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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第二章・イア騒動編
39/117

雪解け

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 帰りのファスト内の空気は実に重いものだった。


 中心球から派遣された戦士が100名、戦闘機・ファストが6機、そのパイロットが6名送られてきていた。

 このイアでの一件を終え、中心球へと帰る戦士の数は64名、ファストが5機、パイロット5名となっており、戦士36名、パイロット1名の殉職者を出した。

 ファスト6機中1機は、敵に強奪され逃亡手段となってしまった。


 全殉職者の内23名は、大統領邸宅内での大統領奪還作戦にて、テロ組織との銃撃戦に見舞われ死亡。

 13名は、「シンビオシス」シビノ・千一郎との交戦にて死亡。


 八併軍は、行方不明となっていた今回の救助対象・麗宮司レイアと、アカデミー試験受験生2名を救出。

 さらに、テロ組織「ノータリン」の頭であり、今回の騒動の主犯格・鹿馬松角太を討伐。


 しかしながら、同じく今回の騒動の中心人物であった「半人半骸の男」こと山葵間正の逃亡を許し、事件に関与していたと思われる「シンビオシス」の構成員、シビノ・千一郎及び子鉄ユウガの2名も同様に討ち損じている。山葵間の討伐失敗に関しては、これで二度目となる。


「超絶お手柄だったじゃねーかよ、辻」

「恐縮っす」

 フェンリルの言葉に辻は軽く首を縦に振る。


「誰かさんとは違ってね」

「俺のこと言ってんならぶっ飛ばすぞ! 迷子やろうが!」

 判とフェンリルが、またいつものように罵り合いを始める。


「あたしは、シビノと交戦してたのよ? むしろあんたの方が、救助対象に辿り着くのが遅かったんでしょうが。」

「あーそーかよ。お前が取り逃がしたそいつのせいで半人半骸に逃げられたじゃねーかよ!」

「はあ!? あたしのせいだって言うわけ? あんたが油断してただけだと思うんだけど!」

「表出ろや!!」

「ぷぷーっ、飛行中の戦闘機の表って何? 機体の上ってこと?」

「ああそうだよ!」


 このままでは本当に機体上で戦闘が勃発しかねないので、辻は「はあ~」と面倒臭そうにため息をつき、タイミングを見計らって間に割って入ろうとした。

 しかしその前に、二人の喧嘩を止める声が掛かった。


「もうよしてくれや、十奇人がみっともない。若いとはいえ八併軍の看板を背負っているんだぞ。自覚を持ってくれ」

 そう言ったクログロスの言葉に覇気は無かった。彼は大統領邸宅の件で、心身ともに疲弊していた。


「今回の失態は俺の責任だ。部下も多く死なせてしまった。肝心な時に連絡も取れずに申し訳なかった。自分で指揮を取るとか言っておきながら……、ふがいない限りだ」

 ファストに乗った時からクログロスは俯いた姿勢で全く動かない。


「あんたのせいじゃねーよ! 少なくとも全部あんたの責任なんてことはねえ!」

 珍しくフェンリルがフォローを入れる。

 彼は自分中心主義者だ。基本的に人の気持ちを汲み取らない。


「まあまあ、皆そんなナーバスになるなよ~。八併軍の全権責任者は俺なんだ。一旦この話は止めにしよう。誰に責任があったかなんて分かるわけないじゃないか」

 この場のネガティブな雰囲気を八併軍総督・麗宮司銅亜が一度白紙に戻す。


「俺なんて、娘を一度売ってるんだからさ! 皆も、ほら、俺みたいに笑って帰ろう。あはははははは!」

 誰も笑わなかった。空気は再び地獄へ戻る。


    ◇


 あの日から三日後、僕雨森ソラトは現在、理の国首都・イアにある大型の病院で治療を受けている。

 全身の骨が所々折れており、右腕に関してはボロボロで、腕の付け根から指の先端までが粉砕骨折を起こしており、寝たきりの状態だった。


 僕は窓の景色を眺める。

 都会の中にある山、その上に立つこの病院は、ちょっとした緑に囲まれていて、山の麓にあるイアの街を見下ろすような形でそびえ立っている。

 そこから見える他の大きなビルに負けないくらい、この病院の背は高く、敷地面積も広い。


 コンコン。

「こんにちはー、ソラトくーん、失礼しまーす」

 ノックをして療養室に入ってきたのは、仮試験の時にもお世話になった女医さんだ。

 一日一回「治療」を施しに来てくれる。


「こんにちは、ルーゲさん」

「じゃあ、今日も『治療』を始めます。お注射するのでサポーター外しますね」

「よろしくお願いします」

 彼女は、僕の腕に付けられているガッシリとした固定具を丁寧に取り外す。できるだけ僕に振動が伝わらないようにという心遣いが伝わってくる。


「珍獣装備『ユニコーン』」

 そう言って注射器を取り出すと、僕のバキバキに折れた二の腕に針の先端を当て、ゆっくりと刺し込んでいった。


 彼女、照塀ルーゲさんは八併軍・医療部隊に所属しているお医者さんである。

 バフロさんやフェンリルさんと同じく不思議な力を使う人だ。


治癒(ちゆ)尖角(えいかく)


 ルーゲさんは、注射器の押し子の方を親指でゆっくり押し、中身を僕の体内に注入していく。少し痛みを感じるが、ぐっと堪える。

 中身を注入し終えると彼女は丁寧に僕の二の腕から針の先端を引き抜いた。


「はい! 終わりです!」

「ありがとうございます」

 注射跡がジンジンと痛むが、いつも数分経てば治まっている。


「私の珍獣装備なら、あと数日経てば完治すると思うけど、ソラト君の体にかなり負荷をかけているの。本当は自然完治が望ましいところを無理やり治しているから、食事と睡眠はきちんと取って休養してね。じゃないと何かしら、副作用が出るかもしれないから」

 昨日も同じような注意を受けた。それだけ僕の体の状態はひどいものなのだろう。


「あの……、すいませんでした。仮試験会場での爆発の後、ルーゲさんの指示を聞かずに出ていってしまって」

 ルーゲさんは、僕のサポーターを元のように腕に巻きつけながら、少しだけ間を空けて、ゆっくりと口を開いた。


「そうですね……、正直怒っています。君にもタツゾウ君にも……。もしも、帰ってこなかったらどうしようかと思っていましたから」

「…………」

 返す言葉がない。あの場での責任者はルーゲさんだったのだ。

 もし、僕とタツゾウが戻ってこなかったら、責任は彼女が負わされることになっていただろう。


「どうしてあんなことを?」

 ルーゲさんは僕のおかしな挙動について、その理由を尋ねる。

 怒っていると言ってはいるが、彼女の口調は変わらず優しい。


「えっと……、レイアさんの夢って何だろうと思って……」

「夢?」


 あの廃病院に向かう前の記憶を辿る。

 あの時僕は、自分の中に生じた、ある種の使命感に従って動いていたと思う。

 僕が助けに行かなきゃ、とルーゲさんの指示を無視して仮試験会場を飛び出していったのだ。


「声がしたような気がしたんです」

「声?」

「誰かが僕の背中を押してくれたような、そんな気がしたんです」

 全く質問の答えになっていない。しかし、言葉にしようとすると難しい。


「私にはよく分かりませんが……、とにかく! 君のその行動力を活かすには、まずは八併軍の戦士にならなきゃいけません! ちゃんと治してあげますから、試験頑張ってくださいね」

「はい……、頑張ります……」


 アカデミー入学試験は、この事件を受けて一週間後に延期して続行されることになった。

 僕は本来何か月も入院して、自然に完治するのを待つところを、ルーゲさんに回復を急速に速めてもらい、試験までに間に合うようにしてもらっている。

 八併軍の方々やルーゲさんには本当に頭が上がらないのだ。


「じゃあ、今日はこれで失礼しますね。ソラト君、お大事にしてください!」

「いつもありがとうございます。明日もよろしくお願いします」

 別れの挨拶を済ませ、ルーゲさんは僕のいる療養室のドアをゆっくりと閉め、足音を立てて去っていった。

 彼女の足音がある程度遠ざかってから、僕は再び窓の外を眺める。


『少年。その勇気、見事だぜ』

 あの時、誰かが僕の心に焔を分けてくれたんだ。



「お前ら二人のしたことは、俺たちの仕事の邪魔だ。超絶迷惑だ!」


 二日前、つまりあの事件から一日後、僕が今療養しているこの部屋に十奇人が二人来た。

 一人はフェンリルさんだ。もう一人は大柄で、少し怖い印象を受ける男性だった。

 話していたのはほとんどフェンリルさんで、もう一人の方はじっと黙っていることが多かった。


「一般人がヒーローごっこのつもりか? 舐めてんじゃねーぞ! お前らのせいでどんだけの人に迷惑が掛かったと思ってんだ?」


 僕、タツゾウ、レイアさんのあの日の当事者三名が病室に集められ、事件当時の様子や状況を細かく取り調べられた。

 僕は怪我のせいもあり、ベッドに横になったまま動けなかったが、たとえ健康な状態でも、フェンリルさんのあの迫力には身動き一つ取れなかっただろう。あのケロッとしているタツゾウでさえうなだれて、シュンとなっていた。


 こっ酷く叱られた。

 ガキの身勝手な行動があーだこーだ、俺たちにはお前たちの身の安全を確保する責任があーだこーだ、お前たちの身に何かあればあーだこーだ、と委縮してしまって内容があまり入ってこなかったが、多くの人に迷惑をかけてしまったことだけはよくわかった。


 フェンリルさんの声だけが大音量で部屋に流れ、その音が一時治まると気まずい静寂が訪れた。

 そして再び大音量が響き、再び沈黙が訪れる。これの繰り返しが一時間弱続いた。


「すいませんでした……」

「悪かったです……」

 僕とタツゾウは、説教の最後にフェンリルさんと、もう一人のクログロスさんという方に謝罪した。


「超絶反省しろよな!」

 フェンリルさんはそう吐き捨てて部屋を出ていった。


「おう。まあ、俺たち大人の立場も分かってくれってことだわ。気ー取り直して、試験頑張ってくれよ!」

 ここに来て初めて口を開いたクログロスさんの言葉に、僕は思わず涙が溢れてきてしまった。

「がんばりまふ……」


 二人が出ていった後、部屋には三人だけが残った。

「説教で泣くなんて、お二人とも結構情けないのですね」

 レイアさんが刺すような口調で僕とタツゾウに向かってそう言った。


「バッカ、俺は泣いてねーし!」

 タツゾウは充血している目を見せないように、僕らから顔を逸らして主張する。

「僕はすんごい泣いてます」

「見ればわかります」

 レイアさんはそう返してスクリと立ち上がり、カバンを手に取って部屋を出ていこうとした。


 しかし、彼女はすぐには出ていかずにドアの前で僕らに背を向け、しばらく静止したまま動かなかった。

 何も言わずにただ突っ立っている彼女を疑問に思い、僕とタツゾウは目を合わせる。

 少し経ってから背を向けたまま彼女が口を開いた。


「フェンリルさんはあのように言っていましたが、私はあなたたちにすごく感謝しています。勇気のいる決断だったと思います。助けに来てくれてありがとうございました」


 変わらず抑揚のない口調ではあったが、そこには確かに温度があった。

 彼女から受ける発言は、毎度氷のような凍てつくものばかりだったため、春風のような言葉を言われるのは初めてだった。

 レイアさんはそう言って、僕らの返事も聞かずにドアを開けて出ていってしまった。


「なあ、俺よ……」

「うん?」

 レイアさんがいなくなって静まりかえった二人だけの空間で、タツゾウがいきなり切り出す。


「お前について行って良かったぜ! なんかスッゲー、ドキドキ、ワクワク、ハラハラして楽しかったぜ!」

「へ、へ~……」


 全く共感できないので回答に困る。

 彼は今回の件を、遊園地のアトラクションか何かと勘違いしているのではないだろうか。

 何度も死にかけたのだ。とてもそんな感想は抱けない。


「ソラト! 絶対合格しような!」

 彼は僕の目を見て拳を突き出す。

 生憎と僕は拳を合わすことができない。だから、いつもより強い語気で言い放った。


「うん! 必ず合格しよう!」

 合格することで、何かが変わる気がした。

 僕の返事に、タツゾウはニッと笑って立ち上がり、背中を向けて部屋を出ようとする。


「あ、待ってタツゾウ!」

 僕は、彼に言い忘れていたことを思い出して、慌てて呼び止める。


「ありがとう! ついて来てくれて」

「おうよ!」

お読みいただきありがとうございました。

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