切り札
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
十奇人・クログロスに、2階捜索班の班長に指名された辻は、2階の廊下を、剣を構えながら前進していた。
周りの味方は、銃を構えゆっくりと周囲を警戒しながら進む。
「辻さんは、銃は使わないんですね」
味方の一人が、辻に対してそのような質問する。
「銃弾なんて、剣で叩き切ってしまえばそれまでなわけじゃん」
黒髪短髪の地味な男は、淡々とド派手なことを言う。
実際この世界には、そのような芸当ができる人間は、珍しいわけではない。火薬を使えば必ずしも強いとは限らない。
「まあ使い手次第ではあるけどな……。強くなるのに、武器の種類は関係ないってことよ」
辻は、十奇人たちの顔を思い浮かべる。
実力者である彼らは、どの武器を使った方が強くなれるといったアドバイスはしない。
敵とトラップの両方に注意しながら、慎重に彼らは進む。
歩いていると、その廊下の先にある大きな扉がひとりでに開き出した。
カキイーン。
開いた扉の前には、一頭のシカが立っていた。
しかし、角が四本あり、その角を辻たちに向けて威嚇している。
明らかに、一般的な「シカ」とは異なるその生命体は、そのサイズも野生の熊ほどあり、スケールからして異質だ。四本ある角も何度も枝分かれしており、とても長い。
そしてそんな奇怪な生物が、大理石でできた清潔に保たれている大統領邸宅にいるのも、また異様である。
「キイーーーーーーーーーーーーン!!」
その生命体から出される、高く大きな音が彼らの鼓膜を揺らす。メンバー全員が一斉に耳を抑える。
辻は、はっとしてこの場にいる全員に命令する。
「あ、やべ。全員退避ー。突進してくるぞー」
気の抜けた声ではあるが、全員がその危険性を察知し、一直線となっている廊下から離脱すべく、全速力で後ろに戻る。
「キイーーーーーーーーーーーーン!!」
再び怪物が鳴き出す。
その声と共に、重く、しかし素早い足音が迫ってきた。
ドタッ、ドタッ、ドタッ、ドタッ。
メンバーが退避する中、辻は一人、突進してくる獣を迎え撃つ。手にした剣を構え、腰を落とす。
「辻さん! 逃げなきゃ!」
女性戦闘員が彼を気に掛けるが、振り返らずに待ち構える。
徐々に近づいてくる獣の四本の角の内、下に位置する二本に狙いを定め、辻は持っている剣の刃で食い止めようとする。
ガキーーーーーーン!!
大きな金属音とともに、角と刃がぶつかり合う。
獣のパワーは凄まじく、人間一人では到底太刀打ちできないが、辻の狙いは、味方の退避のための時間稼ぎである。全員の退避が完了したため、目的は達成していた。
ズズズ、ズズズズズ。
辻の体は、力で押し込まれ、床を滑るように後退している。
「珍獣、四鹿苦か。厄介な……」
彼はその怪物の種を判別する。そして、「はああ~」と面倒くさそうにため息をついた。
珍獣・四鹿苦は、主に理の国の森林に生息しており、体長は普通のシカの2、3倍はある。
ハイテクノロジーな理の国にも自然はある。しかし、国の経済発展や住居地開拓のために森林伐採が進んでおり、生物が生きていく環境は悪化している。
四鹿苦は、珍獣の中でも数は多い方で、比較的見かけやすい種ではあるが、多くの専門家が絶滅するであろう珍獣を挙げる場合、初めに話題が挙がるのはこの四鹿苦である。
「ちくしょー、やべえな」
緊迫感をまるで感じさせない辻の声ではあるが、事実、彼は今この目の前の獣に殺されかけているのである。
ズズズ、ズズズズズ。
押される。絶えず押され続ける。そして……、
ズドーーーン!!
1階の大広間に降りるための階段手前で、角を振り上げられ、宙に投げ飛ばされる。
ドスンッッ!!
「ヌオッ」
階段を飛び越して、2階から1階大広間の床にたたきつけられる。
「辻さーーーーーーん!!」
階段横の壁に隠れていた2階捜索班の面々が、えげつない音を立てて仰向けに倒れた班長の身を案じ、大きな声で彼を呼びかける。
「大丈夫……、無事だ」
メンバーに無事を伝えると、またも「はああ~」とため息をつき、むくりと起き上がる。
「想像以上に難儀な仕事だな……。めんどくさいったらありゃしない」
立ち上がると、全員に攻撃の命令を下す。
「左右から銃を撃ち込め。四本の角は、人間を容易く串刺しにできるから危険だが、そんだけだ。皮膚も固くはない」
(何が「そんだけだ」だよ!)
メンバーの全員が、心の中でツッコミを入れるが、辻の指示通りに全員が一斉に射撃を開始する。
撃たれた四鹿苦は、角を前に向け後ずさりしていく。
「キイーーーーーーーーーーーーン!!」
一直線の廊下の中央辺りまで下がり、四鹿苦は再度、突進の構えを取る。
バン、バババン、ババババン! キン、キン、カキーーン!
頭に向かって撃つが、全て角で防がれてしまった。
この生物は、一本道で敵が前方にしかいない場合、隙は無いと言える。
「参ったなー、時間かかりそうだ。急がなくちゃならねーのに」
1階からの階段を上ってきた辻は、持久戦に持ち込むことになりそうな現状を嘆いた。
◇
一方の1階捜索班は、敵テロリスト集団と銃撃戦を繰り広げ、膠着状態にあった。
ピピピピ、ピピピピ、ツーーー。
「くそっ、繋がらない! 通信が遮断されちまってる!」
クログロスは、2階にいるはずの辻と連絡を着けようとしたが、叶わなかった。
バン、バン! パアン、パアン!
「うわっ!」
「ぐっ!」
銃弾を浴びたテロリストが二人倒れた。
「ぐぅ!」
「おわっ!」
同様に、敵兵の銃弾を食らった味方も倒れていく。
クログロスは、それを無視してガトリングガンを物陰に隠れながら放ち続ける。
今この状況で優先されるべき事項は、戦士の救命ではなく大統領の即時救出だからである。
殉死者は当然出てくる。彼の中でも予想の範囲内だった。
いくつもの戦場を見てきたのだ。地獄も味わっている。
しかし、そんな彼だが、涙が枯れることは無かった。同胞の死を目の当たりにし、泣かなかったことなどない。
戦場で自分ばかりが生き残り、自分ばかりが泣いていた。彼に対し、「戦士の心を持て」と叱った上司もいた。その上司も今はもういない。
彼は、泣いている自分を見せるのが恥ずかしくて、いつからかサングラスを愛用するようになった。
ここに来ても、彼はまた泣いていた。
しかし、彼が泣いていることに気付く人は一人としていなかった。
現在、クログロス率いる捜索班は、大統領邸1階の奥に位置する、大統領専用の広いワークルーム手前のホールにて戦闘状態にある。2階では、辻率いる捜索班が珍獣・四鹿苦と戦闘を行っている。
突入した八併軍の戦士25名の内、既に殉職者が2名出ている。
クログロスは焦っていた。
このままでは、数の差でこちらが押し切られてしまう。完全アウェイで、表の門には内部よりも多くテロリストたちが配備されている。
さらに、裏手の庭に通ずる道は閉ざされてしまった。窓から脱出しようにも、この建物の窓は防弾式で、かなり頑丈な造りとなっている。外からの侵入・攻撃を防ぐ完璧なセキュリティが、逆に戦士たちを閉じ込める鳥籠となってしまったのだ。
「やばいな、このままだと全滅は免れない。時間の問題だ」
クログロスは、機を待っていた。徐々に追い詰められてきてはいるが、今自分が出れば確実に奴らに仕留められる気がしていた。
敵は、ここまで準備周到に来ている。何かしら、十奇人である自分を殺すための手段があるものだと見込んでいた。
この部隊は、彼がやられればそれで終わり、この部隊どころか世界も大きく様変わりすることになるだろう。
「悪いがお前ら、この状況を打開する策はない。好きな言葉ではないんだが、根性で乗り切れ!」
彼は、味方に根性論を強いる。
この状況を突破するための術が彼に無いわけではない。
しかし、今は使えない。切り札は然るべき時まで残しておく必要があるのだ。たとえ、どれほどの犠牲が出ようとも……。
クログロスが切り札を持っていて、それを敢えて使っていないことを部下たちは知っていた。メンバー全員が、そのことを理解し、戦っていた。
彼らは、クログロスの踏み台になる覚悟を持って武器を手にしているのだ。
バン、バン、バン、バン!
戦士たちは、撃ち抜かれるリスクを背負い、敵に撃ち続ける。
それは世界の平和のためなのか……、はたまた彼らの正義のためなのか……。
ババババババン!!
クログロスも彼らの覚悟と忠義に応えるように、ガトリングガンを放つ。
「うおっ!」
「ヴァーーーーーー!!」
「がーーー、あづいーーー!!」
「うわーーー!! て、手がーーーーーー!!」
彼の放つガトリングガンの弾が、次々に敵に致命傷を浴びせていく。
「ぐっ!」
また一人、味方が撃たれた。全身の筋肉が無くなったように、その場に、ヘニャリと倒れ込む。
「クログロスさん……、あと……頼みます……」
そう言って彼は目を閉じた。そして、二度と身動きを取ることは無かった。
「ああ……、任された」
再び涙を拭う。ずれたサングラスを定位置に戻す。
「うおーーーーーー!!」
クログロスは雄たけびと共に、銃声を連続して響かせる。
バタバタとテロリストが倒れていくが、奥から次々と湧いて出てくる。これでは切りがない。
「くそっ、こいつら!」
自然に愚痴が零れたその時、1階大統領専用ワークルームの扉が開き、中から何かが飛び出してきた。
「ヒヒヒーーーーーーン!」
馬である。鳴き声、そして容姿だけ見ると、それはどこにでもいる普通の馬と何ら変わりはない。
しかし、その生き物は四鹿苦と同様にサイズが違った。
普通の馬なんかよりも遥かに大きく、その体長は通常の動物の馬の5倍、およそ10メートルにまで及ぶ。1階の広い空間だから、ギリギリ収まっているようなものだった。
馬王、理の国の珍獣である。名の由来は、その圧倒的なサイズから放たれる威圧感から来ている。
動物の中では比較的温厚な方である馬とは対照的に、気性が荒く、血の気が多い。
人を見つけると、その巨躯で押し潰さんと全速力で向かってくる。一度補足したターゲットは、その対象が動かなくなるまで追い回す。持久力に優れているため、人の身では逃げ遂せることは不可能に近い。
「なるほど、馬王。あれが連中の切り札ってわけか……」
クログロスは、目の前に突如現れた巨大な怪物を見上げ、睨みつける。
「あの野郎、一丁前に見下してきやがって」
馬王は、己の眼下を見渡して、走り出してきた。
自分たちの方だけに。
クログロスは、馬王の生態を知っているがゆえに、彼の頭に一つの疑問が浮かび上がってきた。
なぜ、自分たちの方だけに向かってくるのか。なぜ、周りのテロリストたちには反応しないのか。
しかし、今はそれどころではなかった。
「全員、後ろに下がれ! 1階はだめだ、2階に上がれ! 奴の下にいたら踏みつぶされるぞ!」
1階捜索班は、踵を返し2階の階段の方へ走って向かう。
途中、振り返りながら怪物に銃弾を撃ち込んでみるものの、まるで効いていない。皮が固すぎて、放った銃弾が馬王の足元にその場でポタポタと落ちていく。
「ヒヒヒーーーーーーン、ヴオォン!!」
明白な殺意の権化が、床を駆ける。
もう止まることは無い。ターゲットが、クログロスたちが動かなくなるまでは……。
1階捜索班が2階に駆け上がり、2階捜索班と合流したことで、クログロス部隊の全員が2階に集結することとなった。
クログロスは、2階に駆け込めば、そこにいる味方と連携して馬王を討つことができると考えたのだ。いくら馬王の固い皮膚と言えど、数で攻め続ければいつかは破れるだろうという算段だ。
しかし、彼の作戦は裏目に出た。2階は2階で苦戦を強いられていた。
辻たち2階捜索班は、一本道の廊下で頑なに動こうとしない珍獣・四鹿苦を相手に手こずっていた。
「なにっ、ここにもか!」
クログロスは、四鹿苦を目で捉えたと同時に自分の考えが甘かったことに気付く。
2階の階段前の狭いスペースに自分たちは追い込まれ、今まさに珍獣二体に挟み撃ちにされているということに。
「こいつは……、嵌められたかもな」
2階の奥の扉から一直線に伸びた廊下には四鹿苦が、1階へ降りる階段には馬王が立ち塞がり、完全に退路が立たれてしまった。
「クロさん、これはちょっとまずいんじゃないですか?」
辻はクログロスのことを愛称で呼んだ。仕事を共にしていくうちに、彼の名前を呼ぶのが面倒になって省略したのだ。
「まずいな……、温存しておきたかったが仕方ない。切り札を使う」
「いいんすか?」
「ああ、ここで全滅よりはマシだろう」
クログロスは右手を上げる。手のひらを広げ、天井へかざす。
「全員、目を瞑れ!」
お読みいただきありがとうございました。




