仮試験・実技の部
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
僕・ソラトと銀髪の青年・タツゾウはバスを降りて二人して呆気にとられた。
理の国の首都「イア」の街は、僕や彼が知らない物事で溢れていた。
自動車がタイヤを地面につけずに浮いている。空を飛んでいるわけではなく、地面に浮きながら走っており、中にはビルやその他建造物の壁を伝って走っている車も見受けられる。
その他にも、ロボットが道案内をしていたり、目の不自由な方の助けになっていたり、空にはこの街のどこにいても見えるような巨大なモニターがあった。ここはまさに異世界だ。
「信じられねえ」
タツゾウがぼそりと呟く。
「ホントだね。国家間でここまで技術に差があるなんて。僕のいたところが田舎過ぎたのかな?」
まるでおとぎ話の中のような光景に息を飲む。話ではいろいろと聞いていたが、生で見るのと聞くのとでは全く違う。
僕とタツゾウが立っているところへ誰かが近寄ってきた。
「おい、『ゲロ吐き野郎』と『ほんげー』、こんなところで突っ立ってもらっちゃ迷惑なんだけど、どいてくんないかな?」
彼は、僕とタツゾウ、二人の今言われたくないワード、第一位をまとめて言ってきた。
僕は言い返したりはしないしできないのだが、タツゾウは違った。
「おいおいおいおい。だれが、ほんゲロ野郎だって~? あ~ん?」
彼は首を横にして嫌味を言ってきた者の顔を覗き込む。
タツゾウは身長が高く、僕よりも頭一つ大きいため、この態勢になってやっと僕と同じくらいの高さになる。
「いやそうは言ってないし、混ざってるし」
嫌味な糸目の彼は、すかさず突っ込む。
「テメーにバスの中でゲロ吐いた奴と、思わず『ほんげー』って叫んでしまった奴の何が分かるってんだよ!」
「や、止めてよタツゾウ! 他の人達が見てるよ! 声が大きいよ!」
タツゾウはとてつもない声量で、できたてホヤホヤの僕と彼の黒歴史を、他の受験者や街を歩く人たちに暴露していく。
「ふん、お前らの気持ち? 知りたくもないね」
そりゃあそうだ。トイレの個室に閉じ籠るか、一瞬だけでも良いからこの世界でたったの一人だけになりたい、そんな気持ちを一体誰が共感したいというのだろうか。
「ですよね~、あははは……」
「何でだよ! 一緒に分かち合おうぜ!」
タツゾウを必死に押さえ込もうとする僕を、嫌味な彼は糸のように細い眼をさらに細くしながら見つめ、いかにもこれ以上関わり合いたくなさそうに僕らの元から去っていった。
それを見ていた他の受験者たちや街を闊歩する人たちからも白い目を向けられ、僕の心はさらに縮こまっていくのだった。
「皆さんそれでは受験番号順に試験会場であるビル内に入っていってください。受験者確認を再度行いますので、呼ばれた方から順に、一人ずつ、一列になって中に入っていってください」
僕らがそうこうしているうちに、ヒノカさんが受験者たちに呼び掛け始めた。
その声に従い受験者たちがぞろぞろと並び始める。僕とタツゾウも一旦お互いに別れを告げる。そして一人ずつ受験番号が呼ばれていった。
「理の国から呼んでいきます。1番ネル・ベルトさん、2番アルファゴラ・エドモさん、3番園町ニックさん、4番エルイ舞子さん…………」
番号を呼ばれた人から次々と中へ入っていく。
今ここにいる受験者数は、合わせて500名だ。全体の受験者数は5000人で、7か国から夢をかけて多くの受験生が集まる。
八併軍への入隊は、英雄を志す人間なら誰もが憧れることで、名誉なことなのだ。
総受験者数は、理由は分からないが毎年固定されていて、合計がちょうど5000人になるようになっているらしい。
「401番雨森ソラトさん」
ずいぶん長いこと待つことになったが、僕の名前がようやく呼ばれた。受験者が多すぎるというのも難儀なものだ。運営側はこの期間とても忙しいだろう。
僕はビルの自動ドアを通り抜ける。
すると、ピピッ、と音が鳴り、僕の顔とその他詳細な情報が玄関のロビーにあるモニターに映し出された。
進める通路が左右に分かれていたが、案内人の人が僕の受験番号を見て左の通路へ導いてくれる。
そこには普通のエレベーターがあった。どこのビルにでもあるようなごく普通のエレベーターだ。
「このエレベーターに乗って地下5階の方に向かってください」
案内人の人が僕の行き先を教えてくれる。
「わかりました。ありがとうございます」
僕はお辞儀をしてエレベーターに乗り込み、地下5階のボタンを押す。
するとエレベーターが地下3階で止まった。誤って降りようとして、ふと気が付く。
真っ暗だ。明かりが無く、エレベーターの外は闇の世界だった。
「乗っても良いかい?」
暗闇から声がした。乾いた声だった。暗すぎて声の主の顔は見えない。
途中で人が乗ることがあるという説明はなかったので少しためらったが、特に気にすることでもないと思い承諾した。
声の主がエレベーターに乗り込んできた。
その男は身長がタツゾウほどあり、少しやせ型で、パーマをかけた髪、そして細い眼が特徴的な人物だった。
どうしてこんなところにいるのだろうか。疑問はあったが、とりあえず地下5階を目指す。
「…………」
長い沈黙が続く。
地下3階から地下5階に降りるまでの時間がとても長く感じられた。
「どうもありがとさん」
ようやく到着する。男の人は僕にお礼を言った。全然大丈夫です、と返す。
エレベーターの扉が開くと男はすぐにスタスタと出ていってしまった。
◇
ビルの地下5階は巨大な空洞になっており、そこには500名程の人を収容できる闘技場のようなものがあった。
会場内のエレベーターは一台だけではなく、闘技場の周りを囲う様に多数設置されていた。そこから出てきた受験生たちが空いている席にぞろぞろと座っていっているのが分かる。
闘技場の真ん中にマイクを持った男の人が一人立っている。
「皆さん、全員が揃うまでもう少々お待ちください。よろしくお願いします」
真ん中に立つその人が受験生たちに言う。
「それではこれより、仮試験である模擬対人戦を行ってもらいます」
全員が揃ったことを確認したのか、マイクを片手に持つ彼は試験の説明を始めた。
仮試験とは、その試験内容自体は合否には影響せず、ある程度その人の実力を把握するために行われるものだ。
仮試験には、筆記試験と実技試験の二種類があり、今回の実技試験が今言われた模擬対人戦ということなのだろう。会場にはカメラが多数設置されていて、おそらくそこから本部のお偉いさん方が見ているのだ。
「今回の仮試験の実技の試験監督者をやらしていただきます。君嶋と申します。どうぞよろしくお願いします」
君嶋さんが軽く自己紹介をする。
「これから仮試験の流れの説明をします。ご静聴のほど、よろしくお願いします。まず仮試験ですが、筆記試験と実技試験の二つに分かれています。この試験は直接合否に影響することはありませんが、アカデミーに入学してからの個人に対する判断材料となるため、手を抜くことが無いようお願いします」
ここまでは事前に配付されていた資料で確認済みだ。
しかし、仮試験についての説明はあったが本試験に関する説明は一つもなかった。正直一番気になるのは本試験の内容だ。
「へえー、初めて知ったぜ」
いつの間にか隣にタツゾウが座っていた。
「えー、知らなかったの!? 内容が気になるから、普通結構読み込むものじゃない?」
僕は、事前配付書類を入念にチェックして、そのための準備をきちんと行ってきたつもりだ。
タツゾウには試験に対する不安と言ったものは無いのだろうか。
「いやーまぁ、行って説明受ければわかることだしなぁ」
さぞ当たり前であるかのように言う。僕がおかしいのだろうか。
「今ここには500名のそれぞれバラバラの国籍を持つ受験者がいます。ここと同じような闘技場がこの『イア』の街の地下には複数あり、今、他の受験生たちもそこで君たちと同じような説明を受けているところです」
君嶋さんが説明を続けている。これらたくさんの闘技場は、普段は何に使われているのだろうか。
「そして、仮試験の実技試験が終わり次第、筆記試験会場であるビルの2階へ移動します。本試験の流れや内容の説明はそれらがすべて終わってからということになります。仮試験・本試験合わせて1週間の試験期間を予定していますので、お間違えの無いようよろしくお願いします」
説明が終わる。
なるほど、まずは仮試験で自分の実力を存分に発揮して欲しいということなのだろう。
「まあソラト、楽に行こうぜ」
僕の顔色が相当悪かったのだろう。タツゾウが緊張を解そうとしてくれる。
そうだ。父さんにも言われたけど、自信を持っていいんだ。やれることはやったじゃないか。
「それでは、第一試合を始めます。この実技試験では、運営側が用意したものに限り、武器の使用が認められています。名前を呼ばれた方は前へ降りてきてください」
「麗宮司レイア、マータギ・マッケントイ」
対戦者の名前が呼ばれた瞬間、「おおーっ!」と周りの観戦している受験生たちが騒ぎ出した。
「初戦から!? マジかよ!」
「レイア様をこんな初っ端から見られるなんて!」
「良かったぜー、俺の対戦相手があいつじゃなくて」
「俺、勇の国出身者だから分かるんだけどさ、あのマータギって奴には悪いけど、麗宮司レイアが負ける姿なんて想像できないぜ。顔色一つ変えずに相手を倒していく姿を何度見てきたことか……」
凄い評判だ。そこまで凄いのだろうか。
僕が彼女を知らずにキョロキョロとしていると、
「お前まさか麗宮司レイアを知らねーのか? あんな奴世界共通で有名人かと思ってたけど、お前んとこはそうでもなかったのか?」
タツゾウが周囲とは違った様子の僕を見て尋ねてきた。
「ごめん分かんないや。そんなに有名な人だったんだ」
僕が素直にそう答えると、彼はハハッと笑い、
「お前結構変わってんなー。変な奴だぜ」
と面白がって言った。
どうやら彼女のことを知らないのは僕だけらしい。会場のどの人を見ても驚いているようだった。
「俺、別に負けに来たつもりないから」
金髪の大きな体格の青年・マータギが、皆の注目の的である麗宮司レイアに告げる。
「ええ。ここにいる方たちは皆その意気込みでしょう」
麗宮司レイアは顔色を変えず、落ち着いた様子でそう答える。
凛とした佇まいが印象的な彼女は、黒に毛先にかけて青のグラデーションがかかった髪をなびかせている。どこか気品のあるお嬢様を思わせる美しい人だ。
「手加減はできないぜ。俺も本気なんだ。かわいい顔をグチャグチャにしちまうかもしれないけど、許してくれよな」
マータギはそう言ってボクシンググローブを装着した。
「構いません。そうでなくては真の実力が測れませんから」
対する彼女も手にしている木刀を構える。
素人の目でもわかる。隙が一切なく、きれいなフォームだ。
「それでは両者構えて……」
君嶋さんがそう言い、二人を戦闘態勢へ入れさせる。
「始め!」
勝負は一瞬だった。
マータギが向かって行ったところを麗宮司レイアは前進し、彼を素通りした。いや、正確にはそう見えた。
直後、マータギの体が揺れ、地面にうつぶせに倒れてしまった。
歓声が起こるが僕には何が起こったのかさっぱり分からなかった。
「うーわトンデモねえな! 木刀の動きが見えなかったぜ」
どうやらタツゾウも見えなかったらしい。彼女はあの一瞬、素人には見えない速度で刀を振り下ろしたのだ。
これを見て僕は恐ろしくなった。今さらながら自分の場違いさに気づかされる。
「帰りたい」
ボソッと呟いたのがタツゾウに聞かれていた。
「おいおい、しっかりしろよ! たとえここで負けたって不合格にはならないんだぜ。気張っていこうぜ」
タツゾウがまた僕を励ましてくれる。
合否関係なく怖いのだ。圧倒的な力の前に自分が叩きのめされるのが目に見えている。醜態をさらすのも恥ずかしい。
マータギが担架で会場裏に運ばれていく。もうすぐ僕もああなるのだ。
それから試合は次々と進められていった。
最初の一戦以外は接戦が多かった。一進一退の攻防が繰り広げられ、会場は大いに盛り上がっていた。
ああ、いやだ。僕は一体どのタイミングで呼ばれてしまうんだろう。
そんなことを考えていると―――、
「雨森ソラト、ジュガイ・残菊」
ついに僕の名前が呼ばれてしまった。
相手はどんな人だろうか。優しい人だと良いな。
キョロキョロと首を振り、僕の対戦相手らしき人を探す。
目に入ってきたのは、おそらくここにいる誰よりも大きな巨漢が、上の方の席から下へと降りてくる様子だった。僕よりも一回り、いや二回りはでかいだろうか。
ブルルルと身震いし、見なかったことにする。
対戦準備のため、会場裏に行く。
そこには剣や斧など、ありとあらゆる武器が並べられてはいるが、殺傷能力を押さえるためか全て木製であった。
僕は、自分に合った武器が分からない。だから何でも良かった。
たまたま目に留まった木刀を右手で掴もうとする。
でもできなかった。武器を手にする。ただそれだけのことができなかったのだ。
一度は大きな槍だって持ったことがあるはずなのに、どうして……。
「おい、お前! 俺にとってこの試合は時間の無駄なんだ。俺の実力は本試験でどのみち見せることになる。降参するってんなら、怪我せずに済むぜ」
ジュガイ・残菊はとんでもない人だった。
見た目からして優しさの欠片も持ってなさそうだ。荒々しい性格だということが全面に出ている。
「いや、一応試験ですし……」
消え入りそうな声で僕はそう答えた。
「そうか。ならぶっ殺す! あばよ!」
君嶋さんが、始まりの合図を叫ぶ。
その合図が僕にとって終わりの合図となった。
お読みいただきありがとうございました。




