残虐狂乱少女
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
この俺、辻は今、部隊全員で裏庭から入ってきた地下の暗い廊下に来ている。
そして、何者かと向かい合っている。
暗くてよく見えないが、そこには二人、人間がいる。
一人は横たわっており、大統領邸側の扉から入ってくる光で辛うじてその顔が確認できた。
理の大統領だ。両手両足を拘束され、口にはガムテープが何重にも巻かれている。
「んんんんんーーーーーー!!」
助けを求めているのが分かるが、迂闊に近づくことはできない。
「直感で怪しいと思ったら、案の定ビンゴってところっすね」
探し物は、一度探したところは探さない。
ゆえに、一度通ったところに捜索対象がいるという考えが浮かび上がらなかったのだ。
「大統領、返してもらえないっすか? あんまりやる気はないんで、できれば二つ返事でオッケーしてもらえると助かるんすけど……」
暗闇に溶け込んでいる何者かに語り掛ける。
「ほうほう、なるほどー、来ちゃったかー。もう少しでこの場から離れられたんだけどなー、残念」
非常に若い声だった。
明るく、朗らかな少女の声を発した人影は、反対側の扉から裏庭へ出るところだったのだ。
間一髪だった。ここから出られれば、探す術はもうない。
「逃がしてくれたりしません?」
「しません」
「そっかー、じゃあ仕方ないね」
「そっすね」
「ポチっとな」
相手が声を発した直後電気がついた。なるほど特定のワードに対して反応するシステムだったわけだ。
薄暗かった廊下が一瞬で光りに溢れ、その眩さに一瞬目がくらむ。
ヒュン!
突然何かが空気を切る音がした。咄嗟に反応して手に持つ剣で、音のする前方に振るう。
ガキン!
刃物同士がぶつかった音がした。足元を見ると折り畳み式の小型のナイフが一本落ちていた。
「へえ~、凄いですね! アッパレです!」
ナイフを弾いたことを褒められるが、自分的にはそこまで大したことをやったつもりはない。
明るさに目が慣れ、瞳を見開く。
そこには拘束された大統領と、黒のセーラー服を着た女子高生らしき人物が立っていた。
彼女は、背中に大きなスナイパーライフルを背負っており、肩には弾帯を掛けている。
女子高生に凶器という何とも異様な組み合わせだ。
「どうってことないっすよ。君も相当な殺しの腕じゃないっすか。お若いのに」
「ふひひひ、ありがとうございます~」
「これを誉め言葉と取るか……。悲しいね」
彼女の年齢は17歳。縁の国出身。地元の高校を中退している。
どうしてこのような詳細なことが分かるのかというと、俺が彼女のことを知っているからだ。
会うのはこれが初めてだが、書類で何度か見たことがある。
「子鉄ユウガ、君がいるってことは『シンビオシス』が絡んでるってことで良いのかな?」
「やだな~、詮索はあんまりしないでもらえません?」
「S級処理対象が関わっているとなると、そうもいかなくてね。俺もめんどくさいけど、仕事なんで……」
「もう、見られたら殺すしかなくなっちゃうじゃん!」
「俺もこの作戦中に、未成年に手を上げることになるとは思いもしなかったよ」
ドン!
子鉄ユウガは、大統領を自分の後方へと思い切り蹴とばす。
「んんっ!」
声を上げて、大統領が後ろへ転がっていった。
「ソイヤッ!」
彼女は屈んで、自分の太ももに装着しているレッグシースから、二本の折り畳み式ナイフを素早く取り出し、開きながら俺に向けて投げつけてくる。
俺は、同時に投げつけられた二本のナイフを点と点で結び、一直線に捉え、その線に沿って剣を左上から右下に振り下ろす。
キンッ、キンッ。
二本同時に捌き、前方の少女の方へ眼をやると、俺に息をつかせる間もなくライフルを構え、引き金に指をかけている。
パアアアン!!
発砲される。ライフルから発射された弾が、俺の眉間に向けて迫ってくる。
スパアアアン!
その弾を真っ二つに斬る。
この剣一筋でこれまで戦い抜いて来たのだ。俺の動体視力を侮ってもらっては困る。
カラン、カラン、カラン。
二つに斬られた弾が、力なく床を転がる。
「うわーーーマジですか! ちょっとそれはビックリです。もしかしてですけど結構お強い方ですか?」
「そういうのはあんたが決めてくれればいいんで」
突きの構えを取り、突進する。
攻守交替、今度は俺の攻撃ターンだ。
「シンビオシス構成員には、即殺命令が出てるんで、躊躇はしないっすよ」
「これはちょっとヤバいでっす!」
彼女はライフルを背中にしまい、再びナイフを投げる。
俺は躱す。さらにもう一本。難なく捌く。
そして、斬撃の圏内に入る。首をめがけて一閃する。しかし俺の斬撃は、彼女の黒髪のポニーテールの先端を斬ったに過ぎなかった。
躱したのだ。斬撃の瞬間、彼女は素早くバク転で後方に鮮やかに回避した。
俺が斬ったのは、バク転をした際に前方に残っていたポニーテールの先の方だった。
女子高生にしてはとてつもない身体能力だ。
「なんかあんまり強そうじゃないなーって思ったのに、騙しましたね!」
「それはそっちが勝手に判断したことでしょう。人は見た目だけで判断するもんじゃありません」
「了解です。人生の先輩」
生意気で腹立たしいことを簡単に口にできる性格らしい。こいつの仲間も手を煩わせているのではないだろうか。
なおも俺は彼女の首をめがけて剣を振るい続ける。それを彼女は、両手のナイフで防ぎ続ける。
キン、キン、カキン、カン。
「このままやり続けると、私どうなります?」
「死ぬ、間違いなくな」
彼女は凄いが、このまま続ければ十中八九俺が勝つ。
今度は機動力を奪うため、しゃがみこんで足を狙う。
ブオン!
しかし彼女は、後ろに下がりながら跳ねる。
空振りだ。俊敏な彼女の動きに、一太刀浴びせるのは結構骨が折れるかもしれない。
「ほうほうなるほど……。先輩名前何って言うんですか?」
彼女は、俺に名を尋ねながらも仕掛けてきた。
両手に持ったナイフを再度同時に投げつける。俺は先程と同じ要領でそれを弾いた。
しかし、さっきとは違い、今度は絶妙なタイミングでもう一本ナイフが飛んできた。弾いたばかりの剣ではそれに対応できない。
紙一重で躱す。ナイフの刃が頬を少しだけかすった。切り傷ができる。
「辻二軍。あと、俺はお前の先輩ではない」
「人生の先輩は、皆先輩ですよ! あ、名前覚えておきますね」
唐突に名前を聞かれたので、それに答える。知られたところでどうにかなることでもない。
「二軍って名前、なんかかわいそうですね!」
「ほっとけ、学生時代でいじられ飽きてるんだよ。そういうのは」
クソ生意気な娘だ。思い返せば学生時代、俺はこの手の女子が一番苦手だった。
人の気持ちも考えずにズケズケと。コンプレックスだったらどうするつもりだろうか。いや、こういうタイプはどうもしないだろう。人の気持ちに興味なんかないのだ。
しかし、実に悲しく、残念なことだ。
まだ成人もしていない少女が、世界中で指名手配を受け、見つけられたらすぐに殺されるというのだから。
「おい、今からでも遅くない。足を洗った方が良い。お前の未来は、そんなに暗いところで良いのか? ガキには優しい世の中だ。今ならまだ軽く済む」
柄にもなくそんなことを尋ねてみる。
彼女の人生を考えると、こんなに若い時期から犯罪者として過ごしていくのはあまりにも……。
「あはははははは、勝手に暗いところとか決めつけないで下さいよ。私、今とっても楽しいんですよ。それに罪が軽くなるわけないじゃないですか。殺人、強盗、詐欺、他にもいろいろですよ」
「なぜに、罪を犯すんだ?」
俺には犯罪者の思考は分からない。この世界で罪を犯すことにいったい何のメリットがあるというのだろうか。
「人から奪うの好きなんです! 命、お金、愛情、友情、そして……夢!」
俺の見当違いだった。この少女はとっくにイカれていた。
どのような育ち方をしたら、こんな怪物が生まれるのだろうか。
おそらくもう、救えない。彼女の瞳は、キラキラと純粋な輝きを放っているのだから……。
「特に夢を奪うのは一番好き! 皆、精気を失ったような表情になるんだよ!」
自分の中で踏ん切りがついた。こいつは殺してもいい、と……。
再び突きの構えを取り、彼女に向かって走り出す。
俺は、自分の情が薄い方だということを自覚している。味方や家族の葬式でも泣いたことは無い。
だから、いつもサングラスの下で号泣しているクロさんを見て不思議に思う。どうしてこんなにも泣けるのだろうかと。
そんな俺も、ミカエリや害ある珍獣等の命を奪うことは何とも思わないが、罪人とは言え人を殺すのには多少の躊躇いはある。
そいつの未来を奪うわけだ。その行いが軽いはずはない。
だが今回は別だ。
目の前の少女を殺した時、俺は胸を張って自分のした行いを誇ることができるだろう。
先程まで俺の中にあった若干の躊躇は消え去り、純粋な殺意を込めて突き攻撃を繰り出す。
カキイン!
彼女は両手のナイフで体の中心を刃の先端から守った。そして、またも後方へ退く。
剣を手に追う。今度は左から切りつけようとした。
連続で繰り出される俺の攻撃に対し、彼女は両手のナイフでしゃがみながら斬撃を防いだ。
俺にはしゃがんだ理由が分からなかった。
気づくのが遅れた。
彼女の背中のライフルの銃口が、俺の胸の中心に向けられていた。
そして、彼女の足に細い糸が括られており、その糸がライフルの引き金の部位に巻かれていることに気付く。だが遅かった。
「しまっ!!」
「ソイヤッ!!」
パアアアン!!
彼女が足を振り上げ、ライフルが火を噴いた。
してやられた。俺は撃ち抜かれてしまった。
左肩を。
あと少し反応が遅れていたらあの世行き間違いなしだっただろう。確実に心臓を撃ち抜かれていたに違いない。
俺は一度引き下がる。肩からの流血が止まらない。
剣を右手に持ち、片手で構える。もう両手で握ることはできないが、片手でも小娘一人を殺すのには十分だ。
「あ~降参です。今ので仕留めきれないのなら私の負けですね」
「逃げられるとでも?」
「逃げれますよ。このまま戦い続ければ、すぐに斬られて私が殺されますけど、手負いの人相手に逃げるのであれば楽勝です!」
彼女は、転がっている理の大統領を放って、素早く階段の方へ向かい扉を開け裏庭の方へ出ていってしまった。
「じゃーねー二軍先輩! できれば二度と会いたくないです。それでは!」
去り際に元気よく捨て台詞を吐く。クソガキ力がカンストしている。
「俺もだバカ娘」
バタン、と扉が閉まる。
急いで理の大統領の方へ駆け寄り、彼の拘束を解く。
「遅くなって申し訳ないです」
謝意を伝える。しかし、顔を見なくとも鼻息だけで機嫌の悪さが伝わってくる。
「遅いわ! いったい何をやっていたんだ! もう少しで殺されるところだったぞ! 何のためにお前たちに、資金や物資を支援してやってると思ってるんだ!」
彼は人質として利用価値があるので、殺されるところだったというのはおそらく嘘か被害妄想だろう。
俺は相手の機嫌をさらに悪化させないよう、聞き流す。
「ホント申し訳ないです。ところで大統領、ここの内部での通信妨害システムの解除コードを教えてくれませんか? 口頭での解除になるのかと思うんですけど……。そのセキュリティに邪魔をされて、味方と連絡を取ることができないんですよ」
「ああ、あの妨害電波を出す奴か。『死人に口なし』」
この大統領邸宅の多くのシステムが、設定されたワードを声に出して言うことによって、セキュリティシステムが稼働する仕組みになっているらしい。
子鉄ユウガが、地下廊下のLED電気をつけた時に言い放っていた、「ポチっとな」という具合にだ。
理の大統領がシステムを解除してくれたことにより、クロさんたちとの通信が可能になった。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、
先ほど状況把握のためにと掛けたときには、すぐに切れてしまったのだが、今回はそうではない。妨害されずに繋がっている。
しかし、接続音が延々と流れるだけで、クロさんは出ない。何かあったのだろうか。
「もしもし~、こちらクログロス~」
聞き覚えの無い声だ。クログロスを名乗る何者かは、俺をおちょくった様な態度で通信に応答した。
「どなたか伺っても?」
「ハハハハハ、覇気のない声だなレンジャー第2部隊隊長・辻二軍。俺の名前は、鹿馬松角太。ノータリンの頭をやらしてもらっている。君がこの場にいないもんで、どこに行ってしまったのかと心配したよ」
通信相手は鹿馬松だった。
ということは、クロさんたちは捕まってしまったのだろう。人質を盾にでもされて……。
「何用かな、辻君?」
声色から、彼の精神的な余裕が伝わってくる。
「人質の救助を完了したんで、その報告をしようと思っただけです」
「そうかそうか~ご苦労だったな~」
彼はそう言った後に、少しの間沈黙した。
「…………。え、何だって?」
彼らにとって、大統領は取引のキーマンだ。これを失うことはすなわち、彼らの作戦の失敗を意味する。
「えっ……、何だって……?」
同じ言葉を繰り返す。事実を受け入れられないらしい。
クロさんなら、彼の急な変化から、俺の伝達事項を汲み取ってくれるはずだ。
「えっ、えっ、人質を救助しただとーーーーーー!!」
彼は愚かなことに、自分でその内容を口に出してしまった。
お読みいただきありがとうございました。




