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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第二章・イア騒動編
31/117

切り札

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 十奇人・クログロスに、2階捜索班の班長に指名された辻は、2階の廊下を、剣を構えながら前進していた。

 周りの味方は、銃を構えゆっくりと周囲を警戒しながら進む。


「辻さんは、銃は使わないんですね」

 味方の一人が、辻に対してそのような質問する。


「銃弾なんて、剣で叩き切ってしまえばそれまでなわけじゃん」

 黒髪短髪の地味な男は、淡々とド派手なことを言う。

 実際この世界には、そのような芸当ができる人間は、珍しいわけではない。火薬を使えば必ずしも強いとは限らない。


「まあ使い手次第ではあるけどな……。強くなるのに、武器の種類は関係ないってことよ」

 辻は、十奇人たちの顔を思い浮かべる。

 実力者である彼らは、どの武器を使った方が強くなれるといったアドバイスはしない。


 敵とトラップの両方に注意しながら、慎重に彼らは進む。

 歩いていると、その廊下の先にある大きな扉がひとりでに開き出した。

 カキイーン。


 開いた扉の前には、一頭のシカが立っていた。

 しかし、角が四本あり、その角を辻たちに向けて威嚇している。


 明らかに、一般的な「シカ」とは異なるその生命体は、そのサイズも野生の熊ほどあり、スケールからして異質だ。四本ある角も何度も枝分かれしており、とても長い。

 そしてそんな奇怪な生物が、大理石でできた清潔に保たれている大統領邸宅にいるのも、また異様である。


「キイーーーーーーーーーーーーン!!」

 その生命体から出される、高く大きな音が彼らの鼓膜を揺らす。メンバー全員が一斉に耳を抑える。

 辻は、はっとしてこの場にいる全員に命令する。


「あ、やべ。全員退避ー。突進してくるぞー」

 気の抜けた声ではあるが、全員がその危険性を察知し、一直線となっている廊下から離脱すべく、全速力で後ろに戻る。


「キイーーーーーーーーーーーーン!!」

 再び怪物が鳴き出す。

 その声と共に、重く、しかし素早い足音が迫ってきた。

 ドタッ、ドタッ、ドタッ、ドタッ。


 メンバーが退避する中、辻は一人、突進してくる獣を迎え撃つ。手にした剣を構え、腰を落とす。

「辻さん! 逃げなきゃ!」

 女性戦闘員が彼を気に掛けるが、振り返らずに待ち構える。

 徐々に近づいてくる獣の四本の角の内、下に位置する二本に狙いを定め、辻は持っている剣の刃で食い止めようとする。


 ガキーーーーーーン!!

 大きな金属音とともに、角と刃がぶつかり合う。

 獣のパワーは凄まじく、人間一人では到底太刀打ちできないが、辻の狙いは、味方の退避のための時間稼ぎである。全員の退避が完了したため、目的は達成していた。


 ズズズ、ズズズズズ。

 辻の体は、力で押し込まれ、床を滑るように後退している。

「珍獣、四鹿苦(しかく)か。厄介な……」

 彼はその怪物の種を判別する。そして、「はああ~」と面倒くさそうにため息をついた。


 珍獣・四鹿苦は、主に理の国の森林に生息しており、体長は普通のシカの2、3倍はある。

 ハイテクノロジーな理の国にも自然はある。しかし、国の経済発展や住居地開拓のために森林伐採が進んでおり、生物が生きていく環境は悪化している。

 四鹿苦は、珍獣の中でも数は多い方で、比較的見かけやすい種ではあるが、多くの専門家が絶滅するであろう珍獣を挙げる場合、初めに話題が挙がるのはこの四鹿苦である。


「ちくしょー、やべえな」

 緊迫感をまるで感じさせない辻の声ではあるが、事実、彼は今この目の前の獣に殺されかけているのである。


 ズズズ、ズズズズズ。

 押される。絶えず押され続ける。そして……、


 ズドーーーン!!

 1階の大広間に降りるための階段手前で、角を振り上げられ、宙に投げ飛ばされる。

 ドスンッッ!!

「ヌオッ」

 階段を飛び越して、2階から1階大広間の床にたたきつけられる。


「辻さーーーーーーん!!」

 階段横の壁に隠れていた2階捜索班の面々が、えげつない音を立てて仰向けに倒れた班長の身を案じ、大きな声で彼を呼びかける。


「大丈夫……、無事だ」

 メンバーに無事を伝えると、またも「はああ~」とため息をつき、むくりと起き上がる。

「想像以上に難儀な仕事だな……。めんどくさいったらありゃしない」

 立ち上がると、全員に攻撃の命令を下す。


「左右から銃を撃ち込め。四本の角は、人間を容易く串刺しにできるから危険だが、そんだけだ。皮膚も固くはない」

(何が「そんだけだ」だよ!)


 メンバーの全員が、心の中でツッコミを入れるが、辻の指示通りに全員が一斉に射撃を開始する。

 撃たれた四鹿苦は、角を前に向け後ずさりしていく。


「キイーーーーーーーーーーーーン!!」

 一直線の廊下の中央辺りまで下がり、四鹿苦は再度、突進の構えを取る。


 バン、バババン、ババババン! キン、キン、カキーーン!

 頭に向かって撃つが、全て角で防がれてしまった。

 この生物は、一本道で敵が前方にしかいない場合、隙は無いと言える。


「参ったなー、時間かかりそうだ。急がなくちゃならねーのに」

 1階からの階段を上ってきた辻は、持久戦に持ち込むことになりそうな現状を嘆いた。


    ◇


 一方の1階捜索班は、敵テロリスト集団と銃撃戦を繰り広げ、膠着状態にあった。


 ピピピピ、ピピピピ、ツーーー。

「くそっ、繋がらない! 通信が遮断されちまってる!」

 クログロスは、2階にいるはずの辻と連絡を着けようとしたが、叶わなかった。


 バン、バン! パアン、パアン!

「うわっ!」

「ぐっ!」

 銃弾を浴びたテロリストが二人倒れた。

「ぐぅ!」

「おわっ!」

 同様に、敵兵の銃弾を食らった味方も倒れていく。


 クログロスは、それを無視してガトリングガンを物陰に隠れながら放ち続ける。

 今この状況で優先されるべき事項は、戦士の救命ではなく大統領の即時救出だからである。

 殉死者は当然出てくる。彼の中でも予想の範囲内だった。


 いくつもの戦場を見てきたのだ。地獄も味わっている。

 しかし、そんな彼だが、涙が枯れることは無かった。同胞の死を目の当たりにし、泣かなかったことなどない。

 戦場で自分ばかりが生き残り、自分ばかりが泣いていた。彼に対し、「戦士の心を持て」と叱った上司もいた。その上司も今はもういない。

 彼は、泣いている自分を見せるのが恥ずかしくて、いつからかサングラスを愛用するようになった。


 ここに来ても、彼はまた泣いていた。

 しかし、彼が泣いていることに気付く人は一人としていなかった。


 現在、クログロス率いる捜索班は、大統領邸1階の奥に位置する、大統領専用の広いワークルーム手前のホールにて戦闘状態にある。2階では、辻率いる捜索班が珍獣・四鹿苦と戦闘を行っている。

 突入した八併軍の戦士25名の内、既に殉職者が2名出ている。


 クログロスは焦っていた。

 このままでは、数の差でこちらが押し切られてしまう。完全アウェイで、表の門には内部よりも多くテロリストたちが配備されている。

 さらに、裏手の庭に通ずる道は閉ざされてしまった。窓から脱出しようにも、この建物の窓は防弾式で、かなり頑丈な造りとなっている。外からの侵入・攻撃を防ぐ完璧なセキュリティが、逆に戦士たちを閉じ込める鳥籠となってしまったのだ。


「やばいな、このままだと全滅は免れない。時間の問題だ」

 クログロスは、機を待っていた。徐々に追い詰められてきてはいるが、今自分が出れば確実に奴らに仕留められる気がしていた。


 敵は、ここまで準備周到に来ている。何かしら、十奇人である自分を殺すための手段があるものだと見込んでいた。

 この部隊は、彼がやられればそれで終わり、この部隊どころか世界も大きく様変わりすることになるだろう。


「悪いがお前ら、この状況を打開する策はない。好きな言葉ではないんだが、根性で乗り切れ!」

 彼は、味方に根性論を強いる。


 この状況を突破するための術が彼に無いわけではない。

 しかし、今は使えない。切り札は然るべき時まで残しておく必要があるのだ。たとえ、どれほどの犠牲が出ようとも……。


 クログロスが切り札を持っていて、それを敢えて使っていないことを部下たちは知っていた。メンバー全員が、そのことを理解し、戦っていた。

 彼らは、クログロスの踏み台になる覚悟を持って武器を手にしているのだ。


 バン、バン、バン、バン!

 戦士たちは、撃ち抜かれるリスクを背負い、敵に撃ち続ける。

 それは世界の平和のためなのか……、はたまた彼らの正義のためなのか……。


 ババババババン!!

 クログロスも彼らの覚悟と忠義に応えるように、ガトリングガンを放つ。


「うおっ!」

「ヴァーーーーーー!!」

「がーーー、あづいーーー!!」

「うわーーー!! て、手がーーーーーー!!」

 彼の放つガトリングガンの弾が、次々に敵に致命傷を浴びせていく。


「ぐっ!」

 また一人、味方が撃たれた。全身の筋肉が無くなったように、その場に、ヘニャリと倒れ込む。

「クログロスさん……、あと……頼みます……」

 そう言って彼は目を閉じた。そして、二度と身動きを取ることは無かった。


「ああ……、任された」

 再び涙を拭う。ずれたサングラスを定位置に戻す。

「うおーーーーーー!!」

 クログロスは雄たけびと共に、銃声を連続して響かせる。


 バタバタとテロリストが倒れていくが、奥から次々と湧いて出てくる。これでは切りがない。

「くそっ、こいつら!」

 自然に愚痴が零れたその時、1階大統領専用ワークルームの扉が開き、中から何かが飛び出してきた。


「ヒヒヒーーーーーーン!」

 馬である。鳴き声、そして容姿だけ見ると、それはどこにでもいる普通の馬と何ら変わりはない。


 しかし、その生き物は四鹿苦と同様にサイズが違った。

 普通の馬なんかよりも遥かに大きく、その体長は通常の動物の馬の5倍、およそ10メートルにまで及ぶ。1階の広い空間だから、ギリギリ収まっているようなものだった。


 馬王(まおう)、理の国の珍獣である。名の由来は、その圧倒的なサイズから放たれる威圧感から来ている。

 動物の中では比較的温厚な方である馬とは対照的に、気性が荒く、血の気が多い。

 人を見つけると、その巨躯で押し潰さんと全速力で向かってくる。一度補足したターゲットは、その対象が動かなくなるまで追い回す。持久力に優れているため、人の身では逃げ遂せることは不可能に近い。


「なるほど、馬王。あれが連中の切り札ってわけか……」

 クログロスは、目の前に突如現れた巨大な怪物を見上げ、睨みつける。

「あの野郎、一丁前に見下してきやがって」


 馬王は、己の眼下を見渡して、走り出してきた。

 自分たちの方だけに。


 クログロスは、馬王の生態を知っているがゆえに、彼の頭に一つの疑問が浮かび上がってきた。

 なぜ、自分たちの方だけに向かってくるのか。なぜ、周りのテロリストたちには反応しないのか。

 しかし、今はそれどころではなかった。


「全員、後ろに下がれ! 1階はだめだ、2階に上がれ! 奴の下にいたら踏みつぶされるぞ!」

 1階捜索班は、踵を返し2階の階段の方へ走って向かう。

 途中、振り返りながら怪物に銃弾を撃ち込んでみるものの、まるで効いていない。皮が固すぎて、放った銃弾が馬王の足元にその場でポタポタと落ちていく。


「ヒヒヒーーーーーーン、ヴオォン!!」

 明白な殺意の権化が、床を駆ける。

 もう止まることは無い。ターゲットが、クログロスたちが動かなくなるまでは……。


 1階捜索班が2階に駆け上がり、2階捜索班と合流したことで、クログロス部隊の全員が2階に集結することとなった。

 クログロスは、2階に駆け込めば、そこにいる味方と連携して馬王を討つことができると考えたのだ。いくら馬王の固い皮膚と言えど、数で攻め続ければいつかは破れるだろうという算段だ。


 しかし、彼の作戦は裏目に出た。2階は2階で苦戦を強いられていた。

 辻たち2階捜索班は、一本道の廊下で頑なに動こうとしない珍獣・四鹿苦を相手に手こずっていた。


「なにっ、ここにもか!」

 クログロスは、四鹿苦を目で捉えたと同時に自分の考えが甘かったことに気付く。

 2階の階段前の狭いスペースに自分たちは追い込まれ、今まさに珍獣二体に挟み撃ちにされているということに。


「こいつは……、嵌められたかもな」

 2階の奥の扉から一直線に伸びた廊下には四鹿苦が、1階へ降りる階段には馬王が立ち塞がり、完全に退路が立たれてしまった。


「クロさん、これはちょっとまずいんじゃないですか?」

 辻はクログロスのことを愛称で呼んだ。仕事を共にしていくうちに、彼の名前を呼ぶのが面倒になって省略したのだ。


「まずいな……、温存しておきたかったが仕方ない。切り札を使う」

「いいんすか?」

「ああ、ここで全滅よりはマシだろう」

 クログロスは右手を上げる。手のひらを広げ、天井へかざす。


「全員、目を瞑れ!」

お読みいただきありがとうございました。

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