やってしまったのだ
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「こんなの無理だよ! いくら何でも無理すぎるよー! ぎゃーーーーー!!」
「仕方がないでしょう。それとも何ですか? 弱音を吐いたら、アズマ・タツゾウのミスは帳消しになるんですか?」
「うるせーお嬢様だなー、いつまでもネチネチよ! いい加減機嫌直せって!」
「少しは責任を感じてください。あと、私のことをお嬢様と呼ぶのは止めてください」
僕、雨森ソラトとタツゾウ、そしてレイアさんの三人は今、廃病院内を30名程度の追手から逃げ回っているところだ。
4階で居場所がバレ、仕方なく部屋の外に飛び出してからは、敵との隠れながらの戦闘がずっと続いている。
現在3階だ。テロリストたちに見つかってしまった4階から、なんとか3階まで来られたものの、そこから中々下りるチャンスを見出せず足踏み状態にある。
パアン、パアン、パアン!
「数が多過ぎます。私たちだけでの突破は不可能です。誰かが囮になって、敵の注意を引き付けでもしない限り無理でしょう」
「そしたら囮の人はどうなりますか?」
「ここで死にます」
「それはダメですよ……」
僕とレイアさんが、そのようなやり取りをしている間にも、敵は手を休めることなく、銃撃を続けてくる。
廊下の角の壁に隠れ、射撃の軌道に入らないようにしながら様子を窺う。
片方のサイドを僕とレイアさんが確認し、逆サイドをタツゾウが確認した。
挟み撃ちにするつもりなのだろう。じりじりと両端から迫ってくる。
「おい、やべーぞ! これじゃあ挟み撃ちにされちまうぜ」
タツゾウが、僕とレイアさんに警告するが、そんなことは僕も彼女も分かり切っている。
「そんなことは分かっています。今欲しいのは解決策です」
「おうおう、随分と棘のある言い方するじゃねーか」
タツゾウとレイアさんは、部屋から出てからずっとこの調子だ。
おそらくだが、レイアさんはタツゾウに嫌味を言っているわけではないのだろう。しかし、表情が豊かでない分、彼女の言葉には冷気が帯びてしまっている印象がある。
「そのようなつもりで言ったわけではありません」
「じゃあどんなつもりで言ったってんだよ!?」
「短気なのですね。気の短い人と話していると疲れます」
「てんめーーー!」
だんだんヒートアップしてくる。この状況は、今で三回目だ。
「うわー、二人とも! ただでさえピンチなのに喧嘩してちゃ、生き残れるものも生き残れなくなっちゃいますよ! 僕こんなところで死ぬのなんて嫌ですよ!」
二人が口喧嘩をやめ、僕の方を向く。
「悪かった。また熱くなっちまったぜ」
「ええ、私も反省します」
このやり取りも同じく三回目である。
そんなことをしている内に、敵がもうすぐそこまで迫っていた。
「片方を強行突破しましょう。アズマ・タツゾウと私が前で敵の銃弾を弾きます。雨森ソラト、あなたは後方から電気ショックガンで敵の数を減らしてください」
レイアさんが、挟み撃ちを回避するための強行突破と、僕たち三人のフォーメーションを提案する。
「僕が倒すんですか? 無理ですよ! 射撃の腕なんてありませんよ。絶対当たらないと思います!」
「いいえ、やってもらわないと困ります。それに、敵はあの狭い廊下に密集しています。撃てば確実に誰かしらに当たります」
なるほど確かにその通りだ。
全ての敵を気絶させることはできないにしても、数を少しだけ減らすことには貢献できそうだ。
「……わかりました、やってみます」
そして僕たちは、前衛二人、後衛一人のフォーメーションを組んで敵を迎え撃つ。
パアン、パアン、パアン、パアン!
カキン、カキン! カン、カン!
タツゾウの木製の大太刀と、レイアさんの木刀が銃弾を零すことなく弾き続ける。
彼らは後方の僕に当たらないように、自分には当たらない弾まで弾いてくれている。僕は、彼らのその厚意に応えなければならない。
意を決し、電気ショックガンを放つ。
この電気ショックガンの弾は、普通のピストルの弾とは異なり、弾の先に吸盤が付けられていて、そこが人体に触れると電流が流れるという仕組みになっている。あくまで相手を気絶させるための武器だ。
バリバリバリ! バリバリバリ!
「あわわわ!」
「うううう!」
二人が倒れる。当然狙って撃ったわけではない。たまたまその二人にヒットしただけだ。
「全員、後ろの奴の弾に気を着けろ!」
敵の一人が、警戒を促す。
テロリストたちは、なおも手を休めること無く、ひたすら撃ち続ける。
その様子を見る限り、僕とタツゾウだけでなく、もうレイアさんも生け捕りにする必要はないということだろう。僕たち三人を殺す気で来ている。
「いいぞソラト、その調子だ!」
生死が懸かっているこの状況を、タツゾウはどこか楽しんでいる節がある。僕には一生理解できない感覚だろう。
「雨森ソラト、手を休めないでください」
レイアさんは厳しい。この程度は当然だ、と表情で語りかけてくる。
「は、はい!」
慌てて再び構える。そして、同じように二発発射する。
「あががががが!」
「はわわわわわ!」
また二人に命中する。よし、この調子ならかなり敵の数を減らせるはずだ。
しかし、物事はそう上手く運んでくれない。
「挟み込んだぞ!」
僕の後方から、敵の声がした。反対側の敵に回り込まれたのだ。
挟み撃ちになる前に前方の敵を突破しきれなかった。
パアン!
後方の敵の一人が、僕に向かって一発撃ってきた。
「危ないっ!」
タツゾウが、僕の眼前で大太刀を振り下ろす。
間一髪で、命中を免れた。
「あ、あ、あああ」
今殺されかけていた。死にかけていた。
膝がガクガクと震えだす。少しだけ和らいでいたあの感覚が再び僕の中で芽生えだす。
パアン、パアン、パアン!
カン、カン! カキン、カキン!
前方の敵の相手をレイアさんが、後方の敵にタツゾウが対応してくれる。
二人の負担が増えてしまった。
「何をしているんですか、雨森ソラト? 早く撃ちなさい。私たちも持ちません」
その言葉で我に返り、自分の役割を思い出す。
少しでも彼らの負担を減らしてあげなければ……。
タツゾウが相手している方に、もう一度電気ショックガンを構える。
そして一発放つ。
見事にヒットした。
タツゾウに……。
バリバリバリ!
「ほんげーーーーーーーーーーーー!!」
やってしまった。やってしまったのだ。
この重要な局面で盛大にやらかした。
おそらく直前の死の恐怖で、手が震えていたせいだろう。僕の放った弾は、タツゾウの首に付着した。
バタン。
タツゾウがその場で倒れる。
絶句。その場の全員が絶句。敵味方関係なく。
「それはちょっと……」
「え、普通そんなことなる?」
「俺たちに向かって撃って、外すなら分かるんだが……」
「自分を守ってくれた奴に向かって……」
今まで攻撃の手を緩めて来なかった彼らが、この時に限り、手を止め、僕の失態に衝撃を受けていた。
「そうはならないはずですよね、普通は」
あまりのショックで身動きのできない僕に、冷気を纏った言葉が追い打ちをかけてくる。
レイアさんも、その後ろにいる敵も手を止めたのだろう。銃撃音もそれを弾く音も聞こえてこない。
「…………」
「…………」
「「「…………」」」
なぜか、気まずい雰囲気が流れる。
誰も一言も発さない。沈黙。
僕がいたたまれなくなってきていた時、上の階から何か重いものが迫っているかのような音がした。
ザアアーーーーーーーーーーーー。
雨? そう思ったが違った、外に雨が降っている様子はない。
答えはすぐに分かった。
波だった。
ザバアアアアアアアアン!
階段からものすごい量の水が、突然上階から流れ込んできた。
あっという間に、僕もレイアさんも倒れているタツゾウも、テロリストたちも全員が波に飲まれる。
「なんじゃこりゃあ!」
「嘘だろ!」
「天変地異!」
突然の出来事に全員が混乱し、水流に流されていく。
「うわーーーーーー!! ゴボボボボボボボ」
「これは一体!?」
「…………」
激しい水の流れに、僕たち三人も逆らうことはできない。一人は意識すらない。
「「「うわーーーーーーーーーーーー!!」」」
水の中で意識が遠のく、視界が霞んでいく。
ああ、ここまでか。僕の人生、しょうもなかったな。周りに迷惑ばかりかけて……。
父さん、母さん、今僕がこんなことになっているなんて、夢にも思ってないんだろうな。
トホホ、出来の悪い子でごめんなさい……。
静かに目を閉じる。
「ソラトの将来の夢ってな~んだ?」
「えっとね、動物園!」
「ふふふ、動物園になりたいの?」
懐かしい。儚い僕の最初の夢。
生き物に囲まれて暮らしたい、その答えが、自分自身が動物園になることだった。
今の今まで忘れていた母との会話。こんなこともあったっけ。
当たり前だが、人の身では動物園にはなれない。
それに気づいたのは、5歳の時。いや正確には気付かされたのだ。
「動物園? ソラト、動物園になりたいの?」
「うん!」
幼き日のクロハとの会話だ。僕の成長は、彼女とともにあったと言っても過言ではない。
「人間じゃ動物園にはなれないんだよ」
衝撃だった。子供ながらに絶望した。おそらく生まれてから初めての感情であったに違いない。
近所の大人の人達にも聞いてみたが、やはり人間では動物園にはなれないらしい。
母にも尋ねてみた。
「クロハちゃんがそう言っていたの? そう……」
母が言葉に詰まるのを見て、察した。真実なのだと。
思いっきり泣きじゃくった。非力な腕で、母のことをポカポカと殴っていたと思う。
「ごめんね。騙しているつもりじゃなかったんだけど……」
「お母さんなんて、もう知らない!」
すっかり機嫌を悪くした僕は、外に飛び出し、三角錐湖近くの木の下へ走って行った。
幼い僕は嫌なことがあった時、また、うれしいことがあった時もあの木の下に行っていた。ペットのコワンと出会ったのもその木の下だった。
木の下ですすり泣いていると、声をかけてくれた。
「お~い、ソラト~。風邪ひくぞ」
兄だった。
僕が落ち込んでいるときには、いつも声をかけてきてくれる優しい兄だった。
「あのね……、グスン、動物園なれないんだって……」
「うん。聞いた」
母か誰かが話したのだろう。
「グスン、なれないんだって……」
少し声が上ずった。今にもまた大泣きしそうだった。
「なればいいじゃん」
それを兄の一言がどこかに吹っ飛ばしてしまった。
「え?」
「できない証明ってできないんだぜ」
「え?」
「誰もできたことがないだけで、本当にできないかは分からないだろ?」
この人だけ、他の人と発言が違った。
呆気にとられ、彼の方を、赤らんだ眼でずっと見ていた。
「昔の凄い人たちって皆そうじゃん。誰もできなかったことをやったから、凄い人なんだろ」
「動物園なれるの?」
「なれるかもしれない。俺も分かんないけどな!」
今考えると、人間では動物園には到底なれないけれど、当時の僕には、間違いなく彼の言葉が支えになっていたと思う。
急にどうしてこんなことを思い出したんだろう。
ああ、そうか。これが走馬灯ってやつか。
お読みいただきありがとうございました。




