借り
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「えっ、濡れてる! なんで!?」
アズマ・タツゾウは、少し上ずったアホっぽい声とともに目を覚ました。
彼は周りを見渡す。あちこちで人が倒れており、辺り一面が水浸しだった。
「どうなってんだ?」
そして彼は立ち上がる。近くに、さっきまで一緒にいたソラトもレイアもいないことを把握する。
「俺って、どうなったんだっけ?」
彼は自分の記憶がおぼろげであった。思い出そうとするが、全く思い出せない。すぐにあきらめた。
「ま、いっか。それより早くあいつら探さねえと! どこ行ったんだ? つか、一体どうなってんだこりゃあ!?」
見覚えのある階段が見えると、急いでそこまで走り出す。
『3階』
階段の表記にはそう書いてあった。
「あっ」
彼が階段の表記を眺め、必死におぼろげな部分の出来事を思い出そうと努めていると、下の階から麗宮司レイアが上がってきた。彼女が視界に入ると、タツゾウは特段驚くことも無く声を上げる。
「お嬢様じゃん」
「その呼び方、止めてください」
「お嬢様さ、ソラト知らないか?」
「話を聞いていましたか? 次言ったら、ぶちのめしますよ」
「こーわ。お嬢様なのになんて汚い言葉を使うんだ」
次の瞬間、彼はレイアに脇腹を木刀で強打された。本気で。
「ぐおっほー!」
脇腹を抑えて座り込む。
「あなたは人の話をきちんと聞くべきです。真面目に、真摯に」
「本気でやるこたーねーだろーがよ!」
実際、麗宮司レイアの木刀の本気の一振りは、一撃で一般人を殺し得る。
彼だから、気絶もせずに持ち堪えているようなものだ。
「私も探しているところです。あなたは生きていたのですね、もう死んだと思いましたよ、アズマ・タツゾウ」
「なんなら、今死にそうだったけどな!」
「私が目覚めたのは1階です。とてつもない水の流れでした。上から流れてきたので上で何かあったものと思われます」
「お前、今人を殺しかけたんだぞ……。よく平然と話し続けられるよな……」
「あなたがこれぐらいで死なないことは分かっています」
「だとしても! 力加減ぐらい考えるだろ!」
二人は上階へ向け階段を上る。
床が先ほどまで水に浸かっていたためか、ツルツルと滑りやすくなっている。
彼らは4階にまで戻ってきた。
「なあ、ソラトの居場所に見当はついてんのか?」
タツゾウがレイアに尋ねる。タツゾウには、ソラトの居場所の手掛かりがまるでなかった。
「いえ、全くついていません」
レイアは答える。彼女のその答えは、タツゾウにとっては意外なものであり、そして、それは彼にさらなる疑問を発生させた。
「え、じゃあなんで俺たち上に向かってるんだ?」
「山葵間を討つためです」
「はぁ!?」
タツゾウの目つきが悪くなる。レイアに対し眼を飛ばし、彼女の言動をその態度で批判する。
「ソラトを探してたんじゃねーのかよ!」
「山葵間が先です。麗宮司家を貶められたのです。彼を野放しにはできない。雨森ソラトはそのついでといったところです」
レイアは、麗宮司家という誇り高き家柄を、山葵間に侮辱されたことについて深く根に持っていた。
彼女は自分の振る舞いが、麗宮司家の威信に大きく関わってくることをよく知っている。
このままおめおめと逃げ帰るわけにはいかないのだ。
これに対して、タツゾウにとって今重要なことは、友人の安否の方である。
二人の目的は食い違った。
「あんまりわがまま言ってんなよ! 俺とソラトは、お前をあの男から逃がすためにここまで来たんだぞ。あとはソラト探して帰るだけだろーが!」
「助けに来てくれたことは本当に感謝しています。それでもダメです。私は山葵間のところへ行きます。麗宮司家に汚名を残すくらいなら、戦って死んだ方が幾分かマシです」
荒々しいタツゾウの説得に、レイアは変わらず落ち着いた声でそう返す。
タツゾウは、彼女のその意思が曲がりそうもないことを感じ取り、「はぁー」とため息をついて肩を落とす。
「俺はソラトを探す。お前はお前で勝手にしろ!」
「ええ。あなたたちには一つ借りができてしまいましたね。雨森ソラトはおそらく、水の流れ的に下の階にいるでしょう。それでは……」
「おい! その借り、キッチリ返してもらうからな!」
「…………」
下の階へ下りる途中で、タツゾウが振り向き様にそう言った。彼は一言だけ残して前に向き直り、再び階段を下り始めた。
レイアは何も言わずに階段を上り始める。
互いにもう振り返ることは無かった。
レイアは5階へ辿り着く。
しかしそこには山葵間の姿も、ソラトの姿も無かった。
あるのは、先程の激しい水流に飲まれた死体の群れだけだった。
仰向けに目を開いたままの人、うつ伏せに倒れ口から唾液を垂れ流している人。
その光景を見て、彼女は驚きつつも疑問に思った。
「あの強烈な水の流れ、その流れ的には下の階にもっと人が集まっていてもおかしくないはずですが、なぜでしょうか、なぜこんなにも上の階に人が残っているのでしょう?」
そしてもう一つの疑問、山葵間はどこに行ったのか。
答えはすぐに出た。今まで階段があった場所とは別の位置、このフロアの奥の方に屋上へと繋がる階段を彼女は確認した。
迷うことなく奥へ向かう。
ガサッ。
誰も、何もいないはずのフロア内から音がした。
静寂の中の不気味なその音が、彼女の進行を止める。腰に巻いていた木刀を抜く。
「誰です?」
ガサッ、ガサッ、ガサガサッ。
反応はない。代わりに先程と同じ音が返ってきた。
音はどんどん増えていく。
そして彼女は、その音が発されている原因に気が付く。
倒れているはずの人が、死体が動いている。
初めにピクピクと痙攣し、白目をむきながらムクリと立ち上がるその様は、まるでゾンビだ。
何体もそのような現象を繰り返し、立ち上がる。精気を一切感じさせない人の群れが、一斉に彼女の方を向き、ニタリと不気味な笑顔を見せつけてくる。
「なるほど、なぜ上階に死体がこんなにも残っているのかと疑問に思いましたが、納得いきました。自力で上ってきたのですね」
レイアは、木刀を自分の体の正面に据え、静かに構えを取る。
彼らは、変わらず白目をむき、歯を覗かせたままゆっくりと彼女に迫っていく。
「仕組みはわかりませんが、山葵間の仕業に違いありませんね。人の命を軽んじている彼らしい」
彼女は、迫りくる死人の群れが、自分の攻撃圏内に入ってくるのを虎視眈々と待つ。
彼女の剣撃の範囲は半径一メートル程度であり、攻撃対象がその内にいる場合、四方八方を取り囲まれていようとも一掃することができる。
コツン、コツン、コツン、コツン。
斬撃圏まであと一歩。レイアは腰を低く落とし、左腰に木刀を当てて居合の構えを取る。
しかし、彼らの進行はそこまでだった。
ピタリと止まり、そこから先へ進もうとする気配はまるでない。
歩こうと、止まっていようと表情を変えることは無く、ただただ歯を見せつけ笑っている。それが彼らの不気味さをより一層強めた。
「これは意図的なのでしょうか? それとも、山葵間の仕業?」
レイアは、自分を取り囲む死人たちが、考え無しに突っ込んでくるものとばかり思いこんでいたため、まるで、意識があるかのような行動に衝撃を受けていた。
下手に踏み込むことはできない。
敵は彼女を取り囲んでおり、たとえ一瞬の隙でも、生じてしまえば命取りとなる。
彼らも彼女も動くことなく、膠着状態が続き、時間だけがただただ過ぎていく。
仕掛けたのは、レイアだった。
前方にいる敵に向かって斬りかかる。攻撃対象が派手に吹き飛んだ。
周囲を取り囲む死体たちが動きを見せたレイアに対し、一斉に飛び掛かる。
「はあっ!」
レイアは前方斜め上に飛び跳ね、動く死体の一人を踏み台にする。
そして、天井に木刀を突き刺し、ブランコのように体を前後に揺らしていく。遠心力を利用し、前方に飛び下りて包囲網を抜け出す。
屋上への階段までの道が開けた。
「全員の相手をしている暇はないので、これにて失礼します」
彼女は階段に向け駆け出した。段差を二段飛ばしで駆け上がっていく。
彼女の頭の中には、侮辱を受けたあの男の顔しか浮かび上がらなかった。
ここで奴を仕留めなければならない、その思いが彼女の正義の心を奮い立たせる。
やがて、開きっ放しの屋上への扉に辿り着き、外に出る前に、ドスのきいた低い声で叫ぶ。
「山葵間ーーーーーー!!」
暗黒の空にその声が響いて吸い込まれていった。
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