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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第二章・イア騒動編
42/117

不穏

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「遅いですね」

「お前もなんとなく分かってただろ? 多分、ソラトは結構どんくさい奴だぜ」

「あっしが行き方までちゃんと教えておくべきだったぜい」


 レイア、タツゾウ、六助の二人と一匹は、約束の時間の5分前から「理バックレストラン」の個室席に着いていた。

 タツゾウと六助は、約束の時間になっても現れないソラトを気にかける。反対にレイアは少し苛立ちを見せていた。


「あの男は時間も守れないのですね」

「もしかすると、今頃この暁華街を当てもなく彷徨っているのかもしれんのじゃぜい」

 その通りである。


「こんな場所、ワイフォンですぐに調べられるのにな。まさか持ってないとか?」


 タツゾウは、理の国で発明された大衆用最先端機器「Wise Phone」こと「ワイフォン」の名を口に出す。

 ワイフォンは今や世界中に普及しており、所持していないのは使い方の分からない高齢者か、かなりの辺境の住民くらいなものだ。


「今時そんなことないでしょう」

 レイアは、タツゾウの言う可能性を否定する。

「それにしても……」

 彼女は一旦この話題を切り、タツゾウの格好に目をやると、蔑むような目線を彼に向けた。


「あなたのその恰好は何とかならなかったのですか?」

「何が?」

 タツゾウの格好というのは、上下で一組のジャージのことだ。

 彼は自分の服装への指摘を受け、疑問の表情を浮かべる。


「恥ずかしくないのですか?」

「何で?」

「ここ、高級レストランですよ」


 今彼らがいる、ここ「理バックレストラン」は、「皆さんデパート」の最上階にある超高級レストランである。

 それ故、レイアはレストラン前にいたタツゾウの姿を見て、機嫌を悪くしてしまった。

 そんな中でのソラトの遅刻、彼女の怒りゲージは沸々と湧き上がってきていた。


「しょうがねーだろー。だって、高級レストランだなんて聞かされてなかったんだしよ」

「そうですね。伝えなかった私も愚かでした。それにしても、普通調べませんか?」


 この食事会の提案はレイアからのものだった。

 今回受けた恩に対して少しでも彼らに報いておきたい、そういった思いから来ていた。

 彼女は由緒正しき麗宮司家の威信を示す、美しい水色のドレスをその身に纏っている。


「調べねーよ。一般人はお金持ちと違って、レストランと言われたら、オムライスとかチャーハンが置いてある大衆レストランを思い浮かべるもんだぜ?」

「あくまでも私が悪いと言いたいわけですか……」

「まー、そうじゃね?」

「くっ」


 レイアはテーブルの下、膝の上で拳を強く握りしめる。

 彼女は、自分がこんな連中に命を救われてしまったことを深く恥じた。


「私はあなたのことが嫌いかもしれません」

「ああ、俺もだぜ。お前偉そうだしな。助けたのは、ソラトが助けるって言いだしたからで、それがなきゃ、あそこまで行ってねえよ」


 沈黙が流れる。

 六助は二人の険悪な雰囲気に気圧され、上手く話に加われていなかったが、この沈黙になんとか喋り出すタイミングを見出す。

「ごめんなー、麗宮司のお嬢さん。あっしら育ちがあまり良いもんじゃないんで、こんな豪華なところに連れてきてもらえるとは思わなんだ。お嬢さんに恥ずかしい思いをさせて本当にすまんのじゃい」


 六助は珍獣だ。人間のレストランには立ち入れない。

 明確な規定はないが、前例がないため、珍獣がレストランに立ち入ったことが周囲にバレれば混乱を招く恐れがある。

 そのため、レイアは個室席を予約していた。


「あっしのような珍獣のためにも、こんな場所を用意してくれたこと、ほんまに感謝しとるんじゃい」

「いえ、恩を受けた相手です。これくらいは当然です」

 レイアは六助の方に体を向け、膝の上の両手をまっすぐに伸ばし、深く一礼した。

「この度は、私、麗宮司レイアの命をお救い頂いたこと、深く感謝申し上げます」


 レイアの発言と行動に、六助はあたふたと慌てた様子を見せる。

「頭をお上げくだされい! 麗宮司家の娘さんに頭を下げてもらうなんざ、恐れ多いんじゃぜい!」

 六助は、ゆっくりと頭を上げたレイアを見て、ホッと胸を撫で下ろした。


「今日のところは、いったん解散した方がええかもしれんなあ。全員揃ってない上、これじゃあ、せっかくの料理もまずくなってしまうのじゃい」

 彼は、意地を張って目も合わせないタツゾウとレイアを見て、「はぁ」とため息をつく。

 そして、二人に聞こえないくらいの小さな声でポツリと呟く。

「ソラト君、はよ来てくれんかのう……」


 レストランを出た後、タツゾウとレイアはすぐに帰路に着こうとした。

 その動きを予測していた六助が即座に二人を止める。

「ちょい待ちい、二人とも連絡先は持っとるんか? 連絡が取れんかったら、また合流するのは不可能ではないか?」

 六助の問いかけはもっともだった。ここで別れれば、おそらく再び会うことはできないだろう。


 レイアは、六助の言葉に反応して振り返る。

「六助さんにも、本当はきちんとお礼をしたかったのですが、逆に不快な思いをさせてしまうようです」

 彼女は六助に対し、申し訳なさそうに言った。


「へっ、こんなに偉そうな恩返しを受けたのは初めてだぜ!」

「それ以上口が減らないのなら、ぶちのめしますよ」

 目線を合わせなかった二人が睨み合う。

 決して目をそらさない。互いのプライドがそうさせなかった。


「お前さんらいい加減にせいよ!!」


 ここまで穏和だった六助の口調が、ここに来て厳しいものに変わった。

 その変容っぷりに驚かされ、二人して目線が彼の方へと向けられる。


「お前さんらには互いを理解しようとする努力が欠けとるわい! 生まれ育った環境が違うんじゃ、そりが合わないのはなんとなく分かるわい。じゃがお互い歩み寄ろうとしないのはなぜなんじゃ?」

 レイアとタツゾウは下を向く。二人は何も言い返せなかった。


「特に、お前さんらが行こうとしている八併軍には、国が違い、文化が違い、価値観が違う人間たちが集まるんとちゃうんかい! これじゃあお前さんらの先が思いやられるわい!」

 六助は徐々に語気を強める。

 彼の言葉によって、レイアは己の未熟さを、タツゾウは自分の幼稚さを思い知らされる。


「タツ君! さっきから聞いとったらなんじゃ? お嬢さんが偉そうだのなんだのと言っとったが、お前さんが一番偉そうじゃわい! それが感謝の気持ちを表してくれた相手に取る態度かいな!」

「六さん……」

 タツゾウは露骨にションボリとしてみせる。


「お嬢さんもお嬢さんで、自分の持つ価値観が正しいと無意識に思っている節がある」

 俯いていたレイアが顔を上げ、六助の方に向き直る。

「自分の未熟さを指摘していただき、ありがとうございます。私も、あなたたちのことを理解しようとせず、独りよがりな恩返しをしようとしていました。申し訳ありませんでした」

 彼女は直角に腰を曲げ、六助に対し深く頭を下げた。

 今度は、彼女が首を垂れたことに関して六助は動揺したそぶりは見せなかった。


「今回の出会いは、偶然にしろ必然にしろ、お前さんらにとってきっと意味のあるものじゃい。まだまだ子供なお前さんらをきっと成長させてくれるはずじゃい。必ず仲良くしろとは言わん。じゃが、その縁を簡単に切ってはいかんのじゃい」


    ◇


「んーーー!! これおいしいね!」

「はいっ! このタレがすごくおいしいです!」


 僕とユウガさんは、昼食を取るためにデパート内で目についたつけ麺屋に来ている。

 そう、レストランに辿り着かなかったため、あきらめたのだ。

 ちなみに現在も遭難中である。


「極上のタレが舌に絡みついてきて、麺の旨さを引き立ててるよ!」

 ユウガさんが食レポのように、食べているつけ麵を絶賛する。

「あんがとなー嬢ちゃん! そんなに旨そうに食ってくれると、作ってるかいがあるってもんだぜ」

 つけ麺屋の店主さんが、上機嫌に笑顔で語り掛けてくる。


 ここはカウンター席と四人席がいくつかあるだけの小さなお店で、僕とユウガさんはカウンター席で、店主さんと顔を合わせながら食べている。

 見知らぬ土地のアウェー感に晒されていた僕には居心地よく感じた。


「坊主もお替りするか? イア名物『神ダレつけ麺』、もっとあるぞ!」

「ぜひお願いします!」

 タレ皿と麺の入っていた皿を店主さんに渡す。


「いいねー! 食うと大きくなれるぞ!」

 店主さんは、イアで出会った人の中では珍しく、親しみやすい雰囲気を纏った人だった。

「君たちはここ、イアの暁華街に来るのは初めてかい?」

 唐突に、質問が飛んできた。


「実はそうなんですよー! それで迷って彷徨っていたら、お腹空いてここに飛び込んできたって訳です! 私も彼も『ワイフォン』持ってないんで、探し場所が見つけられないんですよ~」

「ふははは、嬢ちゃん、そいつは厳しいぜー」

「『理バックレストラン』って名前は分かっているんですけどね~」

「ああ、そこなら隣の『皆さんデパート』の最上階だぜ」


 思わぬ収穫だった。

 彼は探しているレストランの場所を僕らに教えてくれた。ここからレストランまでの行き方を紙に書いて手渡してくれたのだ。


「あとよー、『ワイフォン』持ってないなら早めに買った方が良いぜ。嬢ちゃんと坊主がどこから来たのかは知らないけど必須アイテムだからな」

 アドバイスとレストランまでの行き方が書かれた紙を得て、僕とユウガさんはお店を出た。


「良かったの~? ご飯代私に奢っても」

「全然大丈夫ですよ! それに、約束でしたから」


 つけ麺屋での昼食代は、僕が二人分負担した。

 前回、志の国の「ボルントック」で初めて会った際も、僕はユウガさんに非常にお世話になった。

 これはその時の約束であり、彼女から受けた厚意へのお返しだ。

「覚えてたんだ。律儀だね~」


 僕とユウガさんは歩きながら「理バックレストラン」を目指した。

 もう時刻は13時を過ぎていて、今から行って間に合うかどうかわからないが、とりあえずは目指すほかない。


「そういえば、ユウガさんはどうしてここにいるんですか?」

 ふと尋ねてみる。

 思えば僕は彼女のことを何も知らない。何をしにここまで来ているのか、どうしてここまで親切にしてくれるのか。


「うーん、『空の支配者』に話を聞きにかな」

 僕は彼女の言葉に、瞬時に羽の生えた天使のような存在を思い浮かべた。


「空の支配者……? 天使に会いに来たんですか?」

「ぷっ、あはははははは」

 彼女は吹き出し、笑い出した。どうやら僕の発言がツボに入ったらしい。しばらく彼女の笑いは収まらなかった。


「違うよ、人間だよ人間! あっはははははは、面白いなー!」

「空の支配者って、人間なんですか?」

「わっはははは! そんな真剣な顔で尋ねないでよ! 比喩だよ比喩!」

 ユウガさんはひたすら笑い続け、少しして落ち着くと答え出した。


「ちょっといろいろと聞かないといけない人がいてね。その人に会いに来たの」

「はあ、ちょっと僕にはよく分からないですけど……、頑張ってください」


 ユウガさんは笑い疲れてしまったのか、「はぁー、はぁー」と息を荒げながら歩く。

 歩いていると、目の前に現れた『ワイフォンショップ』という看板が目に留まった。


「ねえ、せっかくだから買わない? 私も今持ってないし」

 ユウガさんも気付いたのか、僕に「ワイフォン」を購入しないかと尋ねてきた。


「僕使い方わかりませんよ」

「それは大丈夫、私が知ってる」

「……お金が」

「やっぱり昼食代、無理してたんでしょ」


 結局、僕はユウガさんの持ち金でワイフォンを買うことになった。

 何というか、余裕ぶって奢っただけに恥ずかしい、情けない、カッコ悪い。穴があったら、何も考えずダイブしたい。


 購入した精密機械をまじまじと見つめる。

 ワイフォンはすごい。この小さな機器に様々な情報が詰まっていて、これさえあれば離れていても人と会話ができるらしい。

 それだけではなく、様々な調べ物をこの機器を用いれば瞬時に行えるとか。


「これ、私のプロフィール。これを登録して、メッセージを送信してみて」

「はい、送信しました」

「ほら、このとおり!」

「わ、凄い! 本当に届いてる!」

「登録さえすれば、誰とでも繋がれるよ!」


 どうやらこの機器自体は世界中に普及していて、かなりの辺境地域でない限りはどこにでもあるという。

 僕はワイフォンを目にしたのは今回が初めてだったので、元いたドラミデ町や引っ越し先のビテッロ町が、世間的には辺境扱いであることに少しのショックを受けた。


 歩き続けて、「理バックレストラン」が近づいてきた頃、ユウガさんがアカデミー試験についての話題に触れてきた。

「そういえば、八併軍アカデミーの試験、延期になったんだってね。ニュースで見たよ」

 彼女は、以前、僕が八併軍アカデミー試験に挑戦するという話をしたことを覚えていた。

 やはり、世間的に見てもあの事件は大きなものだったのだろうか。


「はい、いろいろありまして……」

 僕は一般人であるユウガさんに細かく話す必要はないと思い、詳細な説明を省き、回答を濁す。

「そっかー、大変だったね……」

 彼女は、僕の回答に特に突っ込むことは無かった。


「あのさ……、やっぱり試験受けるの?」

「へっ?」


 以前、彼女は僕の無謀ともいえる挑戦に対して、快い応援の言葉をくれた。

 あの言葉があったから、あの時の僕は気持ち前向きに試験会場へと向かえたのだ。

 だからこそ、今の彼女の問いが、僕の精神面の足を引っ張ってくるような感覚を覚えた。


「それは……、どういうことですか?」

 恐る恐るその言葉の真意を尋ねる。


「いや、ただちょっと気になっただけだよ」

 彼女の返事はそれだけだった。

 そこから会話が途切れ、僕たちはただひたすらに歩き続けた。



「あのー、すいません。このレストランに銀髪の人が来ませんでしたか?」

 僕とユウガさんはレストランに辿り着き、そこの店員さんにタツゾウの行方について尋ねてみた。


「あー、一度席に着いたんだけど、注文せずにすぐに出ていってしまったよ。水色のドレスを着た美人さんと一緒でしたよ」

 なんとすれ違ってしまったのだ。タツゾウはここにはいない。

 美人さんと一緒だったというのが引っ掛かるが、居場所を見つけるのが先だ。


「いないんだって?」

「僕らが来る前に、出ていってしまったみたいです」

「そっかー、私もそろそろ時間だし、ここまでかなー。ごめんね」

「いえいえとんでもない! ここまでたどり着けたのもユウガさんのおかげです」


 事実だ。僕一人ではここまでたどり着けなかった。

 ここにタツゾウがいないと分かっただけでも大きい。


「これからどうするの?」

「ワイフォンがあるので、自分で何とかできます。本当にありがとうございました」


 これからどこに行くにしろ、ワイフォンで調べればどうとでもなるのだから便利なものだ。

 このアイテムが手に入ったのも、使えるようになったのも彼女のおかげだ。

 本当にユウガさん様様だ。


「オッケー! じゃあ次に会う時は()()()かもしれないね!」

 唐突にユウガさんが、僕を混乱させるような発言をする。


「へっ? どういうことなんですか?」

 混乱した頭を整理しながら、答えを得るために尋ねる。


「CGWが始まるんだよ」


 CGW? いったい彼女は何を言っているんだろう。

 僕が世間知らずだからだろうか。全くもって理解できない。


「じゃあね、ソラト君。お昼ご飯、ご馳走様! 今度会う時も敵同士じゃないことを祈ってるよ!」


 頭の整理は最後まで着かなかった。

 彼女が手を振りながら遠ざかっていく。それも笑顔で。

 対する僕は引きつった作り笑いで手を振り返す。


 彼女が遠くに消えてしまうのを、ただただ茫然と見守ることしかできなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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