タツゾウの実力
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
目覚めると僕はベッドの上だった。場所は分からない。
「大丈夫か? 長いこと気ー失ってたぜ」
タツゾウがベッドの傍らに座っていた。
「ちょっと待ってろ、今先生呼んでくるからよ」
彼はそういうと立ち上がり、先生? を呼びに行ってくれた。彼は本当に気の良いやつだ。
「あらあら良かった。起きたんですね」
白衣を着た年配の女性だ。お医者さんだろうか。
「結構長いこと眠っていましたよ。もう気分は大丈夫ですか? ちゃんと『治療』しましたので回復しているはずですよ」
驚くことに、先生が言ったように僕の体は完全に回復していた。傷一つ見当たらない。
「僕は一体、どうなったんですか?」
ありえない状況に困惑し、現状を尋ねてみる。
タツゾウが言うには、僕は残菊の素手のラリアット一発でKOされたそうだ。あまりの衝撃に盛り上がっていた会場も静まり返っていたらしい。雰囲気を壊してしまったことに謝りたい。
「なあ、なんで武器持たなかったんだ? 素手だと体格差もあるし、絶対に勝ち目なんてなかっただろ?」
彼は僕が準備されてあった武器を使わなかったことについて尋ねてきた。
「うーん……」
少し考え込む。なぜ、僕は武器を手にできなかったのだろうか。
しばらく考えて、答えを得た。
きっと僕は戸惑ったのだ。
「人」の夢を守れるようになるため、ここに来たはずが、守る対象であるはずの「人」を傷つけるため武器を取ることに……。
「どうしてかな……、傷ついて欲しくなかったんだと思う。僕との戦いでケガなんてさせたくないなって……」
おかしなことを言っている。この試験に臨む人間の考え方じゃないのは僕自身が一番分かっている。
「はっ? え? はあ?」
タツゾウは、僕の返答に対しての理解が追い付かないといった顔をしている。先生も同じく驚いたような表情だ。
僕はタツゾウに対して「普通じゃない」という見解を持っていたが、この場で一番異常なのは僕なのかもしれない。
「え? じゃあ、なんでお前八併軍に入ろうとしてるんだ?」
彼は首をかしげ考えている。どうにかして答えを導きだそうとしているようだ。
「人を助けられるようになりたいとは思うけど……、人と戦うのはちょっと……」
多分僕と彼との関係はここまでだろう。こんな変な奴と一緒にいたいと思う人は、そういない。
「がっはっはっはっはっ、お前面白いな! 俺、なんかお前のこれからが楽しみだぜ!」
しかし僕の予想は外れた。タツゾウは「普通じゃない」に留まらない。
おそらく彼も僕と同じ、「超絶異常者」だったのだ。
闘技場では、まだ戦いが続いていた。
僕が冷ましてしまったであろう会場の熱も、再燃している。
僕たちが元々いた席に戻ると、誰かの足音がスタスタと近づいてきた。
「起きられたのですね。無事でよかったです」
「え? ……えっ、僕ですか!?」
「はい、あなたに話しかけています」
そこには会場内の視線が多く向けられる有名人、麗宮司レイアが立っていた。
彼女は座っている僕を、その涼しげな水色の瞳で見下ろしている。周囲が少しざわつく。
「どうして武器を手に取らなかったのですか? 彼と自分との実力差をあなたは分かっていたはずです」
彼女は無表情ではあったが、僕に向けて発される言葉の波から、そこに怒りの感情があるのを感じた。
「少しでもあきらめず勝ちにいくのであれば、あなたはその手に何かしらの武器を取る必要があった。なぜです?」
空気が張り詰めている。
彼女は何に怒っているのだろうか。僕が彼女に何をしたというのだろう。
「え、えっと……、戦いたくないなって……」
あたふたと回答する僕に、彼女は声を震わせて嫌悪感を露わにした。
「私が一番軽蔑する人種を教えます。周りが懸命に取り組んでいる最中に、手を抜く人間です」
凄い眼力だ。彼女の放つプレッシャーで潰れてしまいそうだ。
周りの人たちがヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。
「あいつ、残菊って奴に一発で倒された奴だ」
「しょぼいよな、アカデミーの受験基準満たしてんのか?」
「しかも聞いた話じゃ、バスの中で吐いたらしいよ」
「えー何それ最低じゃん」
陰口を言われることには慣れている。いつも我慢してきた。
「おい! 野次馬どもが! 馬鹿にすんなら俺も一緒に馬鹿にしろよ! 俺のビックリした時の声なんてな『ほんげー』だぞ! お前らに俺たちの何が分かるってんだよ!」
タツゾウが周りで見ている人たちに向かってそう言った。
おそらく僕を一人にしないために言ってくれたのだろう。彼は良い奴だ。だからこそ、申し訳ない。こんな僕のために……。
「いや、知りたくもねーよ」
陰口を言っていた一人が答える。なんだかさっきと似たやり取りだ。
「何でだよ! 一緒に分かち合おうぜ!」
さっきから思っていたのだが、羞恥心を「一緒に分かち合う」ってどういうことなんだろうか。共感性羞恥って、僕の中の常識では決して良いものではなかったはずだけど……。
「あなたには相手への敬意が足りません。全力で来る相手には、全力で向かわねば失礼です」
まだ麗宮司レイアの説教は続いていた。
「でも、敬意を払う人と戦うなんて……」
僕は黙って彼女の言うことを聞いていれば良いものを、とっさに自分の素直な気持ちが口から出てしまった。
彼女の表情がピクリと少しだけ動いた。
「軍に入れば戦わなければならない機会などいくらでもあります。善人でも罪人であったりすることがあるんですよ。八併軍の戦士ならば、そういう人を斬り捨てる覚悟を持たなければならないはずです!」
彼女の声には熱が入っていた。僕は余計なことを言ってしまったようだ。彼女を完全に怒らせてしまった。
「この場にあなたのような人がいることが許せません」
完全に嫌われてしまったようだ。
「おいおいずいぶん好き勝手言うじゃねーかよ! 最強お嬢様よう」
タツゾウはなんにでも、誰であっても突っかかる性格らしい。最強お嬢様も対象外ではなかった。
「あなたには用はありません。興味もありません。それでは」
タツゾウは冷たく一蹴されてしまった。
麗宮司レイアは来た時と同じようにスタスタと速足で帰っていってしまった。
「あー! おい! 待てよテメー!」
タツゾウが呼び止めるが、彼女は振り向きもしなかった。
「なんだよあいつ、偉そーによ! ムカつくな!」
タツゾウは彼女とは正反対に、嫌悪感を顔全体で表していた。
「ありがとうタツゾウ。でも彼女の言っていることが正しいと思うよ」
そう言って僕は、「正しい」とは何かを少し考え、難しすぎて考えるのをあきらめた。
遂に長かった仮試験の実技・模擬戦闘も残すはラスト一試合となった。
ほぼ一日中試合を行っていて、長すぎるためか会場の熱量は試合を重ねるごとに下がっていった。
君嶋さんがラストマッチの受験生の名前を呼ぶ。
「アズマ・タツゾウ、キコリ・ショイト」
タツゾウの名前が呼ばれた。タツゾウが「ちょっと行ってくるわ」と言いながら立ち上がる。
相手のキコリという青年も立ち上がり、前の方にある会場裏への入り口に向かって進む。
しばらくして、二人とも出てきた。
タツゾウは木刀の大太刀を肩に担いでいた。その刃に当たる部分は柄の方から先端にかけて曲がっている。彼は仁王立ちで構えていて、先ほどの麗宮司レイアの構えた姿勢と比べると隙だらけのように見える。
対するキコリ・ショイトは、タツゾウと同じような体格でメガネを掛け、整った青い髪をしている。少し近づき難い印象だ。
彼は両手に電気ショックガンを持っている。始まった瞬間に放てるように、二丁ともすでにタツゾウに狙いを定めている。
「申し訳ないんだけど戦いを長引かせたくはないけ。一瞬で決めさせてもらうけ」
キコリ・ショイトは特徴的なしゃべり方をした。
「マジか。俺は長引かせて楽しみたい派だな」
タツゾウは会場の空気も読まずにそんなことを言っている。
「それでは両者構えて……」
君嶋さんの声で会場に再び緊張感が戻る。
「始め!」
パアン!
宣言通りキコリ・ショイトは合図の直後に撃ってきた。
電気ショックガンは、殺傷能力は低く撃たれた場合でも気絶するだけで済む。とは言え接近せずに攻撃することができ、当たれば一撃で気絶するため、この実技試験でも人気が高く、多くの人が使用していた。
カキーン!
そんな銃撃をタツゾウは大きな木刀で防いで見せた。ものすごい動体視力だ。
防いだ後すぐに飛び上がった。空中で大太刀を頭の上から振り下ろそうとする。
パアン、パアン!
キコリは、空中でかわすことも木刀で防ぐこともできないタツゾウに対して二発発砲した。
しかしこれもタツゾウは履いている靴で防いでしまった。そして、大太刀を振り下ろす。
ブオン!!
決まったかに思われたが、キコリは素早いバックステップでこれを躱した。
そしてまた二発撃つ。それを着地したタツゾウがまたもや弾く。
息をつかせぬ素早い展開に、静まり返っていた会場は大きく沸いた。
「その拳銃、電流が流れなければダメージは入らないみてーだな。俺の靴底はゴム製だからか無事だったぜ」
なんと確信もなく試したらしい。大胆な戦闘スタイルだ。
「イカレているけ。こりゃ長引きそうけ」
キコリはそう言って、もう一度構え直す。相手を強敵だと判断したらしい。
しばらく見合った後、タツゾウが動き出した。構えているキコリに向かって突進していく。
パアン!
そのタツゾウに向かってキコリは発砲する。
ブオオン! カキーン!
するとタツゾウは木刀を前方に向けてぶん投げた。その木刀が銃弾を弾く。
「なにっ! んな馬鹿な!」
キコリは驚きつつも、咄嗟にしゃがむ。持っている武器を自ら手放すようなことを誰が予想できるだろうか。
寸でのところで躱したキコリだったが、そこにタツゾウの跳び蹴りが飛んできた。そして見事に彼の腹に直撃する。
「グアハッ!」
キコリの体が壁の方に吹っ飛ぶ。
「最後に『け』って言うの忘れてるぜ」
タツゾウはずいぶん余裕そうだ。
「ぜえぜえ……、なにっけ、んな馬鹿なっけ」
キコリが立ち上がる。まだいけそうだ。
「言い直すんかい!」
タツゾウが突っ込む。ずいぶんと楽しそうだ。
彼は投げた木刀を取りに走り出したが、そのチャンスをキコリは逃さない。電気ショックガンを連射する。
タツゾウが銃弾を躱しながら空中で一回転し、木刀を手に取った。
カキン、カキン、カキン、カキン!
そして迫ってくる多数の銃弾を、手に持つ木刀で次々と叩き落としていく。
キコリの弾が切れ、リロードによって生じた隙を突きタツゾウがキコリに迫る。
そして、決着はついた。
カキーン。
キコリの持っていた電気ショックガンが宙を舞う。タツゾウが弾き飛ばしたのだ。
タツゾウはキコリの顔に大太刀を突き付ける。勝負ありだ。
「案外、長引かなかったな。俺の勝ちだ!」
タツゾウが勝利宣言をする。
「参ったけ。降参だっけ」
キコリは潔く敗北宣言をした。
「勝負あり! 勝者アズマ・タツゾウ!」
君嶋さんが試合終了を告げ、勝者の名を叫ぶ。
タツゾウは強かった。僕が思っていたよりもずっと強かったのだ。
試合後、帰ってくるタツゾウに僕は駆け寄っていった。
「すごいよタツゾウ! こんなに強かったなんて!」
「はっはっは、まあな! 腕っぷしには自信があるんだよ」
そう言って彼は、僕に鍛えられた二の腕の筋肉を見せつけてきた。
「タツゾウはあらかじめ、武器、何使うか決めてたの?」
「ああ。俺は故郷の師匠の下で修業しててな、その時から大太刀を使ってるから使い慣れてんだよ」
別にタツゾウの実力を侮っていたわけではないが、僕と彼との差にも大きな開きがあると考えると、今こうして話しているのもなんだか不思議な感じがする。
僕たちが話しているところへ大柄な人が近づいてきた。メガネを掛けている。
今の試合、タツゾウの対戦相手だったキコリ・ショイトだ。
「さっきは見事だったけ」
彼はタツゾウに対し握手を求めて右手を差し出した。
「おうよ。お前もやるじゃねーか。正直、最初の空中からの攻撃で決まったと思ったぜ!」
「いやいや、俺はそんなに大した奴じゃないけ」
タツゾウとキコリはお互いの実力を認め合い、称え合っている。その関係が少しうらやましかった。
「君のことはなんて呼べば良いんけ? 嘔吐君? 瞬殺君?」
キコリ・ショイトが僕の方に尋ねてきた。
「じゃ、じゃあ……、瞬殺君の方で……。嘔吐君はやめて欲しいです……」
「けっけっけ、冗談さけ。俺はキコリ・ショイト。君の名前を教えてくれんけ?」
「雨森ソラトです。よろしくお願いします」
「同期け。敬語はやめてくれけ」
タツゾウと同じようなことを言われてしまった。
僕は、学校での立場が低かったためか、同級生とも敬語で話すことが多く、タメ口で話すことに慣れていなかった。
ただ、今までの僕のままではダメなのだ。こういう細かいところから変えていかなければ、一生低姿勢な僕のままな気がする。
「よろしくキコリ君」
「その辺から『瞬殺君』ってのが聞こえたんだが、まさか俺のことじゃねーよな?」
僕たちが話していると、後ろから声がかかった。僕とタツゾウは後ろを振り返る。
「「あ、瞬殺君だ!」」
二人で口を揃えて言ってしまった。
「マジだけ。本当に瞬殺君け」
遅れてキコリ君が言う。
「うおい! 舐めんなよ! 相手が悪かっただけだっつーの!」
そこには最強お嬢様に成す術なく「瞬殺」されてしまった、マータギ・マッケントイがいた。そういえば彼も瞬殺されていたんだった。
「瞬殺仲間にだけは『瞬殺君』なんて言われたくはないけどな、雨森ソラト!」
「あはは、そうだね。僕もマータギ君と同じだね」
「いよっ、瞬殺コンビ!」
「コンビ組んで漫才するけ!」
「そんなもん良い笑いもんじゃねーか! あ、漫才するなら笑われて良いのか……、って誰がやるかー!」
お読みいただきありがとうございました。




