口からカエル!!
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「やはり大統領邸宅は占拠されています」
辺りは静まり返り、灯りも街灯以外はすべて消えた頃、一人の男がある建築物を双眼鏡で眺めていた。
ガタイの良い体格に黒い肌、スキンヘッド、そして昼夜問わず身に着けているサングラス。
アウトローな雰囲気を纏ったその男は、一人、木の上から対象の建物を見てため息をつく。
「はあー、さすがに人が多いな。中々厳重な警備だ」
彼は大統領邸宅内の警備の厳重さに頭を抱える。
「情報が入ってきました。侵入経路として使用できそうなルートが一つあります。裏手の庭に隠し通路があるようです。おそらく連中はこの情報を掴めてはいないものと思われます」
彼、クログロスの率いる部隊の一人が、情報統括部が送ってきた侵入ルートの中で最適なルートを提案する。
クログロスは木から飛び降り、部下の持つモニターを確認して険しい表情で考え込む。
「うーむ、まあそこしかないか……」
低く落ち着いた声で提案を採用するが、彼は一つの不安を抱いていた。
勘ではあるが罠の可能性を疑っている。確信はない。あまりに一つのルートに絞られすぎて、まるでどうぞそこを通ってください、と誘われているような感覚になるのだ。
「このルートは、大統領の他、理の国の重鎮たちにしか知られていません」
クログロスの不安は拭えなかったが、双眼鏡で確認している他のルートは、警備が厳重すぎるゆえ、そこを通っていくのは得策ではないと彼は考えた。
「よし、裏手に回り、これからの作戦、各自の行動を伝える。この作戦は失敗できない。今一度気を引き締めてくれ。もう一度言うが、この作戦に失敗はないぞ!」
「「「はっ!!」」」
◇
ビル内が先ほどよりも少しざわついている。彼らにとっての非常事態でも起こっているのだろうか。
もしかすると、事態を聞きつけた十奇人の誰かが、救助に来てくれたのではないか。だとしたら私に何か手伝えるようなことは無いだろうか。
「麗宮司レイア、今このビルに侵入者が紛れ込んでいるらしい。どう思う?」
「あなたに裁きを与えに来たのでしょう。ここまでです、半人半骸の男・山葵間正。あなたでは十奇人を殺せない」
「アハッ、裁きだってよ。連中は神様気取りか? ちょっと世間に持ち上げられたぐらいで調子に乗りすぎだろ」
ここへ来たのが十奇人の誰であれ、山葵間が彼らを殺せるとは思えない。
私は、十奇人の戦闘を間近で見たことがあり、彼らの戦闘能力の次元の違いを理解しているつもりだ。
あれは……、同じ人間であるという方が信じがたい。
「あなたも鹿馬松という男も、十奇人を知らないから恐れないのです。彼らは、人であって人に非ず。彼らを見た多くの戦士達が憧れ、多くの犯罪者達が絶望するのです」
目の前の粋がった男に忠告しておく。とは言え、彼らが来た今もう遅いが……。
「ああ、知ってるとも」
意外な言葉が返ってきて、目を見開く。
どういうことなのか。この男は彼らを目にしたことがあるにもかかわらず、挑もうというのだろうか。
「あなたは、十奇人と相まみえたことがあるのですか!?」
「まあな、前回は俺もギリギリ逃げ遂せたってところだったぜ。あれは俺史上最大の危機だったな」
「なぜ!? 見ているなら分かるはずです。死にますよ?」
率直な疑問をぶつける。彼はこの分だと自殺志願者ということになる。
「難易度の高い殺しほど燃えるじゃねーか。十奇人を殺すことができれば、殺し屋冥利に尽きるってもんだろ」
この男の殺しの話は、捕まっている間嫌というほど聞かされた。
聞かされるたびに私の中の山葵間への殺意が高まっていった。彼は早いうちに始末をつけなければならない。被害の拡大も容易に予想がつく。
私は無意識に、残虐非道を歩むものをにらみつけていた。
「山葵間正……、あなたがここから生き延びるようなことがあれば、この私が必ず討ち取ります」
私の言葉に山葵間が素早く反応し、喉元にナイフを突きつけてくる。
「ふふふふふふ……、活きの良いお嬢様なこった。俺は、今ここでお前を殺すことだってできるんだぜ! よく考えて発言しろよな、この状況、軽く考えちゃーならねえよ」
にらみ合う。誰も動かず、時間が止まったかのような感覚になる。
ふと、山葵間が何かを思い出したように口を開いた。
「そういや忘れてたぜ。お前に、これを付けとかなきゃいけないんだったわー」
山葵間はポケットからリング状の何かを取り出す。そして、それを椅子の後ろで組まれている私の右手首にカチャンと音を立てて嵌めた。
その時だった。
静かな階段から突如、ドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。
「はあ、はあ、侵入者を一人捕らえました!」
男は息を切らし、肩で呼吸をしている。その言葉に5階にいる全ての人間が、その男の方を振り向いた。
そして、走ってきた男の後ろから、銀髪の男を担いだ数人が同じように階段を駆け上がってきた。
「この男です。1階にて激しい抵抗に遭いましたが、なんとか取り押さえました」
私は捕らえられている銀髪の男を見て、呆気に取られてしまった。
どうしてここに……!?
彼は、アズマ・タツゾウ。
アカデミー受験者の一人で、軽蔑するべき男の隣にいた騒がしい男だ。
私から見た彼の印象は、頭は弱いが高い身体能力を備えている青年というものだ。
仮試験の実技試験最終試合の戦いぶりも見事なもので、その身体能力は他と一線を画していた。
「おいおい驚いたな。ここに乗り込んできたんだからてっきり十奇人かと思ったぜ。まさかこんなガキンチョが来ていたとはな!」
山葵間も私と同じで予想外だったのだろう。思いがけない来訪者に目を大きくする。
「期待に沿えなくて、悪かったな!」
アズマ・タツゾウが口を開く。山葵間含めた5階のテロリスト全員に睨みを利かす。
しかし分からない。なぜここに来たのか。どうやってここが分かったのか。
そんなことを考えていると、十数名が見守る中で、彼も私と同じように、少し離れたところで椅子に手足を拘束されてしまう。
「で、もう一人いるんだろ? そいつはどうしたんだ?」
山葵間が、息を切らせて階段から上がってきた男に問い詰める。
「はい、現在5階担当者を除く全員で捜索に当たっているところです」
「早くしろよ。不安要素はできるだけ早くに取り除いておきたい。厄介ごとをあとに残すのは嫌なんだ」
もう一人とはいったい誰なのか……?
思い当たるまでにさほど時間はかからなかった。確証はないが、もしもあの男だとしたらこの状況はかなりまずい。あの男に打開できるとは到底思えない。
彼が捕まれば、結果的に十奇人が救助しなければならない人質の数を増やしてしまうことになる。
アズマ・タツゾウの方を見る。彼はこんな状況でも、楽しくてしょうがないと言いたげに、口の端を吊り上げて笑っている。
この楽天的な態度が、私の腹の虫を収まらなくさせる。
そして、その態度は山葵間にも不快感を与えたらしい。
「まあここに乗り込んでくるような命知らずだ。正常な人間とは思っちゃいねーよ」
山葵間は笑っている彼に対して、私に突き付けたものと同じナイフを額の方に軽く刺す。彼の額から紅の血がポタポタと、眉間、鼻の右側を伝って顎から滴り落ちる。
「お前は誰だ? そんでもう一人はどこだ?」
「お前に話すことなんて何一つないぜ! 骸骨男!」
「ほう、良い度胸だ。最近の若者はあれか? 命知らずってのが多いのか?」
山葵間がナイフを握る右手を大きく振りかぶった。
そして、振り下ろし、癇に障る楽天家の眉間を貫こうとしたその時……、
「ほんげーーーーーーーーーーーー!!」
アズマ・タツゾウが、私が聞いたこともないような奇声を上げて嘔吐した。
しかし、それは嘔吐物などではなかった。
カエルだ。
彼の口の中から一匹のカエルが姿を現した。
全身黄色の体色をしており、なぜか頭と胴体に一本ずつ鉢巻を巻いている。
「あいよう、蛙の手が必要かいよう」
おまけに人語を語り出した。
このカエルはもしや……!
「チッ、珍獣かよ」
山葵間が、舌打ちをしながら後ろに退く。彼は私と同じ答えに辿り着いた。
「六さんっ! 力を貸してください!」
アズマ・タツゾウが叫ぶ。
「六さん」と呼ばれたカエルは、空中へ飛び跳ね、口をすぼめた。
「蛙霧!!」
プシューーーーーー!!
すぼめた口から勢いよく濃い霧を吹きだした。
一瞬にして5階は霧に包まれる。
「うわ! なんだ!?」
「霧!?」
「何でだよ!」
瞬時の出来事にテロリストたちは混乱に陥る。
「落ち着け! 窓を全開にしろ!」
山葵間が命令を下し、部下たちがそれに従い急いで窓を開け始める。
しかし、その言葉を言った直後、バチバチッ、という音とともに彼が苦痛を訴えるような声を上げた。
「ぐおわーーーーーーーーーーーー!!」
霧でよく見えないが、誰かが山葵間を攻撃した。
「タツ君、この場はこの蛙に任せい。タツ君たちは、早うここから脱出するんじゃい」
タツゾウの縄をカエルが解く。
「サンキュー、六さん! そうさせてもらいます! 六さんも早めに逃げてくださいね!」
タツゾウは、カエルに礼を言う。
逃げるには絶好のチャンスだと思い、必死で拘束を解こうとするが、なかなか外れない。
そんな私のもとに銀髪の楽天家が近づいて来た。
「おい、わりーが助けてくれねーか?」
「助けに来てくれたのではなくて!?」
思わず勢いよく突っ込んでしまった。
彼はそう言いながら私の縄を解き始め、その言葉の真意について説明した。
「ソラトが木刀を一本持ってる。お前を助けた後、ここから脱出する時に協力してもらうためだ」
私の予想は的中した。
私を救助しに来たのは八併軍ではなく、雨森ソラトとアズマ・タツゾウだった。何とも心許ない。
タッタッタッタッタ。
山葵間がいた方向から誰かが走ってくる。
霧でよく見えなかったが、すぐにそのぼんやりとした人影は徐々に輪郭を帯び、はっきりと見えるようになるまで近くに来た。
「レイアさん! 大丈夫ですか? 助けに来ました!」
紺の髪色をした少年がそこには立っていた。雨森ソラトだ。
手には試験で使われていた武器である電気ショックガンを携帯している。おそらく、闘技場から持ち込んだものなのだろう。
「どうして? あなたたちは一体何をやっているの?」
「そういうの後にしようぜ。急いでここから逃げるぞ!」
「うん!」
何も理解できないままに話を進められる。
「それでその、レイアさん……、あなたの力も貸して欲しいんです」
雨森ソラトは、試験の時には見せなかった真剣な顔つきで私に語り掛けてくる。
背中に紐で縛っていた木刀を取り出し、両手で私に差し出してきた。タイミング良く、タツゾウが私の手の縄を解き終える。
迫りくる危機を察知し、差し出された木刀を右手で握りしめる。
「二人とも伏せて!」
私の声にタツゾウが素早く反応し、ソラトの頭を押さえつけ、無理やりしゃがませる。
ブオン!!
渾身の一撃が風を切り、周辺の濃い霧を払った。
お読みいただきありがとうございました。




