導の舞台
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「そういえばさー、戦士研修の達成目標のやつ、『恩寵の痕跡』って結局何だったわけ?」
「知らねー」
「あたしもー」
クレネットの素朴な疑問に、クロハとリリィはぶっきらぼうに答える。
まともなアンサーは、最後の返答者が行った。
「恩寵の痕跡は、宙海に生息していると言われる、幻獣『ウミヌシ』の鱗だそうよ」
雅は、助手席からクレネットに微笑みかけながら答える。
疑問への答えが、さらなる疑問を呼んだ。
「幻獣の、鱗? どんなやつ?」
「それは分からないわ。どんなふうに見つけるのかも分からないし」
クレネットのさらに突っ込んだ質問に、雅も今度は答えられなかった。
「ふーん、そんなものを私たちに見つけさせて、何がしたかったんだろうな」
淡々と操縦するクロハが、誰も答えを持たないような問いを四人の間に落としたところで、この話題は途切れることとなった。
少年少女たちの船は、ソラトの囚われている敵潜水艦を視界に捉えていた。
しかし、これから、敵との命のやり取りが行われるかもしれない舞台を前にしても、彼らに一体感は生まれなかった。
どこか緊張感がなく、気力の足りない緩んだ空気が、戦闘機の中を満たしている。
「皆さん、聞いて下さい。これから、潜水艦に侵入した際の作戦を伝えます」
そんな中、レイアが機内の全員に届くよう、張りのある声を上げた。
「そんなのいらねえよ」
「ですが、この作戦はあなたのためでも―――」
「いらない。少なくとも、私には」
クロハはレイアの立てた作戦に、強い不参加の意思を伝える。
「俺もお前の指示に従う気はねえよ。そのためにここに来たんじゃねえ」
横たわっていた残菊も、後方で立ち上がって、作戦参加拒否を言い放った。
「クロハにジュガイ・残菊、レイア様に対するその狼藉、万死に値します」
レイアに対し不敬を働いた者たちに、ファナは毎度の如く、彼らに制裁を加えるべく立ち上がった。
「レイアの話、聞くぐらいは良いんじゃねえのか?」
「黙っていてください、このボンクラが」
「なんでだよ!? 今のは味方だったろ!!」
話を良い方向に持っていこうとしたタツゾウであったが、その発言でさえファナは拒絶する。
「……これは少し困りましたね」
レイアは、誰にも聞こえない程度にボソリと呟く。
クロハと残菊だけに限らず、この場にいる全員の向く方向はバラバラだった。
彼女はサニの元に近寄ると、このまとまりのないメンバーを集めた張本人に尋ねた。
「サニ・フレワー、あなたは、どうやってこのメンバーを勧誘したのですか?」
「英雄になれる機会があると言っただけですよっ。ソラトのことは、ついで程度に話しました」
「なるほど……、そういうわけですか。皆、海賊討伐の功績を求めて来たと……。しかし、メンバーを選んだ基準は何です? あまりに統一性が無いように感じられます」
「それは……、夢のお告げってやつですよっ」
二度目となるサニの浮いた答えに、レイアは再び沈黙に落とされる。
質問に対する返答がこれでは、答えを得たとは言えない。彼女は彼に問いかける意義を見失った。
機内は遂にまとまりを見せることなく、敵潜水艦の正面にまで到達する。
「あれは……」
結界によって浸水は防がれているものの、艦体に開いた大きな穴に、レイアは最初の難関である侵入口をどうするかという問題に解答を得る。
「あとは、ここから向こうの穴まで、どうやって渡るかですね……」
宙海の水圧は人では耐えられない。戦闘機から敵艦に侵入するためには、その間の水をどうにかして攻略しなければならない。
「そのまま突っ込むぞ」
「……なんですって!?」
操縦席から上がった声に、レイアは慌ててその声の元に駆けつける。
グワン、キュイーーーン!
クロハがファストの速度を数段上げた。レイアは体勢を崩し、近くの手すりに寄りかかる。
機内はおおよそ二つの声に分かれた。
「ヒャッホー、サイコーだな! こんな感じのスリル満点のやつ、なんて言ったっけ?」
「イヤッホーイ! メーちゃん知ってるよ! バンジージャンプでしょ?」
「たぶん……ジェットコースター、じゃないかなっ……?」
一つは、スリルを楽しむ享楽者たちの声。
「ねえクロハ! スピード! スピード出し過ぎ! いやあああ!!」
「ク、クロハ、私たち生きてファストから降りられるの……?」
「大丈夫、検証済み。ファストはこれくらいじゃ壊れない」
もう一つは、機体の未来、そして自分たちの未来を案ずる声である。
「全員、衝撃に備え、体勢を低く保ってください」
レイアが機内全体に呼び掛ける。
自分の身の安全を確保するために、ほぼ全員がその声に従った。
ファストは操縦者の意図に沿って、巨大な黒き艦体に猪突猛進する。
その突撃を止める術はもうない。たとえクロハの心が変わろうとも、衝突へと向かう軌道は変えられない。
「きゃああああああ!!」
ズッドーーーン!!
クレネットの黄色い悲鳴が響き、そこから間もなく、ファストは海賊艦「オーシャンスケール・サブマリン」に激突する。
少年少女たちの乗る機体は、前方部位をその大艦艇の中へと隠した。突っ込んだ衝撃で、艦体は僅かに後方へと動く。
小さな波紋が生まれ、徐々に大きくなり、やがて薄れて消えていった。
「これは一体、何があったんだ……」
ファストが物凄い衝撃と共に目的地に到達した後、体を起こした登竜門ススムは、一番乗りに海賊艦の床に降り立った。そして、艦内の光景に首を傾げる。
その場には、戦士と海賊が大勢倒れていた。
戦っていた形跡こそあるものの、血はあまり流れておらず、全員が例外なく気絶している状態だった。
ススムは顎に手を添え、この場で起こったことについて考察する。
「んじゃ、私はテキトーに海賊殺して回るから」
「私も行くわ」
「あたしも」
「ぜぇ、はぁ、待って、うちも行く」
ススムに続き、クロハグループがクロハを先頭にファストから降りる。
ファストは、装甲がへこんでいたり剥がれていたりするものの、中は無事だった。
彼らは海賊艦内部への侵入に成功した。
「テメーにだけは負けねえ。俺が一番多く始末してやる」
「しつこい、ダルい」
残菊が、クロハに眼を飛ばしながら機体から降りる。彼女に対抗心を燃やす彼は、海賊艦内を泰然と歩き出した。クロハと彼女の一派も、それに遅れて進行する。
5人は、その場の状況を観察しているススムと、まだ機内に留まっているレイアたちを残し、フロアの奥へと姿を消した。
「あたしゃ訓練生なんて最近になって初めて見たけど、こんなに子供っぽいもんかね」
サイコサウルスが、先行していったメンバーを見て、思わず抱いた感想を吐露する。
「あいつらがガキなだけだぜ、ばあちゃん!」
「そうそう、メーちゃんたちが大人とも言えるよね!」
「…………、そうさねー」
二人して胸を張るタツゾウとメンコに、何か言いたげな視線を向けるも、サイコサウルスは柔らかく縦に頷いた。
「よっしゃ、俺たちも行こうぜ!」
「メーちゃんもがんばるよ! 敵が来たら『理不尽な紫煙』で一網打尽だー!」
「メンコ、あなたは私の指示があるまで、大人しくしていてください」
残ったメンバーである6人と2匹も降機する。
初めに降りていたススムも含め、彼らは自然に円を作ると、作戦の確認を行った。
「先に行ってしまった人達のことはどうしようもないので、ここにいる7人で作戦を遂行します」
作戦リーダーのレイアが、その場の全員に対して説明する。彼女は、一人一人の目を見て語り掛けた。
「全員でまとまって行動し、ソラトを見つけ次第救出します。その後はファストに戻るか、敵の潜水艇を使って脱出するので、逸れないようにしてください」
レイア以外の全員が、コクリと首を縦に振る。
「行きましょう。今こそ戦士になる時です」
◇
『邂逅近し。示せ、其方の「王」の資質』
「『王』ってなんですか?」
『「王」とは「主役」』
「主役?」
『導を歩む者。今は導を創り出す者』
「む、難しいです……」
『いずれ、答えに辿り着く』
「あなたは誰なんですか? 声が、ずっと聞こえていました」
『元は観測者、今は干渉者』
「……全く、わかりません……」
運命の黒き大舟は、混沌の海を漂う。
生み出された導を、「王」は歩む。
導を辿る「王」の箱舟。
その巨大な艦体を、軽く、圧倒的に凌駕する何かしらの影が、広がる群青をそれよりもさらに濃い紺色に染め上げた。
どんな言葉でも形容できない程巨大なその姿は、見る者に天海の神秘と畏敬の念を感じさせる。
敢えて適切な言葉を探すとすれば、「宙海の化身」が当てはまるだろう。
宙海の化身は、箱舟を包み込む。
艦体の黒が、濃紺に飲み込まれた。
船の内部で起こっていることなど、化身にはほんの些細なことでしかない。
中にいるちっぽけな存在は、化身に対して何の影響も及ぼさない。
偉大なる存在の動きに、彼らは成す術など持たない。
導の舞台は、船の中に非ず。
ここより遥か彼方、天の大海原の果て。
人類の叡智を以てしても、万年単位の時間を超えてでしか辿り着けない孤高の地。
導の矢印は、その方角を向いていた。
◇
夢を見た。
またもや見覚えのない景色だ。
降りしきる雪の中を、どこに行くのかも知らず、当てもなく歩いている。
その足取りは重く、自分の足が雪の中に深く入り込む感覚がある。
そうして入り込んだ足を、力を振り搾って持ち上げる。それを繰り返して前へと進む。
限界が近いのか、前に進むこと以外にはエネルギーを割くことができない。
できることは、ただ前だけを見て、脚を動かすのみだ。
雪景色の夢は、前にも一度だけ見たことがある。
たしか、今よりも天候が荒れた猛烈な吹雪の中を、ポツンと一人で立っていた。
それを大勢の人が遠巻きに眺めていたはずだ。
そして、大勢の人の中から誰かが一人だけ近寄って来て、魂を込めた声で叫ぶのだ。
景色は鮮明であるものの、人の姿もその声もはっきりとしなかった。
ただ、どうしようもなく寂しさが込み上げてきて、やるせない気持ちになったことは覚えている。
際限なく白の床を進み続けた。
どれくらい進んだだろうか。視界は延々と変わらぬ景色を映す。
重い脚を動かしている途中で、夢が途切れた。
結局最後まで、景色が変化することはなかった。
白銀の景色は、前と同じで、やっぱり今回も寂しさだけを僕に残していく。
目を醒ます。
妙に鮮やかな、でも夢であることを認識できる夢。
「ふあああ……、ん?」
大きな欠伸と伸びをした後、まだ重い瞼をパチパチと二度瞬きする。
僕を取り巻く環境に、違和感を覚えたからだ。
本来なら僕が目を覚ますのは、冷たい牢の中のはずだった。
でもここは違う。
そもそも、僕はどうして眠っていたのだろうか。分からないことだらけである。
「……砂漠?」
眼下一面に、砂が波のように縞模様を描いている。
照りつける灼熱の日差しが暑い。
「……雪?」
快晴の空からは、真っ白な雪がゆっくりと降りてくる。
砂漠に雪、同じ場所に存在するはずのない二つが、僕をさらなる混乱状態に陥れた。
降る雪は熱された空気を冷やし、僕に寒さを感じさせる。
暑さと寒さが混ざり合って、心地の良い気温を作り出していた。何とも不思議な現象だ。
降りてきた雪は、地上に白を塗ることなく、砂の中に吸い込まれる。
「ここ、どこだろう……?」
真っ当な疑問をようやく口にする。同時に片頬をつねった。
痛い。まだ夢の中にいるとも思ったが、どうやらこれは現実らしい。
ザッ、ザッ、ザッ。
背後から砂を踏む音が聞こえ、自然に振り返る。
「…………」
目線が合った。
「あなたはだぁれ? 怖いやつ?」
肩で切り揃えられた輝く金色の髪に、うすい灰色の肌。黒の結膜に囲われた黄色の瞳。
背中から生えた、白い楕円の斑点がある蛾のような黒い翅。額から伸びる、先の方をクルリと巻いた触覚。
人間の女の子に、昆虫の蛾の要素が加わったような彼女は、首を傾げて僕を訝しげに見つめる。
翅を大きく広げて威嚇しているようだ。身長が僕の胸元くらいしかない幼い少女だが、翅を広げると僕よりも一回り大きく感じられる。
「ち、違うよ! 僕は気が付いたらここにいただけで……」
「うそつきは言い訳から話し始めるって、お姉ちゃんが言ってた」
そう言葉を返され、僕は黙ってしまう。少女の視線がより一層厳しいものになった。
「疑わしきは殺す。信じられたくば、命を捧げろ」
「ひいっ! ど、どっちも死んじゃうんじゃ……」
「人間を見つけたらそうしろっていう村の掟なの」
恐ろしく容赦のない掟だ。どうやら物凄い所に迷い込んでしまったらしい。
命を奪われるかもしれないという恐怖の中で、僕は少女の発した特定の単語に気を引かれた。
「……村? 近くに村があるの?」
その姿形から察するに、彼女は珍獣だ。そんな珍獣の少女が告げた「村」というワード。僕が気にならないはずはない。
「あるよ、恩寵集落っていうの。珍獣の珍獣による珍獣のための村」
「珍獣の珍獣による珍獣のための村!?」
翅を広げた少女に対する恐怖心を、好奇心が上回る。彼女の答えは、一気に僕の関心を集めるには十分すぎた。
サイコサウルスが夢見た、珍獣だけの村は実在した。
「じゃあ、殺すね」
目を輝かせる僕の様子などお構いなしに、蛾の少女は、唐突に翅をはばたかせて迫ってくる。
「わわっ! やめてよー!」
当然僕は逃げる。迫りくる彼女とは真逆の方向へと一目散に駆け出した。
砂と雪の画が、なんとも幻想的で美しい。
僕はこれまで自分が生きてきた中でも、最も遠い場所まで来てしまった。
そして、きっとこれからも、ここより遠い場所に行くことはないだろう。
お読みいただきありがとうございました。
しばらく投稿をお休みします。ご了承ください。




