クロハ     100点

 第3位 高嶋紅葉    99点

 第3位 メイソン・藤堂 99点

 第5位 登竜門ススム  98点


 上位成績者が表示される。

「あいつの澄ました顔が目に浮かぶなー」

 横でスクリーンを見ていたタツゾウが、僕にそう言ってくる。

 彼の言う「あいつ」とは、おそらくレイアさんのことだろう。


「そうだね。レイアさんは本当にすごいよ!」

 彼女はまさしく、文武両道の才女と言えるだろう。

 麗宮司家には、それだけ高い学力と武の力、品性等が求められるということなのだろうか。


 しかし、文武両道の才女は彼女だけではなかった。

 もう一人の一位は、僕にとってとても馴染み深い響きの名前をしていた。


 クロハだ。クロハがここまで頭が良いとは思いもよらなかった。

 夢を目指して世界中から集まった受験生5000人の中のトップだ。凄くないわけがない。


 さらに、上位勢の中にはもう一人僕の知り合いがいる。

 ススム君である。ススム君は、努力家で完璧主義だ。おそらく、この試験の自分の点数にも満足はいっていないのだろう。


 クロハもススム君もこの会場には見当たらない。

 彼らのことだ。別会場でもきっと上手くやっていることだろう。僕は僕の心配をしなければ……。


 524位 マータギ・マッケントイ 89点

 ズラーっと順位が下から上へとスライドしていき、下位に下がっていく。

 僕たち4人の中で、最初に名前が出てきたのはマータギ君だった。


「いよっし! 結構良い順位だな」

 マータギ君は拳を握り締め、喜びを表現する。


 2050位 キコリ・ショイト 63点

 次はキコリ君だ。賢そうな見た目のわりに、意外にも点数は微妙だ。これがいわゆるギャップというやつだろうか。


「上出来け。良い感じけ」

 自己評価は結構高めらしい。

 ここまで僕の名前は出てきていない。手応えはあったのだが、段々と不安になってきた。


 4651位 アズマ・タツゾウ 11点

 ここまで来ると目も当てられない点数ばかりだ。あちらこちらで馬鹿にしたような笑いや、自虐的な発言、言い訳まがいの言葉などが飛び交っている。


「あちゃ~、やっちまったぜ! ま、合否に関係ないから良いけどよ」

 タツゾウは、頭の後ろで手を組み、特に気にした様子を見せず、にしししと笑った。


 そんな彼の反面、僕の心臓はバクバクいっていた。

 これはきっと何かの間違いだ。アカデミーを受験すると決めてから、勉強だって手を抜かず、それどころか以前にも増して学習時間を取っていた。


 4999位 サニ・フレワー 0点

 4999位 雨森ソラト   0点


 そして、最後尾に僕の名前が流れてきた。

 点数は0点。つまり、ただの一つも正解はないということだ。


 やってしまった。やってしまったのだ。

 隣に名前があり、同じく0点の彼とはとても仲良くなれそうだ。

 ショックで膝から崩れ落ち、四つん這いの格好で地面だけを見つめた。


「僕……、生まれ変わったら床になりたい……。何も考えなくていいから……」

「ぶわはははは! うおい! 元気出せって!」

「そ、そうだぜソラト。合否に関係するわけじゃないんだから、あんま考えすぎんなよ」

 僕の珍発言に、タツゾウは大笑いしながら元気づけてくれ、マータギ君は僕に気遣いながらもフォローしてくれる。


「ぷっ、0点って、けけけけけっ、ひどすぎるっけ」

 キコリ君は、途中まで頑張って笑いをこらえていたが、とうとう我慢しきれずに吹き出してしまった。


「おい、キコリ! 人がショックを受けているのに笑うなよな!」

「すまんけ。でも、我慢できなかったけ」

 マータギ君が、キコリ君を注意する。

 彼の人の良さが、僕のボロボロのハートに染みると同時に、情けない自分を突き付けられ、僕のメンタルへのダメージも増やしてしまう。


「皆さん、一度元の席に着いて下さい。これから、本試験の説明を行います」

 君嶋さんが、スクリーンの前に集まっている受験生たちに呼び掛ける。

 受験生たちはその呼びかけに従い、ゾロゾロと自分が元座っていた席へ帰っていく。僕たちも自分の席へと戻る。


 君嶋さんの、本試験についての説明を要約するとこうだ。

 まず、試験は一週間かけて行われる予定だったが、トラブルもあったため、期間を二日間に変更したこと。

 試験は一次と二次があり、5000人中、最終的な合格者はそのわずか10%の500人であること。

 試験を実施する場所は、理の国の「首長列島(くびながれっとう)」という島で、八併軍の航空機に搭乗して向かうこと。


 以上の三点が重要事項だった。

 仮試験の結果については、アカデミー入学後、個人の実力のデータサンプルとして使用されるそうだ。


 こうして、僕の仮試験は地獄のような心持ちで幕を閉じた。


    ◇


 筆記試験会場から少し離れた公園に、航空機が配備され、受験生たちは受験番号順で列を作らされていた。


「さすがよねー」

「実技の対人戦も凄かったけど、まさか筆記も満点とはなー」

「完璧お嬢様だわ!」

「レイア様しか勝たん!」


 受験生たちの注目の的は、麗宮司レイアであった。

 そして、彼女を注目しているのは受験生だけではない。八併軍の戦士達も同様である。

 彼らからしても、彼女は「麗宮司」というネームバリューと共に、視線を向けるのに十分な風格を(まと)っていた。

 麗宮司レイアは、約束された次世代のスターなのだ。


「レイア様、ご安心ください。良からぬ動きがあれば、このファナが見逃しません」


 レイアの侍女・ファナは周囲に目を配り、怪しい動きがないかを数秒の間隔(かんかく)も空けずにチェックしている。

 彼女も今期の受験生であると同時に、レイアの身の安全確保のために麗宮司本家から送られてきた刺客である。


「二度とあのような失態をしないためにも、たとえ試験中であっても、レイア様の身の安全を第一に考えます」


 彼女の言う失態とは、ノータリンによる麗宮司レイア誘拐(ゆうかい)事件を指す。

 この事件を踏まえ、八併軍の試験運営部は試験を安全に、確実に、円滑に行うために、試験時の警備を強化したのだ。

 ファナは、自分がついていながら主を(さら)われてしまったことについて、やるせない気持ちを抱えていた。


「悪いのはファナじゃないわ。私も気が抜けていたもの」

 レイアは、気を張り詰めているファナにフォローを入れる。

 彼女は自身の立場について重々理解しており、だからこそ、自衛の意識が強い。


 パイロットが、会場にいた受験生全員の乗り込みを確認し、離陸の準備に入る。


「レイア様は、ご自身の点数は見られましたか?」

 ファナが隣の席のレイアに尋ねた。

「いえ、見てないわ」

「満点でしたよ」

「そう、良かったわ」

 レイアの反応は、結果は分かり切っていたと言わんばかりに薄かった。


「レイア様凄いです! どうやったら勉強も武術も、レイア様みたいに凄くなれるんですか?」

 後ろの席にいた受験生が、レイアに対し、質問を投げかけてくる。


「一般人の分際でレイア様に話しかけるとは、その口お()ぎいたしましょうか?」

 先に反応したのは、ファナだった。話しかけた受験生は、「ひいっ」と声を上げる。

「やめなさいファナ、野蛮(やばん)よ」

 レイアが、ファナの暴挙を制止する。


「継続だと思います。一日に必ず、それらに触れる時間を作ることです」

「わあ、ありがとうございます!」

 受験生は、答えてくれたことがよっぽど嬉しかったのか、ファナの発言で引きつった表情が一気に明るみを帯びる。


「あの、サイン貰ってもいいですか?」

 突然の要求に、レイアは困惑した。

「私は……、まだ何も……」

 その後の言葉に詰まる。

 彼女は再び認識させられる。自分がまだ何者でもないことを。そして、何かしらを成し遂げねばならないことを……。


「私は、まだ何も成し遂げていないので……、ごめんなさい」

 アカデミー試験は、彼女にとって通過点に過ぎなかった。

 第一、ここで(つまづ)くようでは、麗宮司の名折れである。そんなことは世間が許さないことをレイアは知っていた。


 本試験の実施地「首長列島」に到着し、試験役員の指示に従って、航空機から受験生が降りていく。

 降りた後、レイアは人混みの中に見知った紺髪の少年を見かけた。


「なんだか緊張するね」

「けど、ワクワクもするぜ!」

「良い性格してるよな、タツゾウ」

「そういうメンタルはうらやましいけ」

 四人組の少年たちは、話に夢中になって周囲に目が行かない。


「あっ……」

 レイアは、話しかけようとして、途中でやめた。

 友人といるところを話しかけに行くことに、多少の躊躇(ためら)いがあったからだ。加えて、どう話しかければ良いのか、何を話すのかも彼女の中ではまとまっていなかった。


「まあ……、別に用があるわけではないので……」

「レイア様……」

 そんな彼女の様子を、ファナだけが見逃さなかった。



「この飛行機に乗ってきた皆さんは、Dグループです。グループは仮試験会場ごとに振り分けられていて、A、B、C、D、E、F、G、H、I、Jの10グループが存在します。一グループは500人で構成されています」

 全員が降りて一息ついた頃に、役員である君嶋が、ここにいる受験生全員に対して説明する。


「第一次試験は、この10グループで通過を目指して争ってもらいます。この第一次試験を通過できるグループは、10グループの内、半数の5グループ。普通にいけば、人数にして、5000人中2500人が通過者となります」


 彼の説明に、受験生は例外なく静聴している。

 漂う空気感が、仮試験の若干緩めの雰囲気から、ピリッと張り詰めたものへと移り変わる。


「一次試験、二次試験の両方で、仮試験で使用した武器の使用が可能となっています。また、試験中に命の危険があると判断した場合、当該対象者の救助を行います。救助した場合、その救助対象者は失格となります」


 全ての試験に共通するルールも説明された。

「命の危険」というワードを聞き、何名かの受験生は身体を震わせる。そういった事態が起こり得る試験ということである。


「第一次試験は……、『ドキドキ! 巨人カブ育て!』です。珍獣である『巨人カブ』を育て、試験終了時に手元のカブが大きい上位5チームのメンバーを、第一次試験クリア者とします」


 大まかな内容の説明が終わる。

 受験生たちは、次に来るであろう細かい説明を聞き逃さないようにと身構える。


「それでは皆さん頑張ってください」

 しかし、第一次試験の説明はこれだけだった。

 受験生たちはお互いに顔を見合わせ、困惑した様子を見せる。


「どういうこと?」

「もう始まってんのか?」

「説明こんだけ? 何したら良いか分かんねーよ」

 

「あのー、すいませーん」

 ざわつく中で一人、君嶋に対して不満げな顔で手を挙げる者がいた。


「意味が分かんないんすけど! 俺たち何をどうしたらいいか、細かい説明受けてないんですけど!」

 タツゾウである。彼の性格的に、疑問があれば放っておくことはできない。

「きょじんかぶ? ってやつも貰ってないし、どうやって育てるのかも分かんないんですけど!」

 全員が思っていることを、彼が代弁する。


「これ以上説明することはありません」

 しかし、君嶋の説明はこれだけだった。タツゾウの質問には答えず、そのまま航空機に戻っていく。

 受験生を運んできた航空機は、君嶋を乗せた後に飛び立ち、来た航路をそのまま帰っていった。

お読みいただきありがとうございました。

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