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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第二章・イア騒動編
30/117

戦士の運命

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 大統領邸宅裏手の広い庭から、中の様子を窺う。何とか入り込むことはできそうだ。

 しかし問題はその後である。屋敷の構造は把握できているが、どこにどれほどの兵が潜んでいるのかまでは分からない。


「お前たちは俺の後からついてこい。罠の可能性も十分にある。俺から撤退命令が出次第すぐに逃げろ。良いな?」

「了解です、クログロスさん!」


 万が一の時を考えて、部隊全体に撤退時についての注意を促す。俺の言葉に部下の一人が反応した。

 怪しさ満載のルートをこれから通るのだ。今この場所に警備がいないことも懸念要素である。部下たちを無駄に死なせるわけにはいかない。


「行くぞ!」

 裏庭の芝に覆われていた隠し地下通路の扉を開く。

 そこには下に降りるための階段があり、屋敷方向に伸びている。

 俺はガトリングガンを両腕で抱え、前方に構えながら階段を先行して降りていく。


 降りた先には薄暗い廊下がまっすぐに伸びていた。先は暗くて見えない。

 すると、部隊の全員が階段を降りたタイミングで、入ってきた扉がガシャンと自動的に閉まった。


「なに!? おい、開けろ!」

 予想外の出来事に驚き、最後尾にいた戦士の一人に開くよう指示する。

「ダメです、開きません!」


 抜かった。ここは最先端科学都市イア。この程度のことなんて簡単にできてしまうだろう。

 おそらく、この先にも俺の理解を越える未知の技術が散りばめられているに違いない。

 この国に来るのは初だ。理の国が世界に誇るその科学技術を、ほぼほぼ知らずにこの場にいる。


 無理やり扉をこじ開けることを試みたが駄目だった。何人で力を加えようともびくともしない。

 退路は断たれた。


「先に進むか進まないかはお前たちが決めてくれ。この先、何があるかは俺にもわからない。特にここは世界最高峰のセキュリティシステムを備えている理の大統領邸だ。無理について来いとは言わない。最悪、俺一人でこの任務をこなす」


 これから先、進めば必ず敵の攻撃に遭う。さらにここは敵陣、アウェイであり、いつ予想外の事態が起こるのかも分からない。今のこの様子からも、敵は明らかにこちらの侵入に気づいている。

 全員でここに入ったのは悪手だったと言える。


「何言ってるんですか? 俺たちは戦士ですよ」

「俺は進みます! 覚悟なんてとっくにできているので」

「俺もです! ここで待機するために俺は八併軍に入ったわけじゃない!」

「そうですよクログロスさん! あんまり俺たちを甘やかさないでくださいよ!」

「私も行きます!」

「俺もだ!」

「私も!」

「当然行きますよ!」


「「「クログロスさん! ついていきます!!」」」


 彼らは戦士だった。世界に誇れる優秀な……。

 俺は反転して彼らに背中を向ける。サングラスを掛けていて良かった……。


「よし、行くぞ! 俺に続けっ!!」

 前方へ駆け出す。恐れはしない。恐怖は伝染し、部隊の士気に関わることを知っている。

 十奇人の俺が怖気づくことなどあってはならない。彼らがついて来てくれているのだから。


 暗い廊下を進んでいくと上の方へあがる階段に辿り着いた。

 俺は階段を上り、頭上にある扉を開け、屋敷内の様子を確認する。誰もいない。


「よし上がってきていいぞ。見張りはいない。だが気は抜くな。さっきも言った通り何が起こるか分からないからな」

 部下達二十数名を扉から屋敷内へ入らせる。


 現状の優先事項は理の大統領が囚われている場所の確認、救出だ。

 その次に、今回の一件の首謀者・鹿馬松の居場所の特定、そして始末である。


「1階、2階を二手に分かれて捜索する。1階の捜索班の班長は俺が務める。2階捜索班の班長は辻、お前に任せるぞ」

 俺の目が届かない2階捜索班の班長に辻という男を指名する。


「了解です……、ホントは嫌ですけど……」

 辻が締まらない声でそう言う。それに一言多い。


 彼は、レンジャー師団の部隊長クラスの実力者ではあるが、感情の起伏があまり見られず、いつも寝起きのような顔をしている。

 先ほどほぼ全員が「俺についていく」と非常に感情のこもった声を上げていたのにもかかわらず、こいつときたらすまし顔で平然と眺めているだけだった。

 一見するだけでは、頼りなく感じてしまう者も多いだろう。


 しかし、彼とはそこそこ仕事を共にしているが、かなり優秀な戦士であると言える。

 不安や焦りを顔に出すことは無く、常に冷静で物事の本質を見抜くことができる。

「優秀」という意味では、十奇人の連中が彼に劣っているところは多い。


「全く一言多いな。まあいい、頼んだぞ」

「うす」

 辻は腑抜けた声で答える。

 若干癪に障るが、キレてる場合ではないのですぐに捜索開始を部下たちに告げる。


「捜索開始だ。武器の使用は許可されてあるが、救助対象を傷つけることが無いように頼む。テロリストどもの生死は問わない。大統領を救出し、鹿馬松を始末する」


「お言葉ですが、鹿馬松は捕獲した方が良いんじゃないですか? 他にも協力者がいるかもしれないじゃないですか。捕らえて吐かせた方が効率的な気がしますけどね」

「考えたがそれで首謀者を取り逃がしたら元も子もない。この作戦は八併軍の威厳を世界のテロリストどもに再度示すための作戦でもある。テロ行為を行った者の末路がどのようなものなのか、連中にはきちんと理解してもらわないとな」


「了解っす」

 辻の軽い態度に、自分が十奇人であることを忘れそうになる。

 縦の関係に厳しい八併軍において、上司に「うす」「了解っす」なんて答え方をするような奴は珍しい。また少し、カチンときたが抑える。


「全員生きて再び会うことを祈っている!」

 最後にそれだけ言い、先頭を駆け出す。


 頭では理解している。この部隊が、再び全員揃って集まることは無いのだと。

 今までもそうであり、おそらくこれからも変わることは無い、戦士の運命だ。


    ◇


 5階には、十数名のテロリストと、この一件のキーマン二人が揃っていた。

 最上階であるこのフロアは、他のフロアとは造りが違い、5階のスペース全てを使った一つの大きな部屋となっている。


 キーマンの一人はレイアさん。

 そんな広いフロアの中央で、椅子に拘束されて身動きが取れないでいる。


 二人目は、僕が仮試験会場で見かけたあの男だ。

 手前で背中を向けているため顔は見えないが、服装や外観から彼であるのは間違いない。


 敵の目を盗んで、僕は最上階の柱の陰に隠れていた。

 ここまで来たのは良いものの、人が多すぎて出て行こうにも行けない。


 しばらくして、下の階から人がやってきた。

「侵入者を一人捕らえました!」

 その報告の数秒後、手足を縛られたタツゾウが数人に抱えられて運ばれてきた。

 なんとか助け出さないと。なにか良い手はないだろうか。

 そうこうしている内に、彼はレイアさんと同じように椅子に拘束されてしまう。


 そこから先に起きたことはあまりに突然の出来事だったので、僕の脳みそだけではとても処理が追い付かなかった。

「ほんげーーーーーーーーーーーー!!」

 タツゾウがカエルを吐き出したのだ。人の口からカエルが姿を現したのである。


 さらに、そのカエルは高く跳び上がると、濃い霧をその口から噴出した。

 辺りが濃霧に覆われる。誰の姿形も、目では捉えることができない。


 チャンスだと思った。僕は咄嗟に柱から飛び出し、フロアの中央に向けて走り出す。

 直感で、自分が今一番にすべきことは分かっていた。

 電気ショックガンを前に向け、引き金に指を掛ける。


「ぐおわーーーーーーーーーーーー!!」

 僕が発砲したと同時に、主犯格らしき男は叫声を上げた。


 タツゾウとレイアさんの元へ駆け寄っていく。

「レイアさん! 大丈夫ですか? 助けに来ました!」

 急がなきゃ。今のうちに彼女を助けて、一刻も早く脱出しよう。

 そのためには……、


「あなたの力も貸して欲しいんです」

 僕は背中の木刀を取り出し、両手でレイアさんに差し出した。

 助けに来ておいて情けない話だが、脱出を彼女にも手伝ってもらうのだ。彼女の力があれば、きっと百人力だ。



 ブオン!!

 レイアさんの一撃が炸裂する。

 空気を切り裂く激しい音とともに、僕らの周りを取り囲み、飛び掛かってきた敵を一網打尽にする。

 危うく僕も巻き添えを食らうところだったが、寸でのところでタツゾウに救われた。


「グワッ!」

「ヌオッ!」

「ドワッ!」

 敵三人が後方へ体ごと飛ばされる。


「おい、危ねーだろーが! 当たってたらどうすんだ?」

 タツゾウが、レイアさんの敵への急すぎる反撃を非難する。


「そうなったらそれまでです。どのみち敵の攻撃から身を守るにはこれしかなかったのですから。むしろ感謝して欲しいぐらいです」

「てめえ、助けてもらっておいて、よくそんな口が利けたもんだな!」

 レイアさんの言葉にタツゾウが激しく憤慨し、距離を詰めて上から彼女の顔を睨みつける。


「止めてください二人とも! ありがとうございます、レイアさん。タツゾウも、おかげで助かったよ」

 慌てて仲裁に入る。当然のことだが、僕らに仲間割れをしている余裕なんてない。


「それより早く逃げないと!」

 僕の一言に、二人ともハッとしたような表情になる。そして、三人で下の階へ向かう階段の方へ逃走する。

 その後ろでは、銃撃音が鳴り止まないでいた。タツゾウのカエルが、テロリスト複数人を相手取って戦っているのだろう。


「おいおい逃げんのかよ? 誇り高き麗宮司家の名が聞いて呆れるぜ」


 階段の手前で、後ろから何者かに呼び止められる。聞き覚えのあるかすれた声だった。

 その声に、レイアさんが振り向く。


「なんですって?」

 静かな怒りの声だった。凍てつくような目つきを声の主に向け、木刀を構える。


「世紀の大虐殺者を前に逃げてる奴に、誇り高き麗宮司家の名前なんてふさわしくないんじゃないのか?  ていうか、そもそも麗宮司に誇りなんてものは無かったのかもな! ただの腰抜け一族か! アッハッハッハ!」

「くっ……、私への侮辱だけでは飽き足らず、麗宮司の名まで貶めるとは……」

 レイアさんは声を震わせながらも、爆発しそうな怒りを抑えている。


 霧の中から現れたその男は、僕がついさっき気絶させたはずのあの男だった。

 長身で、パーマが掛かった特徴的な黒髪、確かに仮試験の際にエレベーターでかち合ったその人だった。

 しかし、その顔には全くの見覚えがなかった。

 それどころか「こんな」のは初めて見た。


「ギャーーーーーー!!」

 霊的な何かを見てしまったのだと思い、無意識に腹の奥から全力の悲鳴を上げてしまった。

「人の顔見て悲鳴上げるなんて失敬な奴だな。まあそういう奴の方が多かったけどな」

 半分が人間の顔で、もう半分が骸骨の顔という幽霊は、僕の反応に「やれやれ」と両の手のひらを天井に向けてジェスチャーを取る。


「よう、また会ったな少年。エレベーターでの件は感謝するぜ」

「レ、レ、レイアさんを連れて行ったのも、かか、か、会場を爆破したのも、あああ、あなたの仕業ですね?」

 分かり切ったことを確認の意味も込めて問う。

 この目の前に立つ男がやったことは許されることではない。しかし、凶悪犯罪者兼人ならざる何者かに足がすくんでしまう。


「で? やってたらどうするってんだ?」

「全力で逃げます」

 そっぽを向いて、階段を駆け下りる。僕の後ろにいた二人もあわてて僕に続いた。

「プハッ、ずいぶん自分の感情に正直じゃねーか!」

 逃げ出す僕たちを見て、彼は笑った。


「山葵間正! あなたから受けた侮辱の数々、決して忘れません。この私が必ず、あなたを討ち取ってみせます」

「うれしいねー、楽しみが一つできたぜ。でも逃げられねーよ、ここからは……」

 レイアさんは手に持つ木刀を目の前の大犯罪者に差し向け、誓いを立てる。

 男は追って来ない。それだけ言い残して霧の中へと消えていった。


 僕は自分が出せる限界の速度で階段を駆け下りていく。

 しかし、下の方から聞こえてきた声によって、その速度を急激に緩めた。


「急げ! 上の方で何かあったらしい。人質が逃げたのかもしれん」

「ガキどもが! どのみち奴らに逃げ場なんてねえ! 俺たち敵に回したらどうなるか、その身に教えてやろうぜ!」

 多数の足音が、僕たちとは反対に階段を駆け上がってくる。このまま進めばかち合うことは間違いない。


「この階の部屋に隠れてやり過ごしましょう。多数を相手に正面からやり合うのは得策ではありません」

 レイアさんは4階の一室に隠れることを提案する。僕もその案に大賛成だ。


「そんなの必要ねえよ! 俺に任せとけ!」

「ダメです。あなたも負けたから捕えられていたのでしょう? ここは私に従ってください」

「はぁ? 何で俺がお前の言うこと聞かなきゃなんねーんだよ?」

「あなた、どうせバカでしょう?」

「はぁ!? 俺、お前嫌いだぜ!!」


 その間にも、敵の足音は近づいてくる。猶予はない。

「タツゾウ、今は隠れようよ! お願いだから!」

 僕は次第に大きくなってくる足音に急かされ、タツゾウの腕を掴んで引っ張る。


「……分かったぜ。ソラトが言うなら従ってやるよ」

 タツゾウを何とか説得し、僕たち三人は階段の隣の一室に飛び込んだ。

 直後、テロリストたちの足音が同じ階に上がってくる。間一髪、ギリギリセーフだ。


「5階から逃げ出したらしい。1階から3階にはいなかった。つまり、この階にいるということだ。探し出せ!」

 号令と共に、足音が4階中に散らばる。


「アズマ・タツゾウ、あのカエルのことですが……」

 レイアさんが、僕も気になっていたことについて触れる。

 タツゾウの口から飛び出てきたあのカエルはひょっとすると……。


「六さんのことか? 六さんは『胃ガエル』っていう珍獣なんだ」

「珍獣!?」

 どうやら僕は「珍獣」という言葉を聞いて反応せずにはいられないらしい。

 あのカエルはやっぱり珍獣だったのだ!


「では、あなたは『契約者』なのですね?」

「まあ、一応な。師匠から譲り受けたようなもんだけどな」


 ()()()……?

 知らない単語が出てきた。二人とも知っているらしいが、一体何なのだろうか。

 珍獣、契約者、ミカエリ、謎の骸骨男。この世界には、僕の知らないことがあまりにも多すぎる。


「ここは一体どこなのですか? それに、あなたたちはなぜここへ来たのですか?」

 レイアさんの質問攻めは続く。

 おそらく彼女は、この状況を何一つ理解できていないのだろう。きっと情報を整理したいのだ。

「そんなことより、今この場をどう切り抜けるか考えようぜ」

 タツゾウは面倒くさくなったのか、レイアさんの二つの質問を「そんなこと」で片づけてしまった。


「……それもそうですね。詳しい話は後で聞かせてもらいます」

 レイアさんは、シュッとした造形の美しい顎に手を添え、何かを考え込む。


「今、敵はこのフロアに満遍なく散らばり、私たちを捜索しています。つまり、階段の近くにいる私たちは、急げば彼ら全員を相手にすることなく3階へ下りることができます」

 考えがまとまったのか、彼女は僕とタツゾウに淡々と説明し始めた。

「どうやら敵は4階に集中しているそうなので、ここを切り抜けられれば、あとは下りるだけでしょう」

 レイアさんは部屋の外にいる敵に気付かれぬよう、小声で僕たちにこれからの動きを伝えた。


「おー!」

 僕は小さくパチパチと拍手する。

 脱出の見通しが立った。ここから生きて出られる希望が見えたのだ。


「なるほどな! あっ、やべ……」

 しかし、その希望はタツゾウの一言で一瞬にして消え失せる。

 彼の相槌は声量がいささか大きかった。


「おい! 今この部屋から声がしたぞ!」


 やはり聞かれていた。

 このフロアにいるテロリスト全員が、これからこの部屋に押し寄せてくるのだ。

 一瞬希望が見えただけに、最悪だ。


「そ、そんな……」

「…………」

 レイアさんの絶対零度の視線がタツゾウを貫く。

 今までのどんな視線よりも冷たいその眼差しを見て、僕は身動きが取れず、体がブルブルと震えだした。


「やっちまったことは仕方がねえ、こういうのは切り替えが大事だぜ!」


 タツゾウが、鬼と化しているレイアさんに向け、親指を立ててグッドサインを突きつける。

 直後、レイアさんのダイナミックジャンプキックが、彼の顔面にクリーンヒットした。彼女の黒と青の髪が、空中でうねる。

 絵面が恐ろしくて、僕の震えはさらに激しさを増していった。

お読みいただきありがとうございました。

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