闇からの足音
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
十奇人三名を含む援軍組は、ホームに戻り、総督・麗宮司銅亜の命により一時解散となった。しかし、戦士のほとんどが明るい面持ちではなかった。
フェンリル、クログロス、判の三名は解散後、即座に十奇人会議室に直行した。
「お疲れ様です」
十奇人三名を出迎えたのはクルーズだった。
「…………」
「ああ、お疲れ……」
「ただいま~!」
無視のフェンリル、疲労が見えるクログロス、行きのテンションと変化のない判、と三者三様の対応をして、それぞれの席に着く。
「結果は把握しています。完勝とはいかなかったようですが、見事です」
クルーズは、援軍組の功績をたたえる。
「何言ってんだよ!? 半人半骸を二度も逃がしたんだぞ!」
「戦士たちも多く死んだ。俺は最適な判断ができたんだろうか……」
フェンリルは己の無力に憤慨し、クログロスは自責の念に囚われる。
「良かったんじゃない? お嬢様も大統領も助け出せたわけだし! 芯玉も奪われなかったんだよ!」
判はポジティブな見方をした。
この楽天的な発言が、フェンリルをさらに苛立たせる。
「テメーなー、俺たちは八併軍のトップだぞ。奴を取り逃がすってことは、この組織の信用に関わってくんだよ! 俺たちには完璧な勝利が求められてんだよ、このアホ娘が!」
上機嫌だった判の眉がピクリと反応し、鋭い目つきでフェンリルを睨みつける。
「はあ? アホ娘? だったらテメーは雑魚狼じゃー!」
再び罵り合いが勃発。しかし早めにクルーズが止めに入った。
「まあまあ、正直、私の意見は判君の考えに近いですがね。今回は守ったものが大きいと思いますよ。一歩間違えば世界滅亡の可能性があった事件ですからね」
クルーズは、モノの見方が常に客観的な男である。言い方を変えれば、少し冷めた考えの持ち主だ。
「そもそも常に死と隣り合わせの仕事です。我々は戦士だ。彼らだってそのことは覚悟の上でしょう。彼らの犠牲は、任務の成功のためやむを得なかった。彼らに敬意を表し、我々は前を向きましょう」
彼はあっさりとそんなことを言ってのけてしまう人物だ。
クログロスは、少しムッとした表情をしたが、それはすぐに元に戻った。彼は、クルーズと自分との間で価値観の相違があることをよく理解しているからだ。
そんなやり取りをしていると、八併軍参謀ノロシマ・覚才が何の前触れもなく、突然会議室に入ってきた。
彼は室内を見渡すとクルーズを見つけ、用件を伝えた。
「クルーズ、急いでアカデミー試験の準備に取り掛かってくれ。警備もさらに厳重にする必要がある。ここにいない十奇人もできるだけ呼び戻してくれ。ひとまず今日のところは解散だ。明日また集まってもらう」
「『三核』にも一応声をかけてみますか?」
「いや、いい。どのみち繋がらないのがオチだ」
「一応『三核』以外の十奇人メンバーだと、ダリオスとスブタの二人から帰還の連絡が入っています」
ノロシマは、クルーズに全幅の信頼を置いている。そのためか、クルーズは面倒ごとを押し付けられることが多い。
メンバーの招集や統率も、本来であればノロシマの仕事だが、いつの間にかそんなことは忘れ去られていた。
「うげえ、ダリオス帰ってくるの? 嫌だー!」
「ははは、そうか? 俺は久々に会えて嬉しいぞ」
「ええーっ!?」
判は、十奇人ダリオスの帰還を露骨に嫌がってみせる。反対にクログロスは再開を歓迎する。
「では皆の衆、また明日」
ノロシマが踵を返して立ち去ろうとしたとき、それをフェンリルが呼び止めた。
「待ってくれ、俺への処罰はないのか? 重大犯罪者を二度も取り逃がしたんだ。流石にお咎めなしって訳じゃないんだろう?」
フェンリルの言葉に、ノロシマはしばらく真顔で固まり、彼の心境を理解したところで口を開く。
「いや特にそんなことは考えてはいないが、そんなに自分を許せないのなら、私から一つだけ……」
「それは?」
「今回のイアでの騒動、八併軍内部の者の手引きがあったと考えている。君に捜査を頼みたい」
「グルルルル、情けねえなあ、お前ともあろう奴が獲物を二度も取り逃がしちまうとはなあ。グフフフ」
声は低く、おぞましく、男をはやし立てる。
声の主は飢えていた。戦に、そして強者に、血で血を洗う戦場に……。
「うるせえ、喋んな。寝れねえだろうが」
部屋には一人の男と一頭の獣がいた。
その獣は、その男の失態が大好物であった。なぜならそれは稀にしかないことだからである。
「おい、俺はお前と仲良しごっこをするために契約を結んだわけじゃないんだぞ。お前といりゃあハイレベルな戦いができるから組んでんだぞ!」
獣は己の野生本能に忠実であった。
強者と殺し合い、勝利し、生き残った時に生の実感を得られる。
その獣の闘争本能は、普通の獣の比ではない。
「仲良しごっこだと? なめんな! 超絶そんなつもりはねえよ!」
男は少し声を荒げた。
直後、彼は後悔する。アドレナリンが出て、眠気が覚めてきてしまったからだ。
「頼むから寝かせてくれ。仕事が立て込んでんだよ。寝られるときに寝とかねえと、日中のパフォーマンスに響くだろうが!」
「それは俺の知った話ではない」
「戦える時に、戦えなくなるかもしれねえってことだぞ?」
その言葉を聞いて、獣は黙った。
「お前も早く寝ろ『雪人狼』、お前の状態も俺の戦闘パフォーマンスに響くんだ。常に万全じゃなきゃいけねえ」
フェンリルはそう言って、しばらくして眠りに入った。
「雪人狼」はフェンリルが契約している相棒である。
非常に闘争本能が強く、常人では扱えない。それどころか、雪人狼を相棒としていたかつての者たちは、皆例外なくこの獣に扱われていた、と言っても過言ではない。
フェンリル自身も飼ってはいるが飼いならせてはいない、というような状態だ。
その戦闘能力は非常に高く、取り押さえるのに当時の十奇人が三人必要だった。
フェンリルは、この雪人狼を特殊装備として任務に出向く。この獣を装備できることが、フェンリルの実力の証明ともなっている。
「ここ最近は戦が足りねえ。グルルルル」
雪人狼は低く唸る。
氷の力を持ちながらも、獣の中で燃える闘争欲求の火は収まってはくれなかった。
クルーズはクログロスと共にいた。
二人の表情は固い。
「諜報員からの情報によると、シンビオシスの構成員は現在11名。逃げた山葵間が加わるのであれば、さらにメンバーを一人増やすことになります」
クルーズは、自分が手に持っている報告書の内容をクログロスに説明する。
「11人だと? 俺が知っているよりも一人多いな。若い娘が加入して、10人じゃなかったのか?」
「さらに一人加入したみたいです。ここに来てシンビオシスは勢力拡大に動き始めています。奴ら一体何を考えているのやら……」
クログロスは怪訝な表情を浮かべた。
彼は、何かがヒシヒシと迫ってくるような危機感を覚えていた。
決して早くはないが、少しずつ、確実に。
「さらに、囚われていたレイアお嬢様の腕に『使役の腕輪』が取り付けられていたそうです」
クルーズは、今度はフェンリルからの報告書にあった内容の一部を抜粋して読み上げた。
「鹿馬松が自力でそれを手に入れられるはずがない。シンビオシスの連中が、奪ったものをテロリストに流しているって訳か」
「おそらくですが……」
クログロスは前を向いたままで眉間にしわを寄せ、クルーズはそんな彼を横目に見る。
「こいつは早いとこ、他の十奇人メンバーを招集できるようにしとかなくちゃまずいかもしれないな」
「そうですね。好き勝手やらせている場合ではない」
そう言った後、二人同時に大きなため息をついた。
「どうしてうちの連中はこうもまとまりがないものか……」
「全く同感です」
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