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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第二章・イア騒動編
32/117

特殊装備

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

 男は上機嫌に笑う。有頂天だった。

 何もかもが筋書き通りに行き、無信教ではあるが、今日という日ばかりは神を信じずにはいられなかった。


 彼は自分が今、世の大スターである十奇人を相手にし、優勢に事が運んでいることに喜びを隠すことができず、また、その自分の手腕に酔っていた。

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

 邸内に設置されている無数のカメラで、侵入者たちの動向を細かく監視していた彼だが、見事に彼の思う通りに彼らは動いてくれた。


「部隊を二つに分けて捜索し始めたのには焦らされたが、結果オーライ! 奴らには、あの廊下でくたばってもらうぜ!」


 男の名は鹿馬松角太。今回の騒動の主犯格だ。

 ここに至るまでに、綿密に計画を立て、協力者も募り、武器や兵力増強のための資金繰りも行ってきた。

 そして、二人のターゲット、麗宮司家の娘と理の国大統領を手中に収め、今回の目的である「芯玉」まであと少しというところまで来た。

 八併軍の精鋭が、大統領奪還に向かって来ることも織り込み済みだ。


「すごいですね、お頭! まさか本当にここまで来れるなんて思っていませんでした」

 部下の一人が鹿馬松に対して賛辞を贈る。


 実のところ、彼らは志を同じくして集った者たちではあるが、創設者である鹿馬松のことを信頼していたものは少ない。

 しかし、ここに来て部下たちの彼への評価は変わり始めていた。

 彼なら何かやってくれるのではないか。理の国に革命を起こせるのではないか。

 そんな期待が、鹿馬松のあずかり知らぬところで生まれていた。


「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ、俺を誰だと思っていやがるんだ、お前たちは? 無敵の鹿馬松様だぜ?」

 高揚感が彼の体全体に広がっていた。いける、ここにいる部下たちの間にもそういったプラスの空気が流れていた。


「もう少しだ、芯玉が手に入れば、理の国だけでなく世界が俺たちを無視できなくなる。十奇人・クログロスが最後の障害だ。もうすぐそこなんだ、俺たちの明るい未来まで、ほんの少し、王手なんだよ!」


 鹿馬松は限界だった。

 無能と虐げられ、社会に蔑まれる現状に変化が訪れる兆しもない。


 彼は理の国生まれ理の国育ち、生粋の理の人間だった。

 幼いころから、活躍している有名人を目にしては、憧れ、そして夢を見た。

 自分もそうなることを信じては疑わなかった。周りの大人たちに言われた通りにやっていけば、失敗はないと思っていた。


 しかしそうはならなかった。彼は天才たちの踏み台にされてしまった。

 大人たちが、才能あふれる者たちを凡人と比較し、優越感に浸らせ、向上心や上の者であり続けたいという意欲を刺激するために……。


 鹿馬松は凡人だった。

 完全に自信を喪失してしまった彼は、受験も失敗、就職も失敗、神も仏もありはしないと思えるほどの苦難の人生を歩んできた。


 ある時、彼は同じ境遇に立たされていた同志たちと手を取り、「理改党(りかいとう)」という政党を、理の国を改革する、苦境にある人々の心を理解するという理念の元に立ち上げた。


 しかし、政権を獲得するには至らなかった。

 生活水準の高い層、中堅層は、改革は必要ないとし、与党を指示した。自分たち下位の層は、限られた少数派に過ぎなかったのだ。

 高層はともかく、中堅層まで与党に上手く丸め込まれてしまったのだ。彼らも鹿馬松たちと同様に、踏み台とされたことに変わりはないはずなのに……。

 鹿馬松は、正攻法ではこの国は変わらないことに気付いた。


 彼は政治家を辞め、テロリストになった。

「ノータリン」という名は「無能」を意味する。これは自分たちへの戒めなのだ。


 国を乗っ取り、強制的に改革する。

 しかし、テロリストとしての活動を続けていくうちに、彼の目的は社会の「改革」から社会への「復讐」へと本人も無自覚の内に、徐々に変わっていった。


「大統領を奪い返しに来たのが、クルーズだったらさらに良かったんだが……、まあ良い」

 ここまでの苦行を思い出し、これから来るであろう明るい未来を見据え、彼は笑う。


「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」


    ◇


「全員、目を瞑れ!」


 クログロスは叫ぶ。

 集団で固まり、追い詰められてしまったクログロス部隊の戦士たちに、二体の珍獣は咆哮を上げ容赦なく襲い掛かる。


「キイーーーーーーーーーーーーン!!」

「ヒヒヒーーーーーーーーーーーーン!!」

 猛スピードでの突進。逃げ場はない。

 戦士たちは、彼らの上司に全てを託し、自らの両目を瞑る。


珍植(ちんしょく)装備『フラッシュ・ラフレシア』」


 彼らが目を瞑ったのと同時に、クログロスの右手人差し指に嵌められた指輪が光を放つ。

 その光は辺り一帯を覆い、視力の介入を許さない。


幻奇光(げんきこう)


 クログロスは、低く静かに切り札の名を呟いた。

 光が収まると、二体の足は完全に止まっていた。その足の関節が曲がり、ガクンとその場に倒れ込んだ。


「もう良いっすか、クロさん?」

 辻がクログロスに開眼の許可を求める。

「ああ良いぞ。こいつらにはしばらく眠っておいてもらおう」

 彼は、全員の開眼を承諾した。


 クログロスが使った「フラッシュ・ラフレシア」は、「特殊装備」の一種である。


 特殊装備は、珍獣や珍植物などを武器に変化させ、その異能を用いて戦闘に活かすという、世界で八併軍の戦士にだけ使用が認められている特殊な武器である。

「珍獣装備」や「珍植装備」の他にもいくつか種類はあるが、生物を武器化しているという点で共通する。


 しかし特殊装備は、すべての戦士が使えるというわけではない。

 使用するには「適性」「承認」「契約」の三つが揃わなくてはならない。

 本部にある特殊装備使用条件の規定には、次のように書かれている。


 その一、「適性」を得るには、鍛錬によって鍛え上げられた強き肉体と精神、及び生まれ持っての性質が求められる。

 その二、「承認」を得るには、それを使用するにふさわしい実績を上げ、本部に己の実力を示さなければならない。

 その三、「契約」を得るには、心を通わせ、時には「対象」が出す条件等をクリアし、戦場の相棒として認め、認められる必要がある。ただし、例外的に「契約」を行う必要がない場合もある。


 特殊装備を使えるかどうかで、戦闘の幅も大きく変わってくる。

 十奇人クラスになると全員が特殊装備を所持しており、複数持ちもいる。


「よし、今のうちに急いで探し出すぞ、まずは2階からだ!」

 クログロスの指示を受け、部隊は俊敏に捜索を開始する。

 捜索の結果、2階には誰もおらず、睡眠中の二体の珍獣以外は特に何もない。


「この首輪は、一体何なんでしょうね?」

 四鹿苦と馬王の首についたリングを見て、部下の一人がクログロスに尋ねる。

「それを確認している暇はねえ。急がねえと時間がない。全員、1階へ降りるぞ! 早急に奴らを殲滅し、今作戦を終了させる!」

 彼は部下の質問を流し、次の行動を指示する。


「クロさん、俺少し気になるところがあるんで、ちょっと単独行動良いっすか?」

「どういうことだ?」

「いや、確信はないんですけど、なんか臭うところがあるんすよ」

「わかった、だが注意しろ。何かあっても救助には行けんかもしれないぞ」

 クログロスは、辻の単独行動を許可したが、彼の身を案じて忠告しておく。


「わかってますよ。何かあれば見殺しにしてください。こう見えて戦士なんで、いつでも覚悟はできてますよ」

 それだけ言い残し、辻は階段を下りていってしまった。


 クログロスたちは、1階の敵兵が密集していた奥のエリアに向かう。

 そこに鹿馬松と理の大統領がいることは間違いないからだ。


「鹿馬松角太という男の経歴だが、元は理の政治家で、それからテロリストになった男だ。本人に高い戦闘能力があるとは思えない。ならば、大勢を率いて自分の身の安全を確保すると考えるのが自然だ」


 クログロスは、2階に上がっていた人数が加わったため、先ほどよりも幾分かマシに戦えると踏んだ。

 彼は切り札をすでに切ってしまってはいるが、テロリストと常日頃から鍛えられている戦士では、個人の戦闘力に差がある。相手の数がどれだけいようと勝機はあると考えたのだ。

 何よりも彼らには時間がない。取引が行われる時間まで残り15分を切っている。


「行くぞお前たち! ここが踏ん張りどころだ!」

 クログロス部隊が階段を降り、敵が集中していた先ほどのエリアに向かおうとしていたその時だった。


 大勢のテロリスト集団が、今まさにその階段のある1階大広間を横切ろうとしているところだった。

 その中に、角刈り頭の中年男がいた。頭には「今日で改革!」と大きく書かれた鉢巻を巻いている。

 鹿馬松角太の面は割れているため、クログロスには、彼が主犯格の鹿馬松本人であることがすぐに分かった。


「鹿馬松角太、年貢の納め時だ! 正義の鉄槌をこの俺が下してくれる!」

「何でだ!? どうやってあの状況から抜け出したんだー!? なぜなんだーーーーーー!?」


 鹿馬松たちは、取引が行われる場所に向かっている最中だった。

 彼の作戦では、2階の珍獣二体の挟み撃ちで勝負が決しているはずだった。

 しかし、詰めが甘かった。彼は、あのシチュエーションに持っていけただけで、歓喜し、確認を怠ったのだ。


「うおい、待て! 良いのか? 今ここに大統領はいねーぞ!」

 彼の発言に、クログロス部隊全員の足が止まる。

 彼らの最優先事項はあくまでも大統領の救出。それを盾に使われては、手を出すわけにはいかない。


「ははは、動くな、手を上げろ。そして、膝を着け」

 鹿馬松の命令に、テロリストたちが一斉に侵入者たちに銃口を向ける。

 グルっと一周するように並べられ、要求された通り部隊全員が手を上げ、膝を地面につける。


「十奇人・クログロス、日向の住人よ。俺はこの世の偉人たちが大嫌いだ。どいつもこいつも偉そうな顔して踏ん反り返ってやがる。お前を含めてな」

「…………」

 クログロスは沈黙し、言葉を返さない。ただ黙って手を上げ続ける。


「お前たち八併軍はずっとそうだ。世界の弱者の味方を謳いながら、脅威から民衆を救っただけで英雄気取り。肝心の国家内部のことに関しては、一切干渉せず、七か国に首を垂れて機嫌を取り続ける。制度によって生まれた弱者には目もくれない。見捨てたんだお前らは、俺たちを、理の国の弱者たちを……」

「…………」

 またもクログロスは言葉を発しない。鹿馬松の言葉をただ聞くのみ。


「だが、別にもう良い。助けてくれなんて言わない。改革は自分たちで行うからだ。これからの俺にはそれができる。だから、黙って死んでいけや!!」

お読みいただきありがとうございました。

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