楽しいとおいしい
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
レイアさんのホテルを出てから、僕はタツゾウと六さんのいる宿泊先に向かった。
僕も退院したら、彼らと同じその宿泊施設を拠点に試験を受けることになっていた。
203号室。ここが僕の部屋で隣の202号室がタツゾウと六さんの部屋だ。
自分の部屋に荷物を置いて、202号室へと向かう。
「おう、ずいぶん遅かったじゃねーか! 約束は12時だぜ!」
「あはは、ごめん。道に迷っちゃってて」
「やっぱそうだったか」
タツゾウは元気に出迎えてくれた。
レイアさんと喧嘩したと聞いていたため、不機嫌なんじゃないかと思ったがそうではなかった。
「ここにはたどり着けたんだな」
「ワイフォン、ついさっき買ったんだ」
「やーっぱし持ってなかったか!」
どうやらタツゾウは、トラブル時の僕の状況がなんとなく分かっていたらしい。
部屋に入ると、六さんがベットの上で開脚をして、上半身を横に倒しているところだった。
「ソラト君、どうじゃった?」
「お話しできましたよ。来てくれるかどうか分かりませんけど……」
「ご苦労さんじゃい」
「何してるんですか?」
「ヨガじゃい」
カエルもヨガするんだ。この世界はまだまだ未知で溢れている。
約束の7時半になった。僕とタツゾウと六さんの三人は、ギリギリ約束の時間に辿り着いた。
昼食で食べたつけ麺の味を忘れられなくて、また戻ってきてしまった。
「遅かったですね。5分前行動は基本ですよ」
レイアさんは約束の時間の5分前に来ていた。
「お堅い女だな~、もっとゆったり行こうぜ」
「そう言うあなたはマイペースが過ぎますね」
出会い頭に二人の睨み合いが始まる。
「二人ともやめましょうよ。せっかくの美味しいつけ麺が、美味しくなくなっちゃいますよ。皆で楽しく食べましょう!」
せっかくの祝勝会なのだ。おいしいものは楽しく食べれば、もっとおいしくなる。
「へいらっしゃい! ん!? 昼の坊主じゃねーか!」
「また来てしまいました」
「何回来てもらっても構わねーさ! 今回は別のお友達かい?」
「はい! 祝勝会です!」
「何のかは知らねーが、いっぱい食っていきな!」
店主さんは、昼と同じテンションで温かく向かい入れてくれた。
「えっと、三人と一匹です」
「そっか。んじゃ、空いている四人席に自由に座ってくれ」
「わかりました」
「えっ!? 一匹ってなに!?」
僕たちは四人席に着く。
六さんは周りに見えないよう一番奥の席で身を潜めている。
「あのー、祝勝会の前に皆さんに言わなければいけないことが……」
僕は両手をテーブルの上に置き、脇を広げて謝罪のポーズを取る。
「この度は色々すいませんでした!」
気合を入れて謝る。大きな声で、はっきりと。
「何がだよ?」
タツゾウは、僕の謝罪に心当たりがないような顔をする。
「タツゾウには僕の我儘でついてきてもらったのに、後ろから電気ショックを浴びせるという仕打ち……」
「ふはははは、あったなー! 忘れてたぜ!」
彼が気絶する直前に放った断末魔のような叫び声、「ほんげー」については、本人も嫌がりそうなので黙っておくことにする。
「レイアさんには、屋上でのバズーカの一件と食事会の時間に遅れてしまったこと……」
「食事については怒っていないと言ったでしょう。バズーカに関してはブチ切れています」
危うく死んでいたのだ。当然だ。
「六さんには、戦闘中に足を引っ張ってしまったこと……」
「ソラト君のせいじゃないわい。それに、最終的にはソラト君のおかげであの場を脱出できたんじゃい」
六さんはフォローを入れてくれる。
「諸々本当にすいませんでした!」
テーブルに付くまで頭を下げる。
「よせよ、楽しく食べようって言ったのお前だぜ? 別に怒ってねーって。とっとと注文してつけ麺食おうぜ!」
タツゾウはそう言ってメニューを取り出し、どれにするか選び始めた。
向かい合うレイアさんとは目を合わせようとしない。
しばらくしてから彼が口を開いた。
「悪かったな。お前のこと分かろうとしなくて……」
レイアさんはタツゾウの言葉に反応し、逸らしていた目を彼に向ける。
「いえ、私こそ口が過ぎました。あなたのことを理解しようともせずに……」
レイアさんは、さっきホテルの前で持っていた紙袋を取り出し、中から僕が貰ったものと同じような包装された箱を取り出す。
「あの、これ、良かったら……」
「お! チョコレートじゃん! サンキュー!」
タツゾウはメニューから、レイアさんのチョコレートへと視線を移す。彼は差し出されたチョコレートに、いきなりテンションを上げてみせる。
六さんはその様子をにっこり笑って、嬉しそうに見つめていた。
「六助さんもどうぞ」
「ありがとうなー、レイアちゃん。あっしの分も買ってくれたんかい」
「チョコレート、食べれますか?」
「好物じゃい!」
彼は贈り物を受け取ると、満足げな表情を浮かべた。
「皆さん、何食べますか? ここのつけ麺は絶品なんですよ! 僕はこの『極旨! 神ダレつけ麵』にします!」
僕は、メニューの見開き一ページに堂々と載っている、店内人気ナンバーワンのつけ麺を指さす。
なんだかとってもおいしく食べれそうな気がする。
「店主さん、ごちそうさまでした! おいしかったです!」
「あんがとよ、坊主! また来てな!」
帰り際に店主さんに挨拶する。また機会があれば、食べに来たい。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「サンキューな嬢ちゃん!」
「おっさん、ごちそうさま! マジで旨かったです!」
「兄ちゃんもあんがとよ!」
「ごちそうさんでした。美味かったわい」
「まいどっ! また来てくださいねー!」
「えっ!? カエルが喋った!?」
◇
店のあったデパートを出ると、空は真っ暗だった。
しかし、街から発せられる光が夜の暁華街を照らし、辺りは昼さながらに明るかった。
「本当に一人で大丈夫かいな? 嬢ちゃん一人では危ないんとちゃうんか?」
六さんが、レイアさんの帰り道を心配する。
「大丈夫です。迎えも来ますので、ご心配なさらないで下さい」
僕の推測に過ぎないのだが、彼女の「迎え」は、彼女が望めばどこであろうと来てくれるのだろう。
流石はお金持ち。一般人との違いを自然に見せつけてくる。
「それでは私はこれで失礼します。皆さんも帰り道に気を付けてください」
レイアさんは、育ちの良さが伝わる丁寧なお辞儀をすると、僕らに背を向けて立ち去る。
「おい! 試験絶対落ちんなよ!」
タツゾウが、遠ざかるレイアさんの背中に向けて、大きな声で叫んだ。
「私の心配より、自分たちの心配をした方が良いのではないですか?」
振り返った彼女は、自分はもう試験に受かったも同然であるかのように言葉を返す。
「レイアさーん! 僕らも絶対合格して見せまーす!」
そんな彼女に僕は大きく両手を振って、さよならの合図を送った。タツゾウ同様に、大きな声で叫ぶ。
「ええ、あなたたちの武運を祈っています」
レイアさんは、僕らに小さく手を振り、僕らとは反対の方角へと歩いて行ってしまった。
「なんだよあいつ! 自分はもう受かったみてーによ!」
「僕たちも頑張らないとね」
「ああ、あんな奴に負けてたまるかってんだよ! ソラト、あの女をギャフンと言わせてやろうぜ!」
「うん!」
僕とタツゾウは、前回は合わせられなかった拳を合わせた。
◇
「お嬢様、夕食は何をお食べになられたのですか?」
麗宮司レイアの専属メイド・ファナは、主に尋ねた。
「つけ麺よ」
「ホテルの料理の方が、高級で良質な食材が揃っていましたのに、キャンセルされてよかったので?」
「ええ、良かったわ」
「口の肥えられたお嬢様に、一般の料理人が作るつけ麺など……、合うはずがありません」
「いいえ、そんなことなかったわ。おいしかったわよ」
レイアは、リムジンの長い窓の外を眺める。
「とっても……」
誰にも聞こえないくらいの声でボソリと呟く。
彼女の目には、夜の暁華街のまばゆい光が映っていた。
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