始まり
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
時刻は8時5分前。
僕はぎりぎりドラミデ校の登校時間に間に合った。
ドラミデ校の生徒は7歳から15歳までの9年間をこの学び舎で過ごす。
田舎の学校であるため生徒数は少なく、各学年20人程度の一クラスずつしかない。
16歳になると皆この町を出て都会の方に働きに出るか、進学するかの道を選ぶ。
僕は今年で9年目になる。
そう、ドラミデ校を卒業するのだ。進路はというと……、まだ決めていない。
「みんなー、授業を始めますよー。席に着いて下さい」
担任の先生が着席を促す。クラスの皆が続々と席に着いていく。
出席を取り、連絡事項を確認してから授業に移る。
最初は地理の授業だった。
「皆さんご存じの通り、この世界は8つの立方体がさらに大きな立方体を形成するように並べられており、その大きな立方体を『キューブ』と言います。8つの立方体によって作られたキューブの中心にある球がいわゆる中心球です」
既知の事実を先生が述べていく。すでに寝ている生徒もちらほらいる。
「一つ一つの立方体単位で国が形成されているため、キューブ内には未開拓の地である『白の国』を除いた合計7つの国があります。志、丈、縁、理、争、勇、愛の7つですね。私たちの住むドラミデ町は志の国の外側の角の方にあります。三角錐湖は角頂に当たりますので、世界の果ての一つに数えられているわけですね。中心球は7つの国により共同で運営されているため国ではないので注意してくださいね」
中心球は若者が憧れる大都市だ。
7つの国から物資や技術が入ってくるため、必然的に大きく成長した。
世界の若者たちが、時代の最先端を行く大都会に行きたがるのは無理もない話だろう。
今日は、昨日やった数学のテストの返却がある。勉強は苦手だが、それでも予習復習はきちんとやっている。両手を合わせ、高得点を祈りながら返却の順番を待つ。
「雨森ソラトくーん。23点」
そしてクラス最低点が教室中に曝される。何ということはない日常だ。
周りのクラスメイトが笑っているのが分かる。
僕は友達が少ない。親友と呼べる存在はいない。
一部を除いては皆に嫌われているというわけではないし、いじめを受けているわけでもない。
しかし、話しているとなんとなく嫌な顔をされたり、なんとなく見下されたりしているような気がするのだ。
「ソラト、勉強を教えてあげるよ」
この日のテスト前に僕の席の前に来た、この前髪パッツンおかっぱ頭の男子はススム君と言い、うちのクラスの委員長だ。
曲がったことが大嫌いで、正しい行いをすることを日頃から心がけているようだ。
正義のヒーローにでもなりたいのだろうか。
だから、テスト前に勉強の苦手な僕の所へ来て教えてあげることは、彼の中で「正義」だったのだろう。同情されているようで嫌だった。
「ありがとう。でも、遠慮しとこうかな」
そう言って僕は席を立ち、彼から離れた。
気の良いやつなのは分かるが、彼は苦手だった。情けない自分を突き付けられるようで嫌だった。
「委員長~、そんな奴ほっとけってよ。今さらこいつにお勉強なんて教えたって意味ないって」
クロハだ。取り巻き達も一緒だ。
「こいつまたもやクラス最低点叩き出したんだってよ」
「俺たちだってずっと遊んでるけどここまでひでえ点数は取れねえよな?」
「一生懸命やってこれって、酷すぎるでしょ」
ぎゃはははは、とクロハグループが一斉に笑い出す。
「次の時間は体術だから、おなか痛いですって言って休めば?」
クロハは僕にそう告げる。
すると彼女たちはおもちゃに飽きたようにどこかに行ってしまった。
ドラミデ校には体術という授業がある。いや正確にはドラミデ校にもだ。
基本的にどこの国の学校にも体術という授業は存在し、この科目は主要科目に含まれる。言わば必修単位だ。
いざという時に自国のために戦えないようではだめだ、という考えかららしい。
僕は当然この科目も苦手だ。絶望的な運動神経をしているからだ。
そんな僕に対してクロハは恐ろしいほどの身体能力を持っている。
木から木へと跳び移るスピード、正拳突きの威力、授業の最後に行う組手も大柄な男子を相手に圧倒。
現在、無敗記録を更新し続けている。正直彼女が恐ろしくてたまらない。こればっかりはクラスの皆も共感してくれるだろう。
これがセンスというものなのだろうか。小さい頃の過ごし方が大きく違うわけでもないのにこの差は何なのだろうか。
今日の授業でも、僕はいつもと何も変わらない。てんでだめだ。
木から木へ跳び移るって、どのようにやっているのだろうか? なぜ跳ぶ勇気が出るのだろうか? 失敗した時のことを考えないのだろうか?
僕がそんなことを考え、木の上で跳べないでいると、先生が優しく声をかけてくれた。
「ソラト君、無理して跳ぶ必要はないんだよ。君のペースでゆっくり上達していけば良いのよ」
先生はそうは言ってくれるが、周りのクラスメイト達は、僕のヘタレぶりにいらだってきていた。
「おい、いつまでビビってんだよ」
「早く跳んでくれー、順番待ちしてんだぞー!」
「だっせ、あれくらいでビビってやがる」
体術の授業は比較的人気の授業だが、運動の苦手な僕は一番嫌いな授業だ。
自分の情けない姿を強制的にさらされるという、公開処刑のようなものだ。
僕は毎回この枝跳びで皆の時間を多く費やしてしまい、授業後に白い目を向けられる。
意を決して、隣の木の枝に跳び移ろうと下半身に力を込める。そして、その溜めた力を開放して飛び跳ねた。
しかし、膝を伸ばした瞬間、ポキッという音が下方から鳴った。
乗っていた木の枝が、衝撃に耐えられずに折れたのだ。
僕は、焦って両手で空気を何度も搔きむしった。僕の体は自然の法則に従って、真っ直ぐに地面へと吸い込まれていった。
ドスン!!
大きな音を立てて地面にたたきつけられる。全身に激痛が走った。
微かに先生と委員長の声が聞こえてくる。
「大変! 誰か、保健室の先生呼んできて!」
「ソラト! 無事かい!?」
かなり慌てた様子で、僕の方へ近づいてきている。地面から伝わってくる振動でそれが分かる。
それからの記憶は曖昧だったが、心配してくれる声もある中で、またしても心ない言葉が僕の耳に入ってきた。
「お前は本当に救えない奴だな、ダメすぎて……。見てるこっちが恥ずいわ」
幼馴染の冷たい声が脳の奥に響いて残った。
目が覚めて、保健室の先生から話を聞くと、幸い当たりどころが良く、軽い打ち身で済んだらしい。
憂鬱な学校生活が終わり、その帰り際、近所のおばさんに声をかけられた。
「こんにちはソラト君。学校お疲れ様」
彼女はにこやかに言った。
「こんにちは」
僕も挨拶を返す。いつも通り嫌な予感がした。
「進路は決まった? やっぱり八併軍の方に行くの?」
やっぱり進路の話だ。ここのところ会うたびに同じことを聞いてくる。
「いや、まだそんなに決まってないんです」
いつもと同じように返す。
そうするとおばさんは、僕の身を案じるように、
「まだ決まってないの? そろそろ決めなきゃ。お兄ちゃんはこの時期にはもう決めていたわよ」
と言い、僕に進路の決定を急かしてくる。
もう僕のことは放っておいて欲しいものだ。
八併軍の入隊に関して尋ねてくるのは、なにも彼女だけではなく、僕を知る多くの人が訊いてくるのだ。
僕のこの街での評判は、決して良いものではなかった。
志の国では、少年少女は大志、つまりは大きな夢を持つことを良しとしている風潮がある。
勉強も運動もできない上、未だに大志を抱かない僕の姿は、大人たちにとってマイナスな印象しかなかった。
家に帰宅する。長い旅路のようだった。
毎日を過ごすのにも結構体力が要る。
玄関を開けると良い香りがした。リビングの方に行くと姉が台所で何やら作っていた。
「お帰り。おやつできてるよ。食べる?」
もちろん食べます、とテーブルの席に着く。
姉は、クッキーの入った皿をテーブルまで運んで椅子に腰をかけた。
母は買い物に出かけ、リクトは友達と遊びに出かけていないらしい。
ふう、と一息つく。
「僕、八併軍に行ったほうが良いのかな?」
姉に問う。
雨森ウミは、2年前にドラミデ校を卒業してから保育士の学校で勉強している。将来も保育士になるらしい。
「別に焦って決める必要もないんじゃない。お兄ちゃんを追うこともないでしょ。ソラトにはソラトの夢がある。自分の行きたい方に行った方が絶対良いって。第一ソラトに軍隊は似合わないでしょ」
優しくしっかり者の姉は自分の考えをきちんと持っており、無責任な回答はしない。良い母親になりそうだが、厳しい人にもなりそうだ。
「やっぱり他の人たちに勧められたり、喜ばれたりするところのほうが良いのかなって思っちゃってさ」
きっと間違った進路の決め方なのだろう。
そんなことは分かっているが、今の僕には周りの目を払いのけられるほどの気概がない。
「後悔するよ?」
姉がそう言った直後に、事件は起きた。
ドガーーーン!!
三角錐湖の方から大きな爆発音が聞こえた。
驚き外に出てみると、他の家の人々も同じように三角錐湖の方に向いていた。
ウイン、ウイン、ウイーン。
爆発音の後に機械音が聞こえだした。
三角錐湖の上空に何百という数の球状の機械が飛んでいる。
夕刻の赤い空を、未知なる何かが覆いつくしていた。
僕の人生を変えることになる大事件がドラミデ町で起きることとなった。
お読みいただきありがとうございました。