救世主
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「んーーー、ふわーーー」
大きく背伸びをする。
数日お世話になった療養室が、外から降り注ぐ眩い光の影響からか、まるで僕を快く見送ってくれているかのようだ。
あの事件から五日が経ち、僕の体は完治した。鈍い痛みは感じられず、全身を自由に動かせる。
暑苦しかった固定具も取り外すことができて、間接も元通りに曲がるようになった。リハビリも必要ないらしい。ルーゲさんの注射は凄い効果だ。
現在午前9時。
今日は退院の日だが、それと同時にタツゾウと会う約束があった。大説教を食らった日以来会っていない。
昨日の夜、六さんが病院の窓からいきなり現れ、
『明日、この場所に12時に来るんじゃい。タツ君と待っとるわい』
とだけ言い残し、場所の名前が書かれた紙を置いて去っていった。
紙には「理バックレストラン」と書かれている。
レストランと書いてあるのだから、ご飯を食べに行くのだろうか。
12時にはまだ早いが、見知らぬ土地で見知らぬ場所を探すのだ。早いに越したことは無い。
「オ困リデスカ?」
街に降り、右も左も分からずにキョロキョロとしていると、ロボットに声を掛けられた。
この街の人達は忙しい人が多いらしく、歩くのがとても速い。
そして、僕のようなよそ者に構っている時間も無いらしい。道を聞こうとしても結構無視されてしまう。
「えっと、この『理バックレストラン』ってところに行きたいんですけど、分かりますか?」
「承知シマシタ。検索シマス」
そのためのこのロボットなのだろう。初めて見たし、当然ロボットとの会話なんて初体験だ。
僕は今、僕の中の常識を超える出来事に感動している。
「見ツカリマシタ。画面ニ表示サレマス。『イア、暁華街、3丁目、17番地、12、皆さんデパート、100階』ニアリマス。『空路タクシー』ヲ使イ、直行シマスカ?」
ロボットの顔? の部分についているモニターに地図が映し出され、現在地から目的地までの道のりが、オレンジの線で見やすく表示されていた。
僕の住んでいたドラミデ町には、いや、きっと志の国全体を見てもこんな技術はないだろう。
「凄いです! 地図がいきなり出てきました!」
新しいものを目にし、感動して思わず大きな声が出てしまった。
周りの人たちが歩きながら僕の方を振り向く。
「よそもんか?」
「きっと田舎から来たのよ」
「あれくらいで驚くってことは、理の人でもないんだろうな」
「ははは、原始人かよ」
すぐに大きな声を出してしまったことを後悔した。
文化の違いとは恐ろしい。ここの人たちにとっては、このロボットの存在は至極当然なもので、日常に溶け込んでいるのだ。
僕は口をおさえ、周りにペコペコと頭を下げる。
「あのー、『空路タクシー』って何ですか?」
また馬鹿にされてしまいそうなので、今度は声のトーンを下げて目の前のロボットに尋ねる。
「検索シマス……、検索完了シマシタ。画面ニ表示サレマス」
ロボットは、先ほどの画面に検索結果を表示した。
『空路タクシー、主に理の国の大都市にて旅客を運行する、公共交通機関の一つ。一般のタクシーと違う点として、地路に加えて空路の使用が認められていることが挙げられる』
「空路」ということは、空を飛ぶということだろうか。
好奇心が芽生えると同時に、トラウマが蘇る。空を飛ぶ機体か、ちょっと嫌な響きだ。
「空路タクシー、乗ります……」
「承知シマシタ。5分程オ待チクダサイ」
結局、僕は乗ることにした。
空飛ぶ車に乗れるということへの好奇心と、トラウマから来る不安感が僕の中でぶつかり合い、その葛藤の末、僅かに好奇心が上回った。
ピッタリ5分後、僕の目の前に「空路タクシー」はその姿を現す。
車体は浮いていた。タイヤは地面と接しておらず、横に倒れている。僕はイアに来た初日も、同じような車を見たことを思い出した。
タクシーのドアが自動で開き、アナウンスが流れる。
「ご乗車の際は、足元にお気を付けください」
タクシーの中を覗く。
しかし、そこには違和感があった。人の気配がまるっきりないのだ。
違和感の正体は、運転手の不在だった。
「あ、あの、運転手がいないんですけど……」
「ハイ、運転手ハイマセン」
どうやらこのタクシーには、運転手なんてものは存在しないらしい。
浮いているタクシーに、恐る恐る乗り込む。
「いろいろ親切に教えてくれて、どうもありがとうございました!」
「ドウイタシマシテ。イアデノ良イ旅ヲ」
僕は、動き出したタクシーの窓からロボットに向けて手を振った。
まるで人間と話しているかのようだった。確かにあのロボットがいるなら、人が案内する必要なんてないな、と納得してしまった。
イアの人達よりも親切だったな……。
そういうシステムなのかもしれないと思ったが、困っている僕を助けてくれたあのロボットに、「心」を感じ取れたような気がした。
ロボットに、機械に「心」ってあるのだろうか。
たとえば、虐殺の限りを尽くした機械生命体であっても……。
空路タクシーは、特に大きな音を立てることもなく、スイスイと街の中の道路を他の車両と同じように進んでいった。
車内のモニターに現在地と目的地が表示され、目的地に至るまでのルートに沿ってひとりでに動いている。
乗り始めは減速することなく進んでいたが、目的地が近づいてくるにつれ、道が混み合ってきた。
すると、突然アナウンスが流れ、
「時間短縮のため、空路を使用します。座席のベルトを装着し、揺れに備えてください」
と僕に忠告する。
座席の左肩付近にあるシートベルトを右下の方に持っていき、装着具にカチンと嵌め、衝撃に備えた。シートベルトは、僕の知っている一般的な車と一緒だ。見慣れたものがあると少し安心する。
ウイーン、と車両が宙に浮く。
ホッとしたのも束の間、すぐに恐怖心を覚える。窓を眺めていると、徐々に地面が遠ざかり、歩いている人やロボットが小さくなっていった。
「あわわわ、高い! 怖い! 大丈夫なのかな? 安全なのかな?」
なにせ初搭乗だ。僕はこの機体を信用しきれていない。
「空路に入りました。頭上のシートベルトランプが消えます」
座席の頭上にあったランプが消えた。意外と衝撃は少なく、シートベルトの必要性を疑うくらいスムーズな浮上だった。
空路には、僕の乗っている車両以外にも何台かが空を走行していた。
見ていると、上下の揺れは特になく、水平に前進していき、輪っか? のような物体の中を潜り抜けていく。その浮いている輪っか状の何かは、この街の上空にいくつも見られ、飛んでいる車両は必ずその中を通っていく。
「なにこれー、どうなってるんだろう?」
イアに来てから驚かされてばっかりだ。おそらく僕は、この街で生活するだけの前提知識が足りなすぎるのだろう。説明されたとしても理解できない自信がある。
窓の外を眺めている間にも、僕の乗るタクシーは目的地に向けて進み続けていた。
「ん? 屋上に手を挙げている人がいる」
高いビルの屋上に片手を挙げて立っている人がいた。その人が立っているビルに空路タクシーが一台すり寄ってくる。
「屋上からも乗れるんだ!」
ずっと見ていると、ビルやマンションの上階からも、手を挙げてタクシーを拾う人たちがいた。
さらに、空路は空路タクシー専用の交通ルートらしい。下を通っていた一般車両は見られず、タクシーが街の空を支配していた。
「わー、すごい!」
空から目的地を目指して数十分後、レストランのある「暁華街」は、僕の想像を絶する街だった。
まず、そのスケールだ。僕のいた病院があった街とは桁違いだ。
例えるならば「巨人の街」だろう。今僕が乗っている空路タクシーは、空にある空路を走っていたはずだ。しかし、ここではそれが「空」路と呼べるかどうか怪しいところだ。
巨大なショッピングモールらしき建物が乱立しており、ところどころ、建物の中階同士が巨大な橋で結ばれている。たしかに、これだけ規模が大きいと、わざわざ下の階まで降りて建物間を移動するのは大変だ。
そして、人の数がとてつもなく多い。
僕が今まで目にしてきた中で、ここは視界に入る人の数が一番多い場所ではないだろうか。下の方に見える地面も、建物と建物を繋ぐ橋も、歩いている人でいっぱいだ。
さらに、この空間には歩いている人だけでなく、飛んでいる人までいる。
情報量で頭がパンクしてしまいそうなところで、タクシーのアナウンスが流れる。
「目的地、『皆さんデパート前広場』に到着します。降りる際、足元に十分気を付けてお降りください」
壮大な景色に見とれ、時間を忘れていた。リュックを背負い、タクシーから降りる準備をする。
車内に表示されているルートを見ると、あの人だかりができている大きな広場が「皆さんデパート前広場」なのだろう。
広場は、三つの巨大ショッピングモールの中階から伸びた横幅の広い橋が結合し、その三つの建物に囲まれる形で空中に存在した。
誰かがライブでも開いているのだろうか。激しめの音楽が聞こえてくる。
タクシーは空路上にある最後の輪っかを潜って、徐々に減速していき、広場を構成している橋の一つに車体を添えた。
「到着しました。前方に見えるのが『皆さんデパート』になります」
三つの建造物の内、最も巨大なショッピングモールが今回の僕の目的地、「皆さんデパート」らしい。
「ほえー!」
こんな巨大なものを本当に人間が作ったのだろうか。神様か何かの仕業ではないのだろうか。
タクシーから降りる。するとしばらくしてから、タクシーは空路を辿り、僕の下から去っていった。
「さて、これからどうしよう」
見知らぬ土地というだけでなく、見知らぬ時代に来てしまったような感覚に陥っていた。
とりあえず、デパートの入り口にあった地図を見てみる。
さっぱりわからない。ショッピングモールの規模がとてつもなく大きく、そこにあるお店の数も多いため、ゴチャゴチャとしていて分かりづらい。
先程ロボットから、レストランの所在地を教えてもらったのだが、もう忘れてしまった。
ポツンとその場で立ち尽くす。
これは遭難だ。砂漠や森での遭難と何ら変わらない。
「ねえねえ君君、お困りかい?」
突然聞こえてきたその声は、僕の不安を一気に取り除くには十分すぎる響きだった。
「やっ! 意外にお早い再開だったね!」
「ユウガさんっ!!」
彼女はこの間と同じ制服を着て、僕の目の前に現れた。
今の僕の目には、彼女が救世主のように映った。
「君はいつもキョロキョロと落ち着きがないよね」
「あはは、本当にお恥ずかしい限りです」
「で、今日は何を探しているの?」
「このデパートにある『理バックレストラン』というレストランを探しているんです」
僕がそう言うと、ユウガさんは肩をすくめて「やれやれ」と呟いた。
「君、ここにあるのは全部高級なお店だよ。絶対間違ってるよ」
「そ、そうなんですか……。でも、友達との集合場所がそこなので……」
彼女の僕への偏見は相変わらずだった。まあ、間違っているわけではないけど……。
「よっし! 探すの手伝ってあげる。私もこの街に来るのは初めてなんだ」
「ええっ!? 申し訳ないですよ!」
どうやらユウガさんも、「理バックレストラン」がどこにあるのかは知らないらしい。
「遠慮しない、遠慮しない! こういうのって、冒険しているみたいでワクワクするしね!」
「正直……、すっごい助かります!」
「私に掛かれば、探し場所の一つや二つ、チョチョイのチョイだよ!」
そして約束の12時を過ぎた。
僕らは未だ目的地に辿り着けていない。もうかれこれ二時間半程探し回っている。
そして、見つかるような気配もない。
なぜなら、僕らは今、「皆さんデパート」の隣のデパートに来ているからだ。
「おっかしいな~? 本当に見つからないぞ」
「あのー、ユウガさん。多分ここには無いと思います。だってここ……、隣のデパートですよ」
多分、状況は絶望的だ。現在いるデパートからの出口も見失い、帰ることもできない。
僕は、この遭難にユウガさんまで巻き込んでしまった。
「すみません、巻き込んでしまって」
「いやー、これ多分私のせい」
参ってしまった。タツゾウや六さんに後でちゃんと謝ろう。
お読みいただきありがとうございました。




